経験値工場移転



 無事に30階層のフロアボスを倒すことができた。

 ハリネズミさんにボスクリスタルを拾ってもらい、俺はボスドロップを山盛りの灰のなかから探し出す。


「ん? どこにもないな」


 探せど、探せど、見当たらない。


「ぎぃ(訳:おかしいですね。ボスは確定でアイテムを落とすと思っていましたが)」

「きゅきゅ!(訳:あれを見るっきゅ!)」


 ハリネズミさんが声高らかにピンっと短い前足を伸ばした。かあいい。

 

「パイプオルガン。深淵の作曲家が使ってたやつですね。……あっ」


 気が付いた。

 パイプオルガンにアイテム名の表示が出ていることに。

 今回のボスドロップは思っていたよりずっと大きかったようだ。

 アイテム名は『経験値パイプオルガン』だと?

 ほほう、非常に興味深い。

 

────────────────────

『経験値パイプオルガン』

 異次元の匠モートンの作品

 鍵盤を弾くたびに100経験値手に入る

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 これもまた経験値の匠、いや、違った異次元の匠モートン氏の作品。

 チーム指男はモートン印の異常物質に大変お世話になっております。

 

 鍵盤を弾くたびに100経験値ですか。

 つまり経験値クリッカーということですね。

 

「これを経験値工場に持ち帰らなければ」

「きゅっきゅ(訳:とても”扉”をくぐれるサイズではないっきゅよ、英雄殿)」

「では、こうしますか」


 指を鳴らす。

 虚空から白い長い腕が無数にでてきた。パイプオルガンをホールド、異次元空間へ丸ごと引き込んだ。『超捕獲家 Lv4』はいまのところ捕獲対象の大きさに制限がない。流石に限度はあるとは思うが、パイプオルガンぐらいのサイズなら問題ない。

 

「きゅっきゅっ(訳:流石は英雄殿っきゅ!)」

 

 いったん経験値工場に戻り、パイプオルガンを設置しようとする。

 だが水深数センチの湖にぼちゃんするのはためらわれた。

 

「ぎぃ(訳:我が主、わりと今更ですが経験値工場を移転してはいかがですか。ドクターも娜もたびたび足元の水深のせいで困った事があると苦情をあげているのですし)」

「そうなんですか?」


 初耳だ。


「きゅっきゅっ(訳:濡れた足で歩きまわるからマシン開発中に漏電してたびたび10万ボルトの電圧に感電しているらしいっきゅね)」


 なんでまだ生きてるんですかねぇ。

 

「ぎぃ(訳:研究者なので爆発や感電程度で死んでいてはままならないためでしょう)」

「なるほど、それなら死なないのも論理的説明がつきますね」


 いい機会だ。

 経験値工場を移転しよう。

 

 というわけで、ドクターと娜に厄災島のほうへ移動してもらい、俺は『超捕獲家 Lv4』によるあらゆる経験値設備の移転を行った。

 すっかり経験値工場が綺麗になった。


 経験値設備もろもろは厄災島の『厄災研究所』へ移動させた。

 『厄災研究所』は以前、地獄道さんが査察をした黒い要塞のことである。

 ぎぃさんが時間を見つけては毎日MPを使って『黒沼の要塞』による増築を行っており、いまでは中学校の校舎くらいのおおきさの施設に成長した。


 『厄災研究所』にはさまざまな施設が併設されており、いまでは黒沼の怪物たちにさまざまな技能を習得される訓練場が多数存在している。

 スポーツ、科学、芸術、格闘術、武器術、料理、建築──どれだけの技能を習得できるのか未知数なので、とりあえずなんでも試しているところだ。ただ、こうした教育・訓練のためにもお金がいるのでやはり稼ぎを増やす必要がある。

 どこからか聞こえてきているクラシック音楽は楽団が練習をしているためだ。

 ひとつの宣伝戦略として、音楽団はチーム指男の重要な武器である。怪物たちは練習にはげみ、そのため厄災島には日夜オーケストラの奏でるクラシックが遠くのほうから流れて来る。


「ぎぃ(訳:いづれ経験値工場を移転すると想定していたので、すでに空間は構築してあります)」

「きゅっきゅっ(訳:流石は蟲殿っきゅ。すべては計算通りっきゅね)」


 さすぎぃの手腕によりあらかじめ用意されていた『経験値生産棟』なる建物のなかに、各種の設備を移動させた。

 高さ15mもの『経験値パイプオルガン』を置いた時は「なんじゃあこりゃあ!?」と、ドクターたちに驚愕をされた。


「指先達にピアノ弾ける子がいましたよね。ここで弾いてもらうというのはどうでしょう?」


 最近、チーム指男では音楽への趣向が熱をもっている。

 指先の楽団をつくったのがその表れだ。

 さほど音楽に興味があるわけじゃないが、以前なにげなく「ぎぃ(訳:戦士たちは戦場で音楽を楽しむものです)」とつぶやいていたので、じゃあ、楽しんでくれということで好きにやらせているのである。


 指先のひとりが椅子に浅く腰掛け、パイプオルガンに向き合う。

 演奏をはじめた。内臓を震わせるような偉大なる音階が響く。

 ただ、なにか変だ。指先にしては下手というか。音がたまに飛んでいるような。


「ぎぃ(訳:ピアノは弾けますが、パイプオルガンを弾くためにはいましばらく練習が必要なようです。それと)」


 ぎぃさんは首をもたげ、パイプオルガンのうえのほうを見やる。

 釣られて視線をあげる。

 そういえば、パイプオルガンの上のほう変な形なんだよね。

 斜めに一直線に切断されたみたいになってて。


「ぎぃ(訳:我が主が真っ二つに斬ったので、ひどく壊れているようです)」

「俺のせいでしたか。ドクター、直せますか?」

「無茶を言うんじゃないわい。わしを万能かなにかだと勘違いしてはおらんか? パイプオルガンなんて専門の職人しか手を加える事はできんじゃろう」

「娜はどうですか? 天才ならなんとかなるんじゃないですか?」

「めちゃくちゃな根拠で雑な期待しないでくれる?」

「ハッピーさんは……無理ですよね」

「もちろん無理だけど、なんか腹立つ……」


 チーム指男の頭脳を結集してもパイプオルガンを直せないとは。


「ぎぃ(訳:ここは私がなんとかしましょう。考えがあります)」

「わかりました。ぎぃさんにお願いします」

「きゅっきゅっ(訳:蟲殿、いったい何をするつもりっきゅ)」

「ぎぃ(訳:黒沼の戦士はプロフェッショナル集団です。なので技能を輸入します)」

「ふぅん、なるほど。さすぎぃ(※わかってない)」

「きゅっ!(訳:もう察するとは流石は我が盟友、英雄殿っきゅ! 指導者の明晰な図のは伊達じゃないっきゅ!)」


 言ってる意味がわかりませんけど、まあ、任せとけば大丈夫っしょ。


 ちょうどいいので、そろそろキャンプで一回収穫を清算をしようかな。

 すっかり何も無くなったメタルトラップルームへ戻ってくる。

 ここは今度、あらゆる空間を繫ぐターミナル転移駅として活躍することになる。

 あとはメタルモンスターの生成とそれを魔法陣で狩るとか、かな。

 これまでは強力なモンスターを捕獲しても、魔法陣内から逃げられたら経験値工場をめちゃくちゃにされる危険性があったし、あんまり積極的に捕獲しなかったけど、これだけ広々とすれば、いっぱいご招待してもいいかもしれない。


「きゅっきゅっ(訳:でも、扉のなかには英雄殿の私室に直通しているものもあるっきゅ。もしその扉を攻撃されたりしたら、大変なことになると思うっきゅ)」


 確かに。

 メタルトラップルームの円形空間の円周部には、いまとなってはたくさんの扉が設置してある。扉の横にはネームプレートがあり例えば俺の部屋なら『赤木英雄の部屋行き』と書かれている。


 この異空間はいろいろと使い勝手がいいのだが、扉の先に繋がる空間のことを思うと、どうにもここでド派手に暴れるのはやや慎重にならざるを得ない。


 当面の間は、クリスタルの保管所とターミナル転移駅、メタルダックスフンドから経験値を抽出する場としての活用にとどまるだろうか。


「ハリネズミさん、ボスクリスタルだけ持ってきてください」

「きゅきゅ(訳:この山のようなクリスタルは財団に売らなくていいっきゅ?)」

「本当はだめですけど、なんか見逃されてるんで……」


 たびたび地獄道さんに脱法クリスタルの山を見られてますが「……内緒にしてあげます」と慈悲を与えられているのだ。話がわかる人で助かってます。


「きゅっ(訳:でも、許されているうちに誠意は見せたほうがいいと思うっきゅ。申し訳ない気持ちというか、そういうものを態度で示すのは社会人には大切なことっきゅ!)」


 ハリネズミさんに社会人のなんたるかを教えられてしまった。

 うむ。しかし、確かに一理ある。

 黙認されているからと言って調子に乗っていたらいつか裁かれそうだ。

 脱税しているのに3年間くらいは泳がされて、いっきに追加徴税されるみたいに。

 ここら辺で一度納税しておくか。


 清水寺の境内に設置したダンジョンキャンプ内郭直通扉をつかって、一瞬で京都クラス5ダンジョンへと戻り、修羅道さんの査定所へ。

 

「おかえりなさい、赤木さん! 最前線単騎駆けは順調ですか?」

「さっき30階層のフロアボスを倒したところです」

「もう30階層ですか! 流石は赤木さんと愉快な仲間たちです!」


 そんな可愛い集団じゃないですけどね。


「探索者さんたちがこぞって赤木さんのことを褒めてましたよ! こちらにメッセージが届いてます! 『君は素晴らしい探索者だ。応援している』『お前は間違いなくS級ハンバーグ。よくぞこねあげた』『淀みなき黄金のフライドポテト。最高に揚がっちまうぜ!』とのことです!」


 とのことです、じゃないけど。

 後半よくわかんなかったや。 

 まあでも賞賛されているというのはなんとなくわかった。

 なんの取り柄もなかった俺だけど、こうしていろんな人に褒めてもらえて、応援してもらえる。なんてありがたいことなのだろう。探索者を続けててよかった。


「査定をお願いします。ちょっと多いですけど」

「はい、お任せください! って、えええ!?」」


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【今日の査定】

 小さなクリスタル × 4,102  

        平均価格 2,130円

 クリスタル    × 1,890  

        平均価格 4,797円

 大きなクリスタル × 1,369  

        平均価格 15,254円

 ちいさな宝箱   × 210    

         価格 20,000円

 宝箱       × 140   

         価格 100,000円

 特別におおきな深淵のクリスタル 

         価格6,475,524円

 特別におおきな深淵のクリスタル 

         価格19,856,753円

 特別におおきな深淵のクリスタル 

         価格52,700,850円

【合計】

 135,919,443円 (1億3,591万9,443円)

【ダンジョン銀行口座残高】

 164,606,522円 (1億6,460万6,522円)

【修羅道運用】

 52,741,852円 (5,274万1,852円)

【総資産】

 217,348,374円 (2億1,734万8,374円)

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 ターミナル転移駅に眠る財宝のうち半分を納税しました。

 それと京都で倒したボスたちのおおきなクリスタルを合わせたらすごいことになってます。


「赤木さん! こんなに溜め込むなんて悪い人のやることです! クリスタルは全部ダンジョン財団に売らないとだめなんですよ!」


 修羅道さん、流石に怒ってるかな。


「お仕置きに風情のある老舗お蕎麦屋さんに連れて行ってください! それで勘弁してあげます!」


 わあ……なんというお仕置きなんだ。


「む、思えば、ここは京都でしたね……そうです、赤木さん」

「?」

「今回は特別編失われた時を求めて編ですよ。さあ行きましょ」


 修羅道さんはどこか遠い目をしていった。

 失われた時を求めて編? どういう意味なのだろう。

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