ダンジョンボス:暗黒救世竜
暗黒救世竜の放った雷と闇の双槍は、いにしえの力を内包した神話の武器であった。
銀色の力こそ発現はしなかったが、竜はしっかりと救世の力を操っていた。
地面へ双槍が投げつけられれば、たちまち大災害となった。
30階層ダンジョンボスの部屋を中心に渦巻いていた嵐は、槍の着弾とともに真っ黒に染まり、その勢力を一気にふくらませた。
暗黒の嵐のなかを黄色い稲光が、バヂンバヂンッ! と駆け抜ける。
恐ろしい獣が潜む洞窟のように絶え間ない死の予感がそこにあった。
暗黒救世竜は咆哮をあげ、すべての暗黒の霧と嵐を強引にふきとばす。
視界が通り、晴れやかになったダンジョンボスの部屋。
そこはもはやコロッセオのような闘技場じみたドーム空間ではなかった。
天井はどこまで続いているのだろうか。
端はどこにあるのだろうか。
見上げれば天も地も、いっさいの凸凹がなくなっている。
強力すぎる暴風域のなかにあったせいだ。
大気圧の恐るべき力は、撫でるようにしてあらゆるものを削った。
だから天も地も恐ろしいほどに滑らかな様相になっているのだ。
暗黒救世竜の生み出した領域は、30階層から29階層のあいだにある階層間の岩盤すらも削りに削った。
結果、岩盤は40mばかりも薄くなり、削られた岩は砂となって地上へ埋積した。
「うの、ボ、ェ、血の樹……おわった……あァ、ぉ」
暗黒救世竜は向こうまでつづく広々とした更地の上空で勝利の雄たけびをあげた。
雄たけびが千葉クラス4救世ダンジョンを震わせた。
不毛の砂漠で砂がまいあがり、旋風に煽られて渦を巻く。
咆哮でダンジョンの壁にヒビが広がった。
なにもなくなり、そして新しい神話がはじまる。
そのはずだった。
粉砕の波をなんともなしに”彼”が歩いて戻ってくるまでは。
不毛の砂漠をまっすぐにやってくる。
サクサクと足跡を残し、若干歩きづらそうにしながらやってくる。
黒いサングラス。
焦茶色の外套。
指男である。
いくばくかやつれた印象を受ける。
原因は愛用のコートが嵐と雷に引き裂かれ、見るも無残なほどにボロボロであるからだ。
ただ本人に外傷は見当たらない。
胸ポケットの厄災たちも無事である。
指男は黙したまま、暗黒救世竜を見あげる。
竜もまた最大の敵を睨みつける。
指男は腕をスッともちあげた。
「久しぶりだ。この感じ」
指男は長い事忘れていた。
戦いの高揚感を。魂のぶつかり合いを。
命を削り、敵対者を屠る焦燥を。
だから全力を出してみることにした。
指男の手には500円玉が握られていた。
指先で弾くと「ピンっ」と子気味良い音が鳴った。
宙をくるくると回り、打ちあがる。
指男はコインの落下を待たずに歩きだし、通り過ぎ、まっすぐ暗黒救世竜のもとへ歩いていく。
彼の背後で「サクッ」と音を鳴らし、コインは砂の地面に落ちた。
当然のようにコインは表向きであった。
もはや指男は自分のコントロールを疑っていない。
結果を見ずとも確信がある。
これによりギャンブルスキルが発動条件を満たす。
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『確率の時間 コイン Lv2』
50%の確率に身を委ねるのは愚かなことだ。
しかし、その心配はもう必要なくなった。
コイントスを行う。
表面がでたら全ステータス5分間 40%強化、次の攻撃において最終的に算出されたダメージを2.5倍にする。
裏面がでたら全ステータス168時間 100%弱化、HPとMPを1にする。
168時間に1度使用可能。
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指男にとって命とは、HPとは、敵に終焉を届けるための手段でしかない。
彼のステータスの上昇は敵に避けられぬ死を約束する。
HP 191,800/191,800
↓
HP 191,800/268,520
指男の全ステータスが上昇。
体にみなぎるパワーを感じ思わず「パワー」とつぶやくほどに、パワーアップ。パワー。ワパー。
指男が次に使うのは『黒沼の断絶者』だ。
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『黒沼の断絶者』
黒沼からの侵略に抵抗した証。
あなたは世界を保つひとつの楔となった。
即座にHPとMPを最大まで回復させる。
720時間に1度使用可能。ストック2。
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HP 268,520/268,520
弾丸をリロード完了。
指男は準備を終え、首の骨を軽く鳴らす。
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『フィンガースナップ Lv6』
指を鳴らして敵を消滅させる。
生命エネルギーを攻撃に転用する。
転換レート ATK5,000:HP1
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HP 268,520/268,520
↓
HP 520/268,520
指男の命が生贄として捧げられていく。
その量、HP26万8,000。
彼は己のすべてかけて敵を滅ぼそうというのだ。
ATK1,340,000,000:HP268,000
実に攻撃力”13億4,000万”
指男はわずかに指先に重みを感じた。
だが、すこし力を込めれば「さほどの摩擦じゃないな……」と彼には感じられた。
そのことが少しだけ、彼に切なさと哀愁の念を抱かせた。
もうきっと重みを感じる日はこないのだろう──と。
親指と中指の接触面から星々の終わりを予感する青白い火花が溢れだす。
未元の宇宙から極大の熱を召喚する。
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『一撃 Lv8』
強敵をほふることは容易なことではない。
ただ一度の攻撃によるものなら尚更だ。
最終的に算出されたダメージを5.5倍にする。168時間に1度使用可能。
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スキルを起動する。
決戦のスキルだ。
13億4,000万×5.5= 73億7,000万
ここに『確率の時間 コイン Lv2』の第二の効果”ダメージ2.5倍”が掛かる。
73億7,000万×2.5=184億2,500万DMG
都市伝説の破壊は進化した。
町ひとつの機能を一撃で停止させられるほどにまで到達してしまったのだ。
いづれ彼の指先は星のはじまりと終わりを指揮しうるだろう。
「さあ、俺のとっておきだ」
指男はつぶやき、指を鳴らそうとする。
対する暗黒救世竜は指男が最大の攻撃を仕掛けてくることがわかっていた。
なればこそ、己もまた全身全霊で迎え撃たねばならない。
否、認めよう。こちらが挑戦者だったのだ──と。
いにしえの大英雄はすべてを解き放つ。
巨大にして、邪悪にして、崇高なる竜は全エネルギーを内側で圧縮した。
竜の背後から黒い渦が広がり、稲光が生まれた。
すべてのMPを注ぎ込み、竜は放つ”終焉ノ咆哮”を。
聞く者に敬意の死を譲渡する最強の攻撃を。
暗黒の霧と暗い炎、銀の雷が収束させた究極のドラゴンブレスが放たれた。
視界がまっしろに染まった。
膨大な熱量の嵐によって、肌が焼ける。
砂漠と化した大地は真っ赤に燃え上がった。
砂が舞い上がり、砂塵となり、熱せられ、一瞬のうちにガラスと化した。
輝く硝子の旋風を肌に受けながら、彼は指を鳴らした。
指男のフィンガースナップが放たれる。
──パチン
「エクスカリバー」
絶槍はドラゴンブレスに風穴を穿った。
そこに、ただの一瞬の拮抗もなかった。
支配者を決める戦いは終わった。
あとに残るのはここが地下空間であるということを忘れて力を解放したツケであった。
「あっ」
「ちー」
「ぎぃ」
ダンジョンは今この瞬間をもって攻略された。
同時に未曽有の威力を叩きこまれたせいで崩壊がはじまった。
「ちーちーちー!(訳:すごい経験値ちー! はやくライターにしまうちー!)」
「シマエナガさん、経験値は新鮮なうちにいただくのが粋ってもんですよ。古事記に書いてありました」
「ちーちーちー!(訳:古事記に書いてあるなら間違いないちー! 粋は大事ちーね! さっそくいただくちー!)」
常人ならまず脱出を考える状況。
天井が崩落し、足場が地割れで失わて行くなか、三者は嬉々として光る粉々を集めに駆けだした。
「あああああッ! これこれェ! たまらねえぜッ! これのために生きてるってもんよッ!」
「ぢーぢーぢーっ!!」
「ぎぃ」
祭りが始まり、皆、踊り狂う。
レベルアップの音がしばらく鳴りやみそうにない。
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