ダブルダンジョン事件解決
どうも、赤木英雄です。
長い1日を終えて”扉”を使い、経験値工場を経由して、ホテルのエグゼクティブルームへ戻ってきました。
とりあえず顔くらい洗おうかな。
だいぶん真っ黒に汚れてしまいましたから。
「きゅっきゅっきゅっ!」
「ん?」
柔らかいタオルで顔をぬぐっていると、ベッドののほうから鳴き声が。
何事かと顔をのぞくと衝撃の光景が飛び込んできた。
「ちーちーちー!(訳:超後輩、ここで消えるちー! これ以上経験値の取り分が少なくなる前に野生に帰るちー!)」
「きゅっきゅっきゅ~っ!(訳:我は偉大なる大古竜っきゅ! こんなことは許されないっきゅ! やめるっきゅ、鳥殿~!)」
シマエナガさんがハリネズミさんを鷲掴みにして窓の外へ放り出そうとしていました。ぎぃさんは黒い触手でシマエナガさんを止めようと頑張ってます。
パチン
「ちーっ!!?」
豆大福を焼き豆大福にして窓の外へ吹っ飛ばしました。
ハリネズミさんは落ちないようにキャッチ。
「すみません、ハリネズミさん。あれは酷い病気なんです。気にしないでください」
「きゅっきゅっ(訳:助かったっきゅ~。
はあ~ハリネズミさん、良い子だなぁ。
チーム指男にもついに本当の良心が加盟してくれたか。
「きゅっ(訳:鳥殿は危険っきゅ)」
「ぎぃ(訳:ハリネズミ後輩、おかしな鳥に襲われた時はいつでも言ってください)」
「きゅっ! きゅっ!(訳:蟲殿も頼りになるっきゅ! これからよろしくお願いするっきゅ!)」
ぎぃさん、さっそくハリネズミさんに取り入ったようです。
やはり狡猾。来たるべき経験値議会制民主主義が訪れることを予感して、いまのうちに派閥をつくる算段なのでしょう。
俺は汚れた服装のまま”扉”を使って経験値工場へ。
薄湖の真ん中でドクターはいつも通り機械いじりをしている。
「おう、指男よ、ずいぶん早いな。シャワーでもゆっくり浴びればいいものを。まだ汚れたままじゃないか」
「いろいろやることがありますから。すこし外へ出てきます」
というわけで、経験値工場の扉からダンジョン8階層の扉へ。
1階層へ飛んでもいいが、ちょっとだけ気になることがあった。
「ダンジョンブローカー、いますかー? てか、生きてるー?」
かつて闇取引をした相手ダンジョンブローカーS。
俺のことを『モテルモテール』や『エチチエチーチ』などという邪悪な薬でかどわかして来た、世にも危険な商人。本当にあぶないやつだ。あぶない。
幸いというべきか、8階層は崩落していないので無事だとは思うが……一応、様子を見に来た。
「ん、誰もいないじゃん」
もぬけの殻というやつだ。
そこに誰かがいた痕跡すら残っていない。
確かにここで店を開いていたのだが。
「ちー(訳:なにか置いてあるちー)」
シマエナガさんが手紙を発見。
『財団の連中がおかしな行動を始めたので店じまい』
簡素過ぎるが十分に意思は伝わった。
まあ生きてるならいいんだ。俺がダンジョンを崩壊させたせいで生き埋めとかあってたら可哀想だなって思っただけだからな。
8階層から経験値工場へ戻り、今度は1階層の扉へ入る。
さてあとは戻るだけだ。
『迷宮の攻略家』に映し出されている道順に従い、ダンジョンの入り口まで戻って来た。
さっと外へ出る。
誰もいない映画館の座席。
見張りの自衛隊と警察の方々が固めているなか、俺は歩いて外へ。
ゲートのすぐ外側の空気感は平時そのものだ。
外側はまだダンジョン攻略は完了したことを知らないし、そもそもアルコンダンジョンが出現したことも知らないのかもしれない。
……と、思っていたのだが。
ダンジョンキャンプへ戻ってくる。
キャンプの様子はかなり変わっていた。
まず圧倒的に人が少ない。
ちらほらと探索者らしき者たちがいるが、8年目の死にかけソシャゲくらい人気がない。
なにかキャンプのほうでも変化があったらしいと思いながら、俺は胸に高鳴らせ、いざ対策本部の受付へ。
受付は無人だったので、近くを通りかかった財団職員に「修羅道さんいますか?」とたずねる。「今呼んで来ますね」と快く返事をもらったので少し待機。
懐のぎぃさんをなでなでしたり、胸ポケット争奪戦を繰り広げるシマエナガさんとハリネズミさんをいさめたり。
「ハリネズミさん、すみません。そこはシマエナガさんのお気に入りなんです」
「ちーちーちーッ!!」
「きゅっ……」
「ハリネズミさん、こちらの物件なんてどうでしょうか」
『アドルフェンの聖骸布』の横ポケットを提案。
普通の人なら寒い日に左手をつっこんでそうなそこへ、ハリネズミさんをそっと流し込む。
「きゅっきゅっきゅっ♪」
気に入ってくれたようだ。
ポケットに左手を入れると、ハリネズミさんを揉み揉みできてこちらとしても大変に助かる。
やがて駆け足が聞こえてきた。
対策本部テントの奥からズバっと参上した修羅道さんは、俺の顔を見るなり「赤木さん?!」と驚いた顔をした。
「赤木さん、無事だったんですね! よかったです!」
修羅道さんは受付を乗り越え、がしっと抱擁してきた。
エデンはここにあったんや。それとお胸。凄い。おむね。すごい。すごい。おむね。それとすごくいいおいがする。かあいい。
「くんくんくん、この匂いは間違いなく赤木さんです! 偽物じゃありません!」
「あはは、そりゃもちろん」
これはいいんですね? いいんですよね?
だって修羅道さんから抱き着いてきたんだもんね?
くんくんされたということは、こちらもくんくんしなければ無作法というものですよね?
戦争映画で帰還した夫の気分をしみじみ感じ、俺は大興奮を押し殺しながら、つとめてクールに「ただいま、マイハニー(イケボ)」くらいニュアンスで、イケメンなる抱擁をしかえそうとする。
「はっ! それよりもどうして赤木さんがいるんですか! どうやって帰って来たんですか! アルコンダンジョンは! ジウちゃんたち皆さんはどうなりましたか!」
修羅道さんはガバっと勢いよく離れ、我が抱擁へ神の宣告を決めて来た。
スペルスピード3の世界を垣間見ました。まる。
「いろいろありまして。カクカクシカジカンというわけで、デカくてきもいやつは倒しました」
「つまり、もう事件は解決してしまった……てこと?!」
ちいさくてかわいい奴みたいに修羅道さんがなっちゃいました。
怪我人がたくさんいるということで、とりあえず皆さんを解放することに。
医務室のベッドに順番に『超捕獲家 Lv4』により収納していた者たちを、寝かせていく。
重傷者も多く、腕や足を失った人々もいた。
すぐさま回復薬や異常物質を用いたダンジョン学的治療と、現代医学的な治療が施される運びとなり、幸いにも死に至る者はいなかった。
「指男……」
「ハッピーさん、もう大丈夫ですよ。ここは安全です」
「……そ、う。やったんだ」
ハッピーさんはそれだけ言うと、スッと深い眠りに落ちていきました。
ジウさんの様子も見てみようかな。
「ちーちーちー(訳:美人の心配ばっかりちー)」
「そ、そんなことないですよ。ミスターは大丈夫かなー元気かなー」
予定を変更し、ミスターのもとへ。
「ミスター、来ましたよ、あ、全然平気そうですね、よかたよかた、それじゃあジウさんのところへ」
「赤木」
「はい、なんでしょう」
呼び止められ、ふりかえる。
「自分の道を選べたんだな」
「……。ええ。ありがとうございます、ミスター」
「すべてお前が掴み取った結果だ。お前は最高だった。お前がいたからこの場のみんな助かったんだ」
「俺がいたから……」
「そうだ。お前が繫いだ。だから誇れよ、赤木英雄」
ミスター……そうですね、俺はすごいことをしたのだ。
「お前の途方もない実力。財団は目をつけるだろう。この先で過酷な責務を追わされるかもしれないが……赤木なら、きっと大丈夫だ」
ミスターはそう言って、俺の肩に分厚い手を乗せた。
────
──ミスターの視点
よもや、あの日、『フィンガースナップ』だけを覚醒させてキラキラした目を輝かせていた若者が、ここまでに至るとは。
自分の道を選べるのは自分だけ。
はっきり言って俺と違い赤木にはまるで才能を感じなかった。
というかあれほどに才能がない新人を見たのは初めてだった。
本当なら諦めることを強く薦めるべきだっただろう。
だが、あの時、脳裏をよぎった。
ダンジョン財団からの手紙を受け取り、探索者になると言った俺を笑った者たちを。俺ににとってダンジョンはただの自殺場所でしかないと、兄たちにベーリング海に連行されそうになった日々を。
俺は自分で選んだ。
そして探索者になった。
だからあの時、思ったのだ。
赤木もまた自分で選ぶべきなんじゃないか、と。
「酷い有様だね」
「ダンディ、来ていたのか」
小綺麗な40代がベッド脇にやってきた。
整えられた髭。浅く焼けた肌。いつもどおりえらくイケメン。
日本人離れした蒼をたたえ知性を宿す瞳。
秘められし最強の力がその体重移動だけでわかる。
Sランク第3位探索者『ダンディ』
彼がいればあるいは怪我人ひとりすら出さすに問題を解決して見せたかもしれない。
そう思うと俺ではなく、彼があの場にいれば、と思わざるを得ない。
「ダンジョンはどうだった。暗黒系のアルコンは初めてだったろう」
「凄まじいの一言だ。私ではまだアルコンの世界感に通用しないと改めて思い知らされたよ」
「君をしてそのいう感想が出て来るのか。よかった、降りなくて。降りてたらきっと無様を晒し、恥をかかされていただろうね」
ダンディなりの優しいジョークだ。
俺と彼の間にある距離はあまりにも遠い。
比較にすらならない。
だが、あるいは赤木なら彼と同じ世界観を共有できるかもしれない。
「ダンディ、赤木英雄を知っているか」
「赤木? いや、知らない名前だね」
「そうか。では、覚えておくといい。彼は指男の正体である好青年だ。清く、正義の心に溢れている」
「ほう、それは興味深い話だ。指男、赤木英雄。覚えておこう。……どうやらミームの汚染が進んでいる。その事実を覚えて置ける人間はごくごく限られてくるだろうからね」
「しかるべき時が来たら、俺は赤木にあとを託すつもりだ」
「そうか……寂しくなるね」
ダンディの眼光はすこし楽しそうだ。
彼は期待を膨らませているのだろう。
まったく敵わない奴だ、このダンディと言う男は。
──トゥルルルっ♪
着信音が鳴る。
ダンディはスマホを取り出しひと目確認する。
「ああ、すまない、姪が迎えに来てる。いかなくては。ヴェンベヌートが孤立しているのなら、いまのうちに接触しておかないといけない」
ダンジョン財団での有力者であるヴェンベヌート・ヨコ・チチガスキー博士。
彼は驚異的な、とてつもない横乳好きというだけではない。
現代神秘学問領域を網羅するダンジョン学、その最高権威たるダンジョン学会において『ダンジョン学会の四皇』に名を連ねるとされるほどの傑物だ。
おかしな経緯で活動場所であるヨーロッパから日本へやってきてしまった彼は、すでに黒服のエージェントたちによってこの医務室とは違う場所へ連れていかれた。
ダンディは財団エージェント室と繋がりを持つ特別な探索者。
なにか特別なミッションの為にこれからベンヴェヌートに会うのだろう。
「わざわざありがとう、ダンディ。こんなところまで来てくれて」
「友達の見舞いに来ただけさ。礼なんていらないよ。ああ、わすれるところだった。プルトニウムコーヒー。千葉国で愛飲される飲料だ。千葉政府公認の合法覚せい剤と思ってくれて相違ない。飲むとすぐ元気になれる」
懐から取りだした冷えたMAXコーヒーをベッド脇に置くと、ダンディはスマートな足取りでテントを出て行った。
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