儀式の間


 


 真っ暗な世界に一筋の焼け跡がある。

 残り火がくすぶり、赤々と燃える一直線の破壊跡。

 その始まりで指男は掲げていた手を下ろす。

 いつの間にか彼を覆っていた暗い炎は消えていた。

 ただ、肌に残った焼け跡はなくならない。

 彼が来ていたYシャツはユニカロで買ったごく一般的な素材でできた衣服なので、いまではボロボロになってしまっているし、袖も半ばで燃え落ちている。

 救いはズボンが残っている事か。


「絶槍エクスカリバー……ふむ、完成してしまったか」


 指男はひとりでにつぶやき満足そうに口元を歪める。

 彼は元来持つ”そういう感じ”に拍車が掛かる。


 焼け跡の真ん中あたりに光の粒子がどこへも行けずに滞留している。

 指男はジッポライターをチャキンっと開いた。

 光の粒子が集まってきて、ライターのなかに収納されていく。


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 『貯蓄ライター Lv3』

 経験値は貯蓄する時代です

 1兆3,501億0万756/99兆9,999億9,999万9,999

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 ここに来るまでに指男は4体の銀色の使徒、2体の暗黒の使徒を撃破した。

 

(一匹だいたい500億経験値だから……ん、思ったより貯まってるな。もしかして、黒い暗殺者みたいなやつも経験値たくさんもらえる美味しいモンスターだったのか?)


 預金通帳を見たら思ったよりブルジョワだった時のフリーターのような気分になれるのだった。

 

「もう使っちゃおうっかな……いや、でも、プラチナ会員の次まで待てば……でも、いつランクアップするかわからないし……」

「ぐは……ぁ、ぁぁ」

「む。全裸マン、生きてたのか」


 葛藤する指男のもとに苦痛のうめき声が聞こえた。

 壁にもたれかかる銀色の使徒にササっと駆けよる。


 指男は腰裏のポーチから『蒼い血 Lv5』を取り出した。


 ────────────────────

 『蒼い血 Lv5』

 古の魔術師がつかっていた医療器具

 MP1で充填。使用すると体力を回復する。

 転換レート MP1:150

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 指男は注射器にMP300ほど詰めて、銀色の使徒の首筋にぶっさした。


「うオおおおおおおおッ! うぎゃぁあああ!」


 銀色の使徒は眼球が飛びだすほどに瞳を見開き、指男の腕をチカラ一杯に抑えて抵抗する。

 指男は特に気にせず蒼い薬液を注入した。


 銀色の使徒は苦しみに悶える。

 顔を真っ赤にし、全身の血管を浮き上がらせて、激しく痙攣した。


「ああ……ッ! ああ、はあ、はあ、はあ……っ!」

「大袈裟な全裸だな」


 指男は何事もなかったかのように注射器をしまった。

 銀色の信徒は悪夢のような苦痛を与えて来た指男に「なんのつもりだ!」と、視線だけで抗議する。全身が冷汗で濡れており、必死さは伝わった。


「ぎぃ(訳:薬物型の回復薬。その異常物質は……人間には刺激が強すぎるようですね)」


「指男、貴様、私を殺す気か……!」

「俺が『アドルフェンの聖骸布』を貸してやったから生きてるんだろうが」

「くっ……また命を救われたというのか……」

「せっかく治療してやったのに」

「あ?? ……ぁぁ、確かに、あのクソ女に撃たれた傷はふさがっているな……薬物型の回復薬か……」

「効果は覿面だろ」

「指男……お前、まさか普段からその回復薬を使ってるんじゃ……」

「最近は自動回復スキル『蒼い胎動 Lv2』があるあらあんまり使ってないけど。たしか5秒に1くらいは自動回復してるんじゃなかったかな」


 指男はステータスを開いて確認をする。


 

 ────────────────────

 赤木英雄

 レベル201

 HP 54,730/101,741

 MP 17,120/21,123


 スキル

 『フィンガースナップ Lv6』

 『恐怖症候群 Lv8』

 『一撃 Lv6』

 『鋼の精神』

 『確率の時間 コイン Lv2』

 『スーパーメタル特攻 Lv8』

 『蒼い胎動 Lv4』

 『黒沼の断絶者』

 『超捕獲家 Lv4』

 『最後まで共に』

 『銀の盾』


 装備品

 『蒼い血 Lv5』G4

 『選ばれし者の証 Lv4』G4

 『迷宮の攻略家』G4

 『血塗れの同志』G4

 『メタルトラップルーム Lv3』G4

 『貯蓄ライター Lv3』G4

 『夢の跡』G4


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(あれ? なんか蒼い胎動くんのLvあがってね?)


 ──────────────────

 『蒼い胎動 Lv4』

 人ならざる者の血を受け入れた証。

 新しい命があなたの中でめぐっている。

 1秒ごとにHPを2回復する

 解放条件 蒼い血の浸食が進む

 ──────────────────

 

「間違えた、毎秒2回復だった」

「……毎秒?(どんなイカレスキルを持っているんだ、こいつ……)」


 銀色の信徒は指男の規格外さに戦慄した。

 世に探索者は数多くあれど、指男ほど敵にまわすべきでない者はそうそうにいない。


「お前それ…………体どうなっているのだ」

「どうもしてないが」


(スキルは身勝手な神秘の押し付けだ。たとえその力に覚醒し、到達する才能があっても、スキルが人間の体に調整されているわけじゃない。ましてや自動回復だと? 生理的な機関に直接影響を及ぶすスキルなら、日常的な健康にすら害を与えるレベルだろうに)


 HP2の回復というのは、常人であれば、”貧血で寝込んでいた人間が1,500mを走り切れる状態まで快復する”程度とされている。

 

 指男の身体では常にそれほどの超回復が繰り返されている。


「自動回復2て……」

「そんな驚くほどじゃないだろう。バトルヒーリングスキルによる自動回復が10秒で600ポイントあるなら、SUGEEってなるし、襲って来たチンピラまがいに『何時間攻撃しても俺は倒せないよ』って言えるけど」

「……(指男はまるで満足していない。10秒で600の回復をしてようやく及第点と言っているのか。なんて志の高い探索者だ。このスケールについて行かなくては財団を打倒するのは不可能なのか? くっ、見通しが甘すぎたのか……)」

「もう大丈夫そうだな」


 指男は腰をあげ、火照った焼け跡にそって歩く。

 数十メートル先に炭となった人型の遺体があった。


「ぎぃ(訳:死んでます)」

「見ればわかりますよ、ぎぃさん」

「暗黒の信徒め、この私を鎧袖一触とはな。指男、お前に忠告をするつもりはなかったが、この先、覚悟をしたほうがいいかもしれないぞ」

「どういう意味だ、全裸マン」

「この女の発言、そして実力。……ふん、進めばわかることか」


 銀色の信徒は澄ました顔で「行くぞ。儀式の間はすぐそこだ」と大回廊を進み始めた。


 しばらく歩くと、縦に長い円柱状の空間へとたどり着いた。

 壁際に円形の広場をぐるっと囲むように石像が立ち並び、その真ん中には淡い白い光が天井から注いでいる。

 暗黒の霧のなかにあって、その光はか細くではあるが確かに息を持っていた。


 淡い光で照らされる中央に、黒い巨影が鎮座している。


 指男と全裸マンはゆっくりと近づいていく。


 巨影が動いた。

 デカかった。

 20mほど離れているのに圧迫感を感じさせた。

 

 上背は8mは下らない。

 禍々しいオーラを放つ肢体は、人間の形状をしていない。

 否、かろうじて人間だった残滓はある。

 奇形に変質した状態は艶々と湿っていて、絶えず粘質な液体をこぼしている。

 長い首の先端の頭部は濡れた狼のようだ。


 ゆらゆらと伸びる触手は折り重なって人間の腕のようになっており、6本ある腕の一本に黒く太い槍を握りしめている。

 

 スカートのように腰に巻かれた黒い布は、よく見れば人間を繫ぎ合わせた腐敗と死のドレスであることがわかる。今にも腐り落ちそうな腕と腕が杭のようなもので打ち付けられている。


「やつら、まだ生きている……なんと邪悪なバケモノだ。これが暗黒か。ははは、汚らわしい、獣性の権化そのものではないか! こんな醜い怪物を信仰する愚か者どもに銀色のダンジョンが敗れたというのか! ああ、なんという屈辱だッ!」」


 全裸マンは激昂して地団太を踏んだ。

 指男はゆっくりと近づいていく。

 彼の視線は黒いバケモノが抱いている銀色の者へ向けられていた。

 やせ細った孤児のような異形だ。

 黒いバケモノに比べると、ひどく弱弱しい。

 

「あれは」


 指男はたずねる。


銀の巫女ルーサス・オーサス。このダンジョンの命、ダンジョンボスだったもの……メターニア、あるいはメルーニャの復活の福音そのものだ」

「ふぅん」

「ぎぃ(訳:メター・ルニュネイアの聖体を喰らった神官。同じく神官級である神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアの糧にされたみたいです)」

 

 黒いバケモノは大きく口を開くと、銀の巫女ルーサス・オーサスの頭部を食いちぎってしまった。そのままぺろっと胴体まで飲み込んだ。

 

 淡く注がれていた銀色の光が失われていく。

 銀の巫女ルーサス・オーサスの生存によって、かろうじて繋がれていた統治者の恩寵はいま完全に失われたのだ。


 儀式の間が暗黒に染まっていくなかで、黒いバケモノ──神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアは自分のスカートに繋がれた腐敗した人間をひとつ掴みあげた。強引に千切ったせいで腕が取れたようで、「ヴ、ぉ」と苦痛の声がわずかに聞こえた。


「意識があるのか。可哀想だな」


 指男は淡々とつぶやく。

 常人ならとっくにSAN値を削られているところだ。


「ヴ、ぉ、あああ、匂うゾ、匂う、まだ銀色の匂いがするゾ。それにコレは……そうだ、異端の人間どもの匂いダ、ダだ、」


「あれは……」

「どうやら、人間を使うことで意思を言語化しているようだな……おぞましい、これがいにしえの怪物、神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアか。指男、貴様ならもうとっくにわかっているのだろう。あれが上古より復活した神話生物、そのなかでもとりたてて暗黒の濃厚な恩寵を宿した怪物であると」

「ふぅん、まあ当然(※わかってない)」

 

「ウぎょ、ぉオヴぉォッ!」


 神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアは腐敗した人間に絶叫をあげさせ、本体もまた遺跡全体を揺らす咆哮をあげた。

 周囲から暗黒の使徒たちが姿をあらわす。

 全部で4体。闇に溶けるようにして指男たちへ襲い掛かる。


「2,000億経験値。絶剣エクスカリバー」


 ──パチン


 指男は鳴らしながら手を横へふりぬく。

 手で水平になぞられた軌跡をたどって大爆発が起こった。

 

 ATK3,000万から繰り出される熱と衝撃波によって使徒たちは消し飛ばされる。

 神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアもろとも闇は一瞬のうちに消え失せ、儀式の間は白昼を知った。

 

 ────────────────────

 『貯蓄ライター Lv3』

 経験値は貯蓄する時代です

 1兆5,501億1万841/99兆9,999億9,999万9,999

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 指男はライターを閉じてポケットにしまう。

 崩落しはじめた儀式の間の中央、崩れた天井を押しのけて神話の怪物は這い出て来ると、指男を視界にとらえた。


「ウ、ゥ、ぁ、あ、血の樹……ダ……美味ソウ、だ」

「安心しろ。お前のほうが美味しそうだ」


 指男は穏やかな笑みでパチンっと指を鳴らした。

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