シマエナガ信者、暴挙に出る


 子気味良い指パッチンが響いた。

 光が歪曲し、空間を食い破って熱が溢れだした。

 神の眼差しの威容をまえに世界が慄き穴を穿った。

 

 虚空から絶え間ない破壊が音と光と衝撃をともなって、周囲を破壊しつくした。


 市民会館の半分が消し飛び、打ちあがった瓦礫が炎と一緒に雨のように降っている。

 膨大な経験値が指男のコートの胸ポケットの『貯蓄ライター』に濁流のような激しい勢いで吸われていく。


 指男はむくりと起き上がる。

 眉間から入って後頭部を爆散させた『人柱弾サクリファイス』による傷はふさがりはじめている。ただ、脳組織が半分空気にさらされていて、後ろ姿はかなりグロテスクなものとなっている。


「……シマエナガさん……守ってくれたんですね……」


 事切れた眷属の血に濡れた羽を撫でる。

 ふわふわで、もふもふで、騒がしくて……されどこれではもう二度と起き上がることはない。


 一方、シロッコはまたしても市民会館の外まで吹っ飛ばされていた。


「これはなんの冗談だ……」


 砕け裂けた肉体が、光と共に再生していき、シロッコが復活した。


「くそ、相変わらず痛いなぁコレ……」


 シロッコは血を吐きながら、身体が再生されていく激痛に苦言を漏らす。

 その痛みは心臓に埋め込んでいた蘇生系異常物質アノマリーが消費されていることを示している。


「ステータス」


────────────────────

シロッコ

295レベル

91,852/121,852

86,471/90,471


スキル

『ペペロンチーノ Lv7』

『マルゲリータ Lv7』

『ピッツァ Lv7』

『カターニアの砂塵 Lv7』

『ボス Lv6』

『銃弾の雨 Lv6』

『射撃 Lv6』

『フルオート Lv6』

『シチリアの熱風 Lv5』

『デゼルトの財宝 Lv5』

『フットワーク Lv5』

『滑らかな死 Lv5』

『腐敗と葬送 Lv5』

『集団火葬 Lv5』

『等価交換 DEF Lv5』

『虚弱体質 Lv4』

『精密射撃 Lv4』

『回避行動 Lv4』

『人間狩り Lv3』

『生存者 Lv3』

『早撃ち Lv3』

『固定ダメージ Lv3』

『市街戦 Lv2』

『インフレーション Lv2』

『必中』


装備品

『人柱弾』

『カートリッジ』

『朱色の夜明け』

『ダンジョン・コンテンダー2001』

『フェニーチェの尾羽』

『ダンジョン装備保険』

『シタ・チチ収納 ver2.1』

『回復薬4000』×12

『強靭剤』


─────────────────────


(レベル295……『フェニーチェの尾羽』はレベルを5消費して装備者を死後自動蘇生する……もともと301レベルだったから、やっぱり、一回死んでんな、俺はぁ……)


 死ぬ直前を思いだす。


「あの音……。っ、あの野郎、もしかして……!」


 シロッコは慌てて空へ手をかざした。

 どこからともなくトンプソン短機関銃──愛銃『朱色の夜明けアウローラ・デ・ヴェルミリオ』が飛んできて、シロッコの手に収まった。

 爆発で破壊しつくされた町のなかを駆けだし指男のもとへすぐに戻った。


(爆発の破壊跡がクレーターじゃない……? 俺を狙い撃ったのか。スキルのコントロール精度がましてんなぁ……戦いの中で成長してるのか)


 帰ってくると、そこには今まさに起き上がろうとしている指男の姿があった。


「っ、指男ぉ!」


 指男は声に反応し、視線をあげて、シロッコを見た。

 サングラスは落ちていて、青ざめた眼差しが、硝煙と炎の香る混沌のなかで、不気味なほどの静けさを称えている。

 異質さにシロッコはかつて北アフリカの砂漠で出会った恐怖を重ねた。


「どうやって『人柱弾サクリファイス』から生き延びたぁ……指男、教えてくれよぉ」

「……」

「おい、指男、死ぬ前に答えたらどうだ、どうやって生き延びた!」

「……正直、俺はもう最強だと思ってた」


 指男はボソっとつぶやく。

 立ちあがろうとする。


 カチャッと銃を構える音がした。


 指男の動きが止まる。


「動くな。わかってるだろ、俺のほうが速い。お前じゃ俺には勝てねぇ。いいからどうやって生き延びたか答えろよ」


 指男は自身を狙う銃口を睨み、つづいて腕のなかで動かなくなっている厄災の禽獣へ視線を落とした。


「あんたをぶっ殺す必要ができたよ、シロッコ」

「あっそ、んなぁこたどうでもいいんだよ」


 シロッコは威嚇として指男のすぐ横の床を撃った。


「なんだよ、その目は、指男。俺はぁ敵を殺してるだけだぜ。てめえが歯向かって来たんだろうが。その眷属が大事だったら大人しく引っ込んでればよかったんだ」

「俺のせいか……シマエナガさんには悪い事をしちゃったな……」


 指男は悲しげに眷属の遺骸を撫でる。

 シロッコは虫唾が走る思いだった。

 もっと嫌な野郎なら構わず撃ち殺してやれたのに、と。


「あのたぬきジジイの名誉のために『ダンジョン学界の四皇』とまで謡われる博士へ仕返しをしてやろうという気概、その根性は認めてやってたんだ。もう俺には眩しくて直視できないものだったからな。だがな、敵が悪いって話なわけだぁ。敵を間違えれば必ず折れることになる。俺の銃がお前のようなやつを撃つ側に回っているのは皮肉すぎて反吐が出るが、じゃあ、俺がお前の側にいけば綺麗さっぱり解決するかと訊かれれば、そんなことはないんだ」

「……何の話をしてるんだ、あんた」

「知らねえよ。とにかくよ、無駄な正義を掲げずに尻尾巻いて逃げてりゃ俺はお前を生かしてやってもよかったんだ。あるいは最初の生ぬるい『集団火葬 Lv5』で逝ったふりでもしときゃよかった。なのにイキりたって反撃してきやがって。勝てる訳がねえだろ、相手があのグレゴリウス・シタ・チチガスキーってわかってたんだろ、なら護衛が自分より格上なのに理解できたはずだよなぁ……。ちっ、お前を見ていると、どうにも青臭くて敵わない」


 シロッコは嫌悪感を表情に浮かべる。

 指男は白い羽を撫でながら、ふと、口を開いた。


「子供の頃、よく英雄えいゆうだっていじられた。何が面白いのかもわからない、ただの文字遊びだったけど、俺はそう呼ばれることが好きだった。中学の頃、くだらない正義心をこじらせて酷い目にあってから、すっかり無関心の悪意に染まったんだ。見て見ぬ振りが賢い立ちまわりだって思った。ローファーを舐めさせられた。あの不良が恐くてな……そいつが傍若無人にクラスに乗り込んできて、どこだったかな、ああ、そうそう、テニス部の部長だよ。そいつの胸倉を掴んで大声を出したとき、ひどく安心したんだよ。俺じゃなかったって思った。俺じゃなくてよかったって思った。心の底から」

「……何の話してんだ、てめえ」

「……。もうとっくのとうに正義に興味なんてなくなったよ。俺だって大人になっちゃったし……でも、もし反吐のでるような悪意がすぐそこにあって、指鳴らすだけでどうにかできるのだとしたら引く奴なんていねえだろ」

「そうでもないさぁ。殴られたら殴り返す。それをできる人間は驚くほど少ない」


 指男は白い羽をぎゅっと握りしめる。

 拳が震える。静かな瞳に熱が宿る。


 指男は自分に嘘をついていた。


 正義を成そうとするなんてうすら寒い。

 ダサい、カッコ悪い、流行りじゃない。

 だから、動きやすいように、それらしい動機をまとった。


 死にかけて自分を見つめ直し、この手の中で冷たくなっていく友達の身体を抱いて、燃ゆる青い炎に気が付いた。


 真面目な顔をして友の尊厳を守るのは、決して恥ずかしいことではないのだ。

 命を賭して自分のことを守ってくれたことに敬意を表すのは何も恥ずかしい事ではないのだ。


「ん? これは……」


 指男はふと、視界の端っこにデイリーミッションが更新されたマークがでているのに気がついた。やたらアイコンが派手に点滅しており、確認しない訳にはいかなかった。開いて見る。


 ──────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『奴を殺れ』


 殺れ


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 『指男が勝つ方に66兆2,000億経験値(期限付き)』


 継続日数:108日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

 ──────────────────


(いや、デイリーくん、暴挙にでとる……ッ)


 デイリーミッションのウィンドウから膨大な光があふれだし、指男へむかっていく。

 『貯蓄ライター』がそれらを受け止めようとするが、一瞬でキャパシティを越えて溢れだした。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ァァア───ッ」


 指男が強烈な光に包まれて太陽のように輝きだした。

 すべてが収まるとビクンビクン痙攣して白目剥く指男の姿があらわれる。


「あ、危うく昇天しかけ、た……っ」


 指男は全身にみなぎる力を感じ、手を握ったり閉じたりする。

 これまでとは次元の違うパワーが出ていることが体感的にわかった。

 

(66兆2,000億経験値って……いったいどんだけレベルアップしたんだよ……)


 指男は恐る恐る自身のステータスへ視線を横流した。


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