JPN Aランク第8位『トリガーハッピー』



 ダンジョン攻略において大切なのは勢いである。

 Aランク第8位『トリガーハッピー』はそう思う。


 この少女の経歴には謎が多い。

 わかっているのはRUSダンジョン財団を古巣に活動していた事くらい。

 なんで日本に来たのか誰も知らない。

 本名すら誰も知らないものだから、皆、彼女のことをハッピーと呼ぶ。


 ハッピーは雪のように白い肌と、銀色の髪、翡翠色の眼差しをしていて、大変にべっぴんさんであるが、彼女に近寄る男はいない。


「やあ、君、ハッピーって言うんだって? 可愛い名前だよね」


 ダンジョンから帰って来てビアガーデンで食事をする彼女のもとへ、やたらイケメンな若者が近づいていく。彼の背後には制服姿の男子高校生たちがいる。どうやら学校帰りに可愛い女の子の噂を訊きつけてわざわざキャンプの外郭に足を運んだらしい。


 30代40代の探索者が客層の9割を占めるビアガーデンで、年季の入った男たちがハッピーと男子高校生たちを遠めにちら見しては「ああ、犠牲者がまた増える」と、憐れみを込めた眼差しを若者たちへ送った。


 イヤホンしながらスマホをいじるハッピー。男子たちに気が付いていないようだ。


「ねえ、聞いてるの? ハッピーちゃん」

 

 男子は学校ではカーストトップに位置する男だった。

 サッカー部のエースで、成績は学年トップ。

 絵に描いたような完璧な男である。

 

 でも、ハッピーの目線は依然としてスマホのちいさな画面に向けられている。

 男子は自分がすべてを選べる側の人間だと思っていた。

 だから、少女の失礼な態度に苛立ちを覚えた。

 

(なんだよ、こいつ。俺みたいな男に声かけられてるんだぜ? 喜べよ)


 そう思い、ハッピーの肩に手を置いた「ね、聞こえてるんでしょ? 僕たちと遊ぼうよ」そんな言葉を放った直後だった、男子の身体が宙を舞ったのは。


 地面に打ち付けられ、男子はうめく「ぐへっ!」

 

「発情した手で触らないこと。撃ち殺したくなるからさ」


 そう言いながら懐から銃を抜き、狼狽する男子たちの股間部へ躊躇なく発砲した。

 放たれた弾丸は3発。悶絶して泡を吹く男が3名。普通に撃ち殺している件。

 

「ここが日本でよかったね」


 かける言葉は柔らかい。銃弾の威力もスキルで調整している。

 だが、靴底で高校生たちの顔面を蹴り飛ばし、気絶させていくのだから、ああ、やはり、この『トリガーハッピー』というロシア人は恐ろしい。


 ビアガーデンの年季の入った男たちは「ですよねの極み」と思いながら、被害者たちを医務室へ運んでやることにした。


 翌日、ハッピーはダンジョンへ再突入した。

 愛銃のピゾンを片手にダックスフンドを撃ち殺しながら進むと、突然としてダンジョンが揺れ始め、そして足元が崩れた。

 それは最前線組として23階層を攻略している時のことだった。


 とはいえ、彼女の健脚を持ってすれば足元の崩れなどに巻き込まれることはない。

 しかし、彼女は巻き込まれることを選んだ。

 なぜなら「もっと深くにいけそう」と思ったからだ。

 彼女は勢いこそ攻略を進めるカギだと信じていたからだ。


 この時の彼女は知らない。

 暗い虚の底が人の想像の及ばないほどに危険な領域だとは。

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