指男の噂 6
私の名はトランプ・グッドマン。
生まれはカリフォルニア、育ちもカリフォルニア。
好きな食べ物はピザ。もっともアメリカ人の多くが私とおなじ回答をするだろうが。それはもう秘密の質問で「好きな食べ物は?」と訊かれたら脳死でみんな「ピザ」と打ち込むものだから、Web上のセキュリティが働かなくなるほどさ haha。
先日、面白いネットミームを見つけた。
私の本業であるダンジョン攻略に関するもので、どうやらジャパンに面白い探索者が現れたらしい。名前は『Fingerman』。なんでも指を鳴らすだけでモンスターを倒し、やつが通り過ぎたあとにはダンジョンすら木っ端みじんになるらしいんだ。流石に誇張された噂だとは思うが、なかなかにユニークなやつだろう。
噂では未活性のアルコンダンジョンを攻略したとか、アルコンダンジョンのなかにアルコンダンジョンを抱えたダブルダンジョンを一撃で破壊したとか、さまざまな情報が錯綜している。
私は今日、そんな指男に会うべく、遥々海を越え、ジャパンの地へとやってきた。
あわよくばFingermanに会えることだろう。
楽しみだ。
────
──赤木英雄の視点
池袋から電車で揺られること40分ほど。
東京メトロ副都心線急行を使えば乗り換えることない、あっという間に横浜にたどり着いてしまった。
タクシーを乗り継いで現場に向かう。海岸沿いの流れゆく景色を眺める事しばらく、災害地域にありそうな白いテント群が見えて来た。
ダンジョンキャンプだ。
キャンプ前でおろしてもらい、ジウさんと足を踏みいれる。
キャンプは海に面した赤レンガ倉庫の近くに展開されており、例にもれずお祭り騒ぎのように老若男女問わずみんながキャンプ外郭に集まって賑わっていた。
「おい、お前たちあいつが来たぞ!」
キャンプの屋台で串焼きを食べようと列に並んでいたら、なにやらカメラを持ったメディア関係者っぽい人たちが騒がしくなりはじめました。
俺は何度かこういうのを見たことがある。
Aランク探索者というのは人気者だ。
名は広く知れ渡り、顔は出回り、プライベートでもカメラを気にしなくてはいけない。
それが第10位ともなればまあ騒がれるのも必然だろう。
ということで、ジウさんに屋台に並んでてもらい、俺はメディア対応をすることにした。
「……。たぶん、指男さんではないと思いますよ」
「ぎぃ(訳:主じゃないです。恥ずかしいから座っててください)」
「きゅきゅ!(訳:どうやら向こうの外国人にみんな注目しているらしいっきゅ!)」
くっ、よくよく考えたらメディアが俺のことで騒ぐわけなかった。
素顔も素性も知れぬ謎の探索者。その都市伝説が俺を覆い隠しているうちは、俺がカメラを向けられることはない。ちょっと寂しい。
ところで、どこのどいつでしょう。
この俺さまにジウさんの前で恥をかかせてくれたやつは。
ちょっとお仕置きしちゃおうかな~(ニチャァ
「Hey Hey, calm down, calm down落ち着いてくれたまへよ、メディア諸君」
「今日はいったいどのような理由で来日をなされたのですか?!」
「ちょっとしたsight seeing さ。有名人に会えたらmemorial な体験になると期待してるんだ」
「どうしてわざわざ活動地域を離れて日本のクラス1ダンジョンに!?」
「探索者としたの礼儀みたいなものかな。ジャパンは礼儀の国だと言うだろう? Haha、ジョークさ。この国のラビリンス型ダンジョンに興味がある。見ておきたいと前から思ってたんだ」
「USAダンジョン財団からJPNへの移籍とSNSで騒がれていますがコメントをお願いしますっ!!!」
「その予定はないね」
「先日の指男アルコンダンジョン攻略についてコメントを!! Sランク探索者へとの昇級はありえると思いますか!! Sランク探索者の『トランプマン』さんのご意見を、一言、一言、お願いします!!」
「ちょっと君たちhotになりすぎてないかい? そんなことコメントさせないでおくれ」
めっちゃ凄いことになっておる。
恰幅のいいアメリカ人が有名人なのかな。腹が不健康なほどに出てて、ザ・ピザデブって感じがします。
謎の男、通称:アメリカのデブは財団職員のボディーガードに守られながら、苦笑いを浮かべ、キャンプの内郭へと足早に向かっていく。質問にはできるだけ答えてあげているようだが、質問側が激しすぎて対応しきれていないようだ。
内郭部は外郭部とは違って探索者および財団関係者、警察、自衛隊しか入ることができなくなっている。
メディア各社は内郭部へと消えていくアメリカのデブの背中を見送ることしかできない。
「誰ですか、あれ」
「……。『トランプマン』と呼ばれるアメリカの探索者ですね。Sランク第9位の探索者です。実業家で探索者という型破りさでとても有名ですね。日本に来るとSNSで言ってましたがまさか本当に来ていたとは」
「この横浜のダンジョンを攻略しに来たってことですかね?」
「……。そういうことになりそうですね」
『トランプマン』に先に攻略されちゃったら俺の実績がカウントされないのでは?
これって全国ツアー初日から雨でコンサート禁止みたいな事態なのでは?
許せん、トランプマン。
俺のメディア人気を奪って行くだけでなく、コンサートまで台無しにするなんて。
「ぎぃ(訳:メディア人気は元から”無”でしたけどね)」
「きゅっ(訳:それを言うならコンサートも別に開催してないっきゅ)」
「ちょっと黙っててください」
串焼き食べてる場合じゃねえ。
俺はすぐに駆け出し、キャンプ内郭に入った。
海をのぞむ海岸にひと際大きなテントが設置され、なかには不気味な黒門がポツンっと地面から生えてきており、そこから続く下方への階段の先に洞窟が広がっている。
しかし、トランプマンはいない。
どこに行ったトランプマン。
どこに行ったんだトランプマン。
どこに行ったと言うんだトランプマン
「ようこそ、トランプマンさん! 横浜クラス1ダンジョンでのあなたの活躍に心より期待していますね!」
聞きなれた声にふりかえれば、ダンジョンキャンプ災害対策本部テント、その査定所というか受付というかの場所に、修羅道さんの姿があった。
本当に行く先々どこにでもいてくれる安定感と安心感に嬉しい気持ちになるも、一瞬で俺の心は荒んでしまった。
「cuteなお嬢さんだ。妻の若い頃にそっくりだね」
「わあ、嬉しい、褒められちゃいました!」
なっ……と、トランプマン、貴様、まさか修羅道さんまで俺から奪うつもりなのか。
メディア人気、コンサート、そして修羅道さん。
許せん、なんという悪辣なプレイボーイなんだ。
「ぎぃ(訳:ほとんど被害妄想です)」
「きゅきゅっ(訳:修羅道さんって英雄殿のお嫁さんっきゅ?)」
「ぎぃ(訳:それも違いますね)」
「トランプマン、ちょっとこっちへ来てもらえますか」
「あ、赤木さん! 最近はよく会いますね! いやー奇遇ですね!」
修羅道さんは必ず守って見せる。
「誰だい、君は、私はいまcuteなお嬢さんと話をしているんだ!」
「俺はちまたでは指男と呼ばれています」
「ほほう! まさか、こんなところで噂のFingermanに会えるとは! 私はとてもとてもluckyなようだな!」
トランプマンは快活に笑う。
「どうですか、一緒にダンジョンでも。日本のおもてなしをさせてくださいよ」
「いいね、オモテナシ、一度経験したかったんだ!」
トランプマンと共に黒い門を降りて、ダンジョンへとやってきた。
「トランプマンさん、あんたこのダンジョンを攻略したいんですってね」
「haha, そうとも、記念にひとつ攻略して素敵なmemoryを作りたいのさ。にしてもこれがジャパンのラビリンス型ダンジョン。ふむ、なるほど、たしかにこんな通路が延々と続いていては、stray childになってもおかしくない!」
「ラビリンス型ダンジョン。この迷路みたいな型以外にもダンジョンってあるんですか」
「もちろんだ、Fingerman! こんな規格化されたダンジョンのほうがよほど珍しい!」
「そんなことはどうでもいいです」
「ぇぇ……youから聞いてきたんじゃ……」
「日本の思い出にひとつ伝統芸を見せてあげましょう」
「wow, traditional arts! それは楽しみだ!」
俺は絶剣エクスカリバーを右手に取り出して、剣身の重さを確かめるようにポンポンっと左手で跳ねさせる。
「わが国には生意気なダンジョンを
「oh……イカれた伝統芸だな!」
「エクスカリバーァアッッ!!」
思い切り剣をふりぬく。
滅光が剣身より溶けだし、物質化していた破壊の力が解放された。
全1階層からなる横浜ダンジョン全域を爆炎が包み込み、その奥で挑戦者を待っていたであろうとダンジョンボスもろとも消滅した。
「なんてcrazyな探索者なんだ……たまげたな……」
「日本での思い出にどうぞ」
「……haha, 気に入った! お前みたいなイカれたやつは大好きだ!」
言ってトランプマンはポケットをまさぐり、スマホを取り出すと電話を一本。
赤と青色のスーツを着た目がチカチカする女性がやってきて、こちらへ微笑む。とってもきれいな人です。その人はジュラルミンケースを持ってきて、トランプマンは受け取りすぐに開いてなかを見せて来た。
「これはわが社スターズ・カンパニーが採掘した幻の異常物質『黄金の経験値』だ! 素敵なmemoryをくれたお前にやる!」
「幻の異常物質……? これが?」
「その異常物質は使うだけで経験値と同等の肉体進化物質を摂取できるのさ!」
トランプマンは言って「さらばだ、Fingerman!」と言って、去ろうとする。
「ちょっと待ってください」
ジュラルミンケースを投げかえす。
「おや、Fingerman、せっかくあげたのにいらないのか?」
「いえ、せっかくもらったので俺もお返しをしようと思って」
言うと、トランプマンは俺が返したジュラルミンケースを開いた。
なかには『黄金の経験値』が10枚入っている。
俺が9枚足して、トランプマンのが1枚だ。
「oh my gosh……Fingerman……youはいったい……」
「実業家さん、俺は安くないですよ」
「……Hahaha, そうか、これは失礼なことしてしまったね。謝ろう、Finagerman。今度はもっと良い物を用意しておくとしよう」
トランプマンがそう言うと、空からヘリが降りてきて、美人秘書を片手に抱き、降りてきた梯子を掴むと、そのまま昼下がりの青空へ高笑いと共に消えていった。
一体何者だったんだ。トランプマン。
「赤木さん、トランプマンとなにかあったんですか?」
「いえ、特には」
査定所へ赴き、今日の査定をする。
───────────────────
今日の査定
───────────────────
小さなクリスタル 2,106円
小さなクリスタル 2,175円
無垢なボスクリスタル 10,201,800円
『伝説のビー玉』 500,000円
───────────────────
合計 10,706,081円
───────────────────
ダンジョン銀行口座残高 10,737,013円
───────────────────
修羅道運用 41,805,853円
───────────────────
総資産 52,542,866円
(5,254万円)
───────────────────
銀行から1,050万円移動
───────────────────
ダンジョン銀行口座残高 237,013円
───────────────────
修羅道運用 52,305,853円
───────────────────
総資産 52,542,866円
(5,254万円)
───────────────────
「まったく本当にいけない赤木さんです! ダンジョンをはやく倒し過ぎてはいけないと先日言ったばっかりじゃないですか!」
「すみません……」
「まったく、本当にまったくです。そんな赤木さんにはお仕置きが必要ですね」
いったいどんなお仕置きをされてしまうんだ。
「今は午後1時。まだたっぷり時間はあります。まずは中華街を2人で満喫です! そこでお腹を膨らませます! そのあとは大さん橋で絵馬を描くことに付き合ってもらいます! そこで横浜三塔に願いをこめます!」
恐ろしい……のか? これはお仕置きなのか?
「そのあとは赤レンガ倉庫でショッピングです。幸せの鐘もお仕置きとして鳴らしてもらいます!」
なんというお仕置き。
むしろご褒美では。
「それじゃあ、さっそく行きましょう、赤木さん」
言って俺は修羅道さんに手を引かれキャンプの外へ。
「……。指男さん、どこへ行くんですか?」
「あ、ジウちゃん……」
「……。ふむ、楽しそうなので、私もいっしょに行っていいですか?」
「ジウちゃんはだめです!」
「いいですよ、ジウさんも中華街行きましょう」
「赤木さん?!」
お腹空いてるだろうしね。
ジウさんだけのけ者にするのは可哀想です。
「むむ、なんという策士ですか、ジウちゃん……!」
「……。なんのことやら。あ。指男さん、これ。串焼き買っておきましたよ。口を開けてください、食べさせてあげますね」
嬉しいなぁ。それって「あーん♡」てやつじゃないですか?
ジウさんのご褒美。なんだか照れるなぁ──って、あッ、修羅道さんが俺の串焼きを一瞬で横取りしただと!? なんという早業だ。ジウさんのご褒美あーんがッ!
「赤木さんはわたしのご褒美だけ受け取ってください! こんな物は全部没収です!(モグモグ)」
修羅道さんによるご褒美関税がしかれてしまいました。
税率は100%です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます