フロアボス:深淵の彫刻家



 11階層へ降りて来た。

 深淵のダンジョンは黒曜石のような岩質が迷宮を形作り、全体的に暗いのが特徴だ。だが10階層を越えてからはいつものように黒煉瓦の要塞のごとき、異質な地形に変化した。階層内で上下に分厚い性質は変わっていないように思えた。


「消し炭消し炭ー」


 パチンパチン


 ダンジョン・フレンチブルドッグを消し炭に変えながら、ノルウェーの猫又ことノルンの背に乗りダンジョンを駆け抜ける。


「ん、そろそろ、お二人ともMP回復してそうですね」

「ぎぃ(訳:お勤めの時間ですか)」

「きゅきゅ(訳:本業がはじまるっきゅね……我はあんまり気が進まないっきゅ……)」


 メタルトラップルームの刃で壁を斬りつけ「どうぞ」と、ぎぃさんとハリネズミさんに経験値工場へ行ってもらう。


 ぎぃさんは『黒沼の武装 Lv5』で『黒ねじれの槍』を生産し、ハリネズミさんは『救世の鱗鎧 Lv3』『救世の疾翼 Lv2』『救世の棘尾 Lv2』『救世の竜盾 Lv2』で、黒い指先達の装備を生産してもらう。

 彼らにとってはこれが本業である。


 俺は引き続き、ノルンといっしょにダンジョンの深きを目指す。











 ──ダンジョン侵入より87時間



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  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『ガバエイム矯正日間 4』


 手動で狙いをつけてワンスナップ・ワンキル達成

      1,000/1,000


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 『破天のグリーヴ』


 継続日数:146日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

 ──────────────────


 今日のデイリー報酬も破天シリーズ。

 またひとつ手に入れた。ムゲンハイールに放り込む。


 ただいま14階層。 

 

 む、あれはやけにデカい、モンスターを発見。

 ダンジョン・フレンチブルドッグじゃない。


 黒いスーツをぴちぴちっと着込んだ怪人だ。

 グリズリーベアのごとき巨大さで、手足が丸太のように太い。

 顔はフジツボがたくさん付いたみたいに醜く変質──あるいは元からそういう顔なのか知らないが──している。


 徘徊ボス、だろう。


「まあ、消し炭なんだけど」


 結局のところ、それ以外の選択肢はない。

 消し炭とは万物への万能の解答なのだ。


 スッと腕をもちあげ、狙いをつける。

 と、その時──


「ん?」


 ──ビヂィ


 空間を蒼雷が切り裂いた。

 鼓膜にちょくせつ響くような不安を誘う通電音。

 ダァンダァンッっと連続して響く撃鉄音。

 醜き徘徊ボスの胸に次々と雷の軌跡がつきささり、怪人は為すすべなくドカーンっと倒れた。


 曲がり角から現れる銀色の髪をなびかせる彼女。

 左手には銀色の大型自動拳銃。

 右手にはそれよりもさらに大きい暗黒の自動拳銃。

 なんだかあんまり賢そうに見えない装備をする彼女の名はトリガーハッピー。


 はい。ハッピーです。


「どう、カッコいいでしょ」

「知性が感じられない武器ですね」

「武器って言うのは賢しらぶってるんじゃだめなんだよ。『魔法銃シルバーコード Lv8』。2年後に売り出す予定の銃を地獄道が融通してくれたんだ。試作品だけど」

「Lv8て。なんか知らない銃が進化してるし。たくさん強化してあげたピゾンはもう使ってないんですか?」

「属性弾使い分けるのに不向きだからね」


 そういえば、新しいことに挑戦するとか言ってたっけ。


「あんなに可愛いって言われてたのに意外とはやく捨てられちゃったなピゾン君……む、というか『魔弾の射手』も持ってないみたいですけど。あれは結構いい異常物質だったはずですよね?」

「あるよ。ちょっと形変わったけど」


 言って、ハッピーさんは黒くてバカデカい拳銃を持ち上げた。

 ちょっとかな? めっちゃ形状変わってますけど?

 

「ライフル銃だったような気がするんですけどねぇ」

「『魔弾の射手フライクーゲル』。地獄道に改造してもらったんだ。いっぱい撃ちたいから」


 だめだ。理由が阿保っぽい。


「12.7mm×20mm炸裂徹甲弾、この銃だけの専用弾。全長27cm、重量7kg。私だけが扱える銃なんだ、んふふ」

「ああ、はいはい、すごいすごい」

「ちゃんと聞いてよ、指男……これ本当にすごくてスライドが鏡のように磨き上げられててね──」

「とりあえず、人様に迷惑掛からない程度に遊んでくださいね。できれば日本退去も視野にいれてください」


 本当に危ない人です。

 ハッピーさんは不貞腐れた風に銃を渋々としまいます。

 彼女は無限に喋る。銃のことになると。2週間くらい前、ハッピーさんとラーメン一蘭を食べに行く謎のおでかけをした時に、銃の話に付き合うと5時間くらい喋りつづけてた。以来、早々に聞いてない感を出して、あんまり喋らせないようにしてる。


「でも、よかった。私さ指男のこと探してたんだよね」


 ハッピーさん、どうやら潜りっぱなしで休憩してなかったみたいです。

 話を聞くと俺を捕まえて経験値工場から外へ行きたかったとのこと。

 

「お風呂入って、着替えて、ご飯食べて、寝て来るから、12時間後に”扉”つくってくれる?」


 もうすっごい便利に使われてるね、俺。

 でもいいでしょう。なぜならハッピーさんはギルドメンバーだから。

 








 


 ──ダンジョン侵入から99時間


 ─────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『ガバエイム矯正日間 5』


 手動で狙いをつけてワンスナップ・ワンキル達成

      1,200/1,200


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 『破天のアーマー』


 継続日数:147日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

 ──────────────────

 

 ついにアーマーGET。

 これで破天の腕防具、頭防具、足防具、胴防具がそろいましたね。

 武器もあるし、破天シリーズは制覇かな。


 あとで黒沼の怪物に装備するのをちょっとした楽しみとして、ムゲンハイールに収納しておきましょう。


 おっと。

 そう言えば、ハッピーさんに”扉”開けるように頼まれてたんだった。


 メタルトラップルームで壁を傷つけてワープポイントを設置する。

 ノルンにまたがったまま、経験値工場へ戻って来た。

 ハッピーさんが見当たらない。


「あそこかな」


 経験値工場の娜のコンテナを開くと、ゲームしながら待機していたハッピーさんを発見。

 

「ハッピーさん、ダンジョン直通猫タクシーです」

「にゃあ~♪」

「13時間くらい経ってるよ。ちょっと遅いかも」

「文句言うんじゃありません。十分便利でしょう」


 ハッピーさんを連れてダンジョンへ戻る。


「で、ここ何階層?」

「20階層のフロアボス前まで来ましたよ」

「……え? はやッ?!」


 ハッピーさんは白い霧で覆われた黒く重厚な扉を見てビクッとする。

 ついでに周囲でひざまづいて、こうべを垂れている黒い指先達にも気づいてもう一回ビクッとする。


「な、なにこれ、どうなってるの? 魔王?」

「俺もわかりませんよ。たぶん魔王なんでしょうね」

「魔王なんだ……」


 白い霧に近づく。

 揺れる淡い文字で『フロアボス:深淵の彫刻家』と刻まれている。

 指でなぞると文字はゆっくりと黒く染まっていき、やがて霧が晴れた。


 ボス部屋に入る。

 暗いドームの真ん中がスポットライトに照らされている。

 身の丈の倍もある石塊をノミとハンマーで叩くその彫刻家の男は、手も作業着もまっしろに染めて、無心で削り続けていた。

 

 周囲には白く無骨な岩石の塊がある。無数にだ。

 荘厳なる石像たちも鎮座している。無数にだ。

 数えるのがバカらしくなるほどの試行錯誤。

 何度も絶望し、でも諦められない。

 納得のいく創造をやめることができない。

 石像たちの表情は皆、猛烈な怒りに支配されている。

 穏やかな顔をした者などひとつもない。


「変なやつ」

「こんなところでどうして彫刻をつくってるんですかね」

「ダンジョンモンスターは別世界からの侵略者だよ? ほかの世界から来たバケモノのことなんてわかるわけないよ」


 言ってハッピーさんは大口径魔法銃シルバーコードを抜いて、クルクルとガンプレイしながら散歩するように歩きだす。

 

 彫刻家はハッピーさんに気づくなり、作業の手を止めた。

 付近の石像たちが動きだす。

 どうやら客人の相手はすでに完成していたらしい。


 石像たちは硬い動きで、のそのろとハッピーさんに接近。

 ハッピーさんは鼻で笑って石像の1体の頭部へ発砲。石頭が砕け散る。


 石像たちは仲間の1体がたやすく屠られたのをジーっと観察し、直後、走りだした。それまでの硬い動きが嘘であるかのように、滑らかで、機敏な身のこなし。


 ハッピーさんへ石の拳が叩きつけられる。

 2回の撃鉄音。粉砕される石像。

 ハッピーさんに攻撃は届かない。


 石像たちの猛攻は止まらない。

 優に30体を越える石像たちは、各々槍やら斧やら剣やらを持っている個体もおり、それらは野生の獣がごとく乱暴に襲い掛かって来た。


 ハッピーさんは踊るように攻撃をかわし、石像たちへ鉛玉をぶち込み、玉砕させていき、やがて全滅させると、彫刻家自身がノミ一本で突っ込んできたので、それを蹴り飛ばして黙らせた。

 

 作業途中の彫刻に叩きつけられ、彫刻家は見るからにダメージを受けた様子で怯む。

 

「じゃあね」


 ビディ──


 彫刻家は息絶えた。

 光の粒子となり、ハッピーさんへ吸い込まれていく。


「これで終わり? 雑魚だった。ふっふっふ、どうやら私、強くなりすぎちゃったかな? ねえ見てた指男、私強いでしょ?」

「すぐにイキリハッピーさんになるのは雑魚ハッピーのはじまりだと思います」

「ざ、雑魚じゃないもん!」

「後ろ。なんか動いてますよ」

「え?」


 ハッピーさんの後ろ、削りかけの石像が動き始めた。

 いましがた彫刻家が削っていた魂の未完成作品だ。


「そっちが本体なの?」

「助けいりますか。いつでもやれますよ」

「いらない! 私ひとりで倒せる!」


 言ってハッピーさんは得意な顔になって、二丁の大型拳銃を構える。


 鈍重な巨大なる攻撃は、ハッピーさんの俊足をとらえるには遅すぎた。

 とはいえフロアボス。

 途方もない耐久力を持っていた。

 3分ほどハッピーさんは絶え間なく銃をぶっぱなしまくっていただろうか。

 ようやくフロアボスの巨像は崩壊し、活動を停止した。


 石像は石灰になり、ドーム空間にふぁさーっと広がる。

 サラサラの石灰群のまんなかでハッピーさんは一息つき、こちらへ向き直った。

 

「お疲れ様です」

「ありがと。でも結構待たせちゃった……こいつのドロップ品、指男にあげるよ」

「要らないんですか?」

「ギルドメンバーだからね。成果をどうするかはリーダーが決めればいいと思う。私のボスはあんただからさ」

「そうですか。なんか慣れないですけど」


 まあ、そういうことならありがたく頂きましょう。

 ボスクリスタルを回収し、ボスドロップも拾う。


 相変わらずクリスタルは立派で、今回のはデカいかぼちゃサイズもあった。

 ボスドロップは彫刻家の持っていたノミである。

 アイテム名は『彫刻家の業』ですか。どんな業がこめられているのかな。

 

──────────────────────

『彫刻家の業』

 深淵の彫刻家が遺したノミ

 スキル『召喚術──深淵の石像』を解放できる

──────────────────────


 面白そうな異常物質アノマリーだ。

 俺はノミで自分の心臓をぶっ刺した。


「えぇ、なにしてるの指男……っ、いきなりそんな、はやく回復薬を!」

「大丈夫、これがいいんですッ」

「……ぇ?」


 血を吐き、心臓が一度止まりかける。

 だが、新しいチカラが吹き込まれていくのを感じる。

 これはまたなんというか……気持ちがいい。


「うぉぉぉお!(興奮)」

「(これもまた指男の持病ね。きっと昔から強すぎたから痛みを知らないのね。ということは指男は極度のM男……大丈夫、私なら受け入れてあげられる)」


 ハッピーさんが優しい眼差しで見てきます。

 なんだろう。森の怪物によりそう心優しい女の子みたいな目は。


(新しいスキルが解放されました)


 久しぶりに新スキルげっちゅ。


 ────────────────────

 赤木英雄

 レベル290

 HP 1,000,741/1,291,200

 MP 232,,140/235,000


 スキル

 『フィンガースナップ Lv7』

 『恐怖症候群 Lv10』

 『一撃 Lv10』

 『鋼の精神』

 『確率の時間 コイン Lv2』

 『スーパーメタル特攻 Lv8』

 『蒼い胎動 Lv4』

 『黒沼の断絶者』

 『超捕獲家 Lv4』

 『最後まで共に』

 『銀の盾 Lv9』

 『活人剣』

 『召喚術──深淵の石像』


 装備品

 『クトルニアの指輪』G6

 『ムゲンハイール ver7.5』G5

 『アドルフェンの聖骸布 Lv6』G5

 『蒼い血 Lv8』G5

 『選ばれし者の証 Lv6』G5

 『メタルトラップルーム Lv4』G5

 『迷宮の攻略家』G4

 『血塗れの同志』G4


────────────────────


 ───────────────────

 『召喚術──深淵の石像』

 深淵の彫刻家はいまも作り続けている

 それは終わること無き探求である

 深淵の石像を召喚する

 消費MP 1,000

 ───────────────────


 おお。俺も召喚術を覚える時が来たか。

 よきかな。


「あ」


 心臓に刺してたノミが砕け散った。

 一回しか使えないようだ。


「ぎぃ(訳:残念ですね。ブレイクダンサーズみんなぶっ刺そうと思ったんですが)」

「きゅきゅ(訳:蟲殿が恐ろしいことを考えているっきゅ……っ!)」


 やはり根っからの厄災。

 すぐ人類滅ぼす軍隊をつくろうとします。


「ノルンが快適過ぎて歩くの面倒くさくなってきたから、この子貸してくれない?」

「にゅあ~」

「だめです。ノルンは俺の猫です。あと俺の歩くの面倒なんで、もうノルンなしのダンジョン探索とかちょっと考えられないです」

 

 というわけで、ここからは一緒に行くことにしました。


「(指男とダンジョンデートだ。やった)」

「しっかり掴まっててください」

「はーい」


 俺が前でハッピーさんが後ろ。

 21階層を猫タクシーはにゃーんっと駆けだした。

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