セントラルの探索
どうも、赤木英雄です。
飴ちゃんをくれる受付嬢ジウさんをモンスターの魔の手から救い出すことができました。
人助けなんてやるもんじゃないって思ってるんだけど、まあね、目の前に困った人がいたら助けてあげないといけないよって両親に教育されてきたので仕方ない。
「ジウさん、怪我はありませんか」
「……。はい、私は特には」
「よかったです。ところで、どうしてこんなところに。ここは22階層、いや、もっとずっと深い階層なはずですけど」
「……。それはカクカクシカジカンという訳で、私たち救助隊はこの地にやってきたんです」
「まさか、そんなことが。というか、15階層と14階層の階段が崩落して使えないって……まずいのでは」
「……。とてつもなくまずいです」
「ですよね」
ジウさんはポケットをがさごそまさぐっています。
「……。はい、どうぞ、お礼の飴ちゃんです」
「ありがとうございます」
飴ちゃんきちゃあああ。
お姉ちゃん属性を感じます。
「……。ところで、そちらの方はどうして同行しているのですか」
「この全裸は案内全裸です」
「……。なるほど」
「ちー?(訳:今、会話成立してたちー?)」
「……。であるならば、指男さんに対応はお任せします。私も目を光らせておきますが」
ジウは銀色の信徒を鋭い目つきで睨んだ。
信徒は不遜に腕を組み、好戦的な視線で返す。なお全裸。
「……。濃霧のなかに長くいることはそれだけで精神ダメージを蓄積させます。脱出経路を確保してありますので、避難を急いでください」
「それはできません」
「……。どうしてですか」
「この先に倒さなくてはいけない者がいるんです」
「……。指男さん、ここは恐らくアルコンダンジョンです。ダンジョン財団が総力をあげて攻略に挑み、果たして攻略できるかどうか……そんな人智を越えた神域の迷宮です。財団職員として、探索者さんたちには命を浪費してほしくないです」
ジウは指男をまっすぐに見つめる。
サングラス越しに目線が交差する。
「ぎぃ(訳:絶望を打開するためには潜るしかないんです)」
(あれ、ぎぃさんがなんか言い出した……)
厄災の軟体動物は触角をふりふり動かして、指男になにかを訴えかける。
どうやら復唱しろという事らしいとニュアンスを掴んだ指男。
「この絶望的な状況、潜るほかに道はなし」
「(……。指男さん、暗闇の底にいながら、すでに状況を正確に把握しているのですか)」
「ぎぃ(訳:地上への道はふさがれて、活路は下層に潜りダンジョンを攻略することにのみあります)」
「深淵に光あり」
「(……。潜ることでしか活路を拓けないと言っているんですね。なるほど、確かにダンジョンが崩落してしまった以上、救助は絶望的、アルコンダンジョンから脱出してもおそらく1日か2日で食料も水も尽きて、終わりを迎えてしまいます)」
「ぎぃ(訳:だから、俺が、この指男が行きましょう)」
「だからこそ、俺は行かなくてはならない。ダンジョンの深きへ」
やたら誤訳が目立つが、おおよそのニュアンスはジウに伝わった。
「……。アルコンダンジョンに挑むことなんて許容できません」
(ぎぃさん、説得失敗しちゃってますよ。なにしてんすか)
「……。ですが、あなたの能力なら大丈夫でしょう」
(ぎぃさん、流石です。流石はぎぃさん。さすぎぃ)
ジウは賭けることにした。
あとに引いてもじり貧。
前へ進もうとも絶望。
であるならば、データベースに情報のない未知数の可能性に未来をベットする。
普通ならそんなことはしないが、先ほど指男が見せた超越的な光が、ジウに夢と希望を抱かせた。
指男、この探索者ならばあるいは成し遂げるかもしれない──と。
「……。ですが、そのためにはそちらの案内全裸に詳しく話を訊く必要がありそうですね」
ということになり、ジウは銀色の信徒にダンジョンを出現させた理由を訊いた。
内容は指男へ話されたものとほとんど同じだ。
ただ、理解度が違う。
「ん、んぅ……」
「あ。ハッピーさん、おはようございます」
「ん、指男……おはよう」
厄災の禽獣のふっくらの中からトリガーハッピーが出て来る。
抱きかかえている途中で、毛のなかに埋まってしまっていたらしい。
「……。おや、『トリガーハッピー』さん。あなたまでいたんですね」
銀色の信徒から話を訊き終えたジウは、いきなり現れたAランク探索者の姿に目を丸くした。
「財団の受付嬢がどうしてここに」
驚きはハッピーも同じだ。
指男が両者に事情を説明する。
「……。戦力が増えるのはいいことです。『トリガーハッピー』さんなら心強いです」
「そう言ってくれるのは嬉しんだけど、正直、このダンジョンのモンスターの脅威度は異常だよ。低く見積もっても40階層クラスのモンスターが徘徊してる。私もまるで歯が立たなかった」
トリガーハッピーは指男をちらっと見やる。
(正直、指男以外に対処できるモンスターじゃないように思うけど……指男はきっとそのことも織り込み済みなはず。普通なら皆を救うために探索者たちと合流することを一番に考える。だけど、あえて違う行動をとっている)
「私は指男を信じるよ」
トリガーハッピーは言い切った。
ジウは思案する。
(……。指男さんのチカラは危険なモンスターがうろつくこのダンジョンで極めて貴重なものです。それを不確定な活路探索と、アルコンダンジョンの各地に散った探索者たちを救うこと、どちらに使ってほしいかと訊かれれば、やはり後者ではありますね。でも……)
ジウは指男を正面から見つめる。
(……。指男さんはより深部へ行きたがっている。不確定な理由のはずなのに、確固たる意志を感じる。むしろ信念とも言うべきかもしれません。優しい指男さんのこと……まさか私利私欲のためなはずはないです。深部へ行くことが、皆の命を救う手段であると彼には見えている。だから、探索者の捜索よりもこの巨塔へ入ることを優先している。であるならば、私は……)
「……。行きましょう、指男さん」
ジウは彼の優しさを信じることにした。
こうして指男、鳥、蟲、ハッピー、全裸、ジウは巨塔セントラルへと足を踏み入れた。
──しばらく後
ジウは黒い濃霧のなかで膝を折った。
風化した遺跡に散らばる部品を拾い集めているのだ。
指男もまたそれを手伝っていた。
トリガーハッピーと全裸マンもだ。
厄災の禽獣も厄災の軟体動物もお手伝いをしている。
ことの経緯は意気揚々とセントラルへ足を踏み入れたところで、『オミノス・オートマタ』の残骸を厄災の禽獣がくちばしでつついてみたところからはじまった。
「ちーちーちー(訳:可哀想なやつだちー。いま助けてあげるちー)」
「ぎぃ(訳:先輩はいい鳥ですね)」
「ち、ちー!(訳:か、勘違いするんじゃないちー! これは謹慎解除を早めるための知的な作戦ちー! 優しいとかそういうんじゃないちー!)」
部品を集め終わると、巨塔の外側、門のすぐ外で厄災の禽獣による蘇生がはじまった。冒涜的な黒い腕たちは機械人形を生き返らせようとする。
しかし、いつまで待っても機械人形の身体が復元されることはなかった。
「ち、ちー(訳:これ生物じゃないちー……)」
指男は肘を抱えて悩ましい顔をする。
「ジウさん、すみません、うちのシマエナガさんが力足らずで」
「ちーちーちー(不満)」
コアとなる動力源もまた
「……。いいんです。彼女は十分に使命を果たしましたから。お別れするのは寂しいですけど」
ジウは『オミノス・オートマタ』のネックレスを握りしめ、大破した機械人形を収納した。
一行は巨塔のなかへ足を進めた。
活路があると信じる者。
経験値があると感じる者。
使徒をぶつけようとする者。
それぞれ思惑は違えど、ともに協力して深きを目指し、下へとくだるゆるい坂道を降りていく。
巨塔のなかは複雑に入り組んだ遺跡であり、いたるところにアーティファクトが点在していた。風化し、壊れ、砕けた石碑であるが、その価値は計り知れない。
「これアーティファクトって言うんですか」
道中、ジウに教えてもらって指男は感心したように言う。
「……。研究資料としての価値は計り知れません」
「でもこれを見てもなにが書いてあるかなんてわかりそうにないですけどね」
「……。ロゼッタストーンはご存じですか。プトレマイオス5世の勅命が刻まれた石碑の一部です。
「解読、ですか」
「この石碑単体では難しいかもしれませんが、複数の文字列を眺めてれば、そこに法則性や文法を見出すことができるようになるんですよ。そのためのアーティファクトの研究資料はいくらあっても足りないでしょう。アーティファクトがあるほどに解読の精度はあがりますから」
「もしかしてお金になるんですか?」
「……。そうですね。その手のひらサイズの石片だけでも100万円はくだらないかと」
指男は「へえ、100万円ですか」と言いながら『超捕獲家 Lv4』で石碑まるまる一個を捕獲した。
(しまっちゃおうねえ~、お金になるものはどんどんしまっちゃおうねえ~)
「……。ああ、でも、もしかしてあなたならこの文字を読めるのではないですか」
ジウは銀色の信徒へ問いかける。
「読めるものなら苦労はない」
「あれ、でも、全裸マン、さっき難しい文字が並んだ本を読み上げてなかったか」
指男に指摘され「ふん」っと鼻を鳴らす。
「あれは別の言葉だ。
古代文字のなかには旧世界の統治者、あるいはそに近しい者が書き記した福音が存在する。それらはそれだけで高い
その解読は人間に法外の智慧を与えるが、それゆえに人は狂う。
だが、解読の過程で記された翻訳語は、神が直接記した文字よりもずっと
「ふむ、ここを降りれば最下層か……?」
一行は坂道をくだり切った。
銀色の信徒は勘だよりに濃霧のなかを進む。
ふと、遠くの方から何かが聞こえ始めた。
はじめは指男が「なにか聞こえる」と言い出し、すこし遅れて3人にも聞こえるようになった。
足を進めるにつれて音は近くなってくる。
邂逅は突然だった。
突如として銀色の輝きが闇を払ったのだ。
慌てて飛び退く一行。
一筋の光が濃霧もろとも風穴をあけて、猛烈な光量であたりを照らした。
銀に輝く槍に貫かれている存在がいる。
件の黒い暗殺者であった。
どうやら、機兵と暗殺者の戦いの現場に居合わせたらしい。
濃霧のせいで音が遮られていたせいで、距離感が掴めないでいたが、その戦いは一行が想像するよりもずっと近くで行われていたようだ。
「指男チェンネルの指男ですっ! 今日はこちらのモンスターたちをエクスカリバーしていきたいと思いますっ! はい、エクスカリバーっ!」
流れるように狂人と化す指男。
パチン──っと軽やかな音が響いた。
その背後でぶつかり会う機兵と暗殺者が一瞬で消し炭に変わる。
火炎の柱が縦横無尽に大地を焼き尽くし、真っ黒の濃霧を一気に吹き飛ばした。
その光景を見ながらそれぞれ思うことは違う。
(……。指男さん、きっとみんなが不安だろうから。身を削って明るい雰囲気にしようとしたんですね)
(かなりの重症。まともな情緒じゃない。私だけが彼を理解してあげられる)
(指男、このタイミングで再びの発狂……いったい何を考えている。考えろ、考えろ、奴の思考の先をいくんだ!)
「ちーちーちー(訳:可哀想な英雄ちー。みんなきっとただのイカれた変質者と思っているに違いないちー。でも大丈夫ちー。ちーは味方でいてやるちー)」
指男の権能は都市伝説により強化されている。
彼を取り巻く群衆は、誰も渦の中心を正確に捉えることなどできはしない。
嵐の眼は外側からでは決して見えないように。
「ぎぃ(訳:付近の探索に出していた索敵に生体が引っかかりました)」
指男が視線を向けると、向こうから黒沼の怪物がササっと帰ってくるところだった。
「誰か発見したみたいです」
指男は燃え盛る遺跡を背にし、肩に乗せた厄災の軟体動物の指示に従って歩み始めた。もちろん『経験値ライター Lv3』に回収することも忘れない。
一行は指男のあとについていく。
厄災の軟体動物の案内は遺跡の入り組んだ場所へ繋がっていた。
それまでの広々した倉庫搬入路が延々とつづいているようなスケールの道ではなく、まるで防空壕のなかにでもやってきたかのような狭い場所だ。
そこはところどろこに電球がついていて、通路自体はそこそこ明るかった。
指男の攻撃の余波を受けて、あちこちに亀裂が走っているが、かろうじて崩落はしていない。
金属の扉でふさがれた部屋の前へとやってくる。
亀裂が入って、形が歪んでいる。
隙間から部屋のなかを覗き込むことができた。
「あん、戻って来やがったか! 掛かって来やがれ!」
部屋のなかにはくたびれた顔の外国人がいた。
年季の入った渋い顔立ちだ。
汚いという印象はなく、整えられた顎鬚も相まって小奇麗なおっさんという良い評価をくだせる。
手には椅子を構えており、しきりに「掛かってこい! おら!」と威嚇を繰り返している。
指男はスッと顔をひっこめ、隙間に手を突っ込むと力任せに金属の扉をひっぺはがした。
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