えち絵に厳しいハッピーさん
暗い部屋のなか円柱状の容器が設置してある。
容器はほんのり明るく光っている。
なかは溶液で満たされており、剥き出しの脳みそがぷかぷかと浮いている。
脳には何本もの管がささり絶えず養液を送りつづけ本来なら死滅してしまう脳細胞を生かしている。
容器の手前には幼い少女がぽけっとに手をつっこんで立っている。
「なるほど、あれが指男の力か」
少女はつぶやき、ニヤリと笑みをうかべる。
「タケノコの人造人間があの様とは。面白いじゃないか。すこしはこの旅行も楽しめそうだ」
──赤木英雄の視点
怪しげな露出狂を倒して旅館に戻って来た。
すっかり顔なじみとなった女将さんに「お夕食はどうなさいますか?」とたずねられたので「まだ仕事があるので」とかえす。
「探索者さまは大変なお仕事ですね」
この女将さん、もう1カ月以上もこうして顔をあわせているが、俺のことはいつだって初対面のように接してくれる。それが丁寧さゆえのものではないことを知っている。俺にとっては顔なじみだが、彼女にとっては俺は初めて会う探索者なのである。
「そういえば、指男っていう探索者さんが京都を守ってくれたってお話を聞いていましてね。その人に私は深く感謝をしているんですよ」
「感謝ですか」
「生まれも育ちもずっとここなものですから、やっぱり郷土愛が強いと言うのですかね。ですから、私たちの故郷を守ってくれてありがとうってね、そういう気持ちになるんです」
「……なるほど。今度、彼にあったら伝えておきますよ。きっと彼も守れたことを誇りに思っているでしょう」
人に感謝されるというのは嬉しいものだな。
女将さんに別れをつげて足早にジウさんの部屋へ。
「ジウさん、戻りました」
「……。おかえりなさい、指男さん。どうされましたか、私の部屋にいらっしゃるなんて」
ジウさんは湯上りなのか紺色の浴衣に身をつつんで、髪をおろしていた。
しっとり濡れた流れる漆黒の髪は、うっすら赤らんだ頬もあいまっていけない物を見ているような気分になる。たまにこういう場面にでくわすと驚くような美人さんであることを意識せざるを得ない。
「40階層、ダンジョンボスの部屋を発見しました」
ジウさんはハッとして部屋脇で充電コード差しっぱにされたノートパソコンへ手を伸ばす。カタカタと細い指でキーを弾き「……。お見事です」と薄い笑みをたたえた。
「……。ダンジョン侵入から29日でクラス5ダンジョンが攻略されることになろうとは思いもしませんでした。3カ月~6カ月は予定に含まれていたのですが、案の定、さほどの時間はかかりませんでしたね」
「わかってたような口調ですね」
「……。私は指男さんが驚くような戦果をあげる探索者だと知っていますから。それとその力を信頼していますから」
なんだか気恥ずかしい。
「……。これならば他の財団本部ももはや口出しをできない記録でしょう。おそらく南極への渡航は叶うはずです」
南極への渡航。
すなわちアルコンダンジョンへのチケットのことだ。
南極へ向かう船に乗るためには、その経歴を鑑みてふさわしい探索者でなければならないらしい。複数の財団本部が同時に探索者を派遣する特殊な土地なため、おたがいに派遣する探索者の数と質に敏感になっているのだ。
派遣する探索者の質や数がに差があると、南極での活動においてパワーバランスが崩れることを示す。パワーバランスの崩壊はよからぬことを企む財団内の不穏因子を刺激し、あるいは財団の敵対組織につけいる隙を与え、不要なトラブルを生む。そうなればアルコンダンジョン攻略自体を予定通りに遂行できないことも考えられる。
だから、各々財団本部はほか本部の派遣する探索者の数と、財団職員の数などに目を光らせているのだ。
「……。上の方ではすでに何度も会議を重ね、話し合いを繰り返しているようです。そのなかでもセンセーショナルな噂の絶えない指男さんは、かなりの警戒をされているようです。実体の確認できない巨大な戦力。それを恐がるあまり、ほかの財団は指男のキャリアの薄さを理由に参加を承認しない姿勢を見せています」
と、ずいぶん前にジウさんに教えてもらった。
俺が100個のダンジョンを攻略するというのには、キャリアを厚くする狙いがあった。
今回のクラス5ダンジョンのおかげで俺は大きな実績を履歴書に書ける事だろう。
「……。ダンジョンボスに関してですが、上からは見つけ次第討伐してよいとのことです。今回のダンジョンはダンジョンブレイクを起こしてますので、不安定になっているため、資源回収よりも、速やかな攻略が優先されます」
とのことなので、ボスを倒しちゃっていいみたいだ。
「……。気をつけてくださいね。怪我せず、帰って来てください。どうぞ、これはお守りの飴ちゃんです」
「ありがたくいただきます」
「……。口を開けてください。いれてあげます」
「いや、自分で食べるので……」
「……。開けてください」
ジウさんに飴ちゃんを食べさせてもらう。
美人秘書に甘やかされると飴っておいしくなるんですね。学び。
ジウさんに見送られて、ダンジョン40階層ボス部屋前まで戻って来た。
なお、道中、一般人に発砲してる銀髪美少女を発見したので拾って来ました。
「ハッピーさん、また喧嘩ですか」
「私は悪くないよ、あいつが勝手に写真とったから撃ち殺しただけ」
一応、被害者は生きてます。ハッピーさんはこうみえて殺しはしない。
明らかに何人か殺めてそうだけど「誓って殺しはやってません」と嘯く極道のようにきっとハッピーさんもぎりぎり殺してないのだろう。そう思いたい。
ボス霧前にやってくる。
いつものように白い濃い霧が行く手を阻む。
霧には白い文字で『ダンジョンボス:深淵の神絵師』と書かれている。
指でなぞると白い文字が黒くゆっくりと染まる。
霧が晴れ、いよいよダンジョンボスの間へ。
ボス部屋は古い時代をおもわせる遺跡のドームである。
コロッセオの中央、彼は縦5m横3にも及ぶおおきな画布に一心不乱に筆をおしつけていた。画布の背中がこちらを向いているのでなにを描いているのかは入り口からはうかがえない。
猛烈な熱量を感じさせる表現者はボロボロの布切れをまとった死にかけのピアニストみたいな恰好をした男だった。骸骨のような顔面のくぼんだ瞳には目玉がはいっていないように見えた。虚空だ。虚空の瞳で絵を描いているのだ。
まわりこんで何を描いているのか見てみる。
「げっ」
となりのハッピーさんがぎょっとする。
巨大な画布にはバズりそうなイラストが描かれていた。
アナログで書いたとは思えないほど思考な美少女イラストだ。
ジャンルを言語化するならば──微乳気にして恥ずかしがりJKスカート風でふわりこれまた恥ずかしげに押さえて「み、みちゃだめですよ……////」って感じに頬を高揚させやつ──と言ったところだろうか。紳士の嗜み的趣向である。実にえち。
「おお、これは」
思わずうなり声をあげる。
速攻で『いいね!』を押してフォルダに保存する見事なえっちさだ。
たぶんダンジョンボスってこの幽鬼みたいな絵師のことなのだろうから、ここが戦場になるまえにぜひとも巨大えっちえちち絵をこの場から避難させたいところだ──
──ズドンズドンッズドンズドドンッッ!!!!
銃弾がの雨がえっちイラストに風穴を開けまくる。
いやー! やめてー! ハッピーさん! 落ち着いて!
いま気づいたけどすっごい不機嫌でアンハッピーさんになってた!
なんでぇぇえ!?
ハッピーさんの連射は止まらず、無惨にも神絵は粉砕されてしまった。
「あぁ……なんと無惨な!」
「現実の女の子はあんな顔しないよ」
「そうは言われましても、もうちょっとこう、手心と言うか……」
「ん、ボスが動き出したね」
魂の絵を破壊され、深淵の神絵師はのろりとたちあがり、こちらへふりむく。
「……『書き出し』」
「っ、喋った!」
「初めて喋るボス見ました」
異変が起こった。ドーム空間の壁際に光があたる。そこに無数の画布がおいてあり、それらにはおどろおどろしい怪物の絵が描かれていたのだ。
怪物の絵から得体のしれない濁った液体とともにモンスターが現れる。
触手の髭をはやした巨人、炎を唾液をこぼす蜘蛛、口のなかに無数の眼玉をそなえた鰐、上下とも下半身の怪人、大鉈を握る白い大女、血塗れの解体職人──。
深淵の神絵師本体にも変化があった。
神絵師の身体が変質し、服がやぶけ、背中をつきやぶって腕が生えて来る。
体格も大きくなり、暴力性あふれるフォルムになった。
「……『削除』」
その声を聞いた途端、俺の視界はまっくらになった。
指男がいきなり消えた。
さっきまで隣にいた絶対の味方がいなくなったことに、トリガーハッピーは少なからず動揺をした。ただ、すぐに焦りは薄くなる。
(あの指男がどうこうされるはずがないよね。大丈夫大丈夫、落ち着け、私)
「指男には悪いけど、こいつは私がもらうことにするよ」
トリガーハッピーは涼しい顔のまま淡々と新しいマガジンを装填する。
自分だって活躍できるのだ、と表情は自信に満ち溢れていた。
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