暗躍者を観測する者たち
ヴェンベヌート・ヨコ・チチガスキー男爵。
ダンジョン物理学の権威でありながら片手に間に手をだしてみたダンジョン言語学の分野でも才能を発揮し、世界をけん引するほどの功績を打ち出してきた現代の傑物。
時刻は午後9時。夜の静けさただよう。
彼は誰もいない会議室の一室でコーヒーをすすっていた。
簡素な部屋でホワイトボードと紙とコピー機、それとコーヒーメイカーがある以外には、机と椅子しかない。
ヴェンベヌートは椅子の座り心地を確かめるようにゆらゆら足を左右に動かす。やや落ち着きがない。
彼はしきりに時計を確認していた。
というのも待ち人がいるからだ。
──トントン
暗いオフィスにノックが響く。
「はい」
ヴェンベヌートはすぐ返事をして立ちあがった。
入って来たのは日本人の女性だ。
目の下にクマが張り付いた無気力な印象を受ける女性だった。
「どうも、ヴェンベヌート卿、お会いできて光栄です」
喋れば見た目よりもずっと低い声だった。
「地獄道博士、それはこちらの言葉だよ。君のような立場で、権威と信念ある科学者に会える日を待ってたんだ。どうにもみんな権力闘争が好きで敵わない」
「どうぞお気になさらず掛けてください」
地獄道はヴェンベヌートに席を薦めると、コーヒーメイカーのもとへ行き、自分の分を淹れはじめる。
ヴーっというマシンの駆動音が鳴りやむのを待ってから、ヴェンベヌートは切り出した。
「私はとある重要な事実を掴んでいるんだ。いづれ皆、知ることになるし、知るべきだと思う。これは世界秩序を変えうるほどに意味を持つことなんだ」
「それは大変に興味深いことです」
地獄道はデスクに腰かけ、コーヒーを啜る。
ヴェンベヌートはスマホを取り出し、画面を表示して地獄道へ差し出した。
受け取り、しげしげと光る画面を眺める。
「数日前に出現し、昨日、攻略されたアルコンダンジョン。状況と異常物質『ドーヌッツ』の加筆から見て、銀色系のダンジョンだ。ジウ君もそう推測していた。すこし厄介な状況になっていたが、私はもろもとの諸情報を得て確信したよ」
「突然の覚醒を果たした暗黒と銀色ですね。たしかに恐るべき警戒をするべきシナリオでしょう」
「ああ。こんな短いスパンで、というか同時に別々の組織に所属する信徒たちが動き出すなんて。それも敵対関係にあると考えられる二つの派閥が。おかしいと思って尋問のあと、データベースを借りて調べてみたんだ。……どうやら封印中のアルコンダンジョンが活性状態へ移行しているようなんだ」
「それは本当ですか?」
地獄道は目を丸くする。
ヴェンベヌートは片目を閉じて「俺はそれなりに権限があるからね。確かな情報だよ」と言った。
「何者かが手引きしている。そして、おそらくその者は強大な力とコネクションでもって多くの要注意団体に接触し、信徒たちがそれぞれ神を復活させることを支援している。いわば人類絶滅のサポーターだ」
「……ふむ。ところで、これはなんですか。あたしにはいまいちピンと来ないのですが」
地獄道はスマホを掲げる。
ヴェンベヌートから渡されたスマホの画面には、彼がアルコンダンジョンのなかで解読した暗黒迷宮語の解読文が書かれていた。
解読文は儀式内容について書かれている。
「それはユーロのノルンが保有している魔導書のページ、その切り抜きなんだよ。昔、閲覧して解読したからわかるんだ」
「それが暗黒の信徒の手に」
「ああ。俺の助手がどうにも裏切り者だったらしくてね。おそらくはそいつが盗みだしたんだろう。もしかしたら、別の魔導書かもしれないが」
「厄介な話ですね。その暗黒の信徒だったと言う助手はダンジョンにいたんですか」
「いいや。いなかった。というか、別の場所で発見されたんだ。俺の私的なコネクションが見つけてくれたよ。画面をスライドしてみてくれよ」
地獄道はスッとフリックする。
血の華を咲かせた遺体の写真が表示された。
どこかの部屋で、冒涜的な死に様を晒している。
腕と足がすげ替えられ、頭は腹部に接合されている。
「おっと、失礼、レディに配慮が足りなかっただろうか」
「いえ、別に。これはローマですか」
「……。ああ、そうだよ。俺の助手ブルーノ君は死んでた。部屋は捜索したが魔導書ふくめてあらゆる資料はなくなっていた。状況から見て、ブルーノ君を殺した者が全部持って行ったってところだろう。ちょうどアルコンダンジョンが攻略された直後くらが死亡時刻だ」
「……それは偶然じゃないと。アルコンダンジョンが攻略されたことがブルーノ助手の死に繋がったと?」
「俺はそう思う。失敗したから、ブルーノたちの組織に投資した分を回収しにかかった……そんな気がしてならない」
「それが人類絶滅のサポーターですか」
「ああ、暗躍者だ。それにその冒涜的な”死のオブジェクト”、遺体で遊ぶのはノーフェイス・タケノコの醜悪極まりないアピールだろう」
ノーフェイス・タケノコ。
日本で『顔のない男』アララギと呼ばれる彼は、仕事のあと、必ず自分の犯行だとわかるように冒涜的な死体遊びをする。
「世界中のアルコンダンジョンの封印が解かれようとしていることと言い、タケノコの活動が頻繁になっていることといい、どうにも嫌な予感がしますね」
「ああ。エージェント室もおんなじような緊張感を持ってたよ」
ヴェンベヌートは数時間前、エージェントに連行された時のことを思い出していた。
(JPNのエージェント室はなかなかに話がわかる連中だった。Sクラス『ダンディ』が身を寄せているのもわかるってもんだ)
ヴェンベヌートはエージェントにいくつかの情報を提供し、そしてエージェント室からいくつかの情報を提供された。『ダンジョン学界の四皇』などとうたわれるヴェンベヌートであるが、彼は権力との戦いには興味はなく、純然と学問上の真理と横乳だけを愛している。そして、片手間に世界の平和を願っているのだ。
エージェント室は、歳のわりに純粋な彼の人格を認めた。
ゆえに『ダンディ』がタケノコを追跡している最中で、近頃は銀色の信徒たちの動向を追跡して、この土地で調査活動をしていたことも知らされた。タケノコを追い詰めるために、ヴェンベヌートの力を必要としているのも理解した。
ヴェンベヌートは快諾した。
ノーフェイスに敵意を向けられるのは嫌だったが、何分、金と権力という意味では結構そろってしまっている。
助手ブルーノに騙されていたことも相まって、とんでもない危険に巻き込まれ、そうした崩壊論者たちに苛立ちが向いていたのも快諾の動機だった。
ただ、最大の動機は別にあった。
「地獄道ちゃん、指男を知っているかい? あの規格外の探索者を。少し調べたが日本じゃ有名なんだろう?」
「ヴェンベヌート卿は指男に会ったのですか」
「ああ。存外、普通の青年だと思ったんだが、その実、とんでもない。あれは歴史を動かす逸材だ」
「ふふ。でしょうね」
地獄道は「わかってるねぇ」と、なぜかちょっと自慢げだ。
彼女は指男の凄さにいち早く気づいたというちょっとした自負があるので、指男が評価されると、どこか我が事のように嬉しくなってしまうのだ。
「こほん。そうですか。よかったです。彼を覚えていられる人間は多くないですから」
「どういう意味だい?」
地獄道は指男ミームに関しての話をした。
「ほう。それはまた……ずいぶん難儀なことだ」
「可哀想な子ですよ。本当に」
ヴェンベヌートは整えられた顎鬚をしごく。
「だが、アルコンダンジョンを攻略できる最高の探索者であることに違いはない。そこは揺るがない。彼は本物だ。彼の力は抑止力になるかもしれない。暗闇と夜の中で暗躍する者どもへ、崩壊論者たちの恐怖のイコンとなりえる」
「JPNは『ミスター』とそのほか探索者の功績として発表してしまってますけど」
「なに気にすることはないよ、地獄道博士。彼は万人にとってあくまで都市伝説なのだろう? だったら噂を撒くだけでいい。事実は重要であって、重要じゃない」
「興味深い社会実験になりそうですね」
「そうと決まれば指男のミームを拡散しようか。そうだな指男だから……『Fingerman』と言ったところか」
ヴェンベヌートの手引きで海外の掲示板とSNSへ、積極的にFingermanは拡散された。世界中に瞬く間に拡散し、やがて日本の都市伝説は世界の都市伝説になった。
────
──赤木英雄の視点
ピコン!
「うあ! あ? ああ、いつものレベルアップか」
寝ていたらいきなり耳元でレベルアップするのはいつものこと。
しかし、これ、なんという病気なのだろうか。
そろそろ医者に診てもらったほうがいいかな。
「ぎぃ(訳:どうやら『恐怖症候群』がレベルアップしたみたいですね)」
たまたま起きていたぎぃさんが教えてくれた。
ほうほう、そういえばそんなスキルあったな。
ステータスを開いて、えーと、恐怖症候群、っと。
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赤木英雄
レベル270
HP 371,200/402,300
MP 95,600/100,950
スキル
『フィンガースナップ Lv7』
『恐怖症候群 Lv10』
『一撃 Lv10』
『鋼の精神』
『確率の時間 コイン Lv2』
『スーパーメタル特攻 Lv8』
『蒼い胎動 Lv4』
『黒沼の断絶者』
『超捕獲家 Lv4』
『最後まで共に』
『銀の盾 Lv9』
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『恐怖症候群 Lv10』
恐怖の伝染を楽しむ者の証。
他者の恐怖を経験値として獲得できる。
Lv10では獲得経験値に10.0倍の補正がかかる。
解放条件 世界中に恐怖症を伝染させる
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いつのまにか世界中に恐怖を伝染させていた件。
まあいい。眠い。寝ます。おやすみ。
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