子供を拾う


 どうも、赤木英雄です。

 不思議な女の子と踊り狂って、俺が指男だと教えてあげました。

 なんだか字面だけ見ると俺が変な人みたいですね。

 良い子に悪い勘違いを与えてたくないなぁ。


「あなたが指男……? それってどういう……」

「そのままの意味です」


 指と鳴らす。

 乾いた音が響く。

 染みわたる音色というか、極上の金管楽器が奏でる揺らめきと言うか。

 意識を向けると神秘的で綺麗な音をしている。

 自分で言うのもあれだが。


「そういうこと……そっか、本当に、この変質者が……」

「こら」

「都市伝説の男、Fingerman……。指男、私はあなたを探してたの」

「いったいどんなご用件ですか」

「私を助けて欲しいの。命を狙う連中から」

「へえ、それはまた面白い設定ですね」

「ちょっと! ふざけてると思ってる?」

 

 ふざけてないの?

 逆に訊きたい。


「いいわ。これを見たらすこしは説得力あるでしょう」

 

 少女はムッとして服を脱ごうとし、一瞬動きを止める。

 頬を染め、やや鈍い動作で上着をはだけると、肩と右腕の付け根を見せて来た。


 うわ、やばいです。

 なんか気持ち悪い灰色の細胞みたいで腕が接着されてますよ。

 なぁにこれ?


「これは奴らから逃げる最中に撃たれちゃって」

「え、ええ……」

「自分でくっつけたの」

「ええええ……」


 どちらかと言うと後半のほうがドン引きなのですが。

 うーむ、どうにも作り物には見えない。

 もしかしたら、この子、とんでもない境遇にあるもかもしれない。

 話だけでも聞いてあげよう。


「こんなところで話すのもあれだから、喫茶店へ行きましょう」


 ませております。

 

「駅前にスタバがあったと思うわ」


 超ませております。

 小学生がスタバだぁ?

 100万年はえだろ。俺はずっとマックだってーの。


 というわけで、ちみっこに連れられスタバへ。


 オシャレな店内に入る。

 さっきまでシロツメクサ頭に乗っけて踊ってた非文明人が並んでいいのか疑問を抱きながら、着飾った女子たちが並ぶ列へ。


 俺たちの番が来た。

 

「キャラメルフラペチーノエスプレッソショット、アーモンドトフィーシロップとバニラシロップ追加で。あとチョコレートソースも。ベンティで」

「キャラメルフラペチーノのエスプレッソショット、アーモンドトフィーシロップとバニラシロップ、チョコレートソースですね~! サイズはベンティで!」


 店員とちみっこの謎のやりとり。

 これが噂の呪文の撃ち合い。バリーボッターでもこんなのありそう。アブラカタブラ! エックスエルホームズ! 


「あなたはどうするの?」

 

 ちみっこに訊かれ、メニューを見る。

 ええい、どこを見ればいいんだ、小さい文字でいろいろ書きおるからに。

 

「ええと、それじゃあ、ナポリタンカルボナーラミートドリアペペロンチーノ」

「すみません、お客様、そのような商品は……」

「……コーヒーで。砂糖たっぷり、ミルクたっぷり」

「サイズはいかがなさいますか~?」

「中くらいで」

「えーと……こちらサイズが4種類ございまして……」

「一番おおきいので」

「ベンティですね~!」


 なんという敗北感。

 この屈辱、忘れはせんぞ、スタバ。


 商品を受け取り、奥まったほうの席へ。


「私の名前は李娜リィナー。CHNダンジョン財団の研究者よ」

「中国? というかその歳で研究者ってすごいですね。頭良さそう(小並感)」

「客観的に評価して超天才美少女ってところかな」


 一気にうざくなったな。

 まあ、顔立ちはハッキリしてて、キリっと凛々しい。

 将来は美人さんになるだろうけどさ。


「それでそんな超天才美少女が俺になんのようですか」

「私を保護してほしいの、指男、あなたの力で」

「保護って言ってたって、なにから」

「『ダンジョン学界の四皇』グレゴリウス・シタ・チチガスキーからよ」


 下乳? 

 そいつ確かぎぃさんが寄生虫を植え付けて泳がせてる大悪党じゃね?


「ぎぃ(訳:はい。今も術中です、我が主)」


 だよね。


「私は噂のなかに、あなたがあの巨星を撃ち落としたって言うものを聞いたわ。藁にも縋る思いで聞くけど、それは本当?」

「あの横暴な酒豪マルクスみたいなおっさんなら倒しましたよ」

「っ、やっぱり、噂は本当だったんだ……! とんでもない、のね、あなた……」

「最近は強い自覚ありますね。李娜はどうして追われてるんです」

「いろいろと訳があって……まずは私のことを話すわね。私は年齢のこともあって正式な研究員ではなかったから、興味にのっとった研究をすることを許されていたの。専門はダンジョン生物学。そのなかでも応用生物学っていう分野でモンスター兵器の研究が好きだった」

「もしかして君危ない子?」

「違うわ。モンスター兵器を使ってのダンジョン攻略を目指していたのよ」


 李娜いわく、モンスター兵器の方が安定した戦力で計画的に運用できるとか、人命を失わずに済むとかで、まあ、世界を良くしたかったらしいです(要約)

 とっても良い子やね。俺好きよ。そういう技術で助ける的なの。


「研究室に持ち帰られた紛争地帯で使われてるモンスター兵器が、解析の結果シタ・チチガスキー博士の運営する企業のものだとわかっちゃって……」


 李娜ちゃんいわく、人工モンスター培養からつくられたモンスター兵器が、近年たびたび紛争地帯で使われているらしいです。探索者しか倒せない怪物を意図的に外界に解き放つとんでもない行為だとか。


「それを糾弾しようとしたら、どうやら向こうが私の動向を掴んでいたみたいで命を狙われることになったの。口封じのために」

「なるほど」

「ぎぃ(訳:シタ・チチガスキー博士の誇る犯罪帝国は強大です、世界各地にシンジケートを抱えていて、ダンジョン財団でもその根は深いところまで潜っています。特にロシアと中国での権力は最強クラス、ユーロも危ないですね。今は内部で裏切者のあぶりだし、その粛清と制裁が進んでますが、それが完了するには時間がかかるでしょう)」


 都合が悪い事実を嗅ぎつけられたから、李娜を抹殺してやろう、と言う訳か。 

 相変わらず反吐のでる悪党だぜ。


 1週間前のシロッコとの死闘が思い出さされる。

 彼ほどの探索者でさえ、シタ・チチガスキー博士についていた。

 

「ぎぃさん、やっぱり、殺した方がいいんじゃないですか? 今すぐにでも寄生虫を暴走させて脳みそ吹っ飛ばすとか」

「ぎぃ(訳:今すぐにシタ・チチガスキー博士を始末したところで彼の築いた犯罪帝国はどうにもなりません。おおきな組織は首領ドンを獲ったところで、頭部を新しく再生させ、また動き出すものです。私たちの身を守るためにひとまずは運用の範囲を留めましょう)」


 ぎぃさんがそう言うなら……。

 

 でも、だとしたら、この少女の身の安全は確保されないままですねぇ。

 ある意味、こちらの都合で少女が危険な状態にあり続けているという側面もあるし。


「わかりました。言いですよ、李娜さんを保護します。シタ・チチガスキー博士とは俺も敵対状態にありますから完全安全かはわかりませんけど」

「本当? やった!」


 李娜ちゃん、ガッツポーズをして喜びを表しております。

 

 シタ・チチガスキー博士の最大戦力がシロッコだと言うなら、今の俺ならなんとかなるだろう。そも、またシロッコが俺に挑んでくるとは思えないが。



 ──しばらく後



 俺は千葉独立国家での長き戦いを終え、世界が羨む大都会SAITAMAへの帰路についた。

 千葉駅から電車を乗り継いで2時間。

 ついにいにしえより永遠の繁栄を遂げる町へ帰って来た。

 

「きゅっきゅっきゅっ(訳:我はお腹がすいたっきゅ)」


 ハリネズミさんの提案で牛丼チェーン店へ。

 どんなにお金持ちになっても、美味いものは美味い。

 紅しょうがを法律スレスレまで牛丼大盛に盛り付ける。

 こういうことしてると骨の髄まで庶民なことを実感する。俺って安いなぁ。


 牛丼おしんこセット。

 牛丼とみそ汁、小皿のおしんこというシンプルな構成ですが、これが美味しいです。もはやわびさびの領域。ほら、もうハリネズミさんは虜です。

 

「きゅっきゅっきゅっ!(訳;3種のキムチチーズ牛丼うますぎィっきゅ!)」


 思ったより冒涜的な牛丼食べてた。なんだこのハリネズミ。

 

「なんだか指男って……思ってたより普通なのね」

「まあ、そりゃあ」


 なにを期待されていたのだろうか。


「李娜は俺のことどんな風に思ってたんです」

ナーでいいわ。李娜だとフルネームだし」


 そうか? ああ、そっか。


「もっと厳格でストイックで殺し屋のような存在。ほかの探索者の血肉を喰らい自らを強化する冷徹さを持つ。誰にもその正体はつかめない。幼少期から過酷な死闘のなかで育ち、感情がなくなり、表情もなくなった」

「どこの世界線の指男ですかそれ」


 やれやれ、どんでもないデマを流すやつがいたものだ。

 

 しばらく後


 俺たちは田園風景を越えて歩く。

 

「ただいまー」


 そう言い、玄関を開くと「おかえりー」と気だるげな妹の声が聞こえて来た。

 リビングへそのまま赴く。


「え……どうしたの……その……」

「ああ、これ? 落花生の国よりたくさんのお土産を買ってきたんだよ。これは落花生のお歳暮、落花生の漬物、それでこっちが簡単落花生キット」

「いやいや、そんなのどうでもいいって。じゃなくて、その女の子……」

「この子は拾いました。今日からお兄ちゃんが育てます」


 我が愚昧はなにを思ったのか、ハッとし、エプロン姿のまま台所を飛びだし「お兄ちゃんが子どもつくってきたー!」と階段へ向かって大声をだした。


 おい。やめろ。

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