指男は英雄か


 修羅道さんポンッと俺の頭に手を置きました。首を引っこ抜かれるのかな、とプルプル震えていると、ニコリっと優しく微笑む顔がのぞきこんでくる。


「えらいえらい、ですよ、赤木さん!」


 わしゃわしゃ頭を撫でてくれます。

 内心やたら喜んでいる俺がいます。飼われようかな。


「ドクターもえらいです! よくあの巨星グレゴリウス・シタ・チチガスキー博士に言い返しましたね。見直しましたよ!」


 あれー? 褒められるの、俺だけじゃないのー? なんかもやもやする……。


「すべての経緯はわかりました、こちらの情報とも一致しています。安心してください、赤木さんがことの責任を問われることはないよう掛け合ってみますね」

「そうですか? 本当ですか? でも、すんごい賠償金とかあるんじゃ」

「すんごい賠償金なんてシタ・チチガスキー博士の懐を叩けばどうとでもなりますよ」

 

 なんて心強いんだ。


「では、私はこれで、このあと少し仕事ができてしまいましたので!」


 修羅道さんは大盛りペペロンチーノを平らげて立ちあがります。美少女は何を食べても決して臭わないものなんだなって思いました。まる。


「でも、まだお腹が満たされませんね……」


 おや、修羅道さん、どうやら食べたりないご様子。今日も腹ペコ道さんだったみたいです。


「あ!」


 俺のマルゲリータをロックオン。


「交換こです!」


 え、なにと? 修羅道さんの手札はゼロ枚のはずでは──と思っていると、修羅道さんは俺の手元から、マルゲリータの乗ったお皿を手に取り、ニコッと笑ってそのまま行ってしまいました。


 本日の交換レート 

 修羅道さんスマイル 1つ :マルゲリータ 1枚


 来るところまで来たって感じだ。



 ────



 ──修羅道の視点


 千葉クラス4ダンジョンキャンプ内郭部の一角、密かに設営され異常物質で内部の様子を伺えないようセキュリティが施されたテントのなかで、指男に関する報告会が行われていた。

 この報告会はつい先ほど起こったという千葉市民会館の事件に密接に関係したものだ。

 世間ではガス爆発の類いとして処理されているこの事件、ダンジョン財団エージェントはあれが指男の仕業であると、シタ・チチガスキー博士の証言から知っていた。


 結果として浮かび上がったシナリオは指男はなんらかの目的でシタ・チチガスキー博士を襲い、そして護衛としていたRUS元Aランク第1位『冷原の巨人』ウラジーミル・バザロフ、Sランク探索者『カターニアの砂塵』シロッコを打ち滅ぼしたというものだった。


 民間への被害者こそ出さなかったものの、やり口はひどく乱暴で、公共施設を吹っ飛ばすと言う野蛮極まりない行為であることは自明だ。


「だからこそ、指男を処断するべきだと思うんだよね」

「異論はなしです、エージェントC」


 エージェントたちは上司の上司の上司にあたるエージェントCこと、外海六道の一角をつとめる少女──畜生道へ同意を示した。というか肯定以外示せない。

 

あいつ指男はなにを企んでるかわかったものじゃないよね」


 畜生道はそう言って改造されたM1911A1『アポトーシス』に『人柱弾』を装填した特別なマガジンをセットして、コッキングする。

 いくらでも隠蔽できるからと言って、日本の街中で銃をぶっ放し、指男を殺す気満々の畜生道に、エージェントたちは「流石は苛烈で有名なエージェントC……」と生唾を飲み込んで、怖気づいている。


 いざ、畜生道が席を立とうとした時──テントの垂れ幕をバサッと勢いよく開いて、誰かが入って来た。

 その者はマルゲリータを口にくわえてもぐもぐしながら、キリっとした眼差しをしていた。


「その判断は間違っていると言わざるを得ません!」

「……修羅道、なにしに来たのかな」


 修羅道の登場に場の空気が弛緩する。

 彼女はマルゲリータをごっくんと飲みこむと、お皿をスカートのなかへしまってから「指男、赤木英雄は今回の事件の功労者なんですよ! そんなひどい処罰は許しませんよっ!」と畜生道の手に持つ銃をビシッと指さした。


 困惑する者たちへ、修羅道は指男から直接聞きだしたことの経緯を報告した。


「──というわけで、今回の事件はやはり、『指男』赤木英雄の大活躍で見事におさまったのです!」


 修羅道は大変に満足そうな顔で言った。


「『指男』赤木英雄がね」

「そうですよ。あ、それと地獄道ちゃんから聞きましたよ。畜生道ちゃんは赤木さんを殺さずに生かしてくれたんですよね? どうですか、やっぱり赤木さんは人類の敵などではないでしょう?」

「どうだろうね。君はずいぶん入れ込んでるけれど、客観的に見ればアレが危険なことは変わらない事実だよね。黒いダンジョン因子の成長……Sランク探索者『カターニアの砂塵』シロッコを喰ったことでやつはまたひとつ段階を越えてきたよ、それを一番実感してるのは修羅道、君じゃないの」


 畜生道は暗い眼差しを向ける。

 修羅道は爛々と輝く燃えるような眼差しで、それを真正面から受け止める。


「赤木さんは大丈夫です」

「私はそうは思わないって話だよね。それに今回だってあとすこしのところまであたしたちエージェントが追い詰めてたんだよね。指男がいなくたって、あそこまで詰めればなんとでもなったよ。指男は英雄になる必要なんてない。よくわからない者は消したほうがいいよ。安定して、確定した戦力が私たちにはあるんだからさ」

「ふっふっふ、それは違いますよ、畜生道ちゃん」

「なにが」

「安定と確定なんて、未知数のまえではつまらないものです」


 畜生道の目元に暗い影が落ちる。

 修羅道の挑戦的な態度は彼女たちのチカラの否定に近しいニュアンスだったからだ。


「あっ、違いますよ。別に畜生道ちゃんを悪く言うつもりなんてなくて」


 素っ頓狂な声で修羅道は即座に謝った。

 こうも慌ただしくては、毒気を抜かれてしまう。

 畜生道は首を傾け「はあ」と、相変わらず調子を狂わしてくる厄介な少女に呆れかえった。


「別に怒ってないよね。あたしが怒るのも訳がわからないしね」

「それはよかったです!」

「……でも、未知数だからってそれがいい方向に転がるとは限らないよね。阿良々木がいい例だよ。ああなったら、修羅道、君は責任を取れるの?」

「そうはなりませんよ。だって、赤木さんは正義の英雄なんですから」

「……わからないな。どういう意味」

「ほら、事件に出くわす才能が名探偵には必要って言われていますよね?」

「事件に出会わないとそもそも解決できないって話? なんでその話がでてくるのかな。余計わからないよ」

「正義の英雄も同じですよ! しかるべき時、しかるべき場所に現れることができるから英雄なんです! どんなに強くてもその場にいないと正義の英雄にはなりえないんですよ!」

「……。指男にはその才能があるってこと?」

「その通りですよ、畜生道ちゃん!」

「偶然だよね、普通に考えて。何度もそんなことが起こるわけがないよね」

「ふっふっふ、それはどうでしょうかね……(暗黒微笑)」

「なにその顔……ちょっと腹立つよね」


 畜生道はふんっとため息をつく。

 

「『人柱弾』を撃つのはしばらく見送るよ」

「それを撃つことはありませんよ、そんなことにはさせません」

「あっそ……せいぜい守ってあげれば」

「守りますよ、修羅の恩返しです」

「……なんか恩義でもあるのかな、修羅道」

「ふふ、まあ、いろいろと」


 修羅道は懐かしい記憶を思い出していた。

 赤木英雄の温かな優しさ、それに報いること。

 かつて救われた修羅道は、今度は自分が赤木英雄を助けようとしているのだ。


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