剣牢 発電器官ゲータ・シュタイナー
ダンジョンブレイクが起きた際、財団はネットワークを利用して探索者たちを現場に送り込む。
付近のダンジョン、たまたま近くにいた者。
とにかく戦力をかきあつめる。
総出で溢れ出したモンスターを狩るのだ。
1匹として逃すことは許されない。
モンスターは常人ではどうやっても倒せない神秘の怪物。
銃を持ってこようがロケット砲を使おうが、ましてやミサイルを撃ったとしても効果はない。ただ唯一財団とその探索者だけがモンスターを打倒しえるのである。
怯むな探索者たちよ。
神秘を暴き、駆逐する者たちよ。
『花粉ファイター』は己を奮い立たせ、荒い呼吸を整える。
相対するのは27階層クラスのダンジョン・フレンチブルドックだ。
数メートルの体長を誇り、つぶらな瞳が愛くるしいがこれを戦闘地域の外へ逃そうものなら、数千人規模の人命が失われることになる。
ホームセンターで買った斧に思いを乗せて、「うぉおおおおおおおッッ!」と力一杯にフレンチブルドッグを叩きつぶした。
暗黒の底で心を折られ、宇宙悪夢的な恐怖がわだかまっていても、花粉ファイターは戦う。それは彼が真の探索者であるからだ。
無理など不可能など存在しないと信じているからだ。
荒く肩で呼吸を繰りかえす。
Dレベル27のモンスターを討ち取るのは、相当に骨が折れる作業だ。
それも連戦ともなれば、さしもの花粉ファイターでも疲労の色が見え始める。
「はぁ、はぁ、はぁ、これで30体目、か……はぁ、はあはあ……このダンジョンブレイクを起こしているダンジョン、かなりの規模だな……20後半の階層クラスのモンスターがわらわらと湧いてくるなんて。クラス3は固いな……もしかしてクラス4か? だとしたら20年ぶりに日本に出現したクラス4が短期間で連続で出現したことになるが」
近年、ダンジョンの発生件数が爆発的に増えていた。
そして、この数ヶ月はクラス3という大型ダンジョンも増えてきて、クラス4まで久しぶりに姿を現した。
「南極のアルコンダンジョン封印解除のこともある。何かが動き出そうとしているのか……」
胸騒ぎはおさまらない。
──パチパチパチパチ
軽快な拍手を打ち鳴らす音が、どこからともなく聞こえてくる。
「ブラーヴォ、ブラーヴォ、ブラーヴォ。流石はAランク探索者『花粉ファイター』だ」
屋根の上にその男はいた。
お土産屋さんの並ぶ通りを見下ろし、どこから持ってきたのか鉄骨が雑に寝かされそこに腰かけているのだ。錆びた鉄の匂いがあたりに充満している。
線の細い西洋人風の顔つきの男で、厚手の汚れたコートを着こんでいる。
趣味の悪い丸いレンズのラウンド型サングラスをかけ、整えられていない顎鬚を手でじょりじょり撫でていた。
実に胡散臭い風貌だ。
「誰だね、君は。民間人、というわけではなさそうだが。花粉が視認できるほどに飛散するなかで深呼吸を繰り返しているかのように不審な男だね」
「私は君たち財団の呼ぶところの要注意団体『剣牢会』の者でねぇ。こうしてダンジョンブレイクを引き起こしてモンスターを町に溢れさせてるところなんだ」
「なに? ダンジョンブレイクを? 一体なんのために、花粉症の人の寝室に夜の間に忍びこんで花粉を振りまくようなマネを(訳:どうしてこんな酷い事を)」
「なにちょっとしたお使いさ。スポンサーからのお願いでね、ダンジョンブレイクを引き起こす技術が整ったから試してこい、と」
「本当におかしな、それでいで危険な輩だね、君たちは」
「おかしな話でもなかろうよ、花粉ファイター。神秘を管理したい者、神秘を自由に使いたい者、衝突はさけられない。そうだろう」
胡散臭い男はたちあがり、コートをパタパタと払う。
「エリア01内にたまたま入り込んだ財団戦力、英雄気取りの無法者たちにダンジョンへ近付かれたらこちらは都合がよくない。まず最初のエリア01をモンスターで満たし結界を拡大、02も同じく満たし、もう一度拡大。推定10万~20万匹ほど溜まったら結界を開放し、西日本での被害を計測する。スポンサーはそういう社会実験のデータを欲しがっているのさ」
「そんなこと財団がさせると思っているのかね」
「はは、させないだろう。いろいろとバケモノを飼いならしてるからな。でも、見ろよ。アレは破れない」
胡散臭い男は空を指さす。
現在、天にはドーム型の巨大な幕が展開されてしまっている。
「どんなバケモノだろうとあの結界だけは破れない。ゆえに外側の財団戦力はこの内側の被害を見ているほかない」
ダンジョンブレイク発生から5分後。
半径数キロにわたる結界が展開された。
『剣牢会』は最初の結界範囲をエリア01とし、風船のように順次拡大、最大の被害を地上にもたらそうとしているのだ。
花粉ファイターは使命感に刈られる。
自分が動かなければ。自分が阻止しなければ。
誰もこいつらを止められない、と。
「申し遅れた、私はゲータ・シュタイナー。花粉ファイター、お前を殺すためにここへ来たんだ、悪く思うなよ」
「謝るな。私も今からお前を殺すつもりなのだから──」
花粉ファイターは丸太のような足を振り上げ、力強く四股踏みをした。
大地が揺れ、呼応するように、地面から巨大な樹が生え、伸びる根がシュタイナーへ向かっていく。
シュタイナーは手をスッと持ち上げる。
屋根のうえに鎮座していた鉄骨がもの凄い速さで射出され樹の根を貫通、花粉ファイターのもとへ突き刺さった。
花粉ファイターはごろごろと地面を転がる。間一髪で回避したようだ。
こめかみをおさえる。
赤い血がドクドク流れている。
避け切れず、鉄骨がかすったようである。
「ブラーヴォ。ブラーヴォ。ブラーヴォ。よく避けたな、花粉ファイター」
シュタイナーはふわふわと浮きながら、花粉ファイターの召喚した杉の樹に乗る。
彼の周りには鉄骨やら金属の破片やら金網やらが意思をもったように宙を泳いでいる。
「っ、浮いている、だと……?」
「ああ、これかな? 私のスキル『発電器官』だ。少々、独特なスキルでね」
言ってシュタイナーは指揮者のように手を動かす。
芸術家気取りのまわりを鉄線が泳ぎ、まるで五線譜が揺らめくように波を描いている。
「ずっと昔、財団から封筒は届いたんだ。だが、私はまともな探索者にはなれなかった。向いていなかったと言うべきかもしれないが。だが、あの日本人に拾われて、秘められた力に気づいた。いまならAランク探索者だろうとたやすく葬り去れる。──こんな風に」
シュタイナーはえくぼを作って深い笑みを浮かべ、手首をほんの少しだけ動かす。
彼をとりまく異質なる磁力が動きだす。
殺人の意志が、この世界に出力され、スクラップの雨が弾丸のような速さで放たれた。
数トンクラスの質量弾のスコールが襲い掛かる。
衝撃波でお土産屋がたちならぶ古都の通りはめちゃくちゃに蹂躙された。
倒壊の音と砂塵が晴れる。
巨大な樹を盾に、花粉ファイターはギリギリで持ちこたえていた。
「ブラーヴォ」
言いながら発電器官で周囲に
衝撃波で花粉ファイターがふっとばされ、ズタボロにされ、道路を転がっていく。
「ぐぉ……っ、なんてスキルパワーなんだ……っ、これで探索者になれなかっただと……?」
花粉ファイターは血を吐きながら、ふらふらの足腰でたちあがる。
通りの向こうから、力場を展開しながらやってくる。
道中にある自動販売機や乗り捨てられた自転車やバイクも巻き込み”弾”を補充しながら近づいてくる。見る者に凄まじい圧を感じさせた。
花粉ファイターは斧を握り締める。
(杉の樹を展開しきれば、あるいはパワーで押し切れるが、おそらくはさせてもらえない。こちらは樹を展開しないことにはパワーを出せない遅いスキル。やつのスキルは最速で最大出力をだす速いスキル)
気づいていた。自分ではどうにもならない敵であると。
だが、それは諦める理由にはならないのだ。
真の探索者なればこそ。
「探索者とは未知を既知に変え、神秘を絶滅させる者だ」
未知の可能性、わずかな勝機。
ロマンを求めて挑む。
真の探索者は挑戦を、前へ進むことを諦めない生き物なのである。
花粉ファイターは血を吐きながら雄叫び、斧を振り上げ、持てるかぎりのバフスキルで己を強化し、シュタイナーへ斬りかかった。
スクラップを束ねた鉄の杭が射出される。
花粉ファイターの腹に深々と突き刺さった。
探索者の脚は止まらない。
鉄骨は放たれる。
花粉ファイターの顔面を打つ。
血が噴出し、片目が潰れる。
探索者の脚は止まらない。
「うぉおおおおおお!!!」
斧を振り下ろす。
剛腕から放たれる最後の反撃。
無慈悲にもシュタイナーの鼻先で刃が止まってしまった。
「私に近くなれば近くなるほど磁場が強力に作用する。私自身がコイルのようなものでねえ」
「ぐぅ!! ぐッ! このォ!!」
花粉ファイターの全力で斧を押し込む力と、シュタイナーの生み出す磁力は数奇なことに鼻先3cmのところで拮抗したのだ。
「まさかこんな近づかれるとは思わなかった。ブラーヴォ、花粉ファイター」
言ってシュタイナーは鉄骨を手元にひきよせると、それを掴み、花粉ファイターを思いきり殴り飛ばした。
向こうまで吹っ飛ばされ、地を転がり、動かなくなってしまった。
「さて、これで綺麗になったか。情報じゃあと何人かネズミが入り込んでるという話だったが」
シュタイナーはスマホを取りだし、戦果を報告しようとする。
その時、気づく。死んだはずの花粉ファイターが立ちあがっていることに。
「ほう。ガッツのあるやつだ。だが、もういいよ。頑張らなくていい」
持ち上げられ、放たれる鉄骨。
花粉ファイターに命中。──バゴンッ、激しい音が鳴り、鉄骨が明後日の方向へ吹っ飛ばされた。
青年が立っていた。
意識を半分無くした花粉ファイターの肩を支えている。
「やりますね、花粉の人。ナイスファイトです」
「き、……きみは……」
「ほう、探索者か。私の鉄骨を弾くとはなかなかやるな。何者だ」
青年は静かにふりかえる。
「指男だ。覚える必要はない。すぐにあんたは死ぬことになる」
「指男、だって? ……ほう、こいつは凄いのが来たな」
シュタイナーはラウンドサングラスを少しさげ、感心したようにため息をついた。
超越的能力は力場を最大展開し、周囲60mから金属質を集積しはじめた。
「私は全力を出せる相手を待っていたんだ。失望させてくれるなよ、指男」
シュタイナーはえくぼを作り、深い笑みを浮かべた。
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