日常への帰還、ミッドスプリング



 シマエナガさんを修羅道さんに預けてから数日後。

 すっかりダンジョンでの疲れが取れ、さわやかな朝を俺は迎えていた。


 窓を開けて、朝焼けにうっすらと明るむ空を見やる。

 

「ぎぃ(訳:先輩もあの空の向こうで元気にしている事でしょう)」

「きゅっ(訳:鳥殿、綺麗なお星になったっきゅね……)」


 もう亡き者扱いされてます。

 これまでの前科を考えれば仕方のないことです。

 ムショで悪さしてないといいですけど。

 

 ぎぃさんも結構やばかった気がしますけど、修羅道に訊いたら「まだ邪悪さを感じないので預けておきます!」とのこと。

 がっつり邪悪な部分あると思うんですが、どうやら修羅道さんや財団が備えている邪悪さはそんなものじゃないらしいです。

 まあね、世界を滅ぼすうんぬんに比べたら、インテリクズなことくらい多めに見てあげましょう。

 

 というわけで朝のルーティン。

 コイントス×100 指パッチン×100 を3セット。


 顔を洗い、タオルを押し付けるようにぬぐう。

 擦るとお肌が傷づくので気をつけましょう。

 

「デイリーミッション」


 昨日あれだけきつかったので今日は一呼吸入れてくれることでしょう。


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  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『90年に一度の祝祭』


 花飾りをかぶり踊り狂う 0/1


 継続日数:114日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

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 あれ、妙だな。

 最近のデイリーやばいのしか来ないのじゃが。

 壊れたの? どっか調子悪い?


「デイリー君、ミスは誰にでもあるから本当のデイリーミッション出してごらん」


 ─────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『90年に一度の祝祭』


 花飾りをかぶり踊り狂う 0/1


 継続日数:114日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

 ──────────────────


 ダメだ。

 もうデイリー君に抗議をすることが許されない。

 手違いでもなんでもないのね。


 さてデイリーミッションの名が『90年に一度の祝祭』で、内容が花飾りをかぶり踊り狂うだと、なんとなく何をすればよいのかわかるというものだ。


 これはあれだろう。

 つまりミッドでサマー的な話だろう。


 なお、ミッドでサマーな怪映画は閉鎖的な村での静かで明るい狂気を描いた奇作である。妹といっしょに見たけど後悔しました。なんですぐえっちなシーン出て来るんだろうね、ああいうの。


 今宵俺はまたひとつ強くなるのだろう。大切なものを失って。

 だが、いいだろう。

 これが俺の日常。

 否、これこそが我が平穏なのだ。


 仕立て直してもらった『アドルフェンの聖骸布 Lv4』をハンガーから外して、バサっと羽織ります。もう春なのでそろそろ着納めなので今の内に来ておきましょう。


 ベッド脇サイドテーブルに鎮座するブローチたちを胸元に付ける。

 黒く艶あるシックなブローチは『選ばれし者の証 Lv4』である。


 そういえば、『選ばれし者の証 Lv4』には幸運値なるものがあったがアレはどうなったのだろうか。


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 『選ばれし者の証 Lv4』

 あなたは世界に認められた。

 大事に持っているとイイコトがあるかも。

 幸運値 25/3,000

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 幸運値が減っております。

 以前は500くらいはあったと思ったけど。

 

「ぎぃ(訳:おそらく幸運を使ってしまったのでしょう。あの暗いダンジョンで死者がでなかったのは、我が主の『選ばれし者の証 Lv4』が本来死ぬはずだった者たちの分、幸運値をすり減らしていたからです)」


 へえ、流石は我が最初の相棒ブチですね。

 よしよし、いつも見えないところで活躍してくれてありがとな。

 毎朝毎晩、丁寧に磨き続けた甲斐があるというものだ。


 『血塗れの同志』錆びた古びたブローチ、『夢の跡』議員バッジ、Aランク探索者の証であるルビーのブローチは付けません。


 ホテルを出て、いざデイリーミッションへと挑む。

 千葉駅前では迷惑をかけすぎているので、ちょっと場所を変えましょう。

 千葉港のほうへと歩いていく。

 今回のデイリーミッションにはお花が必要不可欠。

 数日前、燃やした男の遺体を海に捨てた時、こっちのほうへ来たのでお花が咲いている公園を見た気がする。


 あった。

 都市のなかにありながら、静けさが漂う公園だ。

 草木が生い茂っており、カラフルなお花がたくさんあります。

 祝祭を行うためには花飾りを作らなくてはいけない。


 可愛らしい女の子が花壇の近くでシャベルで土を掘って遊んでます。


「こんにちは。なにをしているんですか?」

「花を摘んで花飾りをつくってるのよ」


 思ったより喋りがしっかりしている。

 素っ気ないけど答えた。

 大人だったら「え、なんですか」って怪訝な眼差しをされること請け合い。


「それじゃあ、俺に作り方を教えてくれますか?」

「えー。それじゃあ、報酬をもらわないと」


 いきなり現実に引き戻された気分です。


「お兄さんはお金持ちなんですよ。報酬、用意できます」

「本当ー?」

「本当本当。そうだ、そこの自販機で好きなジュースを買ってあげますよ」

「それじゃあ、怪物エナジーで」

「奇遇ですね。俺も怪物エナジーが大好きなんですよ」


 怪物エナジーを、若干12歳くらいの少女とともに公園のベンチで決める。

 少女は足をぶらぶらし、つまらなそうだ。

 

「お兄ちゃんさ、ダンジョンって知ってる?」


 藪から棒に少女は切り出した。

 特になにも期待していないような、ただ間を埋めるためだけに発したような適当さで。


「もちろん知ってますよ。こう見えて探索者ですから」

「え? 本当?」

「ほら」


 ポケットからブローチを取り出す。

 

「ルビーのブローチって……Aランク探索者の証……」

「意外と少ないんですよ、Aランクって」

「知ってるよ。お兄ちゃんはつまり最高位の探索者ってことでしょ」

「物知りですね。ダンジョンに興味ありましたか」

「興味っていうかそれが仕事って言うか……。あのさ。お兄ちゃん、指男って知ってる? もし知ってたら、私を指男に会わせて欲しいの」

 

 いきなりだな。

 ふむ、指男に会いたいと。

 ここで俺が指男と言うのは簡単だ。

 ただ、それもあんまり意味のないこと。

 寂しいけど。


「知ってますよ」

「本当?!」

「はい。知り合いみたいなものですし」

「よかった! よしよし、これでまだ命は繋がるかも……」

「でも、その前に花飾りの作り方を教えてください」

「うん、別にそれくらい全然構わないけど。でも、どうして花飾りなんか?」

「頭にのせて踊りたいんです。狂ったように」

「……(話だけ訊いたらもう関わらない方がよさそう)」


 少女といっしょに花壇の近くにしゃがみ込む。

 

「よくよく考えたらこれ抜いちゃだめじゃないですか。花壇のお花ですよ」

「別にいいじゃん。お金取られるわけじゃないでしょ。逮捕もされないし、ましてや組織転覆の罪で権力者に追われることもないしねー」


 少女はそういって雑草みたいに花を抜こうとする。


「だめですよ。誰かが時間を惜しんで植えたかもしれないです」


 少女をひょいっと持ち上げ、砂場の裏にあるシロツメクサの群生地の皆さんを摘むことにした。花壇の皆さんは勘弁してあげましょう。花弁だけに。は?

 

「どうでも良い事にこだわるんだね、お兄ちゃんって」

「どうでも良い事に意味があるんですよ。そこが人を究極に意味で分かつ分岐点なんです」


 知らんけど(IQ3)


「なるほど……うん、確かにそうかも」


 少女がなにかを学んでくれたあたりで、シロツメクサの花飾りが完成しました。

 

「完成ですね。意外と大変でしたね」

「ぎぃ(訳:悪くない出来です。我が主は技量ステータスも高い分いろいろと器用ですね)」

「きゅっ(訳:流石は英雄殿っきゅ! なんでもできるっきゅ!)

 

「っ、なんか、出て来た……っ、ナメクジに、はりねずみ?」

「きゅきゅっ(訳:我はドラゴンっきゅ! 偉大なる大古竜っきゅ!)」


「これはペットです。気にしないでください」

「ぎぃ」

「きゅっきゅっ」


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  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『90年に一度の祝祭』


 花飾りをかぶり踊り狂う 0/1


 継続日数:114日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

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 アイテムは揃った。

 次はサイレントレギュレーションを踏んでいくターンだ。


 映画を思い出して、俺はシロツメクサの花冠を頭にのせて、公園を駆けまわることにした。


 鼻歌を歌いながらご機嫌に駆ける。


 たっぷり20分くらいひとりでぴょんぴょんしたあたりでデイリーミッションを確認してみよう。


 ─────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『90年に一度の祝祭』


 花飾りをかぶり踊り狂う 0/1


 継続日数:114日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

 ──────────────────


 はい、無駄。でもね、これくらいは余裕よ。 

 全然、想定内ですよっと。

 俺がいままでどれだけの試練を乗り越えてきたと思ってるんだいっと。

 

 そうね。いままでの傾向から行くと、あれかな。目撃者のサイレントレギュレーションかな。


「君」

「(うわっ、こっち来た……っ)」


 すっごい嫌な顔されてます。

 もう完全に変質者扱いじゃん。


「まあまあ、そう恐がらないで。ねえ?(ニチャア)」

「や、やめて、許して……ごめんなさい……」

「冗談ですよ。ちょっと俺が今から踊るから見ててください」

「ずっと見てたけど……というか、まだお兄ちゃん踊るつもり?」

「言ったでしょ。踊り狂うって(イケボ)」


 俺はふたたびぴょんぴょんと公園を飛び跳ねて駆け回った。


 ─────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『90年に一度の祝祭』


 花飾りをかぶり踊り狂う 0/1


 継続日数:114日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

 ──────────────────


 うーん。なんか違うな。

 目撃者でもないぞ。

 となると……なんだ?


 ちょっとわからなくなってきました。

 だいぶ日も落ちて来たし、そろそろ少女もおうちに帰らないといけない時間帯だろう。


「ぎぃ(訳:新しいルールかもしれません)」

「きゅっ(訳:もしかしたら踊っている判定になってないのかもしれないっきゅ!)」


 ほう。

 なるほど、踊ってない判定。

 思えばミッドなサマーでは、女性たちが手を繫いで楽しげに踊っていた。


 そうか。閃いたぞ。


「やあやあ、お嬢ちゃん」

「今度はなんですか。もう嫌と言うほど見てるんですけど」

「いっしょに踊ろうか」

「絶対嫌です」

「お願いだから、君の力が必要なんだ! これは世界を救う戦いだ!」

「そんな堂々と嘘つかれても……はあ、ちょっとだけですよ」


 少女は先ほど俺といっしょに作っていたもう一個のシロツメクサの花冠を被り、俺のとそれぞれの手を握った。


「手、すごい硬い……」

「大人ですからね。さあ、踊ろう!」

「(なにしてんだろ、私……)」


 いっしょに楽しく。

 夕方の公園で俺と少女は日が暮れるまで踊った。

 手を繫いでサイドステップでくるくる回るだけの、ごく簡素なものだが、意外に誰かとはしゃぐというのは楽しいものだった。なお相手は素性を知らぬ小学生。


 ─────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『90年に一度の祝祭』


 花飾りをかぶり踊り狂う 1/1


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 『エリクサー』


 継続日数:115日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

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 あっ、これ、欲しかったやつ。

 気が利くね、デイリー君。


「ぎぃ(訳:でも、我が主はスキル『黒沼の断絶者』を持っているのでMP/

HP全回復アイテムの『エリクサー』は持ち物として腐るのでは)」


 言われてみれば……。

 

「ぎぃさん、もちろんわかってましたよ。『エリクサー』は、そう、ドクターに渡して合成し、なんかすごい薬を開発するために手に入れたいと思ってたんです」

「きゅっ!(訳:すごいっきゅ! 流石は英雄殿っきゅ! 100手先まで考えているっきゅ!)」


 ハリネズミさんの純粋な眼差しが痛い。


「ありがとう、お嬢ちゃん、助かりましたよ」


 さっきからそっちのベンチに寝込んでる少女のもとへ。

 体力に致命的な弱点を感じます。子供はもっと元気じゃないと。


「指男のDMにメッセージ飛ばしても返事がなくて……よかったら連絡先を教えて欲しいの」

「あんまり意味ないと思いますよ」

「どういうこと……?」

「彼の連絡先を知ったところで、それを削除するのは君自身ということですよ。無自覚の自分が指男を遠ざける。そういう風になってます、もうこの世界は」


 地獄道さんに訊いたミームの汚染。

 ちょっと寂しいけど、そういうものなら仕方ない。

 俺はクールに受け入れる。だから無駄な足掻きもしない。

 どうせ忘れられるのだ。


「まあでも、一応、約束なので言いますね。俺が指男ですよ、君の探してた」

「……え、どういうこと?」


 俺は指を2回軽く鳴らし、手元に虹色の花火をつくりだして見せた。

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