はじめての派遣、はじめての勧誘



 暗黒の霧は多くの探索者に後遺症をもたらしていた。

 宇宙悪夢的な狂気に遭遇しまともでいられるはずがなかった。

 多くの者は再びダンジョンへと挑む気力を失ってしまった。


 その日、茨城県某所クラス1ダンジョンへに有名人がやってきていた。

 輝く銀色の細い髪、挑戦的な短いスカートから伸びる白い脚は、絶対領域をつくりだすピチっとしたニーハイソックスが装備されている。至高。


 彼女の名はトリガーハッピー。

 すぐ銃をぶっ放す危険なロシア人として有名だ。

 最も半分日本人なことはほとんど知られていない。


「あ、君、知ってるよ~Aランクで有名で探索者の、そうハッピーちゃん! すごく可愛いね。いまから飲み行くんだけどどう? 奢るよ。なに頼んでもいいよ」

「去勢手術なら専門家に頼んだほうがいいよ。でも受けたいって言うなら断らない」

「え?」


 言ってハッピーはスマホを取り出す感覚でトカレフを取り出すと、話しかけてきた大学生の頭部と股へ計2発、発砲した。

 弾丸は本物だが、その威力はハッピーのスキルで抑えられているので死ぬことはない。せいぜい青あざができて骨にヒビが入るかも、という程度だ。


 まわりの探索者たちは春先で浮かれていた憐れな男子大学生へ黙とうをささげた。


「сука」


 ハッピーは腰をあげ、ダンジョン内郭へ。


 彼女はこの数日、悪夢にうなされていた。

 暗黒の底。そこで彼女はあまりにも無力であった。

 ハッピーは自分の才能に実力に自信を持っていた。

 史上最年少の探索者として注目され、期待に応え続けて来た。

 その自負がある。財団も彼女の能力と実績を評価している。


 ハッピーは疑念を抱かずにはいられなかった。


 この先、自分は通用するのか。またあの恐ろしい怪物たちに挑めるか。

 近々、アルコンダンジョンの封印が解放されることは、彼女の耳にも届いていた。

 密かに噂されている情報だ。

 まだ公じゃないが、封印解放は必ず起こる。

 ハッピーは確信していた。いまダンジョンをとりまく政治的・社会的な環境でなにかが起こっていると。変革が起ころうとしていると。


「ハッピーちゃん、行かないんですか?」


 キャンプの中心、対策本部テントにて修羅道はハッピーに問うた。

 

「私なんかじゃもう役に立たないよ……」

「ていやー!!」


 修羅道は気合いをこめてハッピーの胸へ張り手を喰らわせる。

 女子高生にして豊かに実りすぎた双丘へのダイレクトアタック。

 ハッピーは頬を染め、訳のわからない修羅道へ困惑する。


「な、なにするの……っ」

「女の子なので顔は勘弁してあげました。ハッピーちゃん、ダメですよ、いつまでも腐ってちゃ。そんなことでは立派になれません!」

「別に修羅道さんは私の親でもなんでもないでしょ。放っておいて!」

「ていやー!」

「や、やめ、そんなとこ叩かないでよ!」


 修羅道の攻撃は続き、ハッピーの羞恥心は限界を迎えようとしていた。

 美少女同士の戯れをちょっと離れたところで、傍観している群集のなかに、彼の姿はあった。

 焦げちゃ色のロングコート。

 漆黒のサングラス。

 今朝方、ドクターから支給されたジュラルミンケース。


 言うまでもなく『指男』赤木英雄である。


「あ、指男」

「久しぶりです、ハッピーさん。元気そうでなにより」


 指男がいるとわかるとカァァア──っと途端に耳まで赤くなった。

 

「(指男、私だけがわかってあげれる孤高のやつ、私がしっかりしないと……!)」


 彼を前にすると唯一の理解者兼彼女としての自覚が蘇って来た。

 腕を組み、高慢な笑顔をつくり、咳払いをする。


「指男、あんた第10位になったらしいじゃん」

「おかげさまで。順調です」

「いいなぁ、あんたみたいな天才は」

「ふむ。どうやらハッピーさんはわかっていないようですね」

「っ、あんたまで説教するつもり?」

「毎日コツコツ頑張ること。デイリーミッションをこなすこと。それはどんな才能にもまさる理性ある人間の最大のチカラなんです。ハッピーさん、ちゃんとデイリーミッションこなしてますか?」

「っ──(デイリーミッション……言葉通りの意味じゃないはず。日々励み続ける事、ひとつずつ強くなることが大事なんだと伝えたいの、指男? 私はいま立ち止まっていると……そう言いたいわけ?)」


 ハッピーは考えるように黙り込んだ。


 修羅道は腕を組んでしたり顔で「うんうん」とうなづいている。


「ところで、赤木さん、このダンジョンに来たってことはやっぱり……」

「記念すべき初派遣の様子を見ようと思いまして」


 指男の背後からぞろぞろと黒い集団が現れる。

 そのさまにハッピーはぎょっとした。


 部隊名『黒い指先達』

 異様すぎる人数と風貌だが、一応、ダンジョン財団のリストに登録された準探索者扱いのギルドである。

 なお、探索者集団にはいくつかの規模に応じた呼称がある。


 

『パーティ』

 2名~9名

 ダンジョンを攻略する基本的な探索者チーム

 小規模~大規模のダンジョンまで広く見かける


『ギルド』

 10名~100名

 ダンジョン攻略をする大規模な探索者チーム

 大規模のダンジョンを計画的組織的に攻略する場合に使われる

 日本にはあまり存在しない

 主に海外の世界フィールド型ダンジョンで活躍している形態



「これは指男の眷属モンスター……? もしかして、彼らだけに攻略をさせようと?」

「赤木さんはアルコンダンジョンへ挑むため、他財団本部に文句を言われる隙のない経歴をつくる必要があるんですよ」

「それでダンジョン攻略数を稼ぐために自分のギルドを?」


 指男の保有する戦力は途方もないもので、それは地獄道に伝えられたことでより一層の警戒感を財団に与えることになった。

 ただ同時に、指男次第ではおおきな人類の武器にもなりえることから、地獄道はまずは信頼を積み重ねる一環として派遣を許可した。


 こうして歴史的な眷属モンスターのみで構成されたギルド『黒い指先達』はクラス1ダンジョンへと投入された。


「指男、あなたはなにもしないでくださいね……もちろん、ぎぃさんにも指示させてはいけないですよ……」


 ひょこっと黒い群れのなかから現れた小柄な女性。

 黒いシャツに白衣を着た、無気力そうな博士こそ外海六道の発明家・地獄道である。

 地獄道と指男は『黒い指先達』の現場での様子を見るため、攻略を開始した彼らのちょっと後ろからついていく。


「私もいっていい?」

「ハッピーさんも? 別にいいですよ。いいですよね、地獄道さん」

「構いませんよ……」

 

 ハッピーは指男の隣に自然とくっつき、先を行く『黒い指先達』についていった。


 モンスターが出て来た。

 ちいさなマルチーズ型のモンスターである。

 可愛らしくキャンキャン泣いているが、タックルすれば成人男性を吹っ飛ばすことなどたやすいとても危険な生物だ。


 ブレイクダンサーズの隊長、黒槍の竜騎士セイント・ブレイクダンサーズ(恵みレベル6)の姿が掻き消えた。


「え?」


 ハッピーは目を離したわけではなかった。

 明らかに『黒い指先達』のなかで一番強そうなモンスターだったので、むしろずっと注視していた。

 なのに見失った。


 すこし遅れて突風が吹いた。

 マルチーズが悲鳴の残響を残し、光の粒子に変わっていく。


「……まだブレイクダンサーズたちは力の使い方を知らないようですね……1階層のモンスターを倒すのにあの踏み込みで蹴りつける必要はないですから……」

「ぎぃ(訳:おっしゃる通り。彼らは産まれたての戦士です。レベルアップこそしませんが、これから経験を積むことで成長して練度をあげていくことでしょう)」

「ふむ……その言葉を鵜呑みにするわけにはいきませんよ、ぎぃさん……彼らが力をコントロールできないのならダンジョン内で誤って探索者を攻撃した時、大変なことになるじゃないですか……要観察ですね」

「ぎぃ…」


 人類存続の分帰路なので地獄道としては慎重にならざるを得ない。

 厄災の軟体動物は少しでもはやくより多くを派遣したい。

 地獄道と厄災の軟体動物は静かな牽制をしあっていた。

 

 一方、内情を知らないハッピーはただただ戦慄していた。

 指男の眷属モンスターの想像を絶する戦闘能力に。


「指男……あいつ、私より強くない……?」

「え? ああ……黒槍の竜騎士セイント・ブレイクダンサーズですし、恵みレベル6ですし」

「なに言ってるかわかんないけど、凄いのはわかったよ。あんたあんなモンスターを何体も使役してるの?」

「数はかなりいますよ。あれほどの個体は日に6~7体ずつしか増えませんけど。槍がかなり高コストなんで」

「なんであのクラスの眷属モンスターが毎日増えちゃうの……?」


 ハッピーはくたびれてしまった。

 指男を理解できるのは自分だけ。

 だから隣に並び立つために、ふさわしくなるために頑張ろう。そう思って来たのに。差は広がるどころか、毎日量産される眷属モンスターの1体にすらまるで敵わない。


 そんなことでどうやって指男の役に立とうと言うのか。

 ハッピーは泣きそうな気持ちになっていた。


 その後も『黒い指先達』の圧倒的なパワーによる攻略はつづき、いよいよボス部屋を発見した。とはいえ、隊長が槍を一振りしただけでボスが消し飛んでしまったので、隊長以外のブレイクダンサーズ含め、指男、地獄道、トリガーハッピーは本当にただダンジョンを散歩しただけに終わった。


 隊長はボスを殺したあと、ジッポライターを開いて経験値を回収した。

 ドロップした異常物質とボスクリスタルを回収し、一行は外へ戻って来た。


「総評ですが、まだ全面的な派遣は許可できないですね……大きな可能性があるのは事実、ですが今のクオリティだと上が納得しません……」

「ぎぃ」

「なので、当面の間は本日活動した『黒い指先達』の1ギルドのみの派遣を許可します……」

「ぎぃ!」


 ということで『黒い指先達』の派遣が許可された。

 これは妥協点であった。

 いきなり数千体の得体のしれないモンスターを各地に派遣するなど、世論が許さない。信頼と実績を重ねることが『黒い指先達』には求められているのだ。


「指男……あなたはあと98個のダンジョンを攻略するのでしょう……であるならば、『黒い指先達』に経験を積ませてください……今のままだとやや不安があります……」

「わかりました。任せてください、地獄道さん」

「はい……任せましたよ……」


 こうして地獄道は去っていった。



 ────



 ──赤木英雄の視点


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 今日の査定

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 救世のボスクリスタル 8,450,033円

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 合計 8,450,033円


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 ダンジョン銀行口座残高 28,687,079円

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 修羅道運用       52,349,415円

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 総資産         101,273,540円

             (1億127万円)

 ───────────────────


「お疲れ様です赤木さん! 今日もちゃんとひとつダンジョンを仕留めましたね! あと98個頑張ってくださいね!」


 修羅道さん厳しい人になっちゃった……。毒というか鬼畜です。


 ──────────────────────

 黒槍機銃の竜騎士セイント・ブレイクダンサーズ

 恵みレベル6

 HP 150,000/150,000


 ATK1~10,000,000(1,000万)

 DEF 20,000


 装備

 『救世のマシンガン』

 『黒ねじれの槍』

 『救世の鱗鎧』

 『救世の疾翼』

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 あとボスドロップの『救世のマシンガン』とかいう異常物質を隊長に持たせたらさらに進化してしまいました。

 左手で槍を持ち、右手だけで機関銃を扱う感じみたいです。本当になんでも使えるみたいですね。てか、めっちゃカッコいい。いいなぁ俺ももっとガチャガチャしたいなぁ……でも、結局、指パッチン一回でほとんどの戦い終わっちゃうからなぁ……虚しいなぁ。


 今日の業務が終わり、修羅道さんにバイバイしてキャンプをあとにする。

 ハッピーさんにもお別れを言っておこう。

 それに話もあるし。


「ハッピーさん、お疲れさまでした」

「うん……お疲れ。私はなにもしてないけどね」


 キャンプの隅のほうでうなだれています。

 なんだかやさぐれてアンハッピーさんになっている様子。


「どうしたんですか?」

「『どうしたんですか?』じゃないよ……あんなの見せられて、私、もう探索者続ける意味なくなっちゃった」


 間違いなくやさぐれてます。

 ダンジョンに入る前も腐ってたけど……これは重症ですね。


「ハッピーさんを必要としている人はいますよ」

「誰が? あんたがあの眷属モンスターを派遣すれば全部解決するでしょ?」

「彼らには成長の限界がありますから。レベルアップはしませんし、スキルも覚えることはないってぎぃさん言ってましたし。一方のハッピーさんはまだずっと強くなれます」

「そんなこと……わからないじゃん」

「わからないから価値があると思いますけどね」

「綺麗ごとだよ。私はあんなバケモノみたいに強くはなれないよ」

「以前のハッピーさんはもっと自信に溢れてましたけど、変わっちゃいましたね」

「……」

「俺はアルコンダンジョンに挑みます。遥か南、冷たい海を越えた先、南極にある魔導のアルコンダンジョンです」

「アルコンダンジョン……またあの悪夢に……」

「ジウさんいわく、規模が違うらしいです。東京ドームとユーラシア大陸くらい」

「……そうでしょうね、アルコンダンジョンは”別世界の座礁地帯”なんて言われてるくらいだし。だから財団は対処を諦めて封印という拒絶を選んで、問題の先送りをしたわけだし」

「ハッピーさんは詳しいですね。俺もよくわかってないんですけど、どうやらとんでもない広さらしくて、組織的な探索が必要になるらしんです。だから、ギルドを組むことにしたんですよ」

「え? 指男のギルド」

「ハッピーさんなら知らない仲じゃなですし、信頼もできる先輩だと思ってます。俺より経験がありますし……ので……あの……はい、どうですか、ギルド」


 こじらせた感じの勧誘になっちゃった。死にたい。


「……。うん、入る。絶対入る」


 あ、やった。

 意外とすんなり行った。ありがとう、ハッピーさん。


 ということで、ハッピーさん予約完了。

 これで1名か。ジウさんにはたくさん集めろって言われてるけど……あんまり候補いないんだよなあ。

 

 まあいい。時間はあるし地道にメンバーは集めていきましょうかね。


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