指男チャンネルと正統派ヒロインレース
トリガーハッピーは憐れみの眼差しで指男を見つめる。
「さあ、シマエナガさん、今日はなにをするんだいっ!?」
「ちーちーちー!(訳:英雄、目を覚ますちー! どうしてそう変な方向にばかり覚悟がガン決マリしちゃうちー!)」
「この可哀想な死体をまずは樹の根からひっこぬきたいと思いますっ! やーっ! パワーッッ! わー! 綺麗にバラバラになっちゃいましたねー!」
「ぎぃ……(訳:ダンジョンチューバーというよりただの異常者では……)」
混沌の加速する暗き地の底で、指男の奇行はとまらない。
指男としては死体を蘇生することで、敵からこのダンジョンについての情報もといメタルモンスターの居場所を訊きだそうという算段であった。
誤算はデイリーミッションの鬼畜さを指男が忘れていたことだ。
元気にバラバラになった肉片を集める指男を見つめ、その狂気の中にトリガーハッピーは思う。
「指男……私が支えてあげないと」
「……ぎぃ?」
ハッピーは静かに決心した。
(指男。暗い秘密を抱え、超常的な能力を得るに至った探索者。その道程がどれほど過酷だったのかは私にはわからない。でも、きっと生半可な道ではなかった。そうに違いない。彼は力を手に入れた。尊敬すべき探索者だ。その反動だろうか、彼が心を壊し、こんなになるまで状態が悪化してしまったのは)
ごく冷静な頭でハッピーは憂う。
英雄の資格を持ち、強大な実力を備えていた。
顔は良い。雰囲気もクールだ。誠実な人柄も伝わってくる。
動物に好かれ、秘密を持ち、情けを捨てていない。
彼は人間として立派だ。
トリガーハッピーにはそう見えた。
そして、なによりも指男はハッピーの英雄だった。
であるならば、深刻な病気であることが、どうして命の恩人への尊敬を損なうことにつながると言うのだろうか。
むしろ、これは良い物を知れた。
(指男、あなたは完璧超人なわけじゃない。いまもこうして突然ダンジョンチューバーごっこを初めているのが動かぬ証拠。きっと誰も彼のことをわかってあげられなかったんだ。そうに違いない。私だけがわかってあげられる。だから、私が支えてあげないと)
なんだか危ない方向へ思考が傾いているが、本人はそのことに気づかない。
「さあ、シマエナガさん、この可哀想な人に『冒涜の明星』を使ってあげてくださいっ!」
「ちー……(訳:仕方ないちー……)」
「ぎぃ(訳:おそらくは100回くらいやればご主人もとまってくれるはずです)」
「ちー(訳:デイリーミッションの裁定もよくわからないちー……。このままじゃ英雄は本当にただの変態になってしまうちー)」
「ぎぃ(訳:大丈夫です、先輩)」
「ちー?(訳:後輩、まさかなにか考えがあるちー?)」
「ぎぃ(訳:ご主人は新しい扉を開くのが得意。つまり、きっと羞恥プレイを通して新しい自分を見つけてくれるはずです)」
「ちー……っ!(訳:なんの解決にもなってないちー!)」
厄災の禽獣は渋々といった具合で国際法ローマ条約違反級の神技『冒涜の明星』を使用した。バスケットボールサイズの白い大福ぼでぃの背後から黒い手が伸びてくると、それらは肉塊となった神秘の被害者へ無数の手のひらをつきつけた。
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『冒涜の明星 Lv2』
世界への叛逆。
暗い世界を荒らす導きの明星。
死亡状態を解決し、HPを3,000与える。
720時間に1度使用可能。ストック2
MP10,000でクールタイムを解決。
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スキルは正確に発動し、
決して許されない冒涜の奇跡はここに成った。
黒い稲妻が天より降り注ぐと、肉塊を焼き尽くし、黒い炎のなかから人間がむくりと起き上がる。銀色の鉤を得物にしていた白い肌の奇妙な男である。なお服は当然のごとく着ていない。武器もなく、裸一貫である。
「嘘でしょ……指男、あんた、まさか蘇生スキルを……!」
これにはトリガーハッピーも驚愕を隠せなかった。
想像を越えることばかりしてくる指男のことだ。
腕は再生させてしまうし、アルコンダンジョンの深き怪物を指を一度鳴らすだけで粉砕してしまうし、いきなりダンジョンチューバーごっこはじめるし……。
だが、流石に一度死んだ生命を蘇らせるのはやりすぎだ。
神だけに許された奇跡を「わー! 綺麗に生き返ったねゴロリ! じゃなくてシマエナガさん!」と行使してしまうのだから。
(というか、まだ指男チャンネルの方向性は本人の中で定まってないんだね……)
トリガーハッピーは指男の狂気に当てられ正気度を大きく削られていた。
これは現実なのか、夢なのか。夢だとしたら悪夢なのは間違いない。
「ぎぃ(訳:この人間、奇跡を前にして正気度を失いかけてますね)」
「ちー(訳:情けない人間ちー。でも、仕方ないちー。こんな暗くて、恐くて、変な奴が騒いでたら気も触れるものだちー。可哀想だから介抱してやるちー。本当に特別ちー)」
「ぎぃ……(訳:正気度を大きく削ったのは先輩のスキルのせいかと……)」
膝を降り、激しい頭痛を気を失いかけるトリガーハッピーのもとへ、厄災の禽獣はもふっと舞い降りると、身体を大きく膨らませ、その柔らかい大きな羽とぼでぃで包み込んであげた。
厄災の禽獣のふわふわ豆大福には正気度を回復させる機能があることが判明した瞬間であった。
「私が支えてあげないと……私だけがわかってあげられる……」
トリガーハッピーは薄れゆく意識のなかで、憑りつかれたように繰り返した。
「ちー(訳:急に彼女面しはじめたちー。でも、英雄のヒロイン枠はちーで決まってるちー。誰が見てもそうだちー。いまさらノコノコ出て来てこの激しいヒロインレースを勝ち抜けると思ったらおおきな間違いちーよ)」
所詮は人間。
厄災の禽獣は自分がヒロインだと信じて疑わない。
────
──ドクターの視点
「よし、これで完成じゃのう」
白衣をオイルと電熱による穴ぼこでボロボロにした老人は、薄く水の張られた神秘的な空間でまたひとつの作品をつくりあげていた。
その名も『大ムゲンハイール ver6.5』である。
コンテナ型の巨大規格の異常物質を進化させるために作られたプロトタイプは、魔女エナガ事件のせいで壊れたので、その改良版にあたるモデルだ。
「ああ、お疲れ様じゃ、おぬしら。いつも助かるぞ」
ドクターは経験値工場を運営管理するブレイクダンサーズへ礼をつげる。
彼らはドクターの開発を手厚くサポートする優秀な助手たちなのである。
「ふふ、これはまた偉大な発明をしてしまったのう。はやく指男に見せたいのう。帰ってこないかのう」
ドクターはルンルン気分で指男の帰りを待つ。
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