溶けだした悪意、闇を穿つ絶槍


 

 指男は祭壇のもとまで戻って来た。

 石碑にべっとりと紅い跡がついている。

 血溜まりの真ん中で、石碑に背を預け、事切れている男がいる。


 指男は男が抱えている魔導書が目につき、それを手に取って見た。

 魔導書をぺらぺらとめくる。

 指男には理解のできない文字の羅列であるが、最後のページに挟んであった写真の意味が理解することができた。

 若い高校生くらいの少女とありし日の男の姿が映っている。

 兄と妹だろうか。とても仲が良さそうだ。

 写真の裏には兄妹の名前と日付が書かれている。

 

 指男は感傷に浸れるほど目の前の男に関心はなかった。

 ただ、かと言って特別嫌いでもなかった。


 指男は男からコートを剥ぎ取る。

 血でべっとり濡れているが、着られないことはない。

 袖を通し、魔導書を懐にしまうと、『超捕獲家 Lv3』で男の遺体を収納した。


「さて、戻りますか」


 指男は視線を天へ。

 視野はせいぜい4m程度のひたすらの暗黒。

 そのひたすらの暗黒のなかへ、指男はフィンガースナップを放り込んだ。


 光の柱をイメージし、円柱状に爆炎が放たれた。

 闇を焼き拓き、視野が広がる。

 照らされた巨大空洞を舐めるように眺め「あそこか」と、先ほど崩れた足場と、乗れそうな引っ掛かりを発見する。

 

 指男は大きく跳躍した。

 ひとっ跳びで儀式の間まで戻ってくる。

 

「あの黒いのはもっと上へ飛んでいってましたよね」

「ぎぃ(訳:我が主、あそこかと)」

 

 光の柱が照らし、黒い触手が示す先。

 よく見れば天井に穴が空いており、タール状の液体がついている。

 痕跡を見つけ、指男は追跡を開始した。


 追跡の終着点はセントラルの外へと続いていた。

 追いかけていると、物凄い地響きが連続して指男のもとへ届いた。

 何者かが戦いを繰り広げているらしい。

 

 いざなわれるように激しい音がする方へ。


「おや、君たちは」


 セントラルの門を出ようとすると、黒い暗殺者たちが行く手を塞いだ。

 暗黒の使徒たちである。


 指男は手を水平に振り抜きながらフィンガースナップを使う。

 水平方向へ斬撃のように爆心地を引き伸ばす破壊こそ、指男が戦いのなかで見出した絶剣エクスカリバーである。


 指男はスキルコントロールで爆炎を割って、セントラルを抜けた。

 霧の薄いダンジョン地上部へと戻って来た。

 そして、その先で怪物に追いついた。


「見ィつけた」


 指男は穏やかに笑みをうかべる。


 神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアは指男に気が付きなり、それまで餅つきのように豆大福に叩きつけていた巨腕をなぎらはう。

 両者の間合いは遥か遠く、優に100mは離れていた。

 しかし、巨腕は伸縮自在のゴムがごとくしなって延長され、指男を遠隔から強力に殴りつけることができた。

 破壊力は未曽有のものだった。ただ一撃の余波だけで、指男の背後にそびえたつ巨塔に、横薙ぎのおおきな斬撃跡を刻み付けるほどであった。


 指男はいましがた出て来た巨塔へと叩き返され、瓦礫の山へと姿を消した。


「……。そ、そんな……」


 探索者たちのなかで唯一正気を保っていたジウは、強烈な頭痛に悩まされながらも、暗きを歩き、常軌を逸した戦場のもとへ自力で辿りついていた。

 額から流れる血に視界をかすませながら、戦場の端っこで見届けていた。

 今しがた指男が弾き飛ばされたのももちろん目撃していた。


 ジウは膝から崩れ落ちる。


「……。指男さん……あなたでも、届かないのですか……」


 無意識のうち短く悲鳴をあげていた。

 ダンジョン財団が誇る最高の探索者『ミスター』、それに比類する豆大福。

 それすらも容易くあしらった冒涜的怪物。


 あの時、助けてくれた指男でも敵わないと言うのだろうか。

 ジウは心のどこかに保険を持っていた。

 どんな絶望を前にしようとも、まだ彼がいる。指男がいるのだ、と。


 希望がいま音を立てて崩れようとしている。

 

 ──パチン


 ごくちいさい音だ。

 ずっと向こう、そびえたつ巨塔のほう、確かに聞こえた。


 直後、闇に星が生まれた。

 視界が白光し、すべてが見えるようになった。

 それまでは暗黒によって閉ざされていた視界だったが、ある一点から広がる光によってすべてが照らされたのだ。


 あらゆる闇を焼き、敵を消し炭に変える英雄的爆裂攻撃。その前兆。


 神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアはその発生源をパクっと食べようとする。

 だが、なにかを察したように、すぐさま怪物は翼をおおきく広げ、爆心地から逃げ出した。

 さっきよりも遥かに強力な一撃だと気づいたからである。

 天文学的なエネルギーの暴走を完全に御する術など存在ない。

  

 恒星は瞬きの後に破裂した。


 神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアは逃げきれない。

 爆発に吹っ飛ばされ、遥か向こう、銀色のダンジョンの外周まで一気に吹っ飛ばされた。壁に放射状の亀裂が広がる。外周の壁に深くめりこみ、タール状の汚物を口からこぼす。


 自身を脅かす存在がいることに驚愕を隠せていなかった。

 

「ボウ、ぅ、ぉ……」


 しかし、神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアは健在であった。

 大きくHPを削られはしなた死んではいない。


 爆発のおかげであたりの暗黒の霧は一時的に霧散していた。

 指男はよく通った視界のずっと向こうで、いまだに息をする神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアを確認し、感心したように声をもらした。


「ATK8,000万は出したつもりだったけど……。あいつわしより強くね?」

「ぎぃ(訳:反撃、来ますね。これは)」

「え? まじです?」


 神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアも巨塔のふもとに佇む指男を見据える。

 

「ボ、ぉ、うぉおおお゛……ッッ!!」


 身の毛もよだつ咆哮がダンジョンに響き渡る。

 共鳴してスカートの腐肉どもが悲鳴をあげる。


 狂乱の協奏曲により大地と天が裂けていく。

 それは錯覚ではない。

 事実、見よ、次元の裂け目が暗黒の霧のなかから生じているのだ。


 何かが次元の裂け目から姿を現す。

 

 遥か暗黒からこちらをのぞきにやってきた別次元のおおいなる怪物は、盟友の一声に首をもたげ、そして敵を滅ぼしに参ったのだ。


 その姿は溶けだした悪意である。

 タール状の黒液が天より地上へ雨となってふりそそぐ。

 

 溶けだした悪意は指男を見つけた。

 キィィィィ──っと甲高い音が空気をふるわせる。

 黒い光がピカっと煌めいた。

 直後、指男をふくめ巨塔のふもとが白と黒の光に包まれ──黒炎の火球が出現、すべてが蒸発した。


 音が遅れてやってくる。

 秒速140mの衝撃波が大地を一掃する。

 肌を溶かし、肺を焼き、瞳を炙る死の熱波であった。

 

 巻き込まれれば最後、あらゆる生命は死滅するほかない。

 幸いにしてジウのいる地点は熱波で即死するほど巨塔に近くはなく、足元のくぼみに伏せれば熱波の直撃を回避することができた。

 探索者たちはより遠い地点にいるので爆心地にくらべ被害はずっとちいさい。

 

 ジウは薄目を開けて、爆風に飛ばされないよう耐え、巨塔を見やる。

 塔は支えを失い、崩れはじめていた。

 直径400mにも及ぶ塔が一撃で倒されているのだ。


 人智を越えた破壊行為に、ジウは戦慄した。


「……っ、あれは……」


 ジウは信じられない者をまたまた発見した。

 倒れる巨塔の根元、灼熱と黒炎によって溶解した大地のなかで、のそりと立ちあがる人影を見つけたのだ。


 指男であった。

 彼は吸い込むだけで肺を壊す熱気の内側で、砂塵で汚れたコートの手でパンパンっとはらっていた。明らかにそんなこと気にしてる場合ではない。


「思ったより……いけるか」


 指男は『銀の盾 Lv9』を解除。

 注射器を取り出し、首に打ち、ビクビクっと体を震わせる。


 ジウはその姿を遠目に見つめ、口を半開きにしていた。

 なんとか理解しようと頑張ったが無理だった。


(……。いったいどうやって)

 

 疑問と驚きは尽きない。

 だが、ついてこれない物に構ってくれるほど戦況は優しくない。


 またあの悲鳴がダンジョンに響き渡った。

 キィィィィ──っと甲高い音が空気をふるわせ、次なる焼却を行おうとする。


「指男さん! 逃げてください!」


 ジウは必死に叫んだ。

 いまだ回避行動をとらない指男へ、懸命に声を届かせようとした。


 あの攻撃だ。

 溶けだした悪意の滅びの黒炎だ。

 ピカッと暗黒が閃けば、指男を今度こそ破壊するだろう。


 ──パチン


 指男には見えていた。

 自分を殺そうとする暗い軌道が。

 黒炎を突き刺すように送り込んでくる一直線の悪意が。


 その一直線を真正面から押し返すように、指男は応える。

 

 溶けだした悪意が放った神速にして、超高密度の暗い炎の熱線は、指男の放った絶槍と衝突──コンマ1秒、拮抗した直後、フィンガースナップは悪意へ届き、その神話よりいずる御身を爆散させた。


 それだけにとどまらない。

 ATK1億:HP20,000の絶槍はまっすぐ伸びて、伸びて、伸びていき──溶けだした悪意の背後にて、一騎討ちを傍観していた神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアのもとへすら届き、外周の壁に張り付いていた彼を撃ち落とした。


 真っ赤な爆発に飲まれ、神々の眷属たちはともに苦痛の声をダンジョンに轟かせた。


 ジウは目を丸くする。

 自分がなにを見ているのか。

 多くは理解を越えていて、なにひとつ現実味がない。

 信じられる光景ではなかった。

 でも、指男という青年がたしかに日常との繋がりだ。

 彼はダンジョン内補給拠点で平和な探索をしていたし、査定に珍しい異常物質を持ってきたりもしてくれた。

 あの平凡は現実だろう。それゆえに目の前の事象の数々もまた、現実に確かに起こっているのだろう。


(……。指男さん……あなたは、いったい……何者なんですか)


 ジウはかろうじて正常を保つ理性で、遠くたたずむ青年をじっと見つめた。


 

 ────



 ──赤木英雄の視点


 ちょ待てよ。

 いきなり新しいボスキャラ出て来たんですけど。

 しかも目が合った瞬間、いきなり焼かれたし。


 あ、てか、ミスターを拾いました。

 巨塔のすぐ近くで倒れてたので収納して安全確保です。

 でも、すっごい重症だった……もしかして、俺が経験値を逃がしたばかりに……? 許せねえ、悪しき経験値は俺が裁くぜ!


(スキルレベルがアップしました)

(スキルレベルがアップしました)


 おや。


 ────────────────────

 赤木英雄

 レベル255

 HP 12,002/191,800

 MP 16,710/51,400


 スキル

 『フィンガースナップ Lv6』

 『恐怖症候群 Lv8』

 『一撃 Lv8』

 『鋼の精神』

 『確率の時間 コイン Lv2』

 『スーパーメタル特攻 Lv8』

 『蒼い胎動 Lv4』

 『黒沼の断絶者』

 『超捕獲家 Lv4』

 『最後まで共に』

 『銀の盾 Lv9』


 装備品

 『蒼い血 Lv5』G4

 『選ばれし者の証 Lv4』G4

 『迷宮の攻略家』G4

 『血塗れの同志』G4

 『メタルトラップルーム Lv3』G4

 『夢の跡』G4


────────────────────


 ───────────────────

 『一撃 Lv8』

 強敵をほふることは容易なことではない。

 ただ一度の攻撃によるものなら尚更だ。

 最終的に算出されたダメージを5.5倍にする。168時間に1度使用可能。

 解放条件 ボスを100,000,000(1億)以上のダメージを出して一撃でキルする

 ───────────────────


 5.5倍。逆に使いづらい定期。

 今の感じで指鳴らしても5億5,000万ATKでちゃうってことでしょ?

 どこで使うねん、死人がでるわ。

 

「ぎぃ」

「ん、なんですって、ぎぃさん。……あっ! 逃げるな、経験値!!」


 ぎぃさんに触手で指差され、めっちゃ向こうに吹っ飛ばしたボス野郎がまたまた空飛んで逃げようとしているのに気づけました。


 今度は逃がさない。

 って、ん? なんか後ろで物音が……すっげえ塔崩れようとしとるやん。しかもこっちに倒れて来てるし。


 塔からとりあえず離れようと思っていると、遠くにジウさんがへたりこんでいるのを見つけました。荒野の女戦士みたいになってます。


 足でもつっちゃったのかな?

 お救いせねば。もしかしたらおんぶさせてもらえてラブコメ展開になるかも(童貞)


「ジウさん、おんぶします(イケボ)」

「……。指男さん」


 あれ。なんかすごい困惑した顔してます。

 まずい。勝手にセントラルに突入したこと怒られるのだろうか。


「……。あの塔」

「え、塔? ああ、崩れてますね」

「……。このままでは皆さんどもども潰れてしまいます。なんとかすることはできますか。一気に消し飛ばすとか」

「いや、どうでしょう……」


 怒られはしなかったですけど、めっちゃ無茶ぶりされました。

 やれるかな。ていうか、時間ねえな。

 塔を吹き飛ばすとなると……うーん、そんなデカいフィンガースナップしたらみんな巻き込む気するし。流石にATK1億以上だすとコントロールしきれるか不安だよなぁ……。

 ていうか、こんなことしている間に俺の経験値が遠くへ……! 


 おんぶして背中にお胸を感じたい……いや、でもそれじゃあみんなおんぶして遠くに運ぶのか、って無理じゃろって話だし……ああ、だめ経験値が逃げちゃう! 


「……。無理を言ってすみません。この状況……いったい何が何やら、把握できていないんです。情報を分析するのが仕事の私なのに。このダンジョンのこと、脱出のこと、そのほか……なにもわかりませんでした。……どうせダンジョンを脱出することもできないんですもんね、ここで諦めてしまっても変わらないのかもしれません」


 そうかな。

 いろいろ難しいことを言っているけど、結局はボスをぶちのめせばいいってことなのでは?(思考放棄)


 ジウさんは諦観の表情で倒れて来る巨塔を見上げ、続けます。

 

「……。本当はもっとあなたのことを教えて欲しかったです、指男さん」

「俺の事ですか?」

「……。はい。なにかひとつでもあなたのことを理解したかったと、今なら言えます」

「はあ。俺のことですか。でも、たいして面白いことなんてないですよ」


 でも、まあ、こんな美人さんに聞きたいと言われれば無下にすることはできまい。


「あとでいくらでもお教えしますよ」

「……。あとで?」

「はい。だから今はしまっちゃいますね」

「……え?」


 おそらくそれが一番効率がいい。


「──あとは全部、俺に任せて」


 ボス、倒す。万事解決。閉廷、って感じでね。


 というわけで、はい、美人もけが人も、おっとハッピーさんも忘れずに全部しまっちょうねえ~。


 10秒ほどで全員どうにか塔が崩れる前にしまっちゃうことできました。


 もう忘れ物はないかなっと。


 おや?

 気づけば大きなクレーターがあります。

 真ん中に野生の豆大福が落ちています。


「ち、ちー……(訳:死ぬかと思ったちー……」

「シマエナガさん、そんなところで何して……あれ、なんかデカくないすか……?」

「ち、ちーッ! ちーちーちーッ!(訳:はやくボスをぶっ倒しにいくちー! 逃げられてしまうちー!)」


 はっ! 確かに! 急がねば!


 無事にシマエナガさんを回収し、ダンジョンボスを追いかけます。





 

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