大崩落


 千葉クラス4ダンジョン15階層、補給拠点でその大変な災害は検知されていた。

 補給拠点でついさっきまでゆっくりとビリヤードに興じていた探索者たちはいまや焦燥感を宿して慌ただしい。


 地上から送られたコンテナがそのまま積まれている現場感あふれる拠点の奥まった場所で、艶やかな黒髪にちょこんと帽子を乗せた女性が黒電話に耳をあずけて神妙な面持ちをしている。時代錯誤も甚だしい通信機器だが、異常物質アノマリーとは見た目で判断できる代物ではない。

 『暗黒通信師』。それは見た目は黒電話の異常物資。電波をかえさず、未知の暗号を未元空間に送り双方向受信することで通話を可能にしている。どこの会社が製造したかは不明。同型の製品18点とだけ通信が可能。なお普通の電話で暗黒通信師の番号にダイヤルすると電話の持ち主は48時間以内になんらかの方法で殺害される。

 使い方を間違えれば人類の想像できない呪いが作用する道具であるが、これだけが”隔絶された現状”における補給拠点とダンジョン外との連絡手段なのである。


「……。ジウです、ダンジョン補給拠点より、15階層の拠点の崩落を報告します。1番から25番の通路が瓦礫によって使用不可になりました」


 補給拠点の管理者イ・ジウは、マニュアルを片手にめくりながら地上へ報告する。


「了解しました。では、26番はまだ開けていると言う意味ですか?」

「……。はい」

「不幸中の幸いというやつですね。閉鎖環境から物資を移して新しい拠点を設営してください」


 電話の向こうの人物はいつもと変わらない明るい声調でそう言った。緊急事態でも動じないその姿勢は場慣れしている感じにジウの耳には聞こえた。実に心強いことだ。ただ、あちらはこちらの大惨事っぷりをまだ理解していないらしい。


「物資の備蓄に影響はでていませんか?」


 ジウは潰れたコンテナ群をチラッと見る。


「……。問題はありまくりです」

「……あはは、ですよね。転移装置はどうでしょうか?」


 今度は巨大な爪痕で裂かれた二点間転移装置をチラッと見る。

 ショートを起こして火花を散らしており、内部の複雑な機構な丸見えだ。

 

「……。めちゃくちゃです」

「……そう、ですか。だとしたら困りましたね」


 流石に電話の相手も声を濁らせた。

 ジウは静かに瞳を閉じ、沈思黙考、飴ちゃんをひとつ取り出すとパクっと口に放り込み「……。これは孤立というやつですよ、修羅道さん」と自明の現実を口にした。


 ジウはあらかじめ確認されていた失われた物資と人命を報告し、そして、地上からの支援が現状では見込めないことを確認して黒電話をそっと台座にもどした。


 すべては大きな地震のせいだ。

 突如として15階層に設置されていた補給拠点は壊滅した。

 

「……。いったい何が起こっているのでしょうか」


 ジウは通路のまんなかで銀色の液体を流して横たわる生物を見下ろす。

 上半身に薄い布を纏った僧のような印象を受ける服装の成人男性だ。体格はソフトマッチョで白い肌をしており、手にはかぎづめのような武器を装備している。瞳孔を見開いて、口を空虚に開け、生きている感じはない。


「ジウさん」


 声に振り返ると、大柄な男が立っていた。

 大柄で恰幅がよく、髭をたずさえている。

 手にはホームセンターで買った手斧を持っているが、その刃はいまは銀色の液体で濡れている。


「……。『花粉ファイター』さん、上の階層への道はありましたか」


 『花粉ファイター』。Aランク第7位。日本のすべての杉の木を切り倒すことをライフワークにした結果、対花粉最終兵器として覚醒したという謎多き探索者である。


 『花粉ファイター』はチカラなく首を横に振った。


「残念だが、すべての階段が使えそうにない。続く道は下へだけなのだよ。まるで杉に追い詰められたような状況だね」

「……。そうですか。では、我々は本当に孤立してしまったということになりました。地上からの救援は望めません」

「まあ、最悪、ここには物資が残っているからいいとして……本当に危機的な状況にあるのは下の階層にいる者たちなのではないかね。アレジヲンを飲み忘れて出勤してしまった午前9時のように絶望的な状況だ」

「……。ですが、行くしかないでしょう。そこに道が繋がっているのです。歩くファミリーレストランの方々はどちらに?」

「残念だが今朝、一時完全帰還したばかりなのだよ。卒業式、名前を呼ばれた瞬間にくしゃみをしてしまうくらい間の悪いことだ」

「……。彼らがいれば心強かったのですが、いないのであれば仕方ありません。幸い、『トリガーハッピー』『ブラッドリー』は階下にいることが確定しています。おそらくSランクの探索者もいらっしゃるはずです」


 ジウはタブレットを片手にタッチペンですいーすいーっと画面をスライドさせ、情報を確認する。


「……。とにかく階下へ降りて見ましょう。何が起きているのか把握しなければいけません。残っている探索者の方々を集めてください。緊急事態によりダンジョン財団がこれより現場指揮を取らせていただきますので」


 ジウは淡々とそう言って、銀色の血を流す屍をまたいだ。

  

 

 ────



 ──赤木英雄の視点


 

 シマエナガさん、見事に邪悪な施術を終えてハッピーさんを欠損系美少女から五体満足系美少女へ治してくれました。


「ぎぃ」

「おや、ぎぃさん。これは?」


 ハッピーさんが寝込んでからすこしして、シマエナガさんも便乗して寝始めたころ、ぎぃさんがなにをスッと差し出してきましたね。


「ぎぃ(訳:さっきメタルを爆殺した時にドロップしていました、我が主)」


 ────────────────────

 『千式メタルキット』

 メタルの機兵に搭載されている異次元機械

 使用者の防御力を飛躍的に向上させる

 ────────────────────


 おや、これはどこかで見たような。

 って、俺の心臓に入って来たやつやないかーい。


「なるほど、あやつもドロップしてたんですね」

「ぎぃ(訳:おそらくメタルの機兵の標準装備かと)」

「なるほど。どころでどうして今渡して来たんです?」

「ぎぃ(訳:余人にはあまり見られないほうがいいでしょうから)」


 そう言って、腕輪型の異常物質を俺の手首にがしゃりとはめました。

 おお、いつもどおり腕輪から触手が伸びて、俺の皮膚にぶっ刺さってそのまま体内に腕輪が侵入して来ましたね。皮膚の下を蠢いて心臓まで来ましたけど、まあ、いつものことと考えれば慌てる必要もないです。むしろドクターフィッシュについばまれてるみたいでこれもまた気持ちいいですね(※指男は特別な訓練を受けてます)


「ぎぃ」

「ありがとうございました、ぎぃさん」

「ぎぃ」

「あ、ぎぃさんが勝手に……」


 黒沼の怪物を召喚して黒い霧の向こうへと放っていきますねぇ。

 何してるかわからないけど、俺より考えあっての行動だと思うので任せます。

 チーム指男はメンバーの自主性を重んじます。ただし豆大福、てめえはだめだ。

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