嵐のテキサス・ポールデム
立派になった経験値生産棟をあとにして、旅館にもどり、おいしい朝食をいただき、今日もまたデイリーミッションをこなすことにした。
「デイリーミッション」
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『日刊ギャンブラー』
連勝する 0/10
継続日数:170日目
コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍
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日刊ギャンブラー。
俺にふさわしい素晴らしきデイリーミッションだ。
なんたって俺は勝負師だ。こういうのが得意なのだ。
旅館にちょうど花粉ファイターとブラッドリーがいたので遊んでもらうことにした。
「指男、突然だね」
「朝からいきなりカードで遊ぶとは余裕があるな」
「すこし運試しをしたくて」
誰かディーラーがいないものか旅館を歩いていると、朝のお風呂あがりだろうか、ホカホカした美人さんを発見、ジウさんである。上気した肌はほんのり赤らんでおり、すこし濡れた艶やかな黒髪がどこか大人の危うい魅力をまとっている。
「……。おはようございます、指男さん、ダンジョン攻略は順調そうですね」
ごく淡々とした声で言う。表情に起伏はない。そんなどこか人形めいた冷たさが、ジウさんに人間離れした神秘性を宿している。
普通の22歳童貞程度ではどぎまぎして話にならないだろうが、ただの童貞ではない。スキル『鋼の精神』を持つ童貞だ。ゆえにどんな美人、美少女であろうと表情ひとつ崩さずに話すことができるのだ。
「ジウさん、実はこれからゲームをしようと思ってまして」
「(……。もしや、2人でゲームをしようというお誘い? これはもはや旅館デートと認識しても相違ないのでは……?)」
「ジウさんディーラーをお任せできますか? ブラッドリーさんと花粉さんとひと勝負しようと思ってまして」
「……。そうですか、ディーラーですか。それってカード配る係ってことですよね。そうですか」
あ、あれ?
なんぁすこし眼差しの温度が下がった気がする。なんでだ……。
「……。はぁ、まあいいです。ではのちほどそちらへ行きます」
というわけで無事に美人ディーラーさん確保。
しばらく後、髪を乾かし、髪をひとつ結びにしたジウさんが登場した。この1カ月で見慣れた浴衣姿。なにを着ても絵になるところにポテンシャルの高さを感じます。
畳の間に4つ座布団を敷き、3人あぐらをかく。
ジウさんはお淑やかに正座するとトランプを2枚ずつ配った
「……。ルールはテキサス・ホールデム、とりあえず5ゲームほど」
ポーカー、そのなかでもテキサス・ホールデムは世界基準でスタンダードなルールとされている。テキサス・ホールデムではプレイヤーそれぞれに配られた2枚のカードと、プレイヤー全員が共有する公開されたコミュニティカードと呼ばれる5枚のカード、合計7枚で役を作り、チップ(お金)をベットするなどの駆け引きが行える。
最初はコミュニティカード0枚でスタートし、自分に配られた2枚を見て、勝負をつづけるか、勝負を降りるかを選択する。この選択フェイズをベットタイムと呼ぶ。コール(前のプレイヤーと同額賭ける)とか、レイズ(賭け金上乗せ)とか言うターンである。
ベットタイムの後、コミュニティカード3枚を公開し、また勝負を継続するか、降りるかベットタイムを行う。のちにコミュニティカードは1枚ずつ公開されていき、その都度、べットタイムに突入する。
コミュニティカードが5枚公開され、最終的にプレイヤーが2人以上残っていた場合には、手札を見せ合う「ショーダウン」をし、役の強弱によって集められたチップを総取りするそのゲームの勝者が決まる。これで1ゲームだ。
このゲームを繰り返すことで、手持ちのチップがなくなったプレイヤーから脱落していく。試合全体を通じて最も多くチップを獲得すれば、試合の勝者となる。
──っという風にジウさんが説明してくれた。
「ふぅん、なるほど、非常に面白そうですね(※わかってない)」
「指男、お前がゲームを不得意なことはわかっている。強がるな」
「なかなか言ってくれますね、ブラッドリーさん。俺を見くびらない方がいいですよ」
「っ……(こいつもしかして何か秘策が?)」
花粉ファイターはよく蓄えられた髭をしごき穏やかに微笑む。
「私はあんまりポーカーが得意じゃなくてね。お手柔らかに頼むよ」
「大丈夫、安心してください、花粉ファイターさん。そんな酷い事にはなりませんから」
「(100手先を見通すと噂の指男の知略。以前の麻雀をやったときは私たちと打ち解けるために、わざと手を抜いていたようだが、今回に限ってはその必要が無い。おそらくここで彼は才能を見せて来る)」
ブラッドリーと花粉ファイターも険しい表情で見つめてきます。
この2人はなかなかに勝負ごとに強い。
まあでも、10連勝すればいいだけだしね。
なんだかんだなんとかなるっしょ。ポーカーとか運ゲーだし。
──2時間後
「ふぅん(チップゼロ)」
「指男、お前絶望的に手札が弱いな……どうしてそれでレイズ──賭け金上乗せ──したんだ。わざと負けているのか?」
「(指男、まだ手を抜いて様子見をしているようですね……しかし、いったいいつまで?)」
1回も勝てん。なにこのクソゲー。
ポーカーのいいところ? ないです。
強いて言うならやっている時の雰囲気がカッコいい。あとジウさんが綺麗。
それ以外ほんまクソゲーです。
はあ。しかし、悪態をついても仕方ない。
どうしたものか。
このままじゃ身ぐるみはがされてしまう。
いや、流石にそんなことにはならないとしても、10連勝どころか1勝もできてないんだ。デイリーミッション継続日数をこんなところでリセットされるのはしんどい。
途方に暮れながらもう一試合を申し込む。
ジウさんは淡々とカードを配るが、心なしか残念そうな顔をしている気がする。
不甲斐ないところを見て、評価がさがっているのかも。
そう思うと、俺の闘志に火がついた。
胸元がじんわり温かくなっていく。
黒く艶々と輝くブローチが自己主張をしてきているような気がした。
我が原初にして最も頼りになる相棒──『選ばれし者の証Lv6』ブチだ。
なにかを伝えようとして……ブチ、お前、力を貸してくれると言うのか?
そっと触れる。と、その時、視界内にウィンドウが出現した。
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『選ばれし者の証 Lv6』
幸運値 5,020/10,000
【イイコトメニュー】
10 ちょっと良い事
50 すごくイイコト
100 死の回避
1,000 ラッキースケベ
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【イイコトメニュー】だと?
ブチ、お前、こんな機能に目覚めていたのか?
見たところジウさんも、ブラッドリーも花粉ファイターも【イイコトメニュー】を開いていることに気が付いていないようだ。
試しにちょっと良い事を指でさりげなくなぞってみる。
───────────────────
『選ばれし者の証 Lv6』
幸運値 5,010/10,000
【イイコトメニュー】
10 ちょっと良い事
50 すごくイイコト
100 死の回避
1,000 ラッキースケベ
───────────────────
幸運値が『10』減った。
これはイイコトメニューに書かれている頭の数値と同じだ。
なるほど、これでちょっとイイコトが起きるようになるという意味か。
というかラッキースケベもできるんかい。
とりあえずラッキースケベ1人前いいですか?
「ちーちー(訳:風紀の乱れは許さないちー!)」
くっ、この鳥め……ラッキースケベはまた今度にするか。
「……。カードを配ります」
俺、ブラッドリー、花粉ファイターへ配られる2枚のカード。
めくると『ダイヤの5』と『ダイヤの7』だ。
同じスートだ。これならばフラッシュ──役の札すべてが同じスート──を狙える。
「レイズ」
「ッ……(指男のやつ、いきなりレイズだと? いつもどおり強気だな。だが、初回ラウンドからレイズしてる時はいつも負けてる。今回もどうせ同じだ)」
「コール(雰囲気が変わったように見えるね、指男。だが、それもいままで通りのはったりなのではないのかね?)」
「仕方ない。コール」
ジウさんはコミュニティカードを3枚公開。
手札の2枚と、このコミュニティカードを使って役を作るんだったっけ。
ようやくわかってきた。
え? 今更? ここまでの2時間は準備運動なんだよ。素人はだまっとれい。
公開された三枚は『スペードの5』『ハートの7』『ハートの9』である。
俺の手札は『ダイヤ2』『ダイヤの7』。
これは……これはなんだ……なんか役あるかな……負けた?
「ぎぃ(訳:『ハートの7』『ダイヤの7』でワンペアできてます、我が主)」
「俺はワンペアで行きます。レイズ!」
「ちーちー(訳:声に出して言っちゃだめちー)」
「今のは嘘です」
「きゅっきゅっ(訳:もう遅いと思うっきゅ、英雄殿)」
ええい、ポケットだの袖のなかだの、うるさいきゃつらめ!
「ッ……(指男のやつなぜ、ワンペアを公言した……っ、さほど強くはないのにどうして……)」
「……コール(私にはわかる。指男はいま高度な心理戦を仕掛けてきている。ワンペアというのはここまでのお粗末なプレイングゆえにうっかり信じてしまいそうになるというメンタリズム。指男、知略の主とは数々の噂で聞いてはいたが、究極的な勝利の為ならその過程でどれだけの汚名をかぶることも躊躇なし、というわけか)」
なんか皆さん、すっごく難しい顔しておりますね。
どうしたのかな。手札悪いのかな。
──2時間後
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『日刊ギャンブラー』
連勝する 9/10
継続日数:170日目
コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍
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ここまでやってきました。
あと1ゲーム取れば俺の勝ちです。
「流石は指男、今日は実力を見せてくれているようで嬉しい限りであるな」
「くっ、こんなのおかしいッ、指男、貴様なにかしているな!」
「嫌ですねぇ、ブラッドリーさん。俺は純粋に勝負を楽しんでいるだけだと言うのに。言い掛かりはよしてください」
あくまでイカサマはしていない。
全部運で斬り開いているだけよ。
「……。カードを配ります」
ジウさんのディールでゲームは進んでいき4ラウンド目。
5枚のコミュニティカードが公開された。
『ダイヤの4』『スペードの9』『ダイヤの2』『クローバーの10』『ダイヤの6』
一方俺の手札は『スペードの7』『クローバーのA』。
ここから5枚使って役を完成させるわけだが……あれ、見えないな。役が見えてこないぞ。おかしいな。あっ、そういえばイイコトメニューからイイコトを使い忘れてたような……。
小声で「ぎぃさん」と助けを求める。
「ぎぃ(訳:詰みです。諦めてください)」
「ちーちー(訳:他力本願すぎるから罰があたったちー)」
「きゅっ(訳:最後まで諦めてはいけないっきゅ、ガンばるっきゅ!)」
そうだな。最後まで諦めちゃいけないよな。
「オールイン」
俺は言って手元のチップ全部をテーブルの真ん中へザァーっと移動させた。
なお特に理由はない。手元の山のようなチップを動かしてみたかっただけだ。
突然の指男の奇行に、場に静けさが舞い降りた。
これにはジウ、ブラッドリー、花粉ファイターも目を見開く。
5ゲーム目、ここまで4ゲーム連続でチップを総取りしてる指男にはおおきなリスクを取る必要が無い。このままコールドゲームのようにあとは見ているだけでも、ぶっちゃけ負けることはほとんどない。
「ッ……(ここまで勝っていてリスクを取る必要が無いのにオールインだと?)」
「(指男め、本当にまるで読めない野郎だ。今回のこいつはなにか違う。もしかしてこれが本当の実力だとでも? 大富豪、マスターデュエル、麻雀、すべて実力を隠していたと言うのか?)」
「(……。流石は指男さん、皆が想像しないことを平気でやってのけるんですね)」
指男はサングラスの位置をかるく直し、一言も発せず、膝のうえに肘をのせて、両手を組む。堂々たる自信に溢れた姿だ。彼は言外に「死にたいならかかってこい」と言っているのだ──とその場にいる者たちの眼に映った。
ブラッドリーはその姿にすっかり気圧されてしまって渋々フォールドした。指男のベットした額が額なのでここで負ければ身ぐるみを剥がされそうだったからだ。
なお彼の手札はコミュニティカード『ダイヤの4』『スペードの9』『ダイヤの2』『クローバーの10』『ダイヤの6』と、手札の『ダイヤのK』『ダイヤのQ』をあわせたフラッシュであったことをここに記しておこう。
花粉ファイターもまた静かにゲームを降りた。指男の圧は勝負を挑むにはあまりにも硬質で、近づくことに大きな勇気を要求したからだ。
なお彼の手札は『ダイヤの3』『ダイヤの5』であり、ストレートフラッシュの役がそろっていたことをここに記しておこう。
なんか勝ちました。
その後、何ゲームか遊んでお昼過ぎに解散した。
ブラッドリーも花粉ファイターもダンジョンに戻るみたいなので、俺もいよいよダンジョンボス部屋を見つけようと思います。
「……。流石ですね、指男さん」
ジウさんには見直されたのか、おおきな飴ちゃんをもらえました。
とてもおいしかったです。
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『日刊ギャンブラー』
連勝する 10/10
★本日のデイリーミッション達成っ!★
報酬 『ダンジョンコイン』
継続日数:171日目
コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍
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デイリーミッションは無事にクリアです。
報酬はダンジョンコイン。確か物凄く貴重で価値がある通貨だとか。
修羅道さんのところへ持って行ってみよう。
「わあ、またダンジョンコインを見つけたんですか! 仮想通貨は大暴落中ですがダンジョンコインは健在です! 流石は愛され探索者の赤木さんです! これで厄災島が立派になりますね!」
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【今日の査定】
ダンジョンコイン
価格51,740,501円
【合計】
51,740,501円 (5,174万501円)
【ダンジョン銀行口座残高】
16,326,023円 (1,632万6,023円)
【修羅道運用】
269,757,452円 (2億6,975万7,452円)
【総資産】
286,083,475円 (2億8,608万3,475円)
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懐がホクホクしていくのはいつ見ても楽しいものです。
「それじゃあ、ダンジョンに戻りますね。あとすこしでダンジョンボスの部屋を見つけられそうなんです」
「赤木さん」
「? どうしました、修羅道さん?」
なんだか神妙な面持ちをしている。
修羅道さんにしては珍しいことこの上ない。
「ダンジョン攻略、気を付けてくださいね。実はすこし前から赤木さんのことを嗅ぎまわっている怪しげな人たちがいて、近いうちに姿を現すかもしれません」
「怪しげな人たち、ですか」
俺のことを嗅ぎまわるって……いったい何者なのだろう。
その晩、俺はついにダンジョンボスの部屋を発見した。
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