選んでここに来たちー


 フォルトゥーナは何かとんでもない大物が北アフリカに潜んでいると確信した。

 だから、ファミリーが追っていた存在になんとしても近づこうと邁進した。

 それが己の粛罪になると信じて。


 時を経るほどに確かにそれに近づいていた。

 同時に『シチリアの熱風』ほどの手練れ集団が、次々と欠けていった。


 ひとり、またひとり、と。


 やがて、フォルトゥーナはひとりになった。

 多くを失って彼はようやく見つけた。

 

「こんにちは、シロッコ。いや、それとも今は幸運フォルトゥーナかなァ」

「お前、ふざけんなよ。絶対に生かしておかねぇ」


 フォルトゥーナが砂漠を真ん中で出会ったソイツは背が高く、大柄で、手足が長かった。

 なによりも特徴的なのは……そいつには顔がなかったことだ。


 厳しい熱射から身を守るべく分厚いマントに身をつつんでいた。

 だが、あふれ出る邪悪さを隠せてはいなかった。

 

 そいつの周りには冒涜的な怪物がうじゃうじゃといた。

 人の頭を無数に持ち、幾重の折れ曲がった手足が肉塊から生えては、砂漠のうえを拙い動きで歩きまわっていた。


「可愛いだろう……? はは、失敗作なんだけどね……」

「気色の悪い奴め。何者だてめえ」

ぼくはねアララギって言うんだ」

「アララギ……? それって……」

「君みたいな子は欲しいなァ、ぼくの仲間になってくれないかなァ?」

「舐めるなよ、クソガキ。どの口が言ってやがる」

「あはは……お仲間のことで怒っているのかい……? 両親の愛を知らずに育ったから家族ごっこがそんなに楽しかったのかなァ。でも悲しむことはないよォ──ここにみんないるじゃないかァ」


 男はそう言って、怪物たちを手で示した。

 冒涜的怪物たちはフォルトゥーナを見て涙を流していた。

 

「ぼ、ぼす、ぅ……い、たィ……だ、すげ、で……ぐだ、さぃ……」

「さあ、感動の再会も済んだねェ、答えを訊かせてくれるかい、フォルトゥーナ」

「……。もういい。遺言を聞く気も失せた。消し飛ばしてやる」

「あはは……活きが良いね、血生臭いのが大好きかァ、流石シチリアーノ。でも、すごくいいよォ、君──」


 その出会いのあとからだ。

 フォルトゥーナはシロッコと名前を戻したのは。

 彼が胸を張って生きることができなくなったのは。

 



 ────




 シロッコが『人柱弾サクリファイス』を使ったのはこれで二度目だった。


 静寂が戻って来る。

 ぱちぱちぱちぱちっと拍手が聞こえて来た。


「はーはははははっ! 素晴らしい! 素晴らしい! 流石は『カターニアの砂塵』だッ! あの指男を見事仕留めたっ!」

「当然ですよ。アマチュアとは踏んできた場数が違う」


 シタ・チチガスキー博士は盛大に拍手を送りながら、実に満足げな表情でシロッコのもとへ近付いていく。

 シロッコの表情を一言で表すなら、それは平熱であった。

 悦びでもなく、怒りでもなく、悲しみでもない。

 おかしなところがあるとすれば、コンテンダーの銃口は指男の遺体に向けられたままであることだ。銃口を下ろして一息つくのがためらわれたからだ。なぜなのかはシロッコ自身にもわからなかった。


 彼が撃ったのは世界最強の銃弾に属する物だ。

 こと指男のような特殊な防御能力を持っている存在には抜群の効果を発揮する。シロッコはもちろん知っている。百も承知で撃ったのだから。

 もし仮に指男が世界を見渡しても稀少な蘇生系の異常物質アノマリーをもっていたとしても、なお、この勝利は覆らない。なぜなら『人柱弾』サクリファイスから。


 だと言うのに、シロッコは銃口を下げられなかった。


「シロッコ、いつまでも何をしているんだ? お前もやつも派手にやりすぎた。さっさとあの木っ端科学者も始末してこの場を離れるぞ。記憶操作・隠蔽も万能なわけじゃないんだ」

「ええ、わかってますよ、博士」


 シロッコはコンテンダーを構え続けた──指男の再起を警戒しながら、6秒かけてようやく銃口を下ろした。


 シロッコはホッと息をつく。

 不思議なことにそれは安堵から出たため息ではないような気がした。


「……お前に期待しすぎていたのかもしれないな」


 シロッコは諦観を瞳に宿し、その場を去ろうとする。


「ちーちー」


 その時、どこからともなく鳴き声が聞こえた。

 

(白い鳥か。指男の眷属だな)


 厄災の禽獣がスーッと飛んできて、指男の遺体を見つけるなり「ち、ちー?!」と驚愕しているらしい声をあげた。

 ひどく焦った様子で彼女は指男を生き返らせるべく『冒涜の明星 Lv2』を使おうとする。──直後、撃鉄が鳴った。


 残響が通路にこだまする。

 白い羽が宙に舞い、厄災が地に堕ちた。

 

「ち、ちぃ……っ」


 シロッコは無言でさらに3発放った。

 スキルで弾丸を増幅させた。48発の弾丸が緩やかな曲線を描いて次々と小鳥を追いかけていく。

 厄災の禽獣はなんとか避けようと、身を翻すが、ホーミングして追跡されては避けようがない。


 ちいさいままでは身体を木端微塵にされかねない。

 厄災の禽獣は攻撃を受けても耐えられるよう、物理的な強度を確保するためにおおきさを戻した。


 腹をくくって48発を受け止める。

 回転する鉛の先端がドリルのように白羽を破り、肉を貫く。


「ぢ、ぢー……ッ!」


 1発だけでもショック死しかねない。とてつもない苦痛だ。

 永遠にも感じる死の一歩手前の苦痛の連続。

 銃弾の雨は想像を絶する痛みであった。

 初めてだった。涙をこらえきれず大粒のしずくがぽたぽたと溢れた。


 ダメージは甚大だ。


(この人間、やばいちー……!)


 厄災の禽獣の脳裏に、この場からの逃走がよぎる。

 ここにいては確実に殺されてしまう。

 厄災の禽獣は情けないまでの敗走をはじめ、通路の向こうへ姿を消してしまった。


「まあ……ただの鳥だからな……」

「シロッコよ、あの眷属なにかしようとしていたぞ。念のため指男の身体をバラバラに破壊しておけ」

「そこまでする必要はないですよ。絶対に生き返ることはないです」

「いいからやれ。敵はあの指男だ、万が一もあってはならん」

「……。そうですね」


(たぬきジジイが)


 シロッコは銃口を指男へ向け、トリガーを引いた。

 2発放って16発に増えた.45ACP弾がふりそそぐ。


 瞬間、白い影がバッと横切った。


 羽が舞い、血が飛沫をあげる。

 おおきな白い体で横たわる主人をかばうようにし大きな羽を広げていた。


「戻って来たのか鳥。逃げていればいいものを」

「ち、ちー……」


 決して動くまいとしながらこっそり『冒涜の明星 Lv2』を使おうとする。


「お前、さっきからなにかしようとしてるな」

「ち、ちー……(訳:なにもしてないちー……)」


 容赦なく銃弾の雨が厄災の禽獣の背中に撃ちこまれた。

 白くてふわふわな羽は真っ赤に染まる。

 厄災の禽獣は懸命に耐えた。

 しかし、HPは無限ではない。

 スキルを使う隙すらなく、一瞬でHPを削りとられてしまう。


 視界がにじみ、暗くなっていく。

 命がこぼれ落ちていく。寒くなっていく。

 厄災の禽獣はこれまでいくつかの鳥生を生きてきたが、今日ほど悔しい死ははじめてであった。

 でも、虚しくはなかった。

 守るために死ねたことに誇りすら感じていた。


 冷たくなっていく白い体が指男の遺体のうえに覆いかぶさる。


(新しいスキルが解除されました)


 途切れかけた意識のなかで声が響いていた。

 

(……シマエナガ、さん?)

 

「俺はここで打ち止めなんだ。越えてくれなきゃ話にならないぜ、指男」


 シロッコは銃を懐にしまいシガレット型の『回復薬4000』に火をつけて一服入れて「行きましょう。どうせ指男は死んでます」と言う。

 

「ふん、まあいい。時間が惜しいからな」

「あとは黒いナメクジが残ってましたね。あれだけ気を付ければ平気でしょう」


 2人が背を向けてその場を去ろうとする。

 直後、よく乾いた子気味良い音が響いた。


 ──パチン


 彼の、彼だけが出せる指パッチンの音だった。


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