流星、彼方への呼びかけ

 

 

 神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアは地を這う蟲のように、六肢を動かし、獣のごとき俊敏さで指男へ突っ込んでいく。


 ──パチン


 闇のなかにあって、なお軽快な音色だった。

 指男によって指定された空間座標から、ねじ切れるように光が溢れだす。


 軽く鳴らせる最大威力。

 実にHP10,000を生贄に、現世に召喚する神威の破壊。


 ────────────────────

 赤木英雄

 レベル201

 HP 44,835/101,741

 MP 17,120/21,123


 スキル

 『フィンガースナップ Lv6』

 『恐怖症候群 Lv8』

 『一撃 Lv6』

 『鋼の精神』

 『確率の時間 コイン Lv2』

 『スーパーメタル特攻 Lv8』

 『蒼い胎動 Lv4』

 『黒沼の断絶者』

 『超捕獲家 Lv4』

 『最後まで共に』

 『銀の盾』


 装備品

 『蒼い血 Lv5』G4

 『選ばれし者の証 Lv4』G4

 『迷宮の攻略家』G4

 『血塗れの同志』G4

 『メタルトラップルーム Lv3』G4

 『貯蓄ライター Lv3』G4

 『夢の跡』G4


────────────────────


 ATK5,000万。

 高層ビルひとつを蒸発しうる大爆発は、指男をして完全にコントールできるものではないが、レベル200を超え、進化を遂げた彼ならばかろうじて可能である。


 圧縮された破壊が飛びだそうとする。

 闇のなかに恒星の種火が出現した。


 さあ、爆発するぞ。

 コンマ何秒のうちに期待も膨らむ。


 その時だ。


「ブ、ボォ、あァ!!」


 暗き怪物は大きな口を開けた。

 呆けてしまうほど大きな口だ。

 そして、暗黒は恒星を飲み込んだ。


 指男が召喚したのは途方もないエネルギーの塊だ。

 口に入れてタダで済むわけがない。


 だが、それが神話の怪物ならば話は変わってくる。


 次に怪物が口を開いた時、それは膨大な闇の奔流となって、指男とその同行者たちを飲み込んだ。


「ああ、あああアアア……!」

「仕方のない全裸だな」


 闇に飲まれ狂気に侵される。

 この世のいかなる生物だろうと神秘の御業の、その最も濃い淀みを受ければ正気を保ってはいられない。

 長らく神秘の修業に没頭して来た魔術師たちであろうと変わらない。

 等しく訪れる苦痛は、人間がゆえの限界だ。


 ごくたまに例外はいるようだが……。


 指男は全裸マンを背後にかばうと指に力を込めた。

 

 そして、力みは解放される。


 ──パチン


 HP12,000:ATK6,000万


 指男史上最大の火力を解き放った。

 その破壊の火種が空裂の彼方から顔をのぞかせただけで、周囲の闇が押しのけられた。それだけで周辺の気温が一気に200度以上も跳ね上がり、遺跡の床は焦げ付いた。


 神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアは奇怪な咆哮をあげながら、再びご馳走に飛びつく獣のように突っ込んできた。


 パクっと、口が閉じられる。


 火種はそれをスッと避けると、指男の手元までやってきた。

 指男は額に滝のような汗を搔きながら「まあ味わえよ」と、火種を両手で勢いよく叩き潰した。


 肉の焼ける匂いが充満する。

 指男は大いなる痛みを無表情で堪え、そして、それを掲げる。

 溢れだす破壊の渦。


 ただ爆発する運命にあったエネルギーの塊は、地上で星が砕けたかのように、無数の流星となって地上を駆け抜ける。


 指男がいましがた思いついたつまみ食い禁止令である。


 クラスター爆弾のごとく死の雨がふりそそぐ。

 破裂した数百のエネルギーだんは一発一発が金属を気化させ、巨岩を破裂させる威力を誇る。


 神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアは回避することできず、破滅の暴風に飲まれていった。


「流星エクスカリバーといったところか」


 指男は焼けただれた両手をそっと下ろし、落ちかけたサングラスを中指で押し上げる。


「ぎぃ(訳:主人)」

「どうしました、ぎぃさん。ああ、大丈夫。シマエナガさんにはバレませんよ。この経験値は俺とぎぃさんの2人で、ね」

「ぎぃ(訳:ええ、もちろんです。でも、そういうことではなく)」

「? ほかに何が」

「ぎぃ(訳:崩れます)」

「え?」


 流星エクスカリバーはただでさえ破壊能力に優れる指男のフィンガースナップを、拡散させ、破壊領域を格段に広げてしまう。

 それゆえに破壊は儀式の間の天井や壁、床すべてに対して、満遍なく徹底的に行われ……その結果、すべてが一斉に決壊した。


 指男はふわりとした浮遊感を感じる。

 とっさに背後にかばっていた銀色の信徒を掴んだ。


 山のような瓦礫に飲まれ落ちていく。

 その隙間から指男は見た。


 黒く塗れた翼で空へ飛び去っていく巨大な影を。

 経験値が……逃げそうとしている。


 

 ────



 ──トリガーハッピーの視点


 傾斜がなかなかにキツイ杉の樹の上方から探索者たちが降りて来る。

 物資を運び、水と食料、武器と弾薬、多くはないダンジョン装備を無料で配る。

 この場にいるのは全員がBランク以上の探索者だ。

 経験豊富なベテランたちは残された望みへ向かうべく、麗人の受付嬢ジウの指示のもと、キャンプの設営を行う。


 彼らに残された道はただひとつしかない。

 上へ向かう道は閉ざされ、もはや黒い霧の中に希望を見出すほか助かる方法はない。


 Bランク探索者とAランク下位の探索者たちは絶望のなかで外敵を迎え撃てるように準備をしていく。

 本来15階層の補給拠点を守るために持ち込まれた魔法機関銃が2門、杉の樹の下方へ向けて設置されていく。絶大な威力を誇る火砲で、毎分800発、ATK8万の長距離射撃が可能だ。もちろん、サイズと重さゆえボルトで地面に設置した状態での運用しかできない兵器だが。


 幸いにして杉の樹の上はダンジョンのなかでも霧が薄い。

 暗黒のなかで唯一安全地帯と呼べる。

 

「俺たち助かるのかな……」

「俺たちよりもずっと若いハッピーちゃんがあんな落ち着いてるんだ。心配したってしかたねえ」


 ベテラン探索者たちはキャンプの中で圧倒的に若いトリガーハッピーの肝の据わった冷静さを見て、自分たちもそうあろうと励まし合った。


 当のトリガーハッピーが安心している理由はもちろん”彼”の存在がある。


 トリガーハッピーは魔法機関銃の給弾ベルトにスティックのりみたいな大きな弾を込める作業をしながら思案していた。


(指男が突入してから2時間は経ったね。もう暗黒の信徒たちを捕まえたかな。それとも私じゃ理解できない目的のために動いてるのかな)


 そわそわと落ち着きがない。

 不安から来るものではない。

 彼女の心は離れていてもしっかりと指男に守られていた。


「ちーちーちー」

「シマエナガさん、お疲れ様。あんたもすこしは役に立つじゃん」

「ちーちーちー♪」


 病人たちを癒してまわった鳥は、いまや探索者たちのあいだで女神のごとき扱いをされていた。


「豆大福の妖精さま、さっきはありがとうございました」

「ああ、豆大福さま、こちら感謝のカステラです」

「豆大福さま、パイナップル缶もありますよ」


「ちーちーちー(訳:そんな安いものを釣ろうとするなんて甘いちー!)」


 経験値以外にはなびかない厄災の禽獣は、大きな翼で寄って来たファンを追い返した。

 トリガーハッピーは「すごい人気」と目を丸くし、くすりと笑った。

 

 仕事を終え、手が空いた厄災の禽獣はトリガーハッピーの隣で、給弾ベルトに弾をこめはじめた。今度は彼女のお手伝いを頑張るようだ。


「ちーちーちー(訳:本当に仕方ないちー。雑用押し付けられて可哀想ちー)」

「私から志願したんだけどね。いまはみんなで力を合わせる時でしょ。仕事なんて選んでられないよ」

「ちー(訳:いい奴ちー)」


「……。では、どうかお気をつけて」

「ああ、任せたまへ。誰も死なせはしない」


 トリガーハッピーは声の方へ視線をやる。

 

 『ミスター』『花粉ファイター』『ブラッドリー』

 超人的な探索者たちがいよいよ濃霧の巨塔へ降りるらしい。


 トリガーハッピーとしては、彼らのなかに自分が混ざっていないことに、もちろん未だに思うところはあるが、それが現状の自分の実力なのだと受け入れることに決めていた。だから、自らセントラルへの降下を辞退までした。


「そう言えば、指男とかいうやつがいないようだが」


 ブラッドリーは鋭い目つきでジウを見やる。

 ジウは淡白な視線をかえす。


「……。行方不明、です」

「ふん、所詮はAランク最下位か。重責に耐えかねたようだな」


 刃物のような眼差しはミスターへ向けられる。


「あんたが期待してるあの男の器が知れたな」

「さて、どうだろう。本質とはいつだって一見のうちには見いだせないものだ。私はそれを彼から学んだ」

「言ってろ」


 ブラッドリーは指男のことが好きではない。

 以前までは無関心で、噂をやたら聞き及ぶな、と思う程度であった。

 だが、指男がジウの推薦で突入部隊に抜擢された時に、ピキっと来た。


 どうしてAランク最下位の雑魚と同列に扱われなくてはいけないのか、と。


 順位にこだわるブラッドリーのなかでは、その時点で癪に触っていたが、いざ指男が現れてミスターと親しげにしているところを見ると、明確な不快感を覚えることになった。


 調子に乗るなよ、ひよっこが。


 と。


「うわああ! 引け! 引け!」

「やつらだ! やつらが来た!」


 トリガーハッピーら最高位探索者たちは一斉に杉の樹の下方を見やる。


 銀色の光沢を持った機兵が2体登ってきていた。

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