厄災と使徒



 厄災の禽獣には行動規範がある。

 大切なものを守れる立派な鳥になれ。というものだ。

 それゆえに彼女は指男に言いつけられていた謹慎を前に無力であった。

 なぜなら彼女のなかで立派な鳥とは正義と秩序の守護者であることも含まれているからだ。ルールを守れない鳥は良い鳥たりえない。

 

 杉の樹のうえに銀色の使徒たちが現れた時、厄災の禽獣は決断を迫られていた。


 己は悪い鳥になるのか、良い鳥になるのか。

 もちろん良い鳥でありたい。秩序の守護者でありたい。


 そのためには経験値が必要不可欠。

 強くなくては正義の執行は行えない。


 正義の前に犠牲は致し方ないちー。

 それが厄災の禽獣が持つ自己正当化の術だ。


 それを繰り返した結果、彼女は経験値クズなどという心外な呼ばれ方をされるようになってしまった。


 本当は守りたいだけなのだ。

 もはや誰を何を守りたいのか忘れてしまったが、遥かなる思いは時間と空間を超越して尚、失われてはいない。


 厄災の禽獣は飛びだしそうになる身体を押さえて指男の言いつけを守ることにした。

 目の前に獲物がいるのになにもしないのは忍耐力を要求されたが、なんとか頑張った。


 だが、言い訳の理由ができてしまえば、彼女の忍耐力など一瞬で砕け散る。


 ミスターが危険ちー。

 本当に仕方ないちーがその経験値をもらってやるちー。

 間違えたちー、ミスターを助けるためちー。

 これは本当の本当に仕方のないことちー。

 むしろ感謝するちー。


 今回もまた厄災の禽獣は己の欲に負けた。


 旋風を纏い、鳥足が六腕のネッダを打ち抜く。

 ただ一撃でメタル装甲に傷がついた。

 この凶鳥はかつてカターニアの砂塵を前に敗北した鳥ではないのだ。

 経験値を吸い、ふっくらした結果、覚醒へ近付きつつあるのだ。


 ミスターのビッグパンチのダメージは本人には届いていなかったが、装甲には確実な疲労を蓄積させていた。

 いかに頑強な鎧だろうとダメージを受け続ければ性能を維持することはできない。

 六腕のネッダの装甲はDEF100万程度にまでその性能を落としつつあった。


「ちーちーちー」

「お前は赤木の……」

「ちーちーちー(訳:ミスター、重傷ちー。でも、いまここで復活させたら経験値を横取されるかもしれないちー。治療はあと回しちー)」


 経験値プロは今日も外道をゆく。


「カチカチ(あの鳥、いったい何者だ)」

「カチカチ(わかりません。邪魔をするなら焼くだけです)」


 ホーリが銀の盾を擦りあわせる。

 ネッダは槍を剣をブンっと振り回し、六振りの武装を構えた。


 白いふっくらの姿が掻き消える。

 同時にネッダは動いた。


 両者、踏み切った衝撃で亀裂が地面に走る。

 風を纏い、音速の先で金属のぶつかる音が響く。


 ぶつかり合うたびにネッダは武装を解除させられる。

 厄災の禽獣のくちばしの硬度とそれによるついばむ攻撃が、ネッダの想像を大きく上回っていたのだ。

 

 余人には視認できない領域の戦い。

 劣勢のネッダを援護するべく銀の光束がホーミングして闇を切り裂く。


 厄災の禽獣は強靭な鳥足でネッダの武器を弾き飛ばし、全武装を解除させると、その胸元をガシっと掴んだ。鳥足の握力でメタルがひしゃげ足跡が刻まれる。


 ネッダを盾代わりに厄災の禽獣は銀光をしのぐ。

 おそろしく器用な身のこなしだ。


 厄災の禽獣をネッダを地面と足でサンドウィッチする。

 重みで地面が割れ、ネッダの身体が沈んだ。

 動かない。事切れたようだ。


 ネッダの身体から光の粒子が漏れ出て来る。経験値である。

 嬉々としてくちばしで経験値をついばみはじめる鳥。


 背後から迫る銀光。

 油断したふっくらボディを貫いた。


「カチカチ(ネッダを破るとは凄まじい怪物を飼いならしているものですね。腐っても赤い血の末裔ということですか)」


 ホーリは厄災の禽獣に近寄る。


「カチカチ(しかし、畜生であることに代わりはありませんでしたか)」


 ふと、厄災の禽獣の背後から黒く禍々しい腕が伸びて来た。

 それらは厄災の禽獣を優しくつつみこみ、傷を癒し、スッと影となって消えた。


 厄災の禽獣をがむくりと顔をあげる。

 『冒涜の再生』による完全回復は自身にも使用可能なのだ。


「カチカチ(今のは神域の力……ありえない、まさか神格が、人間に飼いならされたと)」

「ちーちーちー」

 

 ホーリは諦観にゆっくりと瞳を閉じた。


「(どうやらここまでのようですね)」


 ホーリの身体が砕け散った。銀色の破片が砕け散る。

 脆いアンティーク雑貨を金属バットでぶっ叩いたかのようだ。

 いましがたさらなるレベルアップをした厄災の禽獣がつばさで打ったのだ。

 

 彼女は嬉々として経験値をぱくぱく食べていく。

 ついでに羽毛のなかに千式メタルキットを2つ回収した。ネッダとホーリが持っていたものだ。

 

「ちーちーちー(訳:英雄のいないところで食べる経験値は格別ちー)」


 どんどん、どんどん、ふっくらふっくら。

 みるみるうちに大きくなっていく厄災の禽獣。

 ミスターは唖然として、少しずつ視線をうえへ動かしていく。


 ついぞメタルの機兵よりも大きくなり、ふっくらは止まった。


 ────────────────────

 シマエナガさん

 レベル68

 HP 80,123/224,790

 MP 40,741/217,900


 スキル

 『冒涜の明星 Lv4』

 『冒涜の同盟』

 『冒涜の眼力』

 『冒涜の再生』

 

 装備

 『厄災の禽獣』


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 ───────────────────

 『冒涜の明星 Lv4』

 世界への叛逆。

 暗い世界を荒らす導きの明星。

 死亡状態を解決し、HPを10,000与える。

 720時間に1度使用可能。ストック4

 MP10,000でクールタイムを解決。

 ───────────────────


「ち、ちー(訳:ちょっと成長しすぎた感が否めないちー……で、でも、大丈夫ちー、経験値のため仕方ないことちー。そもそも、ヒロインだからなにしても許されるはずちー)」


「お前は凄いのだな……まさか、これほどのペットを赤木が飼っているとは」


 ミスターは「たははっ」と乾いた笑みを浮かべる。

 厄災の禽獣はバランスボールサイズに己を隠蔽すると、ミスターのもとへ寄り、『冒涜の再生』をつかってあげた。

 ミスターの傷がたちまち癒されていく。

 相変わらずエフェクトは邪悪さに満ち溢れている。


「ちーちーちー」

「ありがとう、鳥くん。助かったぞ」

「ちーちーちー(訳:礼はいらないちー。それよりもさっき大きくなっていたことは英雄には内緒にして欲しいちー。1,000億の横領経験値がバレたら間違いなくあの恐い受付嬢に逮捕されるちー)」

「任せておけ、お前の活躍はしっかり赤木に伝えてやる」

「ちーちーちー!?(訳:それだけはやめてほしいとお願いしてるちー!!)」


 厄災の禽獣の願いは果たして届くのだろうか。


 戦いが終わり、ミスターと厄災の禽獣は皆のもとへと戻った。

 ジウたちが15階層の補給拠点から持ってきた物資のなかに回復薬があり、それらで探索者たちは治療された。

 とはいえ、重傷者は多い。

 銀光で四肢を失った者もいる。

 

 早急な脱出が必要とされていた。


「すぐにでもセントラルへ突入するべきだ。時間はない」


 ミスターは斧を拾い、ジウへ進言する。

 なお大剣はもう持っていない。あまり人に見られたくないので、スキルを解除したらしい。


「なんか揺れてない?」


 トリガーハッピーは物資コンテナを見てつぶやく。

 こぼれた弾丸がコロコロと転がっている。


 揺れは次第に大きくなっていった。

 地震の発生か、と皆がごく自然に姿勢を低くする。

 

 揺れはどんどん近づいてきて、足裏に震源地を感じた頃。

 すぐ目前の巨塔の内側で轟音が響いた。


「なにが起きているんだ」

「嫌な予感がするな……」


 そう声をこぼすのは花粉ファイターとブラッドリーだ。


「まさか、あいつが……」


 トリガーハッピーは指男のことを連想した。


「来る」


 ミスターは目を細め、暗黒に包まれた空に動く影を視認していた。

 それらは杉の樹によって空けられた巨塔の外壁からのっそりと這い出て来ると、飛び降りた。


 必然、真下にいたミスターたちのもとへバケモノはやってくる。

 

「う、ボぁ、ォお」


 奇怪な叫び声が周囲に響きわたる。

 それは暗黒に腐敗し朽ちかけた魂の悲鳴だ。

 ゆえに聞いたものに壊滅的精神ダメージを与える。


 並みの探索者たちに耐えれるものではない。


「「「うああああああ!!」」」


 探索者たちが悲鳴をあげて、それらは共鳴しあってさらなる狂気を呼ぶ。

 特に重傷を負い、精神が弱っている怪我人ほど影響を顕著に受け、ただそれだけで瞳は裏返り、理性は自壊を選んでしまう。これ以上苦しまずに済むように。


 その狂気に耐えられるのはミスターだけだ。

 強者どもであろうと、このなかでは耳を塞ぎ、目を瞑り、正気を保とうとのたうち回ることしかできない。


「あいつを黙らせるぞ、鳥くん!」

「ちー!(訳:迷惑をかける悪しき経験値ちー! これ以上、人に迷惑を掛けないように1つ残らず回収してやるちー! これは正当経験値ちー! みんなのためちー! ちーちっちっちー!)」


 厄災の禽獣は邪さ全開、嬉々として脅威へ立ち向かって行く。

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