『カターニアの砂塵』VS『指男』


 死の克服。

 古今東西であらゆる者がその奥義に挑んだ。

 未だ誰ひとりとしてその業を見つけたものはいない。


 ダンジョンが世界に現れてから長い時間が経って、ようやく蘇生系異常物質というジャンルが語られる程度には数が見つかって来た。

 元来、蘇生の奥義を成す道具は、太古の王が生涯守り抜いた秘宝や、別の世界からたまたま漂流したもの、もう世界には存在しない伝説の生物の遺物など、その数はごくごく限られている。


 死の克服は古来より神の奇跡として認知されてきた。


 そのため、奇跡を人間が起こすことは大きな問題を孕んでいた。

 存在が明らかになってから宗教上の紛争が後を絶たなかったのはそのためだ。

 ひとつの蘇生系異常物質のせいで犠牲者1,000万人の大規模戦争まで起こった。


 悲劇を繰り返さないためにローマ条約が定められた。


 世界に散らばる蘇生系異常物質はローマ条約によって異常物質の名称と所在地が決められており、多くが封印されることになった。争いのタネになる異常物質は各国のダンジョン財団本部によって管理されている。

 また、同条約の第5条第1項により、蘇生系異常物質の個人での所有は認められなくなった。あくまですべての蘇生系異常物質はダンジョン財団の所有であり、保持者がいるとしたら、それはあくまで財団からの貸し出しとして認識される。

 同条約の第6条第2項で、各国のAランク探索者第1位と、どの国にも属さないSランク探索者にのみ蘇生系異常物質の貸し出しが許されている。

 使用に関してはダンジョンの攻略限定となっている。それ以外での使用はたとえ誰が死のうとも死を克服させることは許されない。身内が死のうとも、死の克服は私用で行ってよいものではないのだ。それがまかりとおれば、世界中で混乱が起こる。


 もっともこれらはあくまで建前上の話である。


 今日こんにち、蘇生系異常物質はどこかで新しく発見されているし、どこかのハイソサエティな強欲は大金を積んで必ず蘇生系異常物質を手に入れるだろう。

 いくつもの例外のうえに世界は成り立っている。


 そしてまた、本日、ひとつの例外が周知された。

 シロッコは本物の奇跡を目撃したのだ。


「指男、まさか蘇生スキルを……っ、存在したのか……」


 神の奇跡をその手で起こした。

 世界が傾く音がした。


 指男はサングラスをかけながら静かな眼差しでシロッコを見やる。


 シロッコの背筋をゾクリとした物が駆け巡る。

 とてつもない覇気を指男から感じたのだ。

 空気が張りつめていく。いまここが世界の中心で、目の前の存在が世界の王であり、自分がその御前に立たされている。奇妙な敬服を抱いた。それでいて心臓を潰されかねない圧倒的な強者の気に膝を折りそうになる。


「……そうか」


 シロッコは懐から『強靭剤』をとりだして首に打ち込んだ。

 次の瞬間にはトリガーを引いていた。


灰色の正義ジャスティツィア・デ・グリージォ──」


 銃弾が放たれるよりも指男は速かった。

 姿が掻き消えた。驚愕に目を見張るシロッコ。

 刹那の後に指男が目の前に現れていた。

 指男は手のひらでそっと『朱色の夜明けアウローラ・デ・ヴェルミリオ』のバレルを掴んだ。金属がひしゃげ、ペタンっと潰れた。いともたやすく行われる異常物質の破壊。

 銃弾がチャンバー内で暴発し、機構がはじけ飛んで破片が飛び散った。


「ッ!」


(こいつッ、速ぇ……!)


 指男の手が開かれ、ヌッと伸びて、シロッコの顔面へ掴みかかる。

 ここが勝負どころ。

 シロッコはで全力の回避を敢行する。


(スキル発動──『フットワーク Lv5』『回避行動 Lv4』『生存者 Lv3』『インフレーション Lv2』)


 『フットワーク Lv5』回避力アップ&素早さアップ

 『回避行動 Lv4』回避力アップ&敵の命中力20%ダウン

 『生存者 Lv3』回避力アップ&HP回復

 『インフレーション Lv2』継続素早さアップ


(インフレーションに入るとMP消費がバカにならねえが仕方ねえ)


 シロッコはギリギリのところで指男の掴みをヌルっと抜けて、なんとかバックステップで距離を取る。


(『朱色の夜明けアウローラ・デ・ヴェルミリオ』をぶっ壊されたか……)


 シロッコは久方ぶりにスペアとして用意していたベレッタ92を『シタ・チチ収納 ver2.1』から抜いて両手に装備した。世界で最も美しい銃の二丁持ち、装填されている弾は火薬量を増した9mm×19mm炸裂強装弾だ。生身で撃たれれば一発で肉の花火となれる強烈な弾丸である。


 そこにスキルを上乗せする。


(スキル発動──『銃弾の雨 Lv6』『射撃 Lv6』『精密射撃 Lv4』『早撃ち Lv3』『固定ダメージ Lv3』『市街戦 Lv2』)

 

 『銃弾の雨 Lv6』銃弾倍増

 『射撃 Lv6』ATKアップ&連射速度アップ&DMGアップ&ハンドリング強化

 『精密射撃 Lv4』命中力アップ

 『早撃ち Lv3』ハンドリング強化

 『固定ダメージ Lv3』攻撃を固定ダメージ化

 『市街戦 Lv2』ATKアップ、受けるDMGダウン


「砕けろ指男」


 うなる撃鉄。弾ける火薬。硝煙の香りが肌を焼く。

 シロッコはとてつもない速さで連射しながら、射撃の反動を上手く使って後方へ飛ぶように移動し、一気に距離をとった。攻撃と回避を同時に行う神業だ。


 数千発に増幅された銃弾の嵐が指男を滅多打ちにする。

 

 指男は顔面をかばいながら、真正面を歩きながら突破してきた。

 次第に走りだし、深く踏み込んで踏み切る。

 指男が走り出した瞬間、市民会館の屋根が崩れ、コンクリートの地面が剥げてめくりあがり、街灯はへし折れた。街路樹は根っこらすっぽぬけて大空へ飛んでいき、高層ビルの窓ガラスは砕けはじめる。地上をソニックブームが蹂躙し大惨事を描き出す。


 物凄い風がシロッコの顔の横を通り抜けていった。

 腰を落として踏ん張り、跳ばされないようにされる。


「あ? んだ、今のは……あれ、指男がいねえ……どこいった?」


 シロッコはハッとして慌ててふりかえる。

 200メートルほど向こうに指男が立っていた。

 あたりをキョロキョロ見渡して狼狽しているようだ。


「あれ、シロッコが消えた、逃げられたか」

「ちーちーちー!(訳:追い越してるちー!)

「ぎぃ!(訳:スピード出し過ぎです、我が主!)」


 厄災たちに言われ、自分が標的を追い越してしまったことに気づいた指男。

 200m離れたシロッコと目があった。


(ッ、やばい)


 そう思ってベレッタの銃口が指男へむけられる。

 また突風が吹きぬけた。直後、指男はシロッコの目の前に立っていた。両手でベレッタのバレルを握りしめ、メシメシと音を立てゆっくり潰していく。


 シロッコは脂汗をぶわっと額からにじませた。

 まるで目で視認できない速さだ。


 壊れたベレッタを手離して新しいベレッタを二丁、懐から取りだした。


 シロッコはスキル多重使用とマズルフラッシュの反動をうまく使って、秒速数十メートルで逃げる。

 だが、シロッコが逃走できたのはものの3秒だけだった。

 

 どんなに緩急をつけても逃げきれない。

 指男が軽く拳をふりあげる。


(ッ、スキル発動──『フットワーク Lv5』『回避行動 Lv4』『生存者 Lv3』──)


 避けれなかった。


 指男の拳がシロッコの顔面に叩きこまれる。

 シロッコは耐えるべくスキル『等価交換 DEF Lv5』を発動させる。

 おかげで前歯が数本折れ、鼻が陥没し、頬骨が変形し、首の骨が外れただけでダメージを抑えた。


 地面と水平に吹っ飛ばされ市民会館に叩き戻される。


 瓦礫を押しのけ、シロッコは血塗れになった顔を遥か遠方にたたずむ指男へむけた。


「野郎ッ、もう1発『人柱弾』を使って……! ──っ」


 指男が腕をスッともちあげるのが、シロッコにも見えた。

 

 ───パチン


 ATK3,000万の爆発が追い打ちをかけるようにシロッコを必滅の破壊のなかにいざなった。その余波で千葉市民会館は爆心地となり、半径100mあまりのクレーターを作り出し、周辺を焦土と変え、跡形もなく吹き飛ばしてしまった。


「あ」

「ちー……(訳:結局、ぶっ壊したちー……)」

「ぎぃ(訳:是非も無し)」

「ちょっとしたアクセントのつもりが……あれ、パワー出過ぎじゃね……? おかしいな、さっきから……」


 シェフが料理の仕上げにする感覚で町を吹っ飛ばしたようだ。


「ちー(訳:ただのイカれたテロリストちー)」


 厄災の禽獣は呆れかえり、肩をすくめた。

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