鳥城朱音の就職
SCCL-4-0841JP『経験値鳥』
おおきな潜在能力を有した白い鳥。全長14cm、体重6.5g。羽が柔らかく膨らみ、尾が長いため、実際よりやや大きく見える。黒いくちばしはちいさく、
収容マニュアルは別途参照。
─────
今日から職場での仕事がはじまるからだ。
大変に給料が良く、そのくせ大した学が必要じゃない朱音好みの仕事だった。
朱音は昔から勉強というものがどうにも苦手で、机に長く座っていることが性分に合わなかった。
ゆえに中学から高校とバレーボールに一生懸命に打ち込んだ。学校を関東大会まで導くエースとして輝きのなかで活躍をした。
だが、そこから先、社会人になってみると、どうにも世の中というものは理不尽で、学生時代の時間をなにに費やしたかで、その者の価値は決まってしまうらしかった。
堕落して遊んでばっかだったならまだしも、毎日、汗を流し、コーチに怒鳴られて過ごしたすべてが無意味だと大人たちに言われているようで、朱音はそれまでに感じたことのない虚脱感と、未来に暗い影が差し込んでいる幻視を経験することになった。
だが、朱音は自分がラッキーだと思っていた。
なぜなら今、とっても良い仕事を見つけることができたのだから。
初任給80万円。ボーナス年2回、完全週休2日制の超好待遇。
もちろん、さしもの朱音も「ちょっと怪しいな」とは思っていたが、仕事先がかの国際的財団法人『ダンジョン財団』だとわかると、不安は紛れた。
なによりも朱音にはお金が必要だった。法外なお金が。
初出勤日。
朱音は最寄駅から、迎えに来てくれた黒塗りのダンジョン財団バスに乗せられて、長い距離を移動した。バスは黒い遮光カーテンで窓を塞がれており、自分がどこへ向かっているのか朱音には見当もつかなかった。
「スマートフォン、そのほか電子機器を回収します」
バスが停車すると、そこは緑深い森のなかだった。
森のなかに巨大な未来的施設が建造されており、朱音はその迫力に思わず腰が抜けそうになった。
日本のどこにこんな常軌を逸した秘密施設があると言うのだろう、と。
「君が鳥城朱音さん?」
「はい! 本日はよろしくお願いいたします! 一生懸命頑張ります!」
「うん、よろしくね。まだ18歳? ……元気でいいね。うん、とっても大事なことだよ」
やつれた顔の先輩たちは新人たちの教育をするのが今日の仕事のようだった。
新人たちは4人ずつのグループに分けられて、それぞれの先輩が業務の説明をするもとで施設を見てまわることになった。
施設内は無機質で武骨でまるで味気無かった。
床と天井に埋め込み式の白いライトが等間隔で設置させ、壁には頑丈そうで窓のない扉がこれまた等間隔で設置されている。
たまに足元や壁に矢印が出現し『Dogma 2』という文字が表記されている。
「あれはなんですか?」
「あぁ、あれはドグマ2への通路がこの先にあるということですよ。ドグマ2へは皆さんは入ることを許されていませんので、間違っても行かないように」
施設を見てまわり、仕事の内容を聞いていくうちに、朱音の心中の言い知れぬ不安がちょっとずつ形を持ち始めていた。
「──あなたたちLevelE職員の仕事はとても優しい物に限られます。安心してください」
先輩はマジックミラー越しに干からびた遺体の鎮座する椅子を背にして、新人たちへ言った。
朱音の仕事。
それは世にも奇妙で、恐ろしいSCCL異常物質の収容管理であったのだ。
先輩は皆を連れてマジックミラーの部屋を出ようとする。
その直後、警報が鳴りはじめた。
不安を掻き立てる恐い音であった。
なにごとかと新人たちふくめ朱音は固まってしまった。
先輩は懐から拳銃を取りだし、くぼんだ眼差しで通路の向こうを見つめる。
またたきをする。直後、身長3mはあろう細身が一瞬にして視界内に現れた。
手足も胴体も細く、顔はのっぺりとしていて眼のくぼみも鼻の穴もない。
それを目にした瞬間、新人たち4名は言語化できない途方もない不安に蝕まれた。足腰が震え、立っていられない。奥歯が騒がしくカチカチと鳴る生物の根源的な部分からくる恐怖によって、皆がパニックに陥ろうとしていた。
「目を逸らさないで。跳ばれると死にますよ」
先輩は淡々とつぶやき、発砲を開始した。
13発ほど落ち着いて発砲すると、対象を沈黙し、膝を屈してその場に崩れ落ちた。
やがていくつもの足音が重なって近づいてきた。
黒いスーツに身を包んだ職員たちがわらわらやってきて、沈黙した怪物を素手で掴むと、なにごともなかったかのように引きずって行ってしまった。
「あ、あの……あれは……」
「運がよかったですね。今日も生き残れた」
先輩はやつれた顔にわずかばかりの微笑みを浮かべて言った。
翌日。
朱音の担当する
朱音は不安で一杯だった。
「で、でも、頑張らないと……!」
己を鼓舞し、担当の部屋へと行く。
マニュアルはすでに読み込んできている。
しっかりと従えば怪我することはない。
部屋にやってくる。
マジックミラーが設置されたスタンダードな収容ケージ。
なかにはちいさな鳥が一匹入っていた。
「『経験値鳥』……可愛い」
朱音は自分は幸せ者だと思った。
まさかこの可愛らしい鳥を眺めているだけでいいだなんて、と。
「ちーちーちー(訳:お願いちー、ここから出して欲しいちー)」
「あれ、今喋った……?」
『経験値鳥』の能力にそのようなことは記されていない。
朱音は慌てて、観察記録を取る。
「鳥が、喋った、と……。もっとお喋りできます?」
「ちーちーちー(訳:当たり前ちー。ちーは人よりも優れた知能をもっているちー)」
「語尾はちー……と。可愛い。あまりにも可愛いです、この子」
朱音と経験値鳥の日々がはじまった。
経験値鳥は北海道に生息するエナガの亜種シマエナガに似ている鳥で、喋るという
こと以外、特にこれといった異常性を示すことはなかった。
2日目。
「経験値鳥がさみしそう……と。鳥さん、どうしてそんなに寂しそうなんですか?」
「ちーちーちー(訳:ちーにもわからないちー……ただ、ここでこうしていることがとっても悲しいんだちー……英雄はちーを捨てたちー……戻りたいわけじゃないちー、ちーを捨てた英雄なんてもうどうでもいいちー……)」
まるで自分に言い聞かせるように経験値鳥は言う。
英雄。元の飼い主の名前だろうか、と朱音は記録を取る。
きっと飼い主に捨てられた悲しみで異常物質化してしまったのだろう、と。
3日目。
「ちーちーちー(訳:経験値より大切なものなどあるわけがないちー……人間はちーを見捨てたちー、もういいちー……でも、なんでこんな……ちーは間違っていたちー?)」
「経験値鳥がなにかに疑問を持ち始めている……っと」
記録を取り、朱音は鉛筆を置く。
この数日で朱音と経験値鳥はずいぶんと仲良くなっていた。
経験値鳥はそっけない風だが、それでも朱音が話しかければ一生懸命に会話してくれる。
「ちーちーちー(訳:お前もこんなつまらない場所でよく働くちーね)」
「あはは、まあ、鳥さんがいればそんなにつまらなくないですよ」
「ちーちーちー(訳:朱音がいるなら、ここで一生を過ごすのも悪くないかもしれないちー)」
4日目。
「経験値鳥はバレーボールサイズに成長した……っと」
「ちーちー(訳:気まぐれでふっくらしてあげるちー。特別ちーよ)」
「ありがとう、鳥さん……わあ!」
いつもの平和な時間のなかで、警報が鳴りだし、すぐに銃声が響きはじめた。
朱音は心臓をバクバクさせて固まってしまう。
しばらく経っても銃声が鳴りやまない。
朱音は経験値鳥の収容ケージなかへと避難した。
やばいタイプの
「いったい何が起こって……わああ!!?」
そいつは突然やってきた。
朱音が初日に出会った超長身の黒服の怪人だ。
そいつがケージの内側をいきなり瞬間移動してきたのだ。
またたきをした瞬間だった。
「こ、これは……! 目を逸らしちゃだめ……スレンダーマンから目を逸らしては……!」
朱音は狂ったように歯を鳴らし、視線を切らずに、震えた手で拳銃を取りだす。
使い方を先日教えてもらったコンパクトな銃だ。減装弾が使用されている制圧能力の低い代わりに素人でも使いやすいバージョンだ。
発砲する。しかし、5m先の怪人に弾が命中しない。
精神への重篤なダメージのせいでまるで狙いが定まらない。
朱音は何がなにやらわからくなり、視界がぐにゃっとねじ曲がっていく幻覚襲われた。
だと言うのに、彼女は経験値鳥へ手を伸ばす。
「ちー?」
「鳥さん、逃げて……!」
朱音は白きバレーボールと化した経験値鳥でジャンピングサーブして、ケージの外へ叩きだした。
「これで、大丈夫……」
最後の力を振り絞った。
朱音は薄れゆく意識のなか、最後の視界で目撃する。
「ちーちーちー(訳:こんな悪そうなやつはとっちめてやるちー。人間なんてどうでもいいちー。見捨てるって決めたちー、だから勘違いしないで欲しいちー。別に助けてやる訳じゃないちー)」
経験値鳥はみるみるうちにふっくらしていく。
天井に頭が届くほど大きくなるど、細身の怪人をパクっとひとくちで食べてしまった。
経験値鳥の首まわりに黒いおしゃれなネクタイが出現した。
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シマエナガさん
レベル140
HP 1,443,500/1,443,500
MP 1,421,700/1,421,700
スキル
『冒涜の明星 Lv4』
『冒涜の同盟』
『冒涜の眼力』
『冒涜の再生』
『冒涜の反撃』
『冒涜の剣舞』
『冒涜の閃光 Lv2』
『冒涜の心変 Lv3』
『細怪の歩法』
装備
『厄災の禽獣』
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『細怪の歩法』
人間の視界内での移動速度1,000%低下
人間の視界外での移動速度1,000%上昇
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経験値鳥はまたすこしふっくらしてしまった。
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