救助隊と冷徹な合理主義者
ダンジョン財団受付嬢ジウの率いる救助部隊は、『花粉ファイター』の植えた杉の巨木を伝って60度ほどのきつめの傾斜がついた幹のうえをくだった。
時間をかけて安全にくだろうとすると、おかしなモノが見えて来た。
「ジウさん、あれは塔ですな」
「……。塔、ですね」
ジウは真正面を見据えながら答える。
救助隊の視線の先に現れたのは巨大な塔であった。
(……。暗黒の霧のなかにそびえる塔。あれが見たままの建物であるなら目測で直径100mくらいはありそうです。木の幹はまっすぐに成長して、塔へ突き刺さっていますね)
幹は元気よく塔の外壁をぶちやぶり、そのなかへと伸びて行っていた。
そしてちょうど、外壁に穴を空けたくらいで成長を止めていた。
巨塔のなかは黒い霧がいっそう濃くなっていた。
通常の濃度とは比べ物にならないほどだ。
杉の樹が穿った穴から黒い濃霧が漏れでしているのがわかる。
(……。暗黒の霧が濃い。精神を蝕む霧。この塔のなかで長時間活動するのは危険ですね)
救助隊は塔の外壁部分に降り立ち、足元を見下ろす。
絶望的に視界が悪くどの程度の高さなのか掴めない。
ジウは再び血を一滴垂らした。
「……。十分に降りられる高さです。ここにロープパイルを打ち込んで降ります」
「え、この中に行くんですか?」
救助隊の面々は流石に躊躇した。
見るからにやばそうな黒い霧なのだ。
ジウはひとりで黙々とパイルを打ち込み、そして固定されているのを確かめるようにロープを引っ張る。
「……。皆さんは塔の外側をお願いします。塔の内側は私が担当します」
「そ、それなら、まあ……」
結局、濃霧の塔中はジウは降りることになった。
数人を外壁と杉の樹のうえに残し、救助隊は塔の外側にも降り立った。
「ジウさん、本当にひとりで大丈夫ですか。この濃霧のなかに飛び込むなど雨上がりの晴れの日、花粉の飛沫量20倍になったなかで深呼吸を繰り返すようなものではあるまいか」
「……。だとしても、普通の探索者には荷が重いのも事実です。私はある程度抗えるでしょうから、適材適所というやつです」
「そうであるか。流石は財団の受付嬢であるな。歳が来て引退したら花粉との闘争に参加できるタフさである」
「……。なにを失礼な。まだまだ現役ですよ」
ジウは軽く冗談を口にして、塔のなかへ降りて行った。
なお先月29歳の誕生日をひとりでお祝いしたのは誰も知らない秘密である。
────
──赤木英雄の視点
今日も元気に指男劇場は幕を開ける。
銀色の信徒が指男とその愉快な仲間たちを深淵へ案内しはじめて4時間ばかりが経過した後の突然の出来事であった。
「ど、ど、どうも、指男チャンネルの指男でーすっ! 今日はね、こちらの全裸マンに来ていただきましたっ! 全裸マン、今日はよろしくお願いしますっ!」
「…………いきなり何が始まったんだ」
「ねえ全裸マン、この銀色のダンジョンの深淵にはなにがいるのかなっ!」
「……ふん、そんなに知りたいのなら教えてやろう。どうせ死ぬ運命にあるのだからな。銀色のダンジョンは我々、代行者が積年の魔術研鑽の末に召喚を為した聖域だ。偉大なる統治者メターニア、あるいはメルーニャ、その再誕の儀式をここで執り行うのだ。想像もできないだろう、我々の積み重ねた時間など。無知蒙昧なる貴様ではな」
「全裸マン、ありがとうっ! 完全に理解したよっ!(※してない)」
「……っ(こいつ……少し喋りすぎたか? っ、いや違う! もしや、私に情報を喋らせるためにわざとイカれたふりを……!)」
銀色の信徒はスンっと真顔に戻る指男の横顔を見た。
疑いは確信へと変わる。
指男はその内面と外面ではまるで違う人間なのだ、と。
鮮やかともいえる手口に驚愕を隠せなかった。
(能ある鷹は爪を隠すという。こいつはわざと道化を演じていたんだ。くっ、そういうことか。指男についての数々の奇行の噂、そのすべては真実を隠すためのブラフ……ッ。情報が錯綜しすぎて真実を掴めないでいたが、いま私は確信した。冷徹。冷徹だ。目的のためなら手段を選ばない合理主義者。それが指男の本当の姿……っ)
銀色の信徒は己の浅はかさに打ち震える。
(指男め……こいつは狙っていたんだ。ずっと狙っていたんだ……! 私が油断してぺらぺらと喋り出すのを……!(※なお自爆))
盤上を支配するのはその指先。
すべてを見通す知略が備わっている。
畢竟、いまのこの行動もまた次へつながる。
(これが指男……己の評価などまるで気にしていない。どんな変態と思われようと、どんな奇人と見られようと、可哀想な目を向けられても、まるで動じない。それらはすべてが手段だからだ。すべてが目的のための布石だからだ。私はこの指男という人間をわかっていなかった。否、わかったつもりにさせられ、そして見くびるように操作され(※自爆)、そして情報を鮮やかに抜き取られた(※自爆))
「指男……貴様、どこまで見ているというのだ……」
銀色の信徒は震えた声でたずねた。
黒い濃霧、ふとすれば見失いかけるすぐ隣の指男。
彼はのそりと首をかしげ、表情一つ変えずに「どこまで、か」とつぶやいた。
心なしか背後に従えている白くてふわふわした鳥も賢そうに見える。
指男は逡巡したのち、ゆっくりと口を開いた。
敵地の真ん中にあってまるで動じていない。余裕を感じらせる間の取り方に貫禄すら感じれる。
「何を訊くかとかと思ったら……──すべてだ。すべてに決まってる。当然だよなぁ」
指男は言い切った。
冬を越え、花が咲き、夏を栄え、秋に沈む。
自然の移ろいと同じと言いたいのだろうか、指男は「そんな当たり前のことを訊くなよ」と言外に全裸Aへと言い放ったのだ。
「すべて、だと……」
「ああ、すべてだ」
聞き返しても返事は変わらない。
なお「ああ、すべてだ(意訳:経験値全部は俺のもの。もの欲しそうな眼しやがって。あげないからな!)」であることを、銀色の信徒は読み解けない。
「すべて……」
銀色の信徒は指男のスケール感を前に、とんでもないバケモノを招き入れてしまったと後悔しはじめていた。
(だが、大丈夫……大丈夫なはずだ……こいつがいかに知と力に優れようと、高次元の思索を得ている訳じゃない。こいつをはやい段階で処理し、財団のチカラを削ぐ、その判断は間違っていないはずだ……)
どれほど悩んだところで後の祭り。
なぜなら銀色の信徒は指男をすでに深淵部──セントラルに連れてきてしまっているのだから。
そして、目的の深きはすぐそこにあるのだから。
「私でもここから先には行ったことが無い」
銀色の信徒は巨大な門の前でたちどまった。
門の高さは30m以上あり、左右にはぐるっと円を描くように壁が続いている。
「ここから先はセントラル……つまり、ダンジョンの中心部分だ」
「俺たちは隅っこにいたのか」
「貴様らがいたのはダンジョンの最も端の壁の近くだ」
「あの絶壁は塔の外周だったってことか」
指男は納得した顔になる。
(銀色のダンジョンは中心に直径400mのセントラルを備えた直径800mに及ぶ巨塔のダンジョン。ここまでのらりくらりと遠回りしてきたが、使徒さまには会えなかった……会えれば共に指男を処したのだが)
銀色の信徒をして、現状のダンジョンは計画にない状態になっていた。
本当は指男をセントラルへと導くつもりはなかったのだ。
(財団補給拠点の襲撃班、地上部付近での制圧班、そして儀式班……密に連携を取れていたのに、この黒い濃霧がでてから私たちメンバーの思念は隔絶されてしまった。そこへ探索者どもの侵入が判明したからとりあえずは掃討へ移ったが……やはり、ほかのメンバーと合流するのが先決であったか?)
銀色の信徒はたどり着いてしまった扉の前で悩む。
これ以上、指男に適当な場所を歩かせて時間稼ぎするのは難しい。
(ええい、覚悟を決めよう。この探索者『指男』はここで屠らなければ危険なのだ。ゆえにセントラルを解放し、より深い階層に眠っておられる銀色の使徒さまをぶつけるほかない)
「門を開く」
「手で開けるにはデカすぎるように思うが」
「私たちの積年の研鑽は、このセントラルを解放するためのものでもある」
銀色の信徒は手を掲げる。
すると青白い炎とともに本が出て来た。
血と脂で汚れた古びた本。それは夜に隠れ、冒涜と禁忌を犯して、神秘を探求した魔術師たちの作品の一冊だ。
(思えば、これを手に入れるのに時間がかかったものだ……あの男にもう少しはやく出会えていればあるいは計画も早まったのかもな)
信徒はふけりながら、魔導書をめくり、呪文を唱える。
ゆっくり正確に紡ぐ。もう誰も覚えていないずっと昔の言葉を。
「──開門」
呪文を唱え終える。
門がひとりでに動き出した。
直後、開門した隙間から膨大な濃霧が溢れだしてきた。
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