ダンジョンボス:深淵の神絵師
深淵のドームのなかに怪物たちが跋扈する。
おぞましい者たちのなかで少女はまるで恐れを感じていないかのようだ。
透き通った銀色の髪は雪原をおもわせる冷たさを孕み、息を呑む白い肌はあわく光っていて、妖精的な印象を見る者に与える。
モノクロのトレンチコートのコーデは、彼女の尊敬する青年をマネしたものだ。中二病なわけではない。少なくとも彼女は。
左手には最新モデルの魔法銃シルバーコード。それも異次元のマシンで強化をほどこしたハッピースペシャルだ。かの天才が手掛けたこのこの銃はMP10を消費する.44マグナム魔法弾を使用し最大6,000ATKを叩きだす凶悪な無比の銃である。
右手には暗黒の拝領者より引き継いだ黒き銃、魔弾の射手。MP20を消費し12.7×20mm炸裂徹甲魔法弾を放つことができる悪魔的破壊銃だ。最大9,000ATKを叩きだし、その弾丸は決して外れない。もはや並みの人類には扱えないほどのスケールであるが、それは必中にして必殺の大型自動拳銃であるのだ。
ハッピーはいくつかのスキルを起動する。
『銃撃 Lv5』
MP消費型スキル。
銃撃攻撃ATK2.0倍
『ハンドガン巧者 Lv5』
パッシブスキル。
ハンドガンでの射撃攻撃ATK2.0倍
『トリガーハッピー Lv6』
パッシブスキル。
連射するごとにATKボーナス6付与
1発撃つごとにMP3回復
『必中 Lv2』
MP消費型スキル。
命中率上昇
『ジャガーノート Lv4』
回数制限型スキル。
1日3回使用可能。
3分間ATKボーナス3,000付与
『撃ち放題』
撃つごとにMP1回復
これによりハッピーの放つ銃弾は悪魔の魔弾へど変容する。
俗にいうハッピーセットである。
魔法銃シルバーコードは6,000ATKに『ジャガノートLv4』による3,000ATKボーナスを受け9,000ATKとなり、2.0倍×2され36,000ATKの銃に変貌し、フライクーゲルもまた同様の手順で強化され48,000ATKを叩き出せるようになるのだ。
トリガーハッピーはこんなDMGを叩きだす魔法銃を雨のように撃ちまくるものだから、皆震え上がってしまうのだ。
なによりも恐ろしいのは『トリガーハッピー Lv6』である。これによりハッピーはトリガーを引くたびに次に撃つ準の威力があがるのだ。
シルバーコードを4回撃ったなら36,006ATK、36,012ATK、36,018ATK、36,024ATKと増えて行き、そしてこの効果はしばらく継続しつづける。
魔法銃を連射すれば撃つために必要なMPに関して不安があるものだが、彼女はいくつかのMP回復スキルのおかげで継続戦闘能力に関しても問題がない。
かくして撃つたびに強くなってしまうトリガーハッピーには、理論上倒せない敵はいないと彼女自身は思っている。
襲い掛かってくる触手の髭をはやした巨人。
キリっと反応し、ハッピーは撃ちまくる。
巨人の全身を嵐が駆け巡り、毎秒100万DMG以上を叩きこまれた。
しかし、巨人は怯まない。
ほかの怪物たちも突きすすんでくる。
ハッピーはマガジンを雑に排出し、新しいマガジンを放り投げる。
攻撃を跳んで避けると、中空に浮かぶマガジンを銃の底にぽっかり空いた穴に差し込んでスタイリッシュな装填をし、踊るように撃ち舞った。
激しい銃弾の乱舞をくりひろげるハッピーを怪物たちは決して捉えられない。
一方でハッピーの銃弾もやや威力不足なようだった。
「ふん!」
鼻を鳴らしややアンハッピーになった少女はスキルを起動する。
彼女の身体が蒼雷に包まれた。
この旅スーパーハッピーになったことで解禁された彼女の新しい力『発電器官』である。体内で電気を生み出すことができるこのスキルにより、ハッピーは人類が保有しない特別な器官を内蔵するようになった。
これにより彼女は生物学的に極めて稀有な進化を果たし、意のままに電気を発生させ、増幅させ、周囲に力場を発生させることができるようになった。
その力場の中において彼女は意のままに己を加速させ、超人的な動きをすることができる。
かつてゲータ・シュタイナーと呼ばれた男が使った能力とはややベクトルの違う使い方である。
彼女の優れた点は力場のサポートを銃弾に付与することで、その速度、運動エネルギーを爆発的に増大させることに成功した点だ。
K=1/2mv2
MP消費は著しく増えるが、その分速度が増したことで銃弾に乗る破壊力は跳ね上がった。
通常のハッピーセットで36,000ATKだったシルバーコードは1,080,000ATKになり、48,000ATKだったフライクーゲルは1,440,000ATKとなる。実に30倍の威力だ。
──ビディッビヂ!!
銃声の種類が聞くからに変容し、蒼い軌跡を残す銃弾が怪物たちを砕いていく。
大鉈を握る白い大女と血塗れの解体職人が、ハッピーの背後からせまった。
目ざとく反応し、銃弾を喰らわせる。
だが、弾が切れた。リロードをしている時間はない。
ならば近接スキルで迎え撃つ。
『冷原の脚撃 Lv5』
冷気属性の蹴り攻撃
ATK400,000ボーナス付与
素早くまわしげりをすると白い大女がドーム端まで吹っ飛んでいった。
「速さは重さ……雷の速さで蹴られたことはある?」
『発電器官』によって強化された速度はすなわちハッピーのあらゆる体術の衝撃力を引き上げるものだった。彼女は攻撃のすべてに力場からの電磁加速をもちいることで蹴りひとつで必殺の威力をだすことに成功しているのだ。
血塗れの解体職人はハッピーの腕に掴み、おおきく口を開いて噛みついてくる。
まだリロードできていない。仕方がない。
ハッピーは空の弾倉を銃から抜いて、血塗れの解体職人の口にたたきこみ、口を閉じさせないようにする。口を開きっぱなしで困惑し、一瞬動きが鈍くなる怪物。
その間、悠長にリロードすると、ビディッ! と血塗れの解体職人の頭が吹っ飛んだ。そのまま頭のない死体に無数に銃弾をあびせオーバーキルすると、気が済んでふぅっとひとつ息を吐いた。
これで深淵の神絵師の召喚したモンスターは一掃した。
ハッピーはリロードして今度はボスへと向き直る。
「ざぁこざぁこ、すぐに退場するよわよわボス、最初だけ強そうな雰囲気だしといて結局かませ犬」
「……『アタリ』、『ラフ』、『線画』、『ベース塗り』、『影』」
メスガキの煽りを受けて、詠唱をはじめる深淵の神絵師。
「なにかするつもりだけど、そうはさせないよ」
言ってハピーは冷笑をたたえ、フライクーゲルで深淵の神絵師の頭をぶちぬく。
「……『レイヤー分け』」
神絵師のつぶやき。
蒼雷をまとった銃弾は神絵師の眼前でとまってしまった。
「っ」
ハッピーはなにか得体のしれない力の干渉を感じ、すぐに目の前の神絵師を消そうと銃を乱射しはじめた。しかしどれだけ撃とうとも1発も届かない。
神絵師のもちいたスキルは俗に『レイヤー分け』と呼ばれるもので、ある事象をレイヤーのなかに閉じ込めることで、別のレイヤーに干渉できないようにする能力であった。神絵師系探索者のなかではわりと有名な業であるが、知らない人は知らない。
深淵の神絵師が動き、ハッピーをぶん殴る。
が、拳はハッピーの目の前でピタッと静止した。
「どういう能力かわからないけど、あんたも私に干渉できてないじゃん」
ハッピーは内心ほっとして胸をなでおろす。
深淵の神絵師の拳がふるふる、わなわな震えていることに気が付いた。
「……『レイヤー貫通』」
「ぇ?」
神絵師の鉄拳。
ハッピーはとっさに腕を十字に固めガードする。
かつてないほどの痛みに襲われた。ハッピーを目を見開く。
胸骨の砕ける音が耳の裏に響いた。内臓に深刻なダメージが入ったのを感じた。次の瞬間、衝撃のままに、ハッピーはふっとばされた。ボス部屋入り口に叩きつけられ、そのままボス部屋を飛び出して、遥か彼方まで──。
「ぶはァ! げおっげほっ! う、ぅうう!」
ハッピーは壁に深くめり込み、激痛に自身の胸を見下ろす。
胸部がえぐれ、左肩から先が無くなっていた。
血の塊を吐きながら、コートの内ポケットから回復薬の注射を取りだす。
なんとか注射することに成功。温かさが広がり、わずかに痛みがやわらぎ止血作用で欠損した腕からの流血がおさまっていく。
顔をあげる。
遥か向こう、通路の奥から神絵師がゆっくりと歩いて来ていた。
背中から無数の腕を生やすさまは醜き怪物。
良きものを描くため、おぞましい執念が幾人も絵師の腕を接がせてきたのだ。
(やだ、やだ……!)
まずい、殺される……。
ハッピーはかつての恐怖を思い出していた。
暗黒の底で、腕を落とされ、絶望に沈んだ。
想像を絶するとんでもないバケモノがダンジョンにはいるのだと知った。
その時と同じだ。40階層。そこもまたいと恐ろしき怪物の深淵なのだ。
ハッピーはなんとか立ちあがろうとする。
が、そこで自分の足が折れていることに気が付いた。
骨折ほどの重傷は回復薬では治らない。
「ざこって言ったから怒ったのかな……煽らなければよかった……」
ハッピーの心に後悔の念がつのっていく。
実際はバケモノ相手になにを言おうとあんまり関係はない。
「……『ざらつきペン』」
神絵師がペンを手にチョンっと中空に点を打った。
ハッピーの腹に直径12mmの風穴が開く。
いかなる物理法則がそれを可能にしたのか、ハッピーは到底理解できない。
理解できたのは死ぬほど痛いということだけ。
まるで錆びた大きな錐で腹部をごりごり削られたかのような耐えがたい痛み。
「うぐぅ、ぅぅ……ッ!」
ハッピーは玉の涙を浮かべて、死にたくないっと震えた。
あわよくばあの時のように、助けてほしい、そう願った。
「指男……たすけてよ……」
「……『連続曲線』」
深淵の神絵師は言って、図形ツールでトドメを刺す。
──パチン
軽やかな音が鳴った。
宇宙の秘密よりいずる。それは星の終わりの声。
黄金の炎がパチンコ玉みたいに神絵師を弾き飛ばした。
少女の命の灯が滑らかな円形に描き消そうされた間際のことだ。
「ゆび、おとこ……っ」
「今日はアンハッピーな日でしたね」
言って彼は豆大福をそっと銀髪のうえに添えた。
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