清水の境内にて



 

 清水寺の境内にダンジョンの黒門は出現していた。

 ダンジョンブレイクにより門は破壊され、拡張され、絶えずダンジョン・フレンチブルドッグがあふれだしている。


 そのさまを剣牢 白夜はごく冷めた眼差しで眺めていた。


 白い髪の若い男だ。

 線の細い美しい顔立ちをしており、町を歩けば100人の女がふりかえるであろう。


 彼は数人の仲間とともにダンジョン財団が規模調査をしていたキャンプへ残りこみ、財団職員、警察、自衛隊を惨殺、ダンジョンを奪取した。


 すっかり人気のなくなった血みどろのキャンプにいるのは、いまや白夜ひとりだけである。


「白夜さま、結界の修復と補強は完了しました」


 言って境内に姿をあらわしたのは、華やかな着物に身を包んだ少女だ。

 

「財団の秘密兵器とやら、想像以上に暴力的支配的な威力のようだな」

「結界は戦術核にも耐えうるのですが……補強と修復をくりかえしてもあと3時間が限度でしょう」

「3時間? 不破の堅壁という話じゃなかったのか。タケノコめ、適当なことを抜かし負って」


 白夜は遠見の水晶をのぞきこむ。

 この水晶は異常物質である。

 距離の制約はあれど、のぞんだ地点を観測できる非常に便利なアイテムだ。

 

 水晶には赤いポニーテールを振り乱し「やー! たー! えいやー!」と餅つきのように、スレッジハンマーで結界をぶったたく受付嬢が映っていた。

 『顔のない男』アララギから白夜が支給された不破の堅壁は、打たれるたびにきしみ、すこしずつ亀裂が広がっている。


 白夜は財団がミサイルやらエネルギー兵器やら、そのほかもっと凶悪な攻撃をしてきていると思ったので、そのさまに言葉を失った。

 まさかの人力だったからだ。


「もしやあれが外海六道とかいう虎の子か……ふむ、頭がおかしいのか?」

「もう30分ほどああして殴り続けております」

「そうか、頭がおかしいようだな」


 白夜は思案する。


(我々『剣牢会』の目的は旧世界、神々はびこる地で、剣だけで神の一柱にのぼりつめたとされる剣神ヴェルミ・リアの再生。そのためにタケノコの頼みを聞いてやってはいるが……)


 外海六道と戦い滅ぼされては元も子もない。

 白夜ら『剣牢会』にとってタケノコの支援は極めて重要なものだ。

 なぜなら、タケノコは剣神の聖体、その一部の回収に成功しており、”おつかい”を済ませれば『剣牢会』に譲ってもいいと言って来ているのだから。


 聖体があれば剣の乙女ヴェルミ・リアに急進的に近づけるのだ。

 白夜に断る選択肢はなかった。


 元より旧世界の統治者の復活には、数十万人、数百万人規模での生贄が必要だ。

 白夜たちとしても京都市民をついでに数千人、数万人殺す程度なんとも思っていない。ゆえに請け負ってもいい”おつかい”だった。そのはずだった。

 

「ダンジョンボスが出て来るまでいましばらくかかりそうだが、まだ猶予はある。危なくなったら徹底すればいい。タケノコに義理立てする必要はない」

「白夜さま、ひとつ不幸なご報告が」

「なんだ? 財団の怪物が参上した以外にまだなにかあるのか」

「どうやらシュタイナーさまが破られたようです」

「……。シュタイナーが?」


 白夜は目を細める。


「ダンジョンモンスターたちもかなりの速度で狩られています。敵対戦力の殲滅能力が凄まじく、じきにここへたどり着くかと」

「Sランク探索者でも入り込んでいたのか……探索者の動向には気を付けていたつもりだが」

「黒いモンスターの群れ、と報告を受けております」

「眷属モンスターを召喚、使役するタイプのスキルか。面倒なことを。あのシュタイナーが討たれたとあっては……相当なパワーの探索者だ。雑魚では話にならないだろう。そっちは俺が動こう。モンスターたちの湧きをとめられたらおしまいだ。その前にモンスターたちを使役している者を討ち取らねば」

「はい」

「お前はは結界の補強にあたれ。できるだけあの六道を結界に縛り付けておけ」


 白夜はそばで微動だにしなかった者たちへ目配せする。

 のっぺらぼうに笑顔を縫い付けられた青肌の大男たちだ。

 2m50cmもの筋肉質な身体をトレンチコートの押し込め、漲る暴力性と残虐性を抑え込んでいる。


 それらは『顔のない男』から支給された人造人間である。


「では、私はあちらへ。白夜さま、お気をつけて」

「ああ」


 少女は人造人間たちを連れて”生贄集め”へ出かけて行った。

 それを見届け、男もまた戦場へと赴いた。


 








 指男と別れたブラッドリーは、ノルウェーの猫又を1匹借りて市民たちの避難誘導を行っていた。

 市民らは結界の外へは出られないのでダンジョン財団がつくったシェルターへ逃げこみ、騒動が終わるのを待っているところである。


 ブラッドリーは青龍刀で結界を内側から叩く。

 びくともしない。すべての衝撃を吸収している。

 なにも返ってこない。音も手ごたえも。


 不気味な結界である。


「これはどうにもならないな」


 ブラッドリーはシェルターの警備へと戻った。


 シェルターは町の景観を損なわぬように地下につくられている。

 入り口だけが地上部にでており、そこから階段を降りれば、ミサイル攻撃でもビクともしない、収容人数30万人の広大な空間が広がっている。


 ブラッドリーがシェルターに入ってくると、市民たちがすぐに騒ぎ出した。


「あ、あれは、Aランク探索者のブラッドリー!?」

「ブラッドリーが来てくれた! もう安心だ!」

「ブラッドリー様、モンスターたちを倒してください!」

「清水寺のほうから一気におぞましいフレンチブルドッグたちがやってきたんです!」

「ブラッドリーさま、サインください!」

「その猫ちゃんは新しい相棒ですか?!!」

「名前はなんて言うんですか!?」

「毒蛇やめちゃったんの!?」


 Aランク第6位ともなれば相応の市民権を得ることになる。

 とりわけブラッドリーは中性的な顔立ちと切れ長の眼差しが、若い男女ともに人気で、ネット上では「ブラッドリー、男か女か論争」が日夜繰り広げられ、都合のいい解釈をされては男も女にも性的に見られるというカオスが巻き起こっている。


 ブラッドリーもそのことは自覚しているので、こうして混乱する市民たちの身を守ることを買って出たのだ。


(悔しいが、俺では『剣牢会』を相手にすることができない。俺にやれることをやろう)


「ブラッドリーさま、フレンチブルドッグの群れが!」


 シェルターを管理する財団職員が慌ててやってくる。

 シェルターの入り口を突き破って、フレンチブルドッグが侵入してきていた。


「チッ、おい猫又、出番だぞ」

「にゃあ~♪」


 ノルウェーの猫又はやたらブラッドリーになついており、彼の指示ならばしっかりと聞く。

 猫パンチと、二又のふわふわ尻尾をつかって、おおそよ20階層前後の強さのダンジョン・フレンチブルドッグの群れを蹴散らした。

 

 ブラッドリーは毒蛇たちを召喚した。

 漏れ出たモンスターを市民に近づけさせなかった。


「へえ、なるほど、なんだか生贄の蓄積が遅いとは思ってたんだけど、あなたたちが邪魔をしていたんですね」


 不気味な声が空からシェルター内に響き渡る。

 と、その時、轟音とともにシェルターの天井が崩れた。

 

「ミサイル攻撃でも防げるんじゃなかったのかよ!?」


 市民が悲鳴ととも天井の崩落に巻き込まれないように逃げ惑う。


 シェルターから空が見えるようになった。

 顔をあげた途端、おおきな影が侵入してくる。

 2tトラックである。あろうことかトラックが落ちて来たのだ。

 ブラッドリーはとっさに跳躍し、子供を潰そうとする悪しきトラックを蹴り飛ばし、壁際に寄せた。


「ありがとう、ブラッドリーお兄ちゃん!」

「餓鬼が。離れてろ」


 子供のもとにすぐ母親が駆け寄って来て、血相を変えてむこうへ連れていった。


(フレンチブルドッグどもにシェルターの天井を破れるとは思えないが……)


 ブラッドリーとノルウェーの猫又はともに空を見上げる。

 

 目を疑うような光景があった。

 

 そこに龍がいたのだ。

 屏風に書かれていそうな長い蛇のごとき幻獣である。


 光を背負って優雅に飛び、その背に人影を乗せている。

 雅な着物に身をつつんだまだ高校生くらいの少女だ。


「『龍雷』」

 

 少女がつぶやくと空がいきなり黒くなり始めた。

 次の瞬間、雨が降りはじめ、白い稲妻がバゴォォォオンッ! と轟音とともに降って来た。

 

 落雷はねじ曲がり、地面スレスレでぐわんッっと水平に軌道を変えると、ノルウェーの猫又に命中、もふもふの巨体を弾き飛ばしてしまった。


「にゃああ~!」

「ノルウェーの猫又ああ! ……くっ、あいつはもうだめか」


 ブラッドリーは天を見上げる。


「なるほど、ミサイル以上の破壊力で壊したというわけか……」


 天井の崩落したわけに、妙な納得感を得ながら、同時に絶望をしていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る