銀の盾もらいました



 指男はごく淡白な声音でつぶやいた。


「エクスカリバー」


 ──パチン


 指男は彼だけがたどり着いた神宿る指先『フィンガースナップ Lv6』を起動し、己の命を削り、神域の力を呼び出す。HP10,000:ATK30,000,000(3,000万)の極光だ。すべてを焼き払う必滅の炎。大爆発が起こり、巨大な火柱があがる。

 それは黒い霧を吹っ飛ばし、指男自身の肌をジリジリと焼いた。もちろん、トリガーハッピーの白肌もちょっと焼いた。ちょっとで済んだのは、指男にスキルコントロールをする腕前があるおかげだ。もし制御できてなかったら、上手に焼けてるところだろう。


 トリガーハッピーは痛みをともなう光に目を細めた。滅びを予感した。その破壊のなかでは何者も等しく無力だ。ひとりの人間が引き起こした事実に唖然とした。戦慄すらした。これは天災の類である。人のなせる業ではない。そう思った。


「指男、これがあんたの能力……エクスカリバー(スキル名からすでに凄味が伝わってくる……)」


 指男はなにも答えない。

 サングラスに隠された眼差しで光と熱に蹂躙された暗黒を見つめるだけだ。

 

「経験値が……」


 指男はぼそりとつぶやいた。

 いったいどういう意味なのか、トリガーハッピーには計れない。


(経験値が……ケイケンチガ……。っ、もしかして、経験値が──Kill can't gone"狩りに終わりはない”)


 血の繋がりは争えない。

 トリガーハッピーは姉譲りの卓越した推理力により、指男が強力な怪物との戦いに飢えた狼のような人格を持っていることを確信した。


 戦慄の沈黙。

 時間はゆっくりと流れゆく。


 炎の柱が霧散し、ほぐれるようにして消えていく。

 その様は地上から宇宙へと還っていく流星のようだった。

 光の糸と熱の尾。溶解した大地。赤く火照ったクレーターだけが残って、時間が経てばいましがた見た光景は過去になってしまうのだろう。

 

 だけど、トリガーハッピーの眼球の裏には焼け跡のように光と熱の光景がこびりついたままだ。きっと忘れることはないだろう。奇跡の炎熱を。英雄のフィンガースナップを。


 熱の終わり、しばらくの後、トリガーハッピーは言葉を発することができなかった。空気を読んでいるのか鳥も蟲も顔を見合わせるばかりで声を発しない。

 沈黙を破ったのは指男のほうからだった。


「ハッピーさん、はやめに探索者たちに合流したほうがいいです。この火柱はちょっと目立ちすぎたと思います」

「……あんたは、どうするの」

「言ったでしょう。俺にはやることがあります」


 指男にはわかっていた。

 自分がどうやらこのトリガーハッピーという少女を守る立場にあるのだと。そして、彼女にとってこのダンジョンはかなり過酷らしいと。


「やること……それって一体」

「そんなの経験値を独り占めするた……いえ、このダンジョンの謎を解明し、陰謀を打ち砕く、とか……いや、やっぱなんでもないです。もう話は終わりです」


 指男はサングラスの腹を中指で軽く押しあげる。訳のわからない返答は、本音が漏れかけるも、なんとか軌道修正し、カッコいい感じに喋ってみたが、脳の処理速度が追いつかずすべてを白紙に戻した結果である。

 「ぎぃ……」とあきれた風に蟲が鳴いた気がするのはきっと気のせいだろう。


(指男、秘密主義な男だとは聞いていた。案の定って感じかな。やっぱり簡単にはその正体に迫る情報を教えてくれない、ということだね)


 トリガーハッピーは探りを入れようとし、ふと自身の姉のことを思い出した。トリガーハッピーの姉は完璧超人とも言うべき人間だった。あらゆる才能を持っていた。だけど秘密主義な者で、多くは語らない。

 姉は遥か天上に登りつめ、自分はいつまで経っても追いつけない。己と姉の間に感じた途方もない距離感。それを指男にも感じたのだ。


 格の違う人間は往々にして推し量れないものなのだ。そのことをトリガーハッピーは知っていた。だから──


「ふふ、あっははは」


 だから、トリガーハッピーはいきなり笑い出した。

 何が彼女にハマったのかわからなかったが、指男としては険しい表情ばかりしていた彼女が笑顔になってくれて何気に嬉しかった。


「あほらし。やーめた。こんな奴がいたなんて、本当に嫌になっちゃうよ。指男、あんたに全部任せることにした」


 トリガーハッピーはそう言って「あっちに行けばみんながいるんだよね?」と先程とは打って変わってフランクな口調でたずねる。


「はい、ぎぃさんが保証してくれているので間違いないです」


 指男は自慢げに厄災の軟体生物をもちあげる。表面がすべすべしていて触り心地が良い。


「ふふ、そう。ありがとうね、ぎぃさん」

「ぎぃ」

「でも、私はいかない。あんたを手伝ってあげるよ」


 銀色の根に貫かれ息絶えた男の死体を見やる。


「アルコンダンジョンには探索者の介入は許されていないし、普通は介入しようとも思わないけど……指男、あんたに目的があるのならそれを止めようとは思わないよ」

「ありがとうございます」


(指男……知るほどに邪悪な人間とも思ったけど、きっと違う。こいつは良い奴だ。私を二度も助けてくれた。それに強さに驕らない。だけどきっと秘密を抱えている。誰にも言えない深淵を)


 トリガーハッピーは謎多き都市伝説の張本人にこれ以上の詮索をしないことにした。

 秘密の全てを暴きたい。噂の真偽を確かめたい。もちろんそういう衝動はあった。だけど、それらすべてを抑え込んででも、この男を信じたいと、そう思ったのだ。


「これからどうするの。本来なら早々に脱出するために動くべきだけど……」


 トリガーハッピーはどこかワクワクした様子でたずねる。それは理由のいらない高揚感だ。久しく忘れていた無邪気な期待だ。目の前の超人は、自身を経験したことない冒険へ連れ出してくれるような気がしていたのだ。


「とりあえずは回収ですかね」

「回収?」


 指男は懐からライターを取り出し、チャキンっと蓋を開くと澄ました表情でそれを掲げた。赤熱のクレーターから光の粒子が集まってくると、ライターの中へ収束していく。やたら鳥が「ちーちーちー!」と興奮しているのはきっと気のせいじゃない。


 指男は光の粒子を回収すると、クレーターのなかに降りていく。その中心でほ見るも無惨に尸を晒す銀色の怪物がいる。当然のように息はなく、ピクリとも動かない。

 トリガーハッピーは息を呑む。


(噂通りじゃん。本当に指を一回鳴らすだけで敵を屠ったんだ……とんでもない威力だ)


「あった。やっぱり、みんな持ってるんですね」

「ぎぃ(訳:そのようです、我が主)」


 指男はひとり言をいいながら何かを拾うと、クレーターの淵まで戻ってきた。そして、流れるようにそれを腕につけた。腕輪型の異常物質アノマリーのようで、トリガーハッピーはそれを見たことはなかった。


「そんなもの付けて平気なの?」

「最初は少し抵抗はありましたよ。でも、慣れればなかなかどうして……ヴっ!」


 腕輪型の展開し、鋭い触手になると手首にブッ刺さってそのまま指男の体内へ侵入していく。

 トリガーハッピーは「やっぱり危険なんじゃ!」と指男の腕を掴んで引き剥がそうとする。


「何するんですか、ハッピーさん!」

「こっちのセリフだって、何してんの指男!」

「やめてください、ここからが気持ちいいところなんですから!」


「ぎぃ……(訳:わざわざ配慮していたのにこれでは変態認定まっしぐらです、我が主)」


 結局、指男の体内へ異常物質は入り込んでしまい、彼はまた人間をやめた。


「指男……あんた……」


 トリガーハッピーは言葉を失っていた。

 壮絶な性癖に恐怖しているのか。

 とんでもない変態だと気がついてしまったのか。

 厄災の軟体生物はがっくしとする。

 

「……カッコいい」

「ぎぃ……?」

「ダンジョンに挑むために恐れなく力を取り込む姿勢……そっか、私に足りないのはそのハングリー精神だったんだ……」

「……ぎぃ?」


 トリガーハッピーはビクンビクン痙攣して気持ちよくなってる指男の隣で、尊敬の眼差しでもって彼を見ていた。熱い眼差しは理想の師を見つけた者のそれである。



  

 ────




 ──赤木英雄の視点


(新しいスキルが解放されました)


 おやおや。

 新感覚心臓触手プレイに興じていたらなにやら新しいスキルが増えてしまいましたね。これが新しい扉を開くということかな。うんたぶん違うね。


 ────────────────────

 赤木英雄

 レベル201

 HP 74,236/101,741

 MP 19,120/21,123


 スキル

 『フィンガースナップ Lv6』

 『恐怖症候群 Lv8』

 『一撃 Lv6』

 『鋼の精神』

 『確率の時間 コイン Lv2』

 『スーパーメタル特攻 Lv8』

 『蒼い胎動 Lv3』

 『黒沼の断絶者』

 『超捕獲家 Lv4』

 『最後まで共に』

 『銀の盾』


 装備品

 『蒼い血 Lv5』G4

 『選ばれし者の証 Lv4』G4

 『迷宮の攻略家』G4

 『アドルフェンの聖骸布 Lv4』G4

 『血塗れの同志』G4

 『メタルトラップルーム Lv3』G4

 『貯蓄ライター Lv3』G4

 『夢の跡』G4


────────────────────


 あれれーおかしいぞー。

 俺ちゃんの『千式メタルキット』がなくなっちゃったよー。

 いや、まじで。ふざけてる場合じゃないって。


「嘘だろ、ちゃんと心臓にくっついてるはずなのに……!」

「それ心臓まで侵入させてたのね」

「ちーちーちー(訳:わけのわからない物を使うからちー。自業自得ちー。でも安心するちー。英雄が死んでも、ちーが何度でも蘇生してやるちー)」


 シマエナガさんは実に尊大に胸を張っております。ふっくらしやがって。こんなものはいけません。素直にモフモフです。もふもふ。

 

 ところで、スキルが増えておりますね。

 なになに『銀の盾』? ダンジョンチューブ10万人記念かな?


 ───────────────────

 『銀の盾』

 銀色の恩寵の最たる特性

 人と融合し開闢を見る

 衝撃から身を守る銀の盾

 転換レート DEF10 : HP1

 解放条件 銀色の恩寵と融合する

 ───────────────────


 ほうほう。これは俗に言う防御系スキルですね。

 わかりますよ。ええ、だって勉強しましたもん。伊達にダンジョン関連の動画サーフィンしてるわけじゃないのです。


 解放条件が銀色の恩寵と融合するってなっていますね。

 心臓に入れた千式メタルキットがスキルに昇華したってことかな?

 時間経過で適合した……? あるいは3つも入れたせいかな……詰め込み過ぎた? ちょっとわかりません。売ればお金になったかもしれないと思うとちょっともったいなかったかな? 100億円貯めないといけないのになぁ。


「ぎぃ……(訳:やはり、我が主は旧世界の統治者の力を取り込むことができるらしい、と……)」

「ちー!(訳:大変ちー! 防御系スキルなんて手に入れたらちーのヒーラーとしての出番がなくなるかもしれないちー!!)」

「ぎぃ(訳:安心してください。たぶんもうなくなってます、先輩)」

「ちー……っ?!」


「指男……」

「はい? なんですかハッピーさん」

「……気づいてないの?」


 え? また俺なんかやっちゃいました?(定型文)

 ていうか、ハッピーさんにちょっと引かれてる気がする。


「すごく言いづらいんだけど……メタルになってるよ」


 そりゃ引くわ。

 うわ、本当だ。

 腕がメタルになってるって。やばいって。なんか硬えし。

 誰が予想できるんじゃい。

 ここでメタルおじいちゃんルートに行くなんて回避できねえだろ。


 おじいちゃんの言葉を思い出して、ルート回避を試します。

 確か念じたらもとに戻ったとかなんとか。


 メタルは嫌だ、メタルは嫌だ。

 

「あ、肌の質感、戻ってきたかな……?」

「ぎぃ(訳:勝手に使用されてしまったゆえの反応だったようです。いまちょうど順応しきったのです)」


 とのこと。

 

 やれやれ、『銀の盾』なかなか焦らせてくれるわい。

 しかし、このスキル……。


 HP1を消費してDEFを10上昇させるのか。

 それもわずかな時間だけ。

 千式メタルキットは道中のモンスターで試した感じ全ダメージを防いでくれてたんだよなぁ……。


 あの……『銀の盾』さん?

 ちょっとだけメタルキット返してもらうこととかできませんかね?

 

 

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