正気の抑制者



 娜にとってブレイクダンサーズは驚きであったらしいです。


「3、ですか……」

「数百億円のおおきなプロジェクトで造られた最新鋭のモンスター兵器、でね」

「そのお金もっと有意義な使い方あったんじゃないですか」

「さっきからすっごいムカつく! というか、私に言わないで欲しいわ」


 現代科学の限界を感じますね。


「人間の命令を効かない暴走状態での話なら指数”5”まではいくけど。そっちのタイプは、もし使うとしても探索者のいないダンジョンへ放流して、無差別攻撃をしてもらうほかない。ブレイクダンサーズはモンスター兵器指数”15”……。完全自立型。人間の命令に忠実で、コントロールができる。それに知能も高い。人型だから装備を設計し直す手間もなく従来の装備の転用ができる」


 娜はこちらへ向き直る。


「この子たちを利用しない手はないわ。クッキーの生地を右から左に運んでオーブンで焼く仕事なんて田舎のおばあちゃんでもできる」

「田舎のおばあちゃんを馬鹿にしちゃいけません」

「しちゃいけないけど、そこじゃなくて。とにかく、ブレイクダンサーズの超越的な戦力はもっと使い道があるはずよ。やたら戦闘力の高い従業員にしておくのはもったいないわ」

「例えば?」

「え? いや、例えば……そうね、やっぱり武力的な使い方がいいんじゃない?」

「あっ、思いつきました」

「(指男、勝手に思いついちゃった……)」

「ブレイクダンサーズをダンジョンへ派遣しましょう」


 今、天啓が降りてきた気がする。

 高校生の頃、大学入学までの短い期間、派遣のアルバイトに明け暮れたことがあった。派遣会社に搾取されている気がしてすぐにやめてしまったが、今度は俺が搾取する側いになればよいのでは?(暗黒の思考)

 ブレイクダンサーズにダンジョンへ行ってもらい、ダンジョン攻略してもらい、たくさんの報酬を持ち帰ってもらうのだ。

 そして、すべては俺のものに。いや、もちろん、チームで分けるけど。1割くらいはピンハネして……うん、いける。

 俺、やはり、天才なのでは。完璧な計画じゃないか。


「ぎぃ(訳:後輩、我らの主がピンハネしないか警戒をしましょうね)」

「きゅっ!(訳:英雄殿がそんな小賢しく、浅ましい、クズ所業をするはずがないっきゅ! 我は英雄えいゆうたる友を信じているっきゅ!)」


 どこのどいつだ、ピンハネしようとしてるクズは。

 ピンハネは悪しき行為です。

 到底許される行為じゃないね。いやだね。やだやだ。


「なんて恐ろしい事を考えるの指男」

「経験値はいくらあっても困りませんから。そうだ、ブラックタンクも派遣しましょう。世間じゃ、どうやら専業探索者っていうのはパーティを組んで攻略をするのは一般的みたいですし」


 今更ですが探索者はパーティを組むのが一般的です。

 このわたくし指男、これまでソロで活動してましたけど、みんなパーティ組んで楽しく役割分担しております。ええ。

 もちろん、俺だってパーティを組もうと思ったことはあったけど、経験値が分散するので組んでません。決してボッチだからとか、コミュ障だからとかじゃないです。本当です。嘘じゃない。

 

「ブラックタンクを前衛に、ブレイクダンサーズを後衛に。うん、完璧」


 夢が広がります。


「そうと決まれば、ぎぃさん、ブレイクダンサーズをもっと召喚してください各地に派遣しましょう」

「ぎぃ(訳:了解です)」

「え? 召喚? 待って、指男、いったい何をする気──」


 ぎぃさんは『黒沼の惨劇Lv2』でブレイクダンサーズを呼び出す次元の裂け目を広げていきます。

 1人、2人、3人──とりあえず、50人くらい出勤してもらいました。


 よしよし、いいぞ。あとは実際にやれるかを有識者に訊いてみましょう。

 修羅道さんにチャットを打って訊いてみます。


 ───────────────────

 ぎぃさんが召喚したモンスター:赤木英雄

     派遣して良いですか?

   

 修羅道:黒沼の惨劇の子たちですか?


           そうです:赤木英雄

       パーティ組ませて

      各地のダンジョンに


 修羅道:ちょっと確認してみますね


 ───────────────────



  あとは修羅道さんの返信待ちだ。


  って、あれ、もう返事かえってきたな。



 ───────────────────


 修羅道:アウトです

     地獄道ちゃんは許さないそうです


 ───────────────────


  くっ、地獄道さんをどうにか懐柔する必要があるようですね……俺は諦めんぞ、経験値の新しい時代を開くのだ……!


「きゅきゅ……(訳:凄まじい執念を感じるっきゅ……!)」



 ────



 ──李娜の視点



 今、私の目の前でありえないことが起きている。

 都市伝説の男、かの指男はモンスター兵器指数”15”の規格外に強力で高性能なモンスターを”召喚”したのだ。

 モンスター召喚スキル自体は存在するにはする。珍しいが。

 問題はブレイクダンサーズと呼ばれる超高性能個体たちが備える、恐るべき性質、否、制約の無さとも言うべき便利さにある。

 召喚時間の制約がないのだ。経験値工場と呼ばれるトラップルームのなかで日夜労働をしていると指男は述べていたので、おそらく間違いないだろう。


 整理するとこうなる。

 

①指男は財団が数十年後に獲たどり着くモンスター兵器を所有している

②そのモンスター兵器には召喚スキルの制約”召喚時間”が存在しない

③召喚上限もおそらくない


 頭がおかしくなりそうだ。

 この男はどうして平然としていられるのだろう。

 頭がイカれているからか。正気じゃないきらいは行動と言動の随所に見受けられる。


 いいや、落ち着くべきだ。

 冷静に考えればそんな都合のいいスキルは存在しない。 

 スキルとは千差万別であろうと、必ず代償を払って現象を引きおこすものだ。


 どうやら指男の眷属であるぎぃと呼ばれるナメクジのようなモンスターが使っているスキルだが、きっと名状しがたいほどの大きな代償を支払っている可能性が高い。


 訊いてみよう。


「え? なんですか、ナー。ブレイクダンサーズ? 召喚の消費MPが多いんじゃないかって? ぎぃさんに訊いてくださいよ」

「ぎぃ(訳:1体につきMP200ですね)」

「200……?」


 頭がおかしいのか。

 何を間違えればそんな低コストでこんな強力なモンスターを際限なく呼び出せる。

 あ、そうか。実は出せる数に限界がある?

 そうに違いない。


「はあ、数。ぎぃさん、ブレイクダンサーズあと何体出せるかって訊いてますよ」

「ぎぃ(訳:残存MPから換算して今日はあと3,132体です)」


 世界滅亡。

 ナメクジに地球の支配権が移ろうとしている。


 指男……この男がその気になれば……あるいはひとりで戦争を起こせるのではないだろうか?


 指男は現状とても親しみやすい人物だ。

 優しいし、奢ってくれるし、良識がある。

 落ちてるゴミをさりげなく拾ってゴミ箱へ放っていたのは好印象だ。

 スタバでは私の知らない裏メニューを頼んでいた。売り切れだったみたいだけど。

 変なところは、あるが総じてイケメンなので許せる。


 だが、もしかしたら、彼はなにかの拍子に間違えてしまうかもしれない。

 どんどんどんどん感覚がズレていって、とんでもないことをしでかすかもしれない。

 その時は人類は、財団は、国家は、この一個人を脅威とするかもしれない。


 私、李娜には、この厄災にもなりえるだろう指男が、行き過ぎないよう常識的な視点で、批判的に彼を見る役目があるだろう。

 もうすでに言ってることがよくわからないことが多いが、頑張ってついていき、彼を見守っていかなければ。それが私の使命なのだろう。いまは強く確信している。

 

「さーてと、それじゃあ、そこそこ『黄金の経験値Lv2』が貯まったので、そろそろ消費しますか。いいですか、ハリネズミさん、この黄金のクッキーを美味しくいただくコツは、こうやって粉々に砕いて、粉末状にしてから一気に吸いこむんです。──スンスンッ! ん゛ん゛ん゛ん゛ーーッ、 あ゛あ゛あーー!!」


 なかなかハードな使命になる気がする。

 私は正気でいよう。頑張ろう。

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