指先の隊長


 崩れる家屋に潰されて、少女は水のちょろちょろと流れる音を聞く。

 私はなにをしてるんだったか。

 記憶が混濁し、視界がおぼろげだった。

 ぬるま湯のなかでとろけたかのような頭が、ゆっくりと覚醒する。

 

 少女はハッとして起き上がる。


 瓦礫を持ち上げ、立ちあがり、龍を呼び戻す。

 視線の先には黒の兵団がいた。


 その先頭には白亜の聖鎧に身をつつんだ者が立っている。

 邪悪な一本鎗を右手に、左手に光の機関銃をたずさえた英傑だ。

 異形でありながら、そこに精強な戦士の覇気をもっている。

 鎧から除く顔は人間のソレではない。

 黒く湿っていて、目はない。剥き出しの刃は凶悪さをありありとたたえている。ほとんどエイリアンみたいな不気味さなので、あれが人間でないことは間違いない。


 少女はズキズキと痛む頬を押さえる。

 頬骨が砕け、口のなかがじゃりじゃりとした。

 

 配水管が割れできた水たまり。

 浸かる薙刀を足ですくいあげて手に取る。

 武器の重みをたしかめるように握り、侮っていたことを反省する。


 本気でぶっ殺してあげます。

 

 少女の目つきが変わる。

 華麗な少女はもうそこにはいない。


「ああ、いい気分ですね、気持ちよくなってきました」








 少女はかつてを思い出していた。

 殴られた痛みが、古巣にして故郷での感情をなくすまでの日々を思い出させてくれたのだ。

 

 少女は産まれた時代をよく覚えていない。

 戦時中だったような気がするし、そうじゃなかったような気もする。

 

 それは彼女が作られた人間であることが原因である。

 不老不死を追求する秘密結社──台湾『龍仙社』。

 そこで彼女は培養された。

 龍仙の巫女と呼ばれる計画があった。

 クローンを生み出し結社の長老の命器とする非人道的な計画だ。

 そのために可憐な少女たちが設計された。


 何度も何度も試行錯誤がくりかえされ、最高のクローンが量産された。


 器には感情を必要としなかった。

 だが、人のカタチをし、人として作った以上、そこには感情が宿ってしまう。

 龍仙の巫女003は1年間かけて感情を抹消された。

 ごく原始的な方法で、同じ顔をした少女たちは殺し合った。

 大人たちに弄ばれることで計画通りに感情の漂白を完了したのだ。


 烈火のごとき激しい怒り、屈辱と煮えたぎる報復の炎。

 嵐を呼ぶほどの傷跡は、彼女を覚醒させ、やがて龍仙の巫女は龍となった。








 龍が空から降ってくる。

 黒い指先達はそれぞれ攻撃範囲から逃れるように避ける。

 まっすぐに流星のように地面に激突した。

 龍は激突と同時に少女をぱくっと食わえると丸のみにしてしまった。


「ぐガ、オゴゴッ!」


 不気味な咆哮が、京都の情景にひびきわたる。

 龍のサイズがだんだんと小さくなっていった。

 体長5mほどまで縮むと、さらなる変化が起こった。

 龍は手足を生やしたのだ。

 半人半龍とも呼ばれる形態であった。


 その顔にはさきほど喰らった少女の雰囲気がある。

 龍の顔だが、確かにあの少女──龍仙の巫女のものだ。


 スキル『龍人』の効果であった。

 彼女はスキルで召喚した眷属モンスターと融合することで、さらなるチカラの行使を可能にできるのである。

 

 その姿は龍仙の巫女がいまいましい過去を呪った証。

 『龍仙社』で奪われた尊厳と引き換えにした自由を謳歌する権利でもある。


 彼女は染みついた血の香りを忘れらない。

 だから、殺すのだ。

 『龍仙社』より拾ってくれた白夜の狂気のため、生贄を捧げるのだ。

 すべては彼のため。


「白夜さまァ、いま新しい贄を……──」


 落ちる薙刀を拾った。

 柄も刃もぐんぐん大きくなる。 

 長さも太さも、天翔ける龍人がもつにふさわしい大きな得物になった。


「さあ、蹴散らしてあげますよ」


 龍仙の巫女は意気揚々と、昂る破壊衝動を開放し、黒い指先達のうち、すぐちかくにいたブレイクダンサーズを叩き斬った。

 黒い液体が飛び散り、肉片がべちゃっと壁に飛びちった。

 黒沼の怪物は一撃で両断され、絶命した。


 次に龍仙の巫女は雷と風を纏った。

 振れるだけで肉塊になるほどの風の暴威であたり一帯を薙ぎ払う。

 範囲内にいたブレイクダンサーズとブラックタンクはたまらず砕け散った。


 破壊衝動を解き放つ快感に、龍は高笑いした。

 そして、メインディッシュへ向き直り、ぺろりと舌なめずりをする。


「異形の眷属よ、あなたももう敵ではありませんよ」


 龍仙の巫女は黒い指先達の隊長へと向き直る。

 口をガバっと開くと、溢れ出す雷をブレスとして吐きだした。


 と、その時。


 龍仙の巫女の口内へ鋭い痛みが走った。

 げほげほ、っとせき込み、ドラゴンブレスを中断。

 代わりに血をぶしゃっと吐き出した。

 

 隊長は主よりたまわった救世の機関銃で狙いをつけ雑に放っていた。

 片腕でマシンガンを構えたその仕草がなんだか馬鹿にしているような気がして、龍仙の巫女は眉根をひくつかせ、立派な髭をぷるりと震わせる。

 

「ふざけているのですか……っ」


 龍仙の巫女は興奮と苛立ちを乗せて、跳躍した。

 チカラいっぱいに薙刀をふりあげて全体重2tをのせて隊長へ叩きつける。


 隊長は避けるそぶりを見せない。

 機関銃をしまい、黒ねじれの槍を水平に構える。

 隊長は細槍の腹で薙刀を受け止めた。

 ガヂン。火花とともに重たい金属音が鳴り響く。

 隊長の足が地面に、膝まで沈む。


 龍仙の巫女の大上段からの一振りと、隊長の膂力は拮抗していた。


 否、それは拮抗とは呼ばない。

 龍仙の巫女は勢いと重さを利用して叩きつけたのだ。

 隊長は直立不動のまま、膝も曲げずに単純な腕力だけで槍で受け止めた。

 

 龍仙の巫女は悟る。

 まだ及ばないのか──と。


「グオォオ!」


 スキル『龍雷』を発動した。

 日に四度しか使えない必殺の一撃。

 落雷は薙刀の背に落ちてきて、刃は天威のチカラで強引におしこまれた。

 槍ごと叩き斬るつもりだった。

 だが、黒沼の英雄が誇る、黒ねじれの槍を折ることは叶わなかった。

 かわりに隊長の足場が威力にたえかねて崩れた。

 それは財団地下シェルターへの落下を意味する。


 市民の悲鳴が再び強く、おおきく響き渡った。

 幸い、市民らはシェルターの隅っこに避難していたので、天井の崩落に巻き込まれる心配はなかった。

 

 シェルター天井もろとも落下し、砂塵がおおきく舞いあがる。

 砂塵を肩で切って、龍仙の巫女は隊長へ斬りかかった。

 薙刀の流れるような乱舞は弾かれ、受け流され、止められた。

 幾度も幾度も攻撃をした。

 力一杯に、持てる技のすべてを尽くした、


 隊長は動作ひとつひとつを確かめるように、巧みな槍裁きでもって龍仙の巫女を圧倒した。


 というのも、隊長は主人よりひとつの命を受けていた。

 それは「雑魚相手にこそ練習をしろ──」というものだった。


 力のコントロールを学ぶ必要があると、地獄道に指摘されたせいだ。

 学びと経験値の蓄積は、周囲への被害を抑制するために提案されたものである。

 しかし、力を抑える訓練は、たくみな技術の習得を可能にした。

 結果として訓練を積んだ怪物は強くなった。

 偶然ではない。

 学習と成長は黒沼の怪物の最大のチカラなのだ。

 すべての黒沼の怪物はさまざまな戦場で技を磨き、訓練し、死闘を重ねるごとに成長できるのだ。

 ゆえに彼らは世界を滅ぼしえる終末のシナリオなのだ。


 隊長は龍仙の巫女から多くを学んだ。

 10分ほどで彼女は用済みになった。


「くっ! ガォオ! グアアア!」


 雄たけびをあげ、果敢に攻めていく龍仙の巫女。

 隊長は刃を弾き、素早く5連続で槍を突く。

 目にも止まならぬ連撃に龍の腹は穴だらけとなった。


 隊長はバックステップで素早く距離を取る。

 ダメ押しに黒ねじれの槍が投擲される。 

 狙いは正確無比、必中にして必殺だ。

 淀みの輝きをまとい、軌跡を残して一直線に放たれた。

 神速の投擲槍は、ふらつく龍の心臓をつらぬき破壊した。

 着弾の衝撃波でシェルター全体がきしむ。


 すべてが収まった。

 槍に身を貫かれた龍はぐったり動かなくなっていた。


 隊長はライターを取り出す。

 龍仙の巫女より光の粒子があふれだしライターに回収される。


 回収作業を終え、隊長が手をかざすと、龍を即死させた槍が意志をもったように宙へ浮かび上がり、ビュンッと隊長の手のなかへ戻って来た。


 市民らの拍手と歓声がドっと巻き起こった。

 みんな黒き英雄と龍との激しい戦いを見届けていた。

 

 大喝采のなか、隊長は立ち去ろうとし、ふと足を止める。

 主人の言いつけを思い出したのだ。


 『奪える物はぜーんぶ奪ってきてくださいね(ニチャア』

 『ぎぃ(訳:とのことです、よろしくお願いします)』


 隊長は足先で薙刀をすくいあげ部下のひとりに持たせた。

 黒い兵団はやることを終えると再び戦場へと戻っていった。

 

「にゃあ~」


 地上へ戻ると、ノルウェーの猫又が人造人間2体を機能停止へ追い込んでいた。


「お前、あの、龍女を倒したのか……?」


 またしても傷だらけのブラッドリーは、足元の陥没穴から龍の遺体を見下ろす。


(こいつ、こんなに強かったのか……いや、しかし、待てよ……)


 ブラッドリーは目前の眷属モンスターが、指男のもとには何匹もいたことを思いだしていた。


 冷たい汗が湧き出てきた。

 人類のチカラを結集してもどうにもならないような、人類規模の脅威が、都市伝説の指男のしたにいるのだと理解してしまったのだ。


「冗談キツイな、指男」


 ブラッドリーはこれから先の夜、安眠はもう期待できないような気がした。

 隊長は親指を立て、サムズアップする。


(俺を慰めているのか、なんなのか……こいつにも感情あるのか? いや、考えても仕方ないか)


「ここは任せろ、指男の眷属たち。お前たちの力があいつには必要だろう。さっさと行ってしまえ」


 隊長はブラッドリーの肩をぽんっと叩き、黒沼の怪物たちを引き連れてビュンっと空へ舞い上がっていった。


「……俺もそろそろ引退か」

「にゃあ~っ!?」


 ブラッドリーはノルウェーの猫又を撫でながら哀愁に満ちた顔をした。

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