境界の残光



 巨大杉の幹のうえを銀色が昇ってくる。

 分厚い銀色の装甲をまとった鎧武者たちが2機。


 丸太のごとき6本の腕が槍と剣を余すことなく握るのは、メタル二十四機兵がひとり、六腕のネッダだ。

 ネッダはカチカチと顎を鳴らし、銀色の武器をこすりあわせる。そのたびに銀色の粒子が散る。


「……。あれがメタルモンスター。報告数の極めて少ない幻の存在が2体もいるんて」


 ジウはとてつもないことが今起きていると実感する。

 メタルの機兵たちは40mほど離れた地点からでも異質さに塗れていた。

 全身に渡る光沢の輝きはよく磨かれ研磨された金属のそれであり、生物が進化の過程で身に着けるにしてはあまりにも均衡が取れている。なによりも美しすぎる。


 だが、それは薔薇と同じで危険性を覆いに孕んでいる。

 触れるどころか出会ってしまっただけ、人生に遭遇しうるどんな脅威より確実な死を目撃者へ与えてくれるのだ。


 報告事例が少ない理由。

 すなわち遭遇して帰還できた者が少ないからなのだ。


「下がれ、雑魚ども、あれはとんでもないバケモノだ」


 ブラッドリーは探索者たちに呼びかける。

 殺し屋の目線が射線を確保するものへ変わった。


(探索者たちが邪魔くせえな)


 杉の樹の一番上方にいるジウ、ブラッドリー、花粉ファイター、ミスターたちと、一番下にいる機兵2体のあいだには何十人のも探索者がいる。


 ブラッドリーは腕をゆるく伸ばして機兵たちへ向ける。

 彼の肌下から無数の蛇が描かれた刺青が浮き出てくる。

 次の瞬間、刺青は実態となって飛びだしてきた。


 それぞれが体長2mはくだらない。

 数は20にも上り、それらは探索者たちを避けて目にもとまらぬ速さで這いずり、機兵へ飛びかかった。

 

 スキル『召喚術──毒大蛇』はブラッドリーの持つ蛇系スキルのうちもっとも熟練度が高いものだ。

 それゆえにスキルコントロールに優れ、通常無差別攻撃をするしか脳がない蛇たちは、的確に連携を取り、目標へ攻撃を加えることができる。


 六腕のネッダが動いた。

 神速。それ以外に形容しようがない速さ。

 その初動にいったい何人の探索者が反応で来たか。

 

 ミスターは腕に力をこめ、わずかに引き絞る。


 空気が変わった。

 刹那のやりとり。

 

 六腕のネッダとミスターだけが確かにお互いを意識していた。


 大探索者と神話の怪物の視線が交差する。

 ミスターの力みが解放される。


「──ビッグパンチ」


 『ビッグパンチ Lv8』

 かつて小隕石を打ち砕いた伝説の一撃。

 拳圧だけで遥か向こうまで破壊のロードが刻むことができる。


 ミスターが拳を振り抜いた瞬間、40m先にいた六腕のネッダはパチンコ玉のように弾かれ、巨塔の外壁へ叩きつけられた。

 暴風があとからやってきて杉の樹が激しく揺れる。


 外壁の方では、一点を起点にベキベキべキっと亀裂が広がっていく。

 遠目にもとてつもない破壊力が伝わってくる。


「これがミスターの拳……!」

「バケモノだ……人間じゃねえ」

「勝てる! ミスターなら奴らを倒せるぞ!」

「当たり前だい、ここに来るまで何度もミスターが奴らを退けてくれたんだ! 今回もやってくれる!」


 探索者たちは色めき立つ。


 が、巨塔の外壁に埋まっていた六腕のネッダが何事もなかったかのように一足で杉のうえに戻って来たことで、歓声はスンっと無くなった。

 

「カチカチ(あの人間だけ、明らかにほかの有象無象どもとレベルが違う。──あれから狩ろう)」


 ネッダは獰猛な顎を大きく開き、腰をわずかにかがめようとする。


 ミスターはそれだけで悟る。


(射線上の探索者に配慮したとはいえ、十分な威力だったはず……さっきより防御力があがっている? いや、それよりもあのアクションはまずいな)


 ミスターは自分が前にでないとどうしようもないと思い、一気に前衛へ飛び出した。


(やつに突撃攻撃をされると、その余波で途中の探索者が大量に死ぬ。狙いは私だろう。ならば、受けるのは私だけでいい)


 六腕のネッダは速い。

 腰を深くかがめきる。

 次の瞬間には風と闇をブチ破り、一気に距離を詰めて来ようとするだろう。


 トリガーハッピーが動いた。

 

「シマエナガさん、それ貸して!」

「ちー!」


 トリガーハッピーは給弾ベルトをがしっと掴むと「そこ退いて!」と魔法機関銃を設置していた探索者を蹴飛ばしてどかす。


「ハッピーちゃん、それまだ固定されてないです……っ!!!」

「撃てればいい!」

「ちー(訳:背中を押さえてあげるちー)」


 厄災の禽獣との見事なコラボレーション。

 トリガーハッピーは給弾ベルトを装填し、一呼吸ののちに発砲しはじめていた。

 とりあえず撃ち始めてからエイムは合わせる。

 それが彼女の流儀である。


「うわああ! 逃げろ撃ち殺されるぞ!」

「だから、あの娘に銃を握らせるなとあれほど!」

「もうおしまいだぁあ!!」


 射線上で伏せることしかできない探索者たちは、敵よりも味方のフレンドリーファイアによる死を確信した。


 破壊力抜群の魔法機関銃はミスターよりもさきに六腕のネッダに到達し、その銀色の装甲と激しくぶつかった。

 火花がガヂンッ、バジンッ、と閃光のなかで輝く。


「うぐぐぐぐ!」


 トリガーハッピーは凄まじい反動を鳥の手を借りつつなんとか抑え、集団性を維持する。

 しかし、効果はほとんど無いように思えた。

 実際に六腕のネッダも1ダメージも受けていなかった。

 着弾時の衝撃波で動きを阻害する効果は見込めた。

 とはいえ、牽制以上の意味はそこに産まれなかった。

 

「まじくそ! もっとデカいのないの!」

「ちー(訳:十分大きい銃でちー……)」


 トリガーハッピーの作った時間は次に繋がった。


「ここが私のフィールドだと忘れていないか、メタルモンスターどもよ」


 花粉ファイターおおきく足を振り上げ、ド迫力の四股踏みをする。

 杉の樹全体が揺れ、変形をはじめる。


 六腕のネッダの足元が蠢き、枝がしなって触手のように動くと、分厚い幹の圧で押しつぶそうとする。

 凄まじい圧力をかけ、六腕のネッダの片足に亀裂が入った。


 目標が動かなくなれば、蛇たちが獲物に襲い掛かる。

 装甲の隙間を縫って攻撃をしようとする。


「防御力に自信があるようだが、だからこそ毒は効くだろう」


 ブラッドリーは追加の蛇をスキルで召喚する。

 

「カチカチ(こざかしい)」

 

 ネッダは向かってくる蛇ども斬り捨て、掴み、握りつぶす。

 ミスターがすぐ目の前までやってきた。


「ここなら遠慮なく当てられる」


 ミスターは拳を握り締め、力みを蓄積させる。


 その時だった。

 六腕のネッダの背後、眩いほどの銀光が溢れだした。


 誰もが息を呑んだ。

 銀の光は夜空を駆ける流れ星のように、凄まじい速度で幹のうえを一斉に砕いた。


 六腕のネッダを拘束してた幹は焼き切れ、蛇たちは炭と化した。

 ただ触れただけで探索者たちは腕を気化させられた。

 トリガーハッピーの射座も貫かれ、機銃が溶解して跡形もなくなる。


 最も近くにいたミスターは、とっさに斧を抜き放ちその銀光を受け流した。

 背後にいるのは数十の探索者。射線が綺麗に通れば屍の山ができてしまう。


「むうっ!」


 銀光の威力はとてつもないものだった。

 パワーには自信があるミスターをして全力で受け止めてなければいけなかった。

 さらに厄介なのは銀光はレーザーの照射と同じく一瞬で通り過ぎてはくれなかった。

 約5秒間に渡って、数十本の光の束が縦横無尽に破滅を巻き散らした。


 杉の幹を支えていた二点が焼き斬られた。

 たまらず足元が落下をはじめる。


 とてつもない衝撃と砂塵のなかでミスターは誰よりもはやく起き上がる。


「カチカチ(人間、光栄に思いなさい。あなたを殺せるよう力を100%解放してきたのですから)」


 砂塵の向こうから細身の機兵がやってくる。

 機兵は両腕に艶のある鏡のような物を装備している。

 否、それは盾である。

 銀色の恩寵に見えた使徒たちが、遥か太古、銀の巫女ルーサス・オーサスより授かった神話の異常物質アノマリー、そのなかでも最上級の装備だ。


 メタル二十四機兵最強の使徒。

 境界の残光、ホーリ。

 それが彼女の名だ。

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