破れた野望



 ひしゃげた金属扉をひっぺはがす。

 表情一つ変えず、ごく軽い調子で悪魔的腕力を披露され、部屋のなかにいた男は自分の得物を見る。

 

「椅子で対抗できる相手じゃなさそうだな……」

「こんなところで何をしてるんですか」


 指男は部屋につかつか入ってくるなり男に問いかけた。

 通路の明かりのほかは、机のうえのPCの画面だけが部屋の光源だ。

 薄暗く、怪しい雰囲気が断ち切れないが、指男はあまり気にした様子はない。


「なにをしているも何も……お前たちが俺を誘拐してきたんだろうが」

「なんの話をしてるんですか?」


 指男は首をかしげる。

 

「……。おや、あなたは」


 指男の背後からひょこっと顔を出したジウが、部屋のなかの男に反応した。

 どうやら向こうもジウのことを知っていたらしく「あれ、お嬢ちゃんはたしか……」と急に柔らかい声をだした。


「……。お久しぶりです、ベンヴェヌート卿。イ・ジウです」

「ああ、JPNにいた頃、よく飴ちゃんくれた女の子。そう、ジウ君だ。思い出したよ」


 男──ベンヴェヌートはぽんっと手を打った。


 指男とハッピーは顔を見合わせ、お互いに疑問符をうかべる。


 話を訊くと、ジウとベンヴェヌートはかつてJPNダンジョン財団の同じ施設で仕事をしていたらしい。

 ベンヴェヌートはその後、本国へ呼び戻されユーロダンジョン財団研究機関『ノルン』で世界的なダンジョン学の権威になった。

 

「でも、どうしてジウ君がこんなところに……それにその後ろの怪しい奴らは」


 ベンヴェヌートは胡乱な眼差しを向ける。


 謎の豆大福、腕ほどもある触覚を動かす巨大ナメクジ、全裸、目つきの悪いロシア少女、そして「どうも、指男チャンネルの指男でーすっ!」と奇行をはじめた日本人。


「ずいぶん個性的なメンバーだな。……サーカス団かな?」


 ベンヴェヌートは小声で耳打ちする。

 「特にあの日本人はやばそうだな」と一番危険な青年をちらと見る。


「……。そんな楽しい状況ではありませんよ、ベンヴェヌート卿。彼は指男です。JPNでは名の知れた都市伝説の探索者です。ああしてまわりを元気にするためなら自己犠牲を厭わない心優しい子です」

「なるほど、悪い奴じゃなさそうだ」


 ベンヴェヌートは顎鬚をしごき「で、それはわかったんだが……」と、何よりも核心の質問をする。「どうしてこんなところにJPNの探索者たちが?」

 

 ジウはひとつひとつ説明をした。

 ベンヴェヌートは最初はふむふむと聞いてうなづていたが、話がアルコンダンジョンのことになると、次第に表情を険しくしていった。


「アルコンダンジョン……まさかここが『ドーヌッツ』の警告の神域だったとは」


 ベンヴェヌートはジウの話を訊きおえ、今度は自分が謎の少女と助手ブルーノに裏切られて、気づいたらここにいたことを説明した。

 

「突拍子もない話だが……信じてもらうしかねえ」

「それじゃあ、ベンヴェヌートさん、あなたはイタリアのローマからここへ誘拐されたと?」

「……まあ、そういうことになるな」

「まるで転移でもしてきたみたいですね」


 指男はぼそっと漏らす。

 なお本人は深い考えがあって言ったわけではない。

 ベンヴェヌートは指男の発言に「なかなか鋭いな」と感心する。


「最近の二点間転移は進歩が凄まじい。おそらくだが俺を誘拐したやつらは空間転移の技術を持ってるんだろう」


 ベンヴェヌートはPCをカタカタ打ち込んで「これを」と、なにやら難しそうな文章が撃ち込まれた画面を見せる。


「俺がさらわれた理由だ。やつらは暗黒迷宮語の解読をさせたかったらしい」

「そうなのか、全裸マン」

「? 全裸マン?」

「ええ。たぶん、ベンヴェヌートさんを攫った犯人か、あるいは仲間です」

「なに? 会ったのか?」

「会ったというか」


 指男は銀色の信徒を見やる。

 ベンヴェヌートも視線を誘われるようにスライドさせ「ああ、確かに全裸マンだな」と納得顔になった。


 銀色の信徒は「おいおい、勘違いをするな」と手を前にだす。


「我々は貴様らダンジョン財団のチカラを借りずにこのダンジョンの召喚にこぎつけたのだ。その誘拐犯のことなど知る訳がないだろう。そもそも暗黒迷宮語などという悪神の言葉を理解するなど、我らにはまるで必要が無いことだ」

「それはおかしな理屈だ。ここは君たち全裸の信徒が召喚したと、いま君の口からでたばかりじゃないか。語るに落ちてるけどなぁ」

「根本が間違っているのだ」


 銀色の信徒は腕を組み、難しい顔をする。

 しばし悩んだ末に、意を決したように口を開いた。


「我々は利用されたのだ」

「利用?」

「ここセントラルに入って、濃霧のなかを歩いて来る過程で確信した。このダンジョンはもう我々のコントロール下にない」


 一同は神妙に語る全裸に視線を集中させる。


「ベンヴェヌートとやら、その解読を頼まれた文書とやらにはなんと書いてあったのだ」


 ベンヴェヌートはメモを手に取った。

 何度も書き直され精査された翻訳である。


「暗黒に関する預言書だ。どういうたぐいの文献からの出典かわからないが、未来の予言のようなものが書かれてる。内容は旧世界の統治者アルコンのひとつ『暗黒』の再誕のために必要な儀式についてだ」

旧世界の統治者アルコン……」


 指男は最近やたらと訊く単語に引っかかりを覚えた。

 

「旧世界の統治者は、いわば神様だ。識者の間じゃ先史文明を築いたのされてるな。もうずっと昔に全員姿を隠してるが、探索者や財団が使う異常物質アノマリーにはその痕跡はまま見られたりする。忘れられた過去の話さ」


 指男は「ふぅん、なるほど」と澄ました表情で肘を抱く。


「んで、ほれ、そこの全裸野郎みたいな頭のおかしな連中がしょっちゅう出て来て、そう言った古い神を信仰して、現代に再誕させようともくろんでるんだ」

「再誕したらどうなるんですか」

「さあな。地表が4回くらい蒸発するんじゃねえか。知らんけど」

「それは恐いですね」

「恐いなんてもんじゃねえ、指男君。まあ、なんにせよ、この地球の古い統治者が帰還したら、今の統治者は居場所を追われるわけだ」


 ベンヴェヌートは付け加えるように「言うまでもなく、現世の統治者は俺たち人類だ」と、自分と指男を順番に指さした。


「はあ、そんなことが」

「そうさ。だから、ダンジョン財団は世界終末のシナリオどもを回避しなけりゃならん。旧世界の統治者とか、厄災シリーズとかとか、まあ危険はいろいろってわけさ」

「厄災シリーズって、そこと並ぶんですか」


 指男は目を丸くする。

 心なしか鳥と蟲が縮こまっていた。



 ────


 

 ──赤木英雄の視点



「そりゃあな。どっちかって言うと厄災のほうがまずいだろうな。アルコンを復活させようとすれば、財団の要注意団体に目を光らせてるエージェントたちがかぎつけるが、厄災はその名前のとおりの災害みたいなもんだ。ある日、突然現れて、そしてすべてを終わらせていく。それが世界を終わらせる獣ってやつだぜ」

「世界を終わらせる獣……」


 修羅道さんが言ってたのと同じだ。

 厄災には世界を終わらせる力がある、って。


「ちー……」

「ぎぃ」


 ふたりともすごく怯えてる。

 こんなの珍しいですね。

 でも、大丈夫。俺がそうはさせない。

 わかったら、今後、経験値は控える事。特にシマエナガさん。


「ちー(訳:それは無理ちー)」


 シマエナガさん、プイっとそっぽを向き、羽の裏を毛づくろいをはじめました。

 今夜は焼き鳥にしようと思います。


「この文章の内容からわかることをまとめると、俺をローマで誘拐したのはアルコンの要注意団体のどっかのグループで、しかもそいつらは旧世界の統治者『暗黒』の熱心なサポーターだったってことだ。そして、そいつらはおそらく近くにいる」


 ベンヴェヌートさんは全裸マンを見やる。


「要注意団体が潰し合う分のを外野から見てるのは楽しいんだが、巻き込まれることになるとはな。お疲れさん、全裸マン君」

「くっ……」


 全裸マンは拳を握りしめる。


 悔しそうやな、全裸マン。野望潰えたりって感じか。


「それじゃあ、このダンジョンはもうさほど危険じゃないってこと?」


 ここまで話を黙って訊いていたハッピーさんが期待を込めてたずねます。

 ベンヴェヌートさんは指を立てて「チッチッチッ」と否定。ちょっと顔うざい感じです。


「ジウ君の話を訊く限り、現状は『暗黒』と『銀色』が潰し合って、『暗黒』がだいぶん優勢になってる。このダンジョンを黒い濃霧が覆ってるんだろう? ってことはダンジョン全域が『暗黒』のテリトリーだ。そうなると、別の問題が起きて来る。そうだよなぁ、全裸マン君」

「…………まさか、ここまで強力だとはな、暗黒どもめ。やつらは狙っていた。我ら銀色の信徒──『メタル柴犬クラブ(本家)』の計画を乗っ取り、このダンジョンを使ってなにか大きな儀式を行おうとしているに違いない」


 いや、お前もメタル柴犬クラブだったんかい。

 

「といわけさ、ここまで見ているとなるほど、全体像が見えて来たな」


 ベンヴェヌートさん、さっきから思ってたけどめっちゃ頭の回転はやくね。

 この人、さっきまでこの部屋に拉致されてたんだよね。

 なんで俺たちより状況把握してるんですが。


「俺たちがやるべきはアルコンダンジョンからの脱出だ。これは違いない。だが、ダンジョンの14階層と15階層を繫ぐ階段は崩落。何百段もある階段だ。14階層と15階層の階層間のプレートの厚みは少なく見積もっても数十メートル。物理的な突破は不可能。つまり、地上へは帰れない」


 ベンヴェヌートさんはそこまで言って肩をすくめる。

 ハッピーさん、切なそうな顔してます。


「でも、希望はある」

 

 そうね、希望は捨てちゃいかんよ。


「まだ活路はある(とりあえず言ってみる)」

「ふん、流石は都市伝説の探索者だねぇ。頭の回転がはやい。その通り、活路はあるんだ。というのも、俺がここに誘拐された際に暗黒の使徒たちが使った道があるはずだ。その道はおそらくだが、空間転移に類する道だ」

「それを使えば私たちも外へ出られるってこと!」


 ハッピーさん元気になりました。

 うんうん、暗い顔をしているよりずっといいですね。

 あっ、ぴょんぴょん飛び跳ねて……そんな可愛いしぐさなさるんですね。あっ、シャツがひらひらして白いお腹が見えてます。これはすごくえっっっっ。

 


 ────



 希望にぴょんぴょん跳ねるトリガーハッピーの横で、ジウは戦慄していた。

 ベンヴェヌートの口から突破口がまだ残されていることを聞かされたことで、ジウのなかでわだかまっていた”点と点が繋がった”のだ。指男のこれまでの不明な行動には明確な目的があったのだ──と。


(……。指男さんははじめからこの深淵を目指していた。ここに活路があるとも言っていた。つまり、指男さんにはここまでの推測がずっと前の段階で立っていたということです。そうとしか考えられません)


 ジウは指男の横顔をチラッと見やる。

 まるで動じていない。サングラス越しの眼差し飛び跳ねて喜ぶトリガーハッピーを見て、仏のように穏やかである。


(……。驚異的な推理力です。強く、優しく、そして聡明。その慧眼はどこまでを見据えているのか)


 この指男、底知れない。

 

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