Sランク第7位『ミスター』
かつて多くの探索者が挑み破れたダンジョンがあった。
群馬と呼ばれる無法地帯に現れたその迷宮には、いつものごとく探索者たちがぞくぞくと乗り込んでいった。
クラスは2
特段おおきいダンジョンというわけではなかった。
しかし、そこは『白夜』であった。
ダンジョン財団はそれまでに『白夜』という性質を持つダンジョンに出会ったことがなかったから、そこで多くの犠牲を出してしまった。
死者82名
撤退者106名
財団が『白夜』と出会い、そして最も手痛い反撃を受けた攻略だ。
白夜ダンジョンは、徘徊ボスを多く内包する。
そのため3階層の段階ですでに30階層クラスの深き怪物が姿を表すことすらあったのだ。
多くの犠牲が出たことと、それに対して具体的な策を打ち出さない財団により、群馬クラス2白夜ダンジョンは探索者の数が急激に減ってしまった。
多くの探索者は自分の活動地域の外のことは知らないし、情報は財団のホームページを見なければいけなかった。
当時はSランクという等級は存在せず、最高ランクは各々財団支部が誇るAランクであった。現代で主流である作戦、いわゆるパワープレイはできなかった。パワープレイは異常なダンジョンが出現した際に、高位探索者をぶつけるというある種雑な解決方法のことである。
探索者たちが群馬クラス2白夜ダンジョンに挑まなくなって数日後、モンスターがいつ溢れ出してくるかビクビクしている時にその
ある
ぼてっとした腹の恰幅の良い男がやってきた。
黒いロングコートに指ぬきグローブをした30代半ばの男だ。
ある探索者がたずねた。
「あんた、もしかして白夜に挑むのか」
「フッ、そうだとしたらなんだ。貴様、このオレを止めるといのか。いいだろう、ならばチカラづくで通らせてもらう。
「いや、あんたの邪魔をするつもりはないんだが……」
「フッ、そうか、ならばいい。俺もできればもう悲しみを背負いたくはない」
「白夜はやばいぞ。悪いことは言わねえ。引き返しな」
「俺が誰か知っての発言か」
「いや、知らんけど」
「俺の名は『
「お、おう、そうか」
その怪しげな男は、黒い大剣を暗月に煌めかせ「さーてと世界救っちゃいますか」と、癪に障る言葉を溢しながらダンジョンのなかへ消えていった。
彼のデカい背中……というか太い背中を見送る探索者たち。
彼らは一様に口を揃え「あいつ死んだな」と、哀れな英雄気取りの最期を予感した。
8日後。
白夜ダンジョンは攻略された。
恰幅の良い男は血にまみれ死にかけて帰って来た。
そこから男は伝説となった。
大剣一本で無双の活躍をする見た目とは裏腹の実力。
彼は『♰黒布の剣士♰』とネット上で呼ばれることになった。
多くの者が彼に会いたがったが、誰も彼を見つけることはできなかった。
なぜならこの謎の探索者は以降、姿をくらましてしまったからだ。
それゆえ『♰黒布の剣士♰』は伝説となった。
男は本当は死ぬつもりであった。
社会に馴染めず、若い時代を実家のベッドに寝転がって過ごした。
家を追い出され、あとは野垂れ死ぬだけと本人も思っていた。
ダンジョン財団が最後に用意したチャンス。
それが彼をダンジョンへ導いた。
誰が信じるだろうか。
それまで何も積み重ねてこなかった中年の社会不適合者が、人類最高の才能を持っていたなど。
本人でさえ信じていなかった。
ゆえに彼は自分の死に場所をダンジョンにした。
少なくとも戦死と数えてもらえるはずだ。
恥ばかりの人生に最後の花を持たせることができる。
お荷物でしかなかたったちっぽけな己を、大きな目的のために捧げることができる。
勇気がなく、逃げ続けた男にとって、それはただ一度だけ立ち向かった戦いだった。
男は白夜ダンジョンを通して理解した。
こんな自分でもやれることがあった。
何かをできる。何かを為せる。
危険な仕事だ。現に死にかけた。
だが、挑もう。誰よりもはやく迷宮を殺そう。
自分のようなろくでなしの命で他人を助けることができるのならば、それは本望だ。
家族に忘れられ、たとえ誰も素性を知らず、墓前が荒れ果てようとも、迷惑をかけた分を残りの人生を使って取り戻していこう。
男は名を捨て、己を鍛え、そして変えた。
「自分の道を選べるのは自分だけだ」
彼は選んだ。
誰へでもない、人類への恩返しを。
────
境界の残光ホーリは銀の盾どうしを擦りあわせる。
滑らかな半球形をした異質の盾は、もう一方の盾と接触した瞬間にまばゆい光を放った。
そのままずらして擦ると、銀色の閃光と火花がジリリリリッ! と耳をつんざく高音といっしょに溢れだした。
半球形の盾が闇のなかで描き出す銀の弧。
ひたすらの黒が支配する宇宙のうえで、太陽を背にした地球がその輪郭を描き出すように、銀神の輝きは一層の威光となった。
「カチカチ(境界の残光)」
銀の弧から洪水のように力が解放される。
地上を駆ける流星となり、探索者たちへ一斉に襲い掛かる。
「『ビッグスラッシュ Lv8』」
ミスターは両手斧を片手でふりまわし、銀の光を的確にぶった切り、弾き、受け、流していく。
だが、あまりにも量が多く、広範囲への攻撃だ。
地面に着弾すると、爆発させることもできるようで、とても背後の探索者全員を守れそうにない。
ミスターは雄たけびを上げ、気合いで凌ぐ。
ようやく境界の残光が収まった。
背後を見やれば、クレーターだらけだった。
だが、奇跡的に被弾者はいない。
重傷者だらけだが、まだ持ちこたえている。
(しかし、これでは守れない)
ミスターは険しい顔をする。
ホーリは特に動揺した風もなく「(一度で死なぬなら、死ぬまで放つだけです)」と、二度目の境界の残光を使おうと銀の盾を擦り合わせる。
「やむを得ない、か」
ミスターは斧を放り捨てる。
銀光が放たれた。
地上の流星が必然の破壊を巻き散らす。
その時だった。
銀光がねじ曲がった。
無数の破滅が、一か所へと集約されていく。
その先には大剣を天へと掲げるミスターの姿があった。
突き上げる剣身は真っ黒だ。
ホーリの銀光を吸収するたびに、真っ黒な剣は輝きはじめ、どんどん光量を増していく。
ミスターはつぶやく。
「あまり使いたくはなかったのだが……」
「(あの人間、いったい何を……)」
「『
ミスターは短く息を吐き捨てると、バッと駆け出し、ホーリへ斬りかかった。
ホーリは銀の盾で受け止める。
ガヂンッ! 激しく閃光が散る。
瞬間、大剣と銀の盾の間から銀光が溢れだす。
「(境界の残光、その本質は攻撃反射装甲。強く斬りかかれば斬りかかるほど、敵対者は惨い死を迎えることになります)」
ミスターへと突き刺さる銀光。
分厚い筋肉の鎧を5つの光束が貫いた。
「(あっけない物でしたね)」
ホーリは不敵に笑みをうかべ、顎をカチカチと鳴らす。
「こそばゆい」
「ッ!」
ミスターは腹筋を固め、傷口を塞ぐ。
大剣を力任せに押し、銀の盾を弾き飛ばす。
続く斬撃は隙だらけのホーリーの胸を斬った。
激しく銀の火花が散る。
ホーリにダメージはない。
「(なんて人間なんすか)」
「カチカチ(大丈夫か、ホーリ)」
「カチカチ(問題ありません、ネッダ。ですが、危険を感じますね。あの人間、我々が想像している以上に──)」
ホーリが言葉を交わしていると、すぐ隣にいたネッダがパチンコ玉のように後方へ吹っ飛んだ。ミスターの『ビッグパンチ Lv8』だ。
遅れて激しい旋風が巻き起こり、それと同時に移動要塞のごときミスターが近づいてくる。
「(この人間は強い。ですが、だから、なんだと言うのですか。メタル装甲は盤石です。どんな攻撃だろうとDEF1,000万を突破することなどできるはずない)」
ホーリの推測は正しい。
人類にDEF1,000万を突破する方法はない。
ただ、それは常識の範囲にとどまる探索者の話だ。
(私の『
ミスターが脇腹をわずかに気に掛ける。
先ほど銀光で貫かれた場所だ。
さしものミスターと言えど、身体に穴を空けられて無傷というわけではない。
戦闘を継続すれば、彼がいつか倒れることは、彼自身が一番よくわかっていた。
(早期決着。それしかないな。となれば……アレを使うか)
ミスターは大剣へMP30,000を込める。
「行くぞ、我がいにしえの魂よ」
大剣──『
ミスターは走る勢いのままに『
ホーリはもちろん受け止める。
銀の盾と『
ミスターが二度と使うまいとした月夜の大剣には奥義がある。
その名は──
「『
ATK3,000万の超極大の奥義。
大剣を力任せに突っ込み、銀の盾をぶち抜き、剣先をホーリへ届かせた。
ホーリの装甲が砕ける。全身から銀色の血が噴きだし、遥か彼方へ吹っ飛んでいく。
余波は探索者たちをも襲った。
衝撃波を受けて、何十メートルも転がる者もいた。
「……。これが大探索者、Sランクのチカラですか」
ジウは失神したベンヴェヌートが吹っ飛ばされミンチにならないように支え、風圧に目を細めながら感嘆する。
「う、ゥう! 飛ばされる!」
「くっ、ミスター、あんたは一体どこまで……!」
「これがミスターか! なるほど、花粉戦線にぜひ招待したいものだ……!」
ハッピー、ブラッドリー、花粉ファイターはスケールの違いに戦々恐々したり、距離に唇を噛み締めたり、絶賛したりと、各々が違った思いを抱いた。
すべてが収まる。
砂塵が盛大に舞い上がり、視界が悪い。
ミスターは膝をつく。
全身から真っ赤な血が溢れて止まらない。
最大のチカラをぶつけた。
その結果、彼は最大の反撃を受けた。
銀の盾は貫通したが、その瞬間、銀光はミスターを蜂の巣にしていたのだ。
ミスターは震える手でポーチをまさぐる。
麻薬型の回復薬を見つけ、いざ取り出す。
注射器は割れてしまっていた。
激しい戦いのせいで破損したらしい。
「ツイてない、な」
口から血の塊を吐血した。
ズシン。ズシン。
足音が砂塵の向こうから聞こえてくる。
姿を現したのは銀色の機兵。
六腕のネッダだ。
「まったくタフな戦いだ……だが、貴様一人ならまだ……」
立ちあがろうとし、膝から崩れ落ちた。
ミスターは彼が思っていた以上のダメージを受けていた。
「カチカチ(危ないところでした)」
「っ」
六腕のネッダの背後から、細身の機兵が姿を現した。
胸元に大きな穴が空き、全身血まみれだが、しっかりと2本の足で立っている。
境界の残光、ホーリは未だ健在だ。
ホーリは大きな穴が空いた銀の盾をまじまじと見つめる。
「カチカチ(まさかこんな人間がいたとは……我々が寝ている間にずいぶんと大きな進化を遂げたようですよ、ネッダ)」
「カチカチ(そのようだ。だが、もうこいつもここまでだろう)」
ネッダは槍と剣を打ち鳴らし「(戦士よ。誉に死ぬといい)」と、ミスターの首へめがけて剣を振り下ろした。
ミスターは最後の反撃をしてやろうと、大剣を握る手に力を込めた。
その時だった。
白い影が視界の端で動いた。
たくましい鳥足がネッダの胸を打つ。
「カチカチ……っ!(な、なんだ!)」
とてつもないパワーに押し返され、ズズズっと地面にあとを残しながらホーリの隣まで押し返された。
「お前は赤木の……」
ミスターは目を見開く。
ふっくらした白い背中。
ピンっと立った尾羽。
白い羽毛のなかの素朴でクリっと愛らしい眼差し。
「ちーちーちー」
厄災の禽獣が狩りをはじめる。
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