トリガーハッピー、確信する


 深き怪物という言葉がある。

 はじめは明確な定義を定めて使われだしたわけではない。

 探索者のだれかが言ったのだろう。


 深き怪物は字面のとおり迷宮の深いところにいる怪物、つまりダンジョンモンスターのことである。使う人間によって、意味合いは前後するが、現代ではおおよそ30階層よりも下のダンジョン深層領域のモンスターを示すことが多い。


 探索者たちにはそれぞれの実力に見合った役目が存在する。


 9階層までをなんとかするのがCランク探索者。

 稀少資源クリスタル・異常物質アノマリーはダンジョン中に散らばっている。

 ダンジョン攻略ではこの資源を回収することも大きな目標だ。

 ゆえにEランク、Dランクともども、この帯の探索者たちには”満遍なく資源を回収する”という使命が存在する。


 20階層までをなんとかするのがBランク探索者。

 上位2%に満たないエリートの中のエリートである彼らには稀少資源の回収と、異常物質の回収、そしてダンジョン攻略という重大な使命が科せられる。ダンジョンの攻略はいつだって急務である。ダンジョンに関して人類が知ることは少なく、いつモンスターが溢れて来るかわかったものではない。

 探索者よ、早急にダンジョンを殺すのだ。


 30階層までをなんとかするのはAランク探索者。

 深き迷宮へ、制限なく足を踏み入れることを許された彼らは、いわば宇宙飛行士にも似た存在かもしれない。

 迷宮の奥でなにに出会おうとも彼らは克服しなくてはならない。

 帰ってきて語らなければならない。何がいたのかを。

 たとえ深き怪物に見えようとも、敗北などあってはならない。


 

 ────


 

 ──赤木英雄の視点



 メタルキット。かえして。

 どれだけ願おうとも帰って来ません。

 ウマ娘2期最後、キタサトが急成長してしまった時と同じ喪失感。もどして。


「やっぱ、幼女だよなぁ……」

「……指男?」

 

 訝しむ銀髪美少女。なんだか温度の低い視線を向けられているのは気のせいかしら。気のせいだね。

 

「げっふるぼっふる」

「……(咳払いのつもりかな)」

「メタルキットも回収しましたし、先を急ぎましょう」

「……そうね。先がどこなのか知らないけど」


 とりあえず現状の目標はこんな感じです。


 ①メタル殲滅

 ②メタル破壊

 ③メタル絶滅


「ちー……(訳:やれやれちー。本当にどうしようもないちーね)」


 てめえにだけは言われたくねえ。

 肩をすくめて呆れるシマエナガさん、ちょうどバスケットボールサイズだったので一回モフってから、鷲掴みして、あっちへイグナイトパス。なおパス相手はいません。


 しかして、困ったものです。

 いま結構目立つ攻撃をしたつもりだったのだけど、意外と経験値……もといメタルモンスターくんたちが寄ってきてくれません。わざと派手に炎柱あげたんですけどね。


 ハッピーさんが同行してくれると言ってくれた手前、リーダーシップを見せたい。

 知っているかい。異性とのデートではリードする姿勢が大事なんだぜ(年齢=)


 というわけで、 ①メタル殲滅②メタル破壊③メタル絶滅、を踏まえたうえで今なにすればいいかハッピーさんに聞いてみましょう。


「このダンジョンでなにが起こっているのか調べる。普通に考えればほかの探索者と合流するべきでしょ?」


 とのこと。

 でも、あの、その、それはだめよ……。

 だってそんなことしたら経験値がね。ほら。ね。


「それはダメです」

「……どうして、指男」

「……。ふっ、どうしてって……ハッピーさんなら、わかりますよね」

「っ……(試されている? 生意気な後輩……でも、思考能力でもついてこられないだなんて侮られるわけにはいかない)」


 ダメだ。ごまかしきれない。

 俺の浅ましすぎる考えが筒抜けだ。

 ハッピーさんに幻滅されちゃうよ……っ!


「なるほど。そういうこと(知ったか)」


 え? 納得してくれました?


「いいよ。私は先輩だからね。うん。さっき手伝ってあげるって言っちゃったしね」


 よくわからんけど、納得してくれたようでヨシ。


 とりあえず、現状の目標にこのダンジョンの秘密の解明をいれておきますか。


 ①メタル殲滅

 ②メタル破壊

 ③メタル絶滅

 ④銀色ダンジョンの調査


 これでよしっと。

 

「さて、ぎぃさん。そろそろ索敵の黒沼の怪物が帰って来る頃なんじゃないですか。次の獲物の位置を教えてください」

「ぎぃ(訳:すみません、我が主。このダンジョンの怪物たちが私の眷属を上回ってまして、ほとんど帰って来てません)」


 あれぇ……ぎぃさんの黒沼の怪物くんたちって結構強くなかったっけ?

 んーでも、あそこで現代アートみたいになってる人に生首にされてたっけ。


「ぎぃ(訳:黒沼の怪物は私が操作を奪っている個体は強くなります)」


 ぎぃさんってエースパイロットだったのね。ぎぃ専用ザクは最強っと。まる。


「でも、困りましたね、そうなると索敵班だすだけ命が失われていくことに……」


 索敵と言っても結局は黒沼の怪物たちが足をつかって黒い霧のなか歩いてもらってるだけだもんね。あんまり効果は高くなさそうなので、無駄死にされる前に帰還してもらいましょう。殺されるのはかわいそうだし。


 でも、そうなると、千葉ダンジョン、じゃなかった、銀色ダンジョンってめっちゃ広そうな気がしますなぁ。

 おじいちゃん家のメタルダンジョンの時みたいにメタル柴犬が向こうから寄って来てくれればいいのにな。


「ん、そういえば……」

 

 俺の視線の先に死因:現代アートが飛び込んできました。

 赤木英雄、閃きました。

 あれで行きましょう。


「指男……? なにしてるの?」


 まあ、見ててくださいよ。


(デイリーミッションが更新されました)


 え? このタイミングで?

 内容だけ確認しておきましょう。

 お願いだからあんまり変なのはよしてほしい。

 無難でいいんだからね。無難で。


「すぅ……やー……はぁ……デイリーミッション! やー!」


 さあ、来い! 普通のやつ!!


 ─────────────────

  ★デイリーミッション★

 毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『鋼のメンタル 指男チャンネル』


 指男チャンネルをはじめる 0/100


 継続日数:109日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

 ──────────────────


 はい。変なの。死にました。


 

 ────


 

 ──トリガーハッピーの視点


 

 指男はキリっとした顔でハッピーを導く。

 彼は熱せられたクレーターからすこし離れて、さきほど冒涜的な死を遂げた亡骸のもとへとやってきた。身体を内側から根に裂かれ死した亡骸だ。


「よいしょっと」


 おもむろに亡骸を掴んで、グイグイっとひっぱる指男。

 ハッピーは我が目を疑った。この男、なにを始めようと言うのか。


「指男……?」

「あれれ? 取れないなぁ……引っかかっちゃってるのかな?」


 指男の奇行は止まらない。

 しかし、これには何か意味があるはず。

 ハッピーは黙したまま見守る。


「っ」


 いきなり動きを止める指男。


「デイリーミッションが更新……ぇ? 鋼のメンタル……指男チャンネル……」


 死体を動かそうとする手を止める指男。

 様子がおかしい。「嘘だ……やめてくれ……無理だって……俺を殺せ……これは無理だろ……」などと訳のわからない言葉を繰り返している。


 トリガーハッピーはいよいよ懐疑的な眼差しをせざるを得なくなってきた。


 この男、もしかして病気なのでは……?


 ふと、指男がふりかえり、覚悟の決まった顔をハッピーへと向けて来た。


「はい、どうも皆さん、おはこんばんにちは、指男ですっ! 今日はこちらの遺体を生き返らせてみようと思いますっ!」


 

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