恐怖に立ち向かう者を英雄と呼ぶ


 どうも。

 プラチナ会員にして、総資産10億を超えのブルジョワにして、Aランク探索者にして、経験値工場の工場長をしております赤木英雄です。ええ、その英雄です。


 ただいま、目の前で人が炸裂しました。汚ねえ花火だ。


「ちーちーちー」

「ぎぃ」


「いったい何が起こっているの……」


 ハッピーさんは眉根を潜めて険しい顔します。

 視線をたどれば、その先で天へと成長する樹の根があります。

 根は男の身体の内側から生えていますね。うーん、胸部から下あごに駆けて天上を目指して伸びる根と、肩甲骨の下部から地面へと突きだしたとげとげした根にわかれてるのかな。俺の医学的知見から言わせてもらうなら、これは死んでます。間違いなく即死です。


「あ、ゥ……ぁウ……」


 ちょっと訂正。

 まだ息がありますね。

 

 ──ズドンッッ!


 ハッピーさん、射撃。男を脳漿炸裂ボーイに変えました。南無。

 

「胸糞の悪い」


 胸糞だったみたいです。

 

「ハッピーさん、優しいんですね」

「そういうんじゃないよ」

「ちーちーちー(訳:知ってるチー、ツンデレって言うんだちー。自分を襲って来た悪党を介錯するなんてなかなかにいい奴ちー。見直したちー)」


 シマエナガさん、どうやらハッピーさんのことが気に入ったらしいです。

 流石は経験値以外のことになると人格者になるシマエナガさん。ん? 違ったかな。経験値のことになるとクズになる? まあ、マイナスをプラスで打ち消せてないので総評は”経験値クズ”のままですが。

バスケットボールくらいのサイズになったシマエナガさん、ハッピーさんの頭のうえに止まって親しげに羽をはばたいて、彼女の髪の毛に匂いをつけてます。マーキングかな。


「指男、あんたの鳥邪魔なんだけど」


 ハッピーさん、ガシッと鷲掴み。

 雑に放り投げました。

 やめて、もっと大切にしてあげて。豆大福なのよ。


「おぞましい死に様だった」


 ハッピーさんが男に近づいて、銀色の根を指さします。


「銀色のダンジョンってこの男は言ってた」


 む、言われてみれば、根っこも銀色ですね。

 すごい。まさかあの少ない情報から何かを推理しようとしている?

 流石はハッピーさん。Aランク第8位をあずかる人間は頭脳も明晰というわけですね。


 俺なんてもうほとんど鉤爪男の言ってたこと覚えてないって言うのに。


 ところでこの根っこ、銀色だからメタルなんでしょうか。

 食べたら経験値になったりしますか。


「ぎぃ」


 ぎぃさんにそっと止められました。残念。


「このダンジョンでいったい何が起きているのか、私にはわからないけど、でも、なにかよくない企みが行われている気がする」


 そうね。うん、それは同意です、ハッピーさん。


「どうにも、ここは私たちが攻略していた救世ダンジョンとは違うらしい。いつのまにか銀色ダンジョンとかいうところに迷い込んでた。これで認識はあってる?(指男の頭脳に追いつくために、さりげなく認識を擦り合わせないと……)」

「……俺もそう思ってたところです」


 なるほど。流石はハッピーさん。そこまで掴んでいたなんて。天才だ。


「そうなると、これはダンジョン in ダンジョン案件」


 ジョンソン・エンド・ジョンソンととても響きが似てます。


「つまり、ダブルダンジョンって言うこと」

「ダブルダンジョン……すみません、俺ダブルダンジョンなんて初めてなんですけど」

「私もだから(さしもの指男もダブルダンジョンの経験はないか)」


 ハッピーさん、暗い表情になってます。


「ダブルダンジョンって言う事は、このダンジョンを攻略する義理はないってこと。財団の調査もされてないダンジョン……そして、普通のダンジョンとは明らかに違う非迷宮型、これは本来、封印指定のアルコンダンジョンに見られる特徴」


 ダブル……アルコン……?

 ダブルアルコンダンジョンってことか(違う)


「指男、私はこんなところで死にたくない。あなたもこんなところで死ぬべき人間じゃない。早々に脱出するよ。銀色ダンジョンは攻略不可能なアルコンダンジョン、付き合うだけ人類規模の災いを外へ解き放つ危険性が高まる」

 

 ふむ。とりあえず、この銀色ダンジョンがとてつもなく危険なことはわかった。 

 でもね、俺は……俺はここから逃げるわけにはいかないんですよ。


「ぎぃ」

 

 ぎぃさんが触角をにょきにょき動かしてます。

 どうやら索敵に放っていた黒沼の怪物で探索者たちの一団を見つけたらしいです。


 俺は「ハッピーさん」と呼びかけながら、ぎぃさんの示した方角を指さします。


「ここをまっすぐ行くと探索者たちのキャンプがあります」

「……っ、(どうしてそんなことがわかるの? 一体どれだけの超スキルを……)」

「道のりも今は比較的安全ですよ。どうぞ合流してください」


 俺はそっと立ちあがります。

 

「あなたは来ないの?」

「僕にはやるべきことがあります」

「(まさか、指男……この銀色ダンジョンを攻略しようとしているんじゃ……)」


 おや、ハッピーさんが俺の手を掴んで来ました。手のひらめっちゃ硬いです。でも銀髪美少女の御手なので大変に満足です。ずっと握ってて欲しい。


「あなたは今、己惚れているよ。私にはわかる。あんたは強いんだろうね。優れた能力者なんだろうね。でもね、わかってないよ」

「ハッピーさん……」

「このダンジョンはあなたが想像している1,000倍はヤバい。どんな人間だろうと、アレを相手にできるとは思えない(銀色の怪物に、暗色の怪物……ここは人間の踏みこんでいい領域じゃない。アルコンダンジョンだったのならば、納得がいく)」


 ハッピーさんの握るチカラが強くなっていきます。

 

 む、なにか来る?


「ハッピーさん、伏せて」

「え?」


 ハッピーさんのちいさな頭を抱え込みんで、数歩さがります。

 すぐのち、さっきまでハッピーさんと俺がいた場所に、銀色の槍ぶっ刺さりました。とてつもない衝撃波が巻き起こります。ハッピーさんに怪我がないようにしないと。


 すべてが収まって頃、ハッピーさんが顔をあげました。

 呆けてますが、地面に刺さってクレーターを作っている槍をひと目見るとすべてを察したようです。うん大正解です、俺たち今殺されかけてますよ。


「っ……(指男、攻撃を事前に察知していた? どんな知覚能力?)」

「カチカチ」


 この顎を鳴らす音は……。


 ハッピーさんと俺はまじかで1秒ほど目線を交差させて、スッと槍が飛んできたほうへ一緒に視線をスライドさせました。


 来ました、経験値です。間違えました、メタルです。


「カチカチ(訳:この戦槍のジュべーリの”覇王滅却”を避けるとは。なかなかやる)」


 黒い霧の向こうからメタルがスタスタと歩いてきます。

 鎧武者のように全身を覆った人型が、身の丈ほどもある槍を握りしめてます。顔は相変わらず昆虫っぽいです。おや、地面にクレーターを作っていた槍が、ふわっと持ち主のもとへ飛んでいきます。なにその凄い機能。うちの豆大福にも搭載したいです。ほら、経験値を横領しようとしているところを素早く捕獲するために。


「指男、逃げて……」

「ハッピーさん?」


 震えた声で言ってきます。


「どちらかが死ぬのだとしたら、私が死ぬ。ここで何秒か稼いで見せる」

「……」

「悔しいけど、指男、あなたのほうが私よりずっとずっと……多くのことを為せる人間だよ。だからさ、生きてくれない?」


 ハッピーさん……そっか。

 ハッピーさんはアレのことが恐かったんですね。

 アレに腕を奪われて、ボロボロにされて、命からがら逃げのびて……なのに、後輩である俺を逃がすためにまた立ち向かおうと言うんですね。


 ありがとうございます。

 

「カチカチ」


 空気を切り裂く線状の脅威。

 俺はそれをとっさに受け止める。

 20mの先から投擲された神速の槍は、豪風を纏っていて、受け止めた瞬間にそれが爆発した。ハッピーさんが飛ばされないようにしっかりと抱きとめておきます。役得。槍はひんやりと冷たく、この世の物質ではないような気がしました。間違いなくメタル。


「ハッピーさんはやはり、俺にはやるべきことがあります」


 槍を放り捨て、スッと右腕を持ち上げ、動揺しているメタルへ狙いをつける。

 もうハッピーさんが恐がらなくて済むようにしてあげよう。


 

 ────


 

 ──トリガーハッピーの視点



(絶対に勝てない戦いだって言ってるのに……どうして……)


 トリガーハッピーにはわからなかった。

 絶望を前に抗う目の前の青年の気持ちが。

 サングラスの隙間に見える正面をしかと見据える眼差しが、いったいどんな覚悟と意思からなるものなのか、想像することができなかった。


 崇高な理念が、彼の中に宿っているのか。

 貫くべき信念が決して逃げ出すまいと彼の足を引かせないのか。


「ハッピーさん、逃げてください。あれは片付けておきます」


 腕を失い、満身創痍にされた第8位の姿を覚えているはずなのに、この最下位の男は決して揺るがない。


 トリガーハッピーは、彼の魂の気高さに震えた。

 優しい言葉の節々に、彼と言う人間の、その片鱗を理解したからだ。


(そうか……これが……真なる恐怖を前に、それを理解してなお、立ち向かう──これが、これが英雄というやつなのかな……)


 トリガーハッピーは指男にスッと身を寄せた。


「ハッピーさん、逃げないんですか」

「……逃げたくない」

「……。そうですか。それじゃあ、しっかり捕まっててください──エクスカリバー」


 指男はごく淡白につぶやくと、軽やかな指パッチンを響かせた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る