都市伝説の英雄
ゲータ・シュタイナー。
剣牢会が誇る対ダンジョン財団最大の能力者『剣牢』のひとり。
『剣牢』と言えども、別に刀を振るうことはない。
『剣牢』というのは剣の牢、つまり
彼らの長が求めるおおいなる目的のため、彼らは剣の贄を集めている。
シュタイナーは子供の頃、ドイツの片田舎で育ち、動乱の時代を生き抜いた素朴な少年であった。
ある夜、ダンジョンブレイクが故郷の近辺で発生した。
東西統一までの動乱から免れていた町だったが、彼らだけの平穏は一夜にしてダンジョン・フリージアンシープ(迷宮羊)のたいぐんによってぺちゃんこに潰されてしまった。
シュタイナーを救ったのは財団からの一通の封筒だった。
『あなたには財団のもと探索者になる資格があります』
探索者になり、復讐を誓った。
20年ほど探索者として活動したが芽が出ることはなく、彼はいつだって英雄的な活躍をする探索者を見上げるだけの立場に甘んじていた。
やがて、復讐の熱などすっかり冷め、フリーターのほうがまだ稼げるだろうと思いながら、彼は労働者として貧困層のひとりとなっていた。
彼は英雄になれなかった。
彼のダンジョン生活に夢はなかった、
いつしかダンジョン財団への怒りがこみあげてきた。
自分が貧しいのは財団が封筒を寄越したせいだ、と。
英雄などと言う夢を売って、若い頃の自分を騙したせいだ、と。
こんなことなら就職してキャリアを積んでいたほうが100倍マシだった、と。
そんな時、彼をより直接に救ったのは信仰と背徳の道だった。
遥か極東の地からやってきた異端者に見いだされ、彼は超常的なスキルパワーを手に入れた。
彼は剣牢会こそが自分の目的を達成するために必要だと考えた。
自分の人生をめちゃくちゃにしてくれたダンジョン財団への復讐。
それはゲータ・シュタイナーの熱き背徳の遅咲きの青春であったのだ。
力場が構築され、付近の金属質がふわふわと浮き上がる。
空間と時間の物理法則を、超電磁力が網羅する。
深いえくぼの浮く笑みが、愉快に歪められた。
「私はね、英雄気取りの探索者がとても嫌いなんだよ」
言って、シュタイナーはラウンド型サングラスの位置を直す。
暗い視線が見据える先は花粉ファイターをかばった青年・指男だ。
シュタイナーはとんでもない大物が現れたと認識していた。
彼は知っている。指男についての噂を。
JPN Aランク第10位『指男』
【基本情報】
性別男、年齢不明、住所不明、経歴不明、国籍不明、能力不明。
ダンジョン財団のデータベースにも一切の情報無し。
4カ月ほど前にポンと現われ、驚異的な速度で昇級、現在Aランク。
先日のダブルダンジョン事件ではアルコンダンジョンとクラス4ダンジョンの二つをひとりで攻略したとさえ言われている。
【人物像】
冷酷無比で、自分にも他人にもストイックである。
自身の正体が暴かれるのをひと一倍に嫌う。秘密を探るものは殺される。
己を鍛え、高め続け、貪欲に成長し、人類を浄化し、新しい文明を築こうとしている世界規模の計画を遂行しているとされる。
猟奇的な道楽趣味をもっており、人間を何度も殺し、経験値を搾って遊ぶともされる。
【能力】
IQ420。24ヵ国語を操るとされる。
あらゆる文化圏に侵入し、何者にもなれるらしく、世界各地で目撃情報があるが、そのすべてが食い違っている意味不明の存在。
パチン、パチン、パチン、っと特徴的な指パッチンの音とともに、あらゆる敵をただ一回指を鳴らすだけで滅ぼすとされる。
【重要証言】
「彼の正体を探ってはいけない……っ、殺されるぞ……悪い事は言わない、やめておけ……」(元・敏腕記者)
「駅前でpower?とたずねられました……あれは悪魔的な力との契約を持ち掛けられていたのかもしれません……とても恐ろしい体験でした……」(群馬県、某部族代表)
「彼は優しく、それでいて非常に聡明な探索者さんですね」(財団受付嬢)
「あの男は鳥に厳しいちー。動物愛護団体に訴えるべきちー」(野生の小鳥)
「やつの通ったダンジョンはすべて消し炭に変わる」(Sランク探索者『トランプマン』)
【備考】
彼に敵意を向けられれば何人も生きて帰ることない。それが彼が冷酷無比の狩人と呼ばれる由縁である。指男はいつだって狩る側にいる。
決して興味本位で彼に近づいてはいけない。後悔したくなければ。
「(指男、想像よりずっと若いな。アジア人か。特に武器を持っているようには見えないな)」
シュタイナーは警戒感をもちながらサングラス越しに舐めるように観察する。
「君は順風満帆なんだろうね。なにもかもが上手く行って、羨ましいよ」
「あんたとあんまり話すつもりはないんだが」
指男はスッと手を持ちあげる。
シュタイナーは事前に警戒するべき探索者として指男のことを聞いていた。
指男の代表的な噂──指を鳴らすだけであらゆる敵を消し炭に変える。
「(まずいッ! 来るッ!)」
シュタイナーは力場を最大展開し、周囲のから一気に金属質を集積した。
自販機、鉄骨、自転車、自動車、電柱──。
指男と自身の間にスクラップの分厚いバリゲートを生成した。
──パチン
指男は指を鳴らした。
黄金の破壊が槍となり、光線を描いてバリゲートを貫く。
のちに大爆発を起こし、周囲のお土産屋もろとも地面をめくり、大地に亀裂を走らせた。
街への被害額、1兆4,745億円。
破壊と崩壊の旋風が巻き起こり、なにもかもをふっとばした。
すべてが収まったあと、シュタイナーはまだ立っていた。
片腕を失い、半身を焼かれ、大量に出血している。
「がほッ……ぁ、ああ……」
コートから麻薬型の回復薬を取り出し、太ももに雑に注射する。
「うぐぅうううああ! あ、ぁぁあ、ああ、ぁああ、アア……」
血と肉が痙攣しながら、傷口がふさがり止血作用が働いた。
シュタイナーはラウンドサングラスの位置を直す。
「ハァ、ハァ……なんて、野郎だ……スキルパワーが、違いすぎる……」
指パッチン。
どこかで侮っていた。
強いのだろうとは思っていた。
だが、心のどこかでは絶対に自分の『発電器官』であれば対応できると。
『発電器官』は磁力を操ることでいかような状況にも適応する。
攻撃にも、防御にも、移動にも。小賢しい技だっていくつも持っている。
しかし、都市伝説に聞く”伝説の指パッチン”を受けたあとだと、シュタイナーは自分の自信とスキルなぞ、子どものお遊戯のように思えてしまっていた。
圧倒的なパワー。
指男のアドバンテージなど、ただその一点だけなはず。
シュタイナーの能力はあらゆる物を高水準で表現できる。
パワーで負けてもほかのすべてで上回っているのに。
だのに、ただのパワーに心を折られた。
「くっそ……やはり、暴力……暴力こそがすべてを解決すると言うのか……? これが本物の英雄のチカラだとでも……? いいだろう、認めてやる、いまはお前の方がつよいよ、ブラーヴォ、ブラボーヴォ、ああ、本当にブラーヴォ、指男」
言いながらシュタイナーは懐からある物をとりだす。
使いたくはなかった枯れた指。
スキルに自信があるからこそ、これに頼れば負けだと心のどこかで思っていた。
だが、もうそんなことを言っている余裕はなかった。
絶槍の一撃により向こうまで破壊跡がつづいていた。
雷が大地を駆けたような、焦げ臭いにおいと、粉塵が舞っている。
指男は地割れをひょいっとまたぐ。
その先で屑鉄に背をあずけるシュタイナーがいた。
「指男、お前はここで獲る」
「あんたじゃ無理だよ」
指男はスッと手をもちあげる。
同時にシュタイナーもまた手を伸ばして来た。
根元より千切れた枯れた指が握られていた。
指を鳴らす。
トドメだと思われた一撃は不発に終わる。
指男は知っていた。
先日、黒い鳥がおなじことをして来たから。
「それは、魔女の枯指……?」
「ブラーヴォ、ブラーヴォ、よく知ってるじゃないか。──それじゃあ、殺すぞ、お前を、一方的に」
指男の脚を黒いロープがからめとった。
電信柱を渡る電気ケーブルであった。
今はシュタイナーの意志表現方法のひとつだ。
電気ケーブルは自我を持った触手のようだった。
シュタイナーの命令を遂行し、指男を遥か高くまで持ちると、一気に地面に叩きつけた。
凶悪な攻撃は何度も何度も行われた。
そのたびに指男は空と地上をいったりきたりする。
12回目。指男がケーブルによって持ち上げらあれた時。
上空で彼は黄金の剣を手にしていた。
シュタイナーは焦燥感に駆られる。
どこからそんな武器を取り出したのか、と。
「カリバー」
指男はぼそっとつぶやき、剣を一振りする。
黄金の波動が解放された。
破滅の光が、斬撃痕をなぞるように追いかける。
圧倒的な力。
身を焦がすほどに憧れた英雄の姿。
強大な脅威、悪の理不尽と惨劇、身勝手な蹂躙を前に現れる。
そして、さらなる正義の理不尽で落ち潰す。
ああ、それこそ、英雄。
「ブラーヴォ」
シュタイナーは光に飲まれながら、深い笑みを浮かべた。
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