いま再びの京都、豆大福の帰還者、加熱するヒロインレース
──10年前
春。
それははじまりの季節。
大都会埼玉南中学では桜に飾られ、新学期を迎えていた。
窓高き近代校舎は築何年もたっておらずどこもかしもピカピカだ。
陽気とともに入学してくる一年生たちは新生活に胸を躍らせている事だろう。
「中学生生活楽しみだな~!」
「お前、どこの部活入る?」
「やっぱサッカーだろ! 女子に持てるならそれ以外ねーって」
小学校時代の旧友たちとわいわいしながら校舎へ向かっていく新入生たちの流れであるが、ある女生徒が校門をくぐった瞬間、その場の空気がかわった。
「うわ、なにあの人きれい……っ」
「あんな綺麗な先輩がいるなんて」
「まずい、私、女の子なのに恋しちゃいそう……」
皆が一様に色めき立ち見つめるさきには、ひとりの少女がいる。
紅色がかった黒髪の美しい少女だ。
中学2年生になる彼女の名は
学に優れ、去年から考査では常に学年一位を難なく取り続け、運動に優れ、おととしまで地区大会にすら出場していなかった女子バスケットボール部は彼女ひとりの力で全国大会で優勝までしているほどの超人っぷりである。陸上部に助っ人で呼ばれれば、大会で新記録を叩きだし、ソフトボールに助っ人で呼ばれれば4割打者に変化する。
能力だけでなく容姿にも優れている。
日本人離れした透き通った肌は、光りを透過しているよう。終わりゆく恒星のごとき赤い輝きを宿すガーネットの瞳に見つめられれば、超越的な存在感に飲まれ、たちまちほかの生徒たちは見とれてしまう。
さらに謎なのは彼女はたびたび黒塗りの高級車によって送迎されていることだ。
噂ではダンジョン財団の権力者の娘とされており、バックグラウンドは謎に満ちている。ただわかるのはとんでもない金持ちの娘であろうことだけ。
誰もが憧れるすべてを持っている。
天才ここに極まれり、孤高のお嬢様。
それが六道輪廻という少女なのだ。
輪廻はつまらなそうな顔をして、表情に一切の起伏を作らず、うきうきわくわくして登校してくる1年生たちへふりかえりもしない。
彼女にとってはごくありふれた日常の一幕だ。皆が噂し、指さし、視線が集まる。容姿に見とれられ、羨ましがられ、妬まれ、丸裸の感情を注がれる。
「あの先輩、すげー綺麗」
「中学生になったら彼女つくりたかったってお前言ってたよな?」
「い、いや、あの先輩は流石にきびしいだろ。近づくだけで気圧されるって。お前が行けよ」
「な、なんで俺なんだよ。俺は無理だって!」
そんなのもにいちいち注意を向けていては疲れてしまうため、輪廻は決まって無視を決めこむのだ。
登校後はまっすぐ教室に向かう。
窓際の席に腰をおろし、カバンから本を取りだす。
ホームルームがはじまるまでの読書。彼女のお決まりのルーティンである。
読むのは英語でタイトルのかかれた分厚い本だ。著名な学術者の著書と思われる。
だれとも話さず、決まってこのように学校での時間を潰す。
輪廻は特別な運命にあった。
自分が他人とは違うことを知っていた。
他人とは違う道にを行くことを知っていた。
その果てに窮極の領域に行くこともうすうす勘付いていた。
だから誰にも好かれず、だれにも興味を持たないように生きた。
ある朝、登校すると、窓際の一番後ろの席に落書きがされていた。
チョークの粉をふんだんにかけたのだろうか、黄色やピンク色がまざった粉であたりまるごと汚れている。
「輪廻ちゃん、大丈夫ー!? だれがこんなことしたの!?」
言って女子グループが近寄ってくる。
表情には心配する様子など微塵もなく、嘲りが潜んでいた。
輪廻の人生では、時に愚かな者が現れることがあった。
孤高とはそれだけで妬まれるのだ。今回も愚か者は向こうからやってきた。
輪廻はスクールバッグをそっと隣の席に置くと、ちいさくため息をつき──次の瞬間、女子グループのリーダーの髪をつかみ、チョークまみれの机に叩きつけていた。
「拭いて」
「ふえ、ふええ うええん!」
一撃で女子は泣きだし「ごめん、ごめんなさい!」と許しを乞いはじめた。
たいていの愚か者はこうしてわからせればすぐに大人しくなる。
だが、たまに厄介な愚か者が輪廻の人生には出現する。
「おい、てめえが六道輪廻か?」
別の日、輪廻のまえに金髪にピアスをした3年生の先輩が現れた。
不良たちの中でも特別にワルということで有名なやばい奴であった。
どうやら以前仕返しした女子とつきあっている彼氏だったようだ。
先日顔面チョーク塗れにした女生徒は輪廻に酷い事をされたのだ、と目の前のおそろしい3年生男子にチクったらしい。
「てめえちょっとこっち来いよ」
3年生男子三人がかりで校舎裏へとつれて来られてしまった。
「生意気な面してんじゃねえ!」
拳が輪廻の腹を打つ。
痛みに苦悶の声をもらした。
ひざまづく輪廻を先輩たちは粘着質な笑みをうかべて見下ろす。
輪廻の眼は死んでいなかった。ポケットからシャーペンをとりだすと、ガバっとおきあがり、先輩の腹をぶっ刺しながらもつれて倒れ込んだ。
彼女は特別ではあったが、覚醒にはまだいくばくかの時間が必要だった。
「ひえええ!?」
「なにしてんだ、このクソ女!?」
「い、痛えええ!!?」
馬乗りになり、さらなる追撃をしようとする輪廻。
殺意の波動に目覚めた彼女を、先輩のひとりが顔面を蹴り飛ばしてどかせる。
「もう許さねえ。女だから勘弁してやってたのによ」
刺したとはいえシャーペンでだ。
血は出ているが傷自体は大したことない。
先輩3人はありありとした殺意を漲らせ、輪廻へせまっていく。
「そこまでだ」
その時、気取った声が響いた。
不良3人衆も輪廻もびっくりしてふりかえる。
黒いマントに指ぬきグローブをした男子生徒がいた。
壁に背を預け、肘を抱いて、不敵な笑みをうかべている。
「だれだ、てめえ」
「俺か? 俺の名は赤木英雄。お前を倒す者だ」
言ってマントを翻し、赤木と名乗った男子生徒はピシっと不良たちを指さす。
輪廻はハッとする。
赤木は隣の席でいつも居眠りをしている男子生徒であったからだ。
不真面目で、忘れ物ばかりしていて、女子にちょっかいかけてるウザイ男子。
それが赤木英雄の総評であった。
「3人がかりでいじめだなんて見過ごせないな。六道さん、大丈夫、僕が来たからにはこいつらの好きにはさせない」
「舐めてんじゃねえぞ、クソ野郎!」
「遅い。見切った──」
不良の喧嘩拳。
不敵な微笑みに突き刺さり、赤木はふっとばされる。
痛みに悶え、地面のうえをのたうちまわる。
「んだ、こいつ雑魚じゃねえか!」
「こいつからやっちまえ!」
「ちょ、ちょっと待って、お願いします! 待ってくださ、ぶほへえ!?」
赤木は殴る蹴るされ、ボロボロにされた。
結局なんの役にもたたずに戦闘不能になり、輪廻はひとりで不良3人衆との殴り合いをしなければいけなかった。
ボロボロになりながらも輪廻は勝利をおさめることに成功する。
綺麗な顔に痣をたくさんつくった輪廻は、土のうえで伸びている赤木に近寄る。
「どうして、助けてくれようとしたの」
結果として助けられていなかったが、輪廻にとってはこれは大きな意味を持つことだった。これまで友などおらず、誰にも助けてもらえず、ひとりで切り抜けるしかなかった。彼女にとって赤木という少年は謎であり、興味の対象であった。
「俺は……かっこよく生きたいんだよ、見て見ぬふりするより、六道さんを助けたほうがカッコいい、間違ってるかな……」
言って赤木は力尽きて気絶した。
輪廻は赤木という少年に興味をいだき、同じ時間をすごすことになった。
夏休み前の1カ月だけだが、ふたりのあいだにはたしかな交流があった。
主に赤木ほうからの接触であったが。
「ほう。原宿ドッグを食べないのか。俺がカレーと交換こしてやろう」
「デザート1個とおかわり自由なカレーじゃ、交換レートが合ってないけど。バカなの、赤木君」
「遅い、もう交換こした。六道さんは交換こ返しを使わない限り、俺のフィールドから原宿ドックを取り戻すことは出来ない!」
「もういいや。それあげる」
給食の時間、赤木はここぞとばかりに話しかける種を見つけて、輪廻にからんだ。
単純な思考をもつ赤木をエサで釣って話しかけさせるという、輪廻の策であったが、かくして作戦は成功し、給食の時間のたびに、赤木は話しかけた。
積極的不器用な赤木と、消極的不器用な輪廻は、唯一それだけをコミュニケーションとした。
すぐに夏休みがはじまり、2人の地味なコミュニケーションも絶無となった。
赤木は夏休みの間、幾度となく輪廻をどうにか花火大会に誘えないかと、学級連絡網を通じて手に入れた彼女の家の電話に電話をかけようとした。
しかし、勇気はでなかった。一度も遊びに誘うことはなかった。
夏休み明け、六道輪廻は転校していた。
例の一件のせいで、彼女の保護者たる財団はこれ以上のトラブルを嫌がったのだ。
赤木は失意のうちに涙した。
ただの中学生だった彼に輪廻を見つけることはできず、その痕跡をたどることすらもできなかった。
何度も自分を罵った。どうして勇気をださなかったのだ。もし一度でも遊びに誘えていたら、なにかが変わったかもしれないのに──と。
赤木は恰好つけたが、その実、純朴な少年らしく憧れの輪廻に近づきたかったのだ。彼女のことが好きだったのだ。
ある日、ダンジョン財団は赤木英雄の記憶を抹消した。
極秘プロジェクトの要である六道輪廻と唯一交友があった彼を、野放しにしておけば、この先でどんな誤算が起こるかわからなかったからだ。だから、赤木は六道輪廻のとの日々をもう二度と思い出すことはない。
夏休み明けより、赤木へのいじめがはじまった。
不良3人組は例の一件での恨みを、矛先を変えることで、鬱憤を晴らそうとした。
以降、赤木の学生生活は暗澹たるものとなった。
赤木は時折、あの夏を思いだす。
輪廻のことを覚えてはいないが、遥かな想いは消えないものだ。
その想いは、大人になった赤木のもとで、いまも静かに呼吸をしているのだ。
──10年後
いやあ、修羅道さんにランチというお仕置きをされることになりました。
清水寺周辺デートと言っても過言ではないでしょう。
嬉しいな。頬が緩みます。
「京都でお昼を食べるのは初めてですね。赤木さんは京都に来たことはあるんですか?」
「中学生のころに修学旅行で来ましたね。まあ別に楽しくはなかったですが……。修羅道さんは?」
「私は京都には来たことがなかったです」
「そうなんですか? 普通、行きそうですけど、修学旅行で」
「その頃は海外にいたような気がします」
国際的な経歴の持ち主でしたか。
「失われた時間の分、今日はとびっきりのお仕置きが必要ですね」
「(失われた時間……? どういう意味だろう)」
「赤木さん、修学旅行ではどこを観光しましたか?」
「え? えーと……いやぁあんま覚えてないですけど……二条城とか、金閣寺とかはいったかな?」
「それじゃあ、まずは二条城です! そのあとに金閣寺へ行きましょう!」
普通はまだ行ってないところへ行くのは……。
俺は疑問に思ったが、ニコニコ楽しそうな修羅道さんを見ていると、そんなことどうでもよくなった。行こうか、二条城へ。その次は金閣寺。その次は龍安寺へ。
「これが伝説の石庭ですか!」
「噂の石庭くらいが表現として妥当だと思いますけど」
「わあ、これは四季折々の草花が見事な鏡容池ですか!」
「修羅道さん詳しいですね」
「実は昔、よく調べたことがあるんです。学生時代、修学旅行で京都へ行く予定だったんですけど、急遽、わたしだけキャンセルされてしまって。好きだった男の子といっしょの班でまわる予定だったので、今頃はどこをまわっているのかなぁっとか、乙女なことを夢想したものです。懐かしい記憶です」
修羅道さんは鏡容池を眺めながら、遠い目をする。
彼女にもそんな時代があったのかと、俺の知らない修羅道さんに思いを馳せた。
どんな学生時代を送ったのだろう。どんな人とこれまで付き合い、どんな交友があって、財団受付嬢なる立場になったのだろう。
俺はそれを全く知らない。
「ねえ、赤木さん、知っていますか。鏡容池にはおしどりがたくさん生息していたことからおしどり池と呼ばれていたんですよ。だから夫婦にとっては縁起のいい場所だそうです」
言って、修羅道さんは肩に頭を乗せて来た。
じんわりと体温が伝わってくる。
あえ? なんか雰囲気が……雰囲気がよくないですか?
これはもしかして、もしかして、だけど、修羅道さんは俺のことを好いてくれているのか? え? そんなご都合主義ある?
俺は動揺して修羅道さんのほうを向けず、視線を鏡容池で泳がせる。
目線の先に異物を発見。異常なそれはアロハシャツを着ており、おおきなサングラスをかけて、ココナッツジュースを翼で器用にかかえて、ぷかぷかと浮かんでいた。
なんか見覚えあるな。白くてふわふわで……あれ?
「あそこに野生のシマエナガがいません?」
野生のシマエナガはこちらに気づくと、ハッとして猛スピードで飛んできた。
ものすごい速度で俺と修羅道さんのあいだをぶち抜いて飛行し、思わず俺たちはバっと離れて避ける。ああ、修羅道さんのぬくもりが!
「ちーちーちー!!(訳:ちーがいない間になにをしているちー! メインヒロインを差し置いておこがましいちー!)」
「……」
あぁ……とうとう帰って来ちゃったのね……(察し)
「おかえりなさい、シマエナガさん。てっきりまだ収容所にいるものだと」
「そういえばシマエナガちゃんを釈放した報告をするのを忘れていました!」
「きゅっきゅっ(訳:鳥殿、こんなところでなにをしていたっきゅ?)」
「それにその恰好……」
アロハシャツを着て、ココナッツジュースを片手にして……。
どこでなにをしてきたのか聞くまでもない気がしますけど一応聞きますか。
「ち、ちーちー!(訳:まさかちーが束の間の自由を謳歌するために、世界中をまわって観光渡り鳥をしていたとでもいいたいちー!? つい1時間前までハワイでバカンスを楽しんで南国の海を漫遊して、そろそろ日本に帰ろうと思って、最後の観光地に京都を選んだとでも疑っているちー!? 誤解ちー!)」
「修羅道さん、この鳥超調子乗ってますけど、どうしますか」
「うーん、これは収容、ですかね……」
「ちーちーちー!(訳:本当にごめんなさいちー! ちょっと自由を楽しんでいただけちー! 許してほしいちー!)」
反省しているかは今後の態度で示してもらいましょう。
というわけでとりあえず謹慎1カ月で様子をみます。
一度逮捕され、シマエナガさんはどう変わったのか。
これからが楽しみです。
「ちーちーちー(訳:後輩がいないちー。ついにやつも収容されたちー?)」
「ぎぃさんが仕事中です。シマエナガさんがいない間にいろいろ変わりましたよ。はい、どうぞ、とりあえずおかえりなさい」
シマエナガさんを胸ポケットにいれてあげる。
ちいさな体温が入っている感じ。やはり落ち着くな。
この後、ようやくランチを取ることになった。
思えばランチのはずが、修学旅行みたいなことになっていた。
まあ、修羅道さんと過ごせてすごく楽しかったのでヨシ。
お昼は美味しい老舗のお蕎麦屋さん。
八代続く名店らしいです。
「交換こです! これとこれをこうしてっと」
「修羅道さん、まさか海老天の尻尾と俺の鴨汁南蛮そば交換しようとしてます?」
海老の尻尾1個 : 鴨汁南蛮そば 2,450円(税込
どんな名店でも相変わらず交換レートはバグったまま。
彼女の人生のどこかで交換レートを狂わせた野郎がいると思うと、そいつを処してやりたい気持ちになりますね。
──というわけで、俺はついに封印していた秘儀を発動することにした。
「チェーン2、秘奥義・交換こ返し」
「まさか交換こ返しを使えるなんて! 赤木さんがわたしの鴨汁南蛮そばと薬味のわさびを交換してます! ひどいです、なんて交換レートなんですか!」
「ふふ、修羅道さんは甘いですね。交換こを仕掛ける時、人はまた交換こを仕掛けられているんですよ。あともう俺のフィールドに干渉することはできなくなりました。交換こ返しはチェーン不可です」
修羅道さんとごはんを食べるといつもほのかなノスタルジーを感じる。
遠いかつてこんなことをしていたような……そんな気分になるのはなぜだろう。
考えてみるが、特にこれといった思い出は浮かばない。
修羅道さんを見やる。
鴨汁南蛮そばをおいしそうにすする彼女。
「? どうしました、赤木さん?」
「いや、なんでも。鴨汁南蛮、美味しいですね」
「本当においしいです! もっとはやくに来たかったですね、赤木さん」
修羅道さんが幸せそうに舌鼓を打っている。かあいい。
彼女の笑顔を見てるとこの世のすべての悲劇、真理も、残酷も、不幸も、ありとあらゆる問題課題さえ、まあなんでもいいか、と思えるのだった。
─────────────────────
こんにちは
ファンタスティックです
こちらはヒロインレース速報部です。
修羅道さんがやはりメインヒロインだったのでしょうか。流石の貫禄を見せつけ、暫定一位の座を確固たるものとしました。
1 修羅道
2 トリガーハッピー
3 ドクター
4 イ・ジウ
5 シマエナガさん
───以下圏外───
李娜、赤木琴葉、地獄道、畜生道、餓鬼道(エージェントG)、ブラッドリー、ミスター、花粉ファイター
イメージとしてはこんな感じなのですが、訂正がありましたらコメントで「作者が勝ってに言ってるだけだろ」と異議申し立てください。
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