徘徊ボス:神喰らいの模倣者、オルビア・オルテガ



 暗黒。

 それはひたすらの彼方より来た旧世界の統治者がひとり。

 偉大な力は、その隆盛りゅうせいを遥か太古としてなお、人を惹きつける。


 現人類と暗黒との再会は100年のうちに起こった。


 第一世界大戦終結後の米国、若き考古学者オーレリオ・オルテガは、マサチューセッツでの発掘調査で、謎の岩石を発掘した。


 あまりにも異質な特性を持つそれは、すぐに”隕石”と呼ばれるようになった。

 

 隕石は直径2m、高さ1mほどだった。

 表面は滑らかな金属質で、光すら飲み込んでしまうような漆黒に染まっていた。

 電磁気を近づければ激しく反応した。

 指で突いてみれば、わずかに弾性のようなものがあった。

 学者たちは「サンプルを回収するべきだ」と意見を一致させ、ノミとハンマーで弾性のある隕石の一部を削りだして見ようと試みた。


 まだ若造だったオーレリオは、あまり気乗りしなかった。

 根拠はなかったが、そうすることで取り返しのつかないことが起こりそうだ、と思ったのだ。

 

 金属の光沢を持ちながら、弾性のある黒い隕石。

 未知の物質をまえに偉い学者たちは大喜びでサンプルを持ち帰った。


 残った作業員は隕石の周囲を浮き彫りにするように、シャベルで土をかき分けた。隕石は大学へ運び込まれようとしていたが、あいにくとその夜は嵐が近づいていた。


 作業は中断され、作業員たちは一旦引き上げた。

 翌日、隕石は跡形もなくなっていた。


 誰かが運んだという話も聞かなければ、その痕跡も無い。

 大の大人が5人がかりで持ち上げようとも、ビクともしなかったそれを簡単に持ち出せるわけもない。

 

 昨夜、目撃した者がいた。

 ざぁざぁと降りしきる雨の中、雫を焼き、激しく燃え盛る隕石を。


 初めは学者のだれもそんなことを信じなかった。

 作業員たちが金になると運びだしては、どこかに隠したのだろうと勘ぐっていた。

 

 数日後、学者たち6名が顔を剥がれ死亡する怪事件が起きた。

 被害者らが隕石よりサンプルを削りだした者だったことは、オーレリオだけが知っていた。

 

 オーレリオは底知れぬ不安に襲われた。

 隕石をはじめて見つけた時から、毎夜のように不安がやってくる。

 暗く成れば、闇が深まれば、それをすぐ近くに感じた。


 そして、ある夜、オーレリオのもとに影はやってきた。

 若き考古学者は確信した。

 

 四肢を持ち、長い尾を備えた爬虫類のような姿。

 眼はなく、艶やかな頭部には毛は一本も生えていない。

 鋭い牙をのぞかせる口元には粘液が溢れ、狂暴な本性が剝き出しになっている。

 

 オーレリオはその姿を美しいと感じた。

 腰に下げた6つの人皮は、冒涜的であったが、背徳の正義を内在させていた。

 

 オーレリオが出会ったのは最初の暗黒の使徒だった。

 暗黒のチカラは、これを境に闇のなかで着々と成熟していった。


 時代はオーレリオの孫へと受け継がれる。

 オルビア・オルテガは偉大なる預言者のひとりである祖父を誇りにしていた。

 父親は使命に殉教したが、自分ならばやり遂げられると信じていた。


 祖父の意思を継いだオルビアは要注意団体メンバーとして財団にマークされながらも、着々と準備を進めていく。

 彼女に探索者としての才能はなかったが、それはダンジョンへの耐性と超人的な力を諦めることと同義ではなかった。


 要注意団体のなかにはダンジョン財団でさえ知りえない技術や異常物質を所有しているものも少なくない。

 

 偉大なる預言者オーレリオ・オルテガが築いた組織もまた、独自の経路で経験値アイテムを入手し、才能無き人間に経験値を吸わせ、探索者とそん色ないチカラを手に入れさせることができた。


 篤き信仰と、尊師の孫娘たるオルビアは組織のなかでも期待されていたから、誰よりも強き戦士になることが許された。


 日本にてと宿敵とも呼べる”銀色”に関する団体が活動し、ダンジョンを呼び出そうとしていると知った彼女たちは行動を開始し、その内側に好機を見つけた。

 リソースを横取りし、暗黒の敵対者である銀色の手先を滅ぼし、儀式を執り行う。


 そのはずだった。

 オルビアたちは銀色のダンジョンにたどり着き、計画を実行段階に移してから、気が付いた。

 自分たちが想像していたよりもずっと、遥か以前から、暗黒の配下は動き出し、好機を獲得していたのだと。


 すべては時計の針を動かすだけでよかったのだ。

 



 ────




 オルビアは小麦色の細腕をスッと撫でる。

 肌に焼け付いた模様が蠢くと、黒い霧が生じ、そこから黒い長銃が出て来た。


 銀狩りの王ホールグラッピアより賜った二つの武器のうち、そのひとつだ。

 組織が開発した儀式の銃は、いまは本物の暗黒に触れたのだ。

 変質し、強化され、人類が持つ武器からは逸脱した性能を獲得するに至っている。


 オルビアが使うのは魔弾である。

 使徒の肉片から作られた有機的弾薬は暗黒のチカラを内包している。

 これまでに数十人の探索者を撃ち殺した凶弾は、今日もまた屍を積み上げる。

 

 その一射で、向かってきた銀色の信徒の胸を撃ち抜き、瀕死へと追い込んだ。


 オルビアは恍惚とした表情を浮かべる。

 かつてない強大な存在を感じていたのだ。


 経験値用いてレベルアップを果たし、組織の命令ではじめて探索者を殺害した時、オリビアは言い知れぬ興奮を覚えた。

 探索者……人類に選ばれた箱舟の守り手たち。ダンジョンから湧きだそうとするモンスターを神秘にもたらされた強大な力で押さえつけ、敵を打ち砕き、戦場を遊び場とし、帰還すれば凡人どもの羨望を集める存在。

 それを自分の手でひねりつぶしてやったことが、オルビアの全身の血を湧かせた。


 だが、今回のこれは違った。

 経験値でレベルアップした力とはまるで次元の違うパワーを感じていた。


(これでハッキリしましたね。箱舟に居座る王気取りの偽物よりも、暗黒のほうが遥かに強力だということが。今なら私一人でダンジョン財団の戦力を滅ぼすこともできる)


「踊りなさい、探索者」

 

 オルビアは探索者へと銃口を向けて、無慈悲に引き金をひいた。

 暗黒の霧に風穴を穿ち、その中心を凶弾が飛翔していく。

 

 黒い濃霧のなか、探索者はまるで反応できていない。

 オルビアとしてはそもそも視認性の劣るサングラスなどをこんな場所で掛けている時点で、実力のほどなど知れていると思っていた。


 だから、反応されないことに驚きはなかったし、落胆も無かった。

 はじめに昂らせてくれとは言ったが、甚だ期待などしていなかった。


 サングラスの青年へ凶弾が肉薄する。

 くるくると高速で回転する銃弾は、その鼻頭から入り、鼻を砕いて、肉と皮を破り、脳漿をぶちまけるだろう。


 期待は刹那ののちに裏切られる。


 青年は銃弾を受け止めたのだ。

 羽虫を握りつぶすかのように雑に。べしっ、と。


 一瞬、時間が止まる。


「は?」


 オルビアは何が起こったのかわからなかった。

 平凡な顔をした、呆けた探索者が、至近距離で放たれた魔弾を受け止めた。

 理解しようとしたが、すぐにやめた。

 事実を納得してしまえば、きっと恐ろしい崩壊がはじまる。

 今まで積み上げて来たものが壊れてしまう。

 せっかく授かったのだ。選ばれたのだ。

 敗北など許されない。


 青年は受け止めた銃弾を指ではじいてオルビアの足元へ。

 キンっ遺跡の床に跳ねかえる。涼しげな音。

 それをかき消すようにオルビアは後ろへ飛び退き、トリガー引いた。


 黒い銃弾が放たれると、それらは闇に溶けた。

 次の瞬間、青年のこめかみを凶弾が撃ち抜いた。


 青年の身体が大砲に吹っ飛ばされたかのうように勢いよく飛んでいき、儀式の間へのつづく大回廊の壁に激しく激突した。

 壁に大きな亀裂が放射状に広がり、がらがらと天井が一部崩れる。


 銃弾一発が持つべき破壊力ではない。


「暗黒の霧を媒介した二点間転移。あなたには想像もできない強力な神秘のチカラでしょう。そして、銃弾は私の意のままに飛び、暗黒の弾丸はMPを込めるほどに質量を増し、速くなる。今撃ったのは重さ70kgと言ったところでしょうか」


 オルビアは肩を震わせて笑う。

 一瞬だけ抵抗されたせいで自信を失いかけたが、やはり、自分は負けないのだと思えたのだ。


神喰らい騎士シーステリ・ノーテリアがひとり、銀狩りの王ホールグラッピアの御指を拝領した……私の暗黒は、時を越えた本物、探索者ごときに遅れをとるはずが──」

「どうもっ! 指男チャンネルの指男でーすっ!」


 不遜な声。

 静寂を貫く狂気。


 オルビアはドキっとして視線を向ける。

 その声は瓦礫のなかから聞こえてくる。

 聞き間違い? 普通ならそう思う。

 

 だが、瓦礫のしたからのそっと立ちあがる青年の姿が勘違いでは済まさせてくれない。


 青年は「デイリーミッション」とつぶやいて明後日の方向を見やる。

 オルビアにはその視線の先は見えない。


「そうか……導入挨拶だけで判定は入るのか……」


 青年は納得した様子で、ぎゅっと拳握る。ガッツポーズだ。

 デイリーミッションが厳しすぎる時は、かねてより”いかに効率化できるか”を重視し、その結果「カリバー!」と連呼するにいたった経歴を持つこの青年は、今回もまた抜け道を見つけたらしい。


 第三者からすればいきなり明るい声で奇行をはじめ、そしてスンっ……と真顔に戻るので、大変なホラー体験なのは間違いない。


「いま確かに側頭部へ撃ち込んだはず」

「あんたは銀の機兵の寝込みを狩ってまわった犯人じゃないな。あんたの体格にあの槍はデカすぎる」

「答えない、ですか。いいでしょう、ならば死ぬまで撃つだけです」


(反応速度だけはなかなかの探索者。きっと防御系スキルを発動させて致命傷を防いだんですね)

 

 オルビアにはまだいくつもの武器があった。

 前向きにとらえ、拝領した力を試すことにした。


 三度放たれる銃弾。

 黒い霧に溶けると、青年の視覚から襲いかかる。

 青年は首をふって避ける。

 それに合わせて銃弾は再び溶け、青年の頬を胸を打った。

 

 青年の足元が陥没する。

 吹っ飛ばない。

 足に力をこめて踏ん張ったようだ。


 銃弾はひしゃげ、胸元で止まっている。


「──暗い炎よ」


 青年の身体が黒のなかにあってなお深きに焼かれる。

 そのほかの神秘全てを拒む深淵のチカラ。

 たとえ銀色の機兵の装甲だろうと防御力を無視する。

 探索者に使えば、身に宿る箱舟の神秘を焼失させ、丸裸の一般人へと堕ちる。


「闇に踊りなさい」


 炎に焼かれる青年へ魔弾は放たれた。

 オルビアのMPの半分を込めた必然の死たる一射。

 空を裂き、闇に焼かれる青年の頭部を撃ち抜く。


 ぱこーんっと、青年の頭が弾けれた。

 アッパーカットが綺麗に入ったように。


 そのリアクションは本来ありえてはいけないものだ。

 オルビアは「……は?」と、愕然とする。


 いったい世界のどこに戦車砲の数倍の初速と質量を誇り、数百倍の威力を持つ銃弾で砕け散らない人間がいるというのだろう。

 たとえ探索者まで候補を広げてもいないはずだ。

 少なくともオルビアの見解はそうだった。


 青年はのけぞった上体を戻す。

 暗い炎に焼かれているが特に痛がっている雰囲気はない。

 「まずい、新しい扉が開く……」と訳のわからないことを言っている。


 青年は額の傷を指でなぞる。

 わずかに出血していることを指に着いた血で確認すると「なるほど」と言って、オルビアへサッと顔を向けた。


 来る!


 そう思い長銃の引き金を引こうとする。


「──しまっちゃおうねぇ(ニチャ)」


 青年は悪魔のような笑みを浮かべ、穏やかな顔に狂気を宿していた。

 オルビアの背後から無数の白い手が飛びだした。

 それらは彼女の四肢を素早く拘束し、首を、顔を、髪を強引に掴むと、どこかへ引きずりこもうとしてくる。


「舐めるな、探索者!」


 オルビアは白い腕たちを振り払い、拘束から逃れる。


「捕獲はやっぱ無理か……。残念です。俺は女性には優しくしたかったのに」


(なんだ、なんだ、なんなんだ、こいつは、一体どういう行動原理なんですか!)


「もういい、あなたごとセントラルを吹っ飛ばしてあげましょう」


 オルビアは黒い長銃を霧に変換し、それにより宝具を開帳する。

神喰らいの騎士シーステリ・ノーテリアより承った黒槍だ。

 人の身でこれを一突き使用すれば寿命を10年失うとされる古い神秘の遺物。オルビアは神殺しの槍を引き絞り、満面の笑みで投擲した。


「──銀狩りの恩寵。暗きに散れ、探索者」

「──エクスカリバー」


 パチン


 よく乾いた綺麗な音だった。

 溢れ出す光。世界を混沌へ落とそうとする炎。

 鼓膜を裂く音。

 すべての破壊エネルギーが青年の指先によって導かれ、楽団の奏でる旋律のように、指揮者の意思を世界に映し出す。

 

 黒い雷のごとく青年へ向かう黒槍は蒸発した。

 青年の導いたソレは今度は正しく穿つ形と成ったのだ。


 光と炎の絶槍だ。

 すべてを満たそうとする暴力的正義の前には、夜に隠れ、闇で詠う影人では役不足であった。


「そんな馬鹿な力……ありえない……」


 オルビアは絶望の光に飲まれていった。

 

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