恐いもの知らず
指を鳴らしてから、ふと、我に帰る。
(撃っちゃった……でも、さっきのデカい人実はめちゃくちゃ強かった説あるし、それを押してた俺はめちゃくちゃつよつよ説あるし、Sランクとかなんかヤバそうな人でもどうにかなる……よね?)
重たい過去を乗り越えて来た敵に申し訳なくなるほど、この男の内面は残念さ極まっている。唯一の救いは、指男はもとより外面だけはやたらイケメンで、クールで、好青年で、なおかつ知的に見えるということである。
今ではミーム化した”指男のイメージ”により、見る者の目と脳にバイアスが掛かるので、どれだけ変なことしてもその内面が割れることはない。なんなら聞こえる言葉のニュアンスまで翻訳される。
「博士さん、あなたも探索者ですか?」
遥か向こうへシロッコを吹っ飛ばしている間に、指男はシタ・チチガスキー博士へ話をふる。
シタ・チチガスキー博士は口をパクパクさせ「し、シロッコが、一撃で……っ?!」と驚愕に目を見開き、脂汗を滝のように流している。
シタ・チチガスキー博士の耳元が爆発した。
鼓膜をつんざく音に「うわあああ!」と耳を押さえてシタ・チチガスキー博士は苦しむ。
「答えてください。じゃないと、あなたからしまっちゃいますよ……?」
「し、しまっちゃうだと……?! い、いったいどこにしまわれると言うんだ……!?」
指男は注射器を取り出し、ゆっくり近づいてくる。
「や、やめろ……!(あれは睡眠薬……!! 指男め、この私を誘拐して尋問するつもりか! しまっちゃう……。っ、もしかして『ムゲンハイール』のなかにしまっちゃうという意味か?!)」
シタ・チチガスキー博士は恐怖に駆られていく。
科学者としての豊かな想像力が仇となっていた。
指男は自分の首に注射器(※『蒼い血 Lv3』)を刺した。
はたから見れば意味がわからない。
(なぜ自分に睡眠薬を……!?)
「うぅん♪ ……これがたまらない」
「っ?!」
睡眠薬を自分に打ちこんでビクンビクン痙攣しながら快感を感じてる。
指男はとてつもない変態であり、常人では理解しえない異常者であると、この時シタ・チチガスキー博士は強く確信した。
「そ、そういうことか、あの木っ端がどうして異空間の研究をしてたのかわかった……(すべては指男を黒幕とした巨大犯罪組織の計画だった……そして、私はそうとは知らずに”指男の仲間を引き抜こうとしてしまった”)」
シタ・チチガスキー博士は自分の犯した致命的な失敗を悔いた。
「た、頼む! 話をしよう! 話せばわかる!」
「それはどうでしょうか。あなたには制裁が必要に思えますが」
「私が悪かった! 私が間違っていた! 金ならある! ユーロ、元、円、ドル、なんでも1,000億以上あるぞ! 損害賠償はいくらでも払える!」
「金なんていりませんよ。そんなものあったって仕方ない(どうせ牛丼並盛り換算でしかお金なんて測れないしね?)」
「っ、な、なんだと?(こいつ金をいらないと……組織の長であるなら金などいくらでも欲しいはずなのに……私とはすでに精神レベルでステージが違うとでも言いたいのか)」
「俺が欲しいのは……経験ですよ」
指男はそう言い、腰をぬかすシタ・チチガスキー博士へ手を伸ばす。
その時だ。
指男のこめかみが銃弾で撃ち抜かれた。
ぱこーんっと弾かれ、わずかによろめく。
ジュっと熱を帯びてこめかみの皮膚は焦げている。出血はない。表情も変わらない。
サングラスの位置を直し、まったく慌てていない様子で発砲者へ視線を向けた。
────
──シロッコの視点
人生はいつだってままならない物だとシロッコは知っている。
生きるべき人間が死んで、死ぬべき人間が生きている。
善良な者が不幸な目に遭い、悪逆を尽くした者が搾取する。
多くの理不尽がのうのうと蔓延っている。
すべては複雑に絡まっていて、どれひとつとして単純な関係性にない。
貧困に苦しむ人間を救おうにも、では、彼らに金を渡せば物事が解決するのかと問われればそんなことはない。
だから、究極を語れば、やはり自分の身は自分で守るほかない。
シロッコは自己責任という言葉が好きではなかったが、それがこの世の理不尽・不平等・困難、そのほか対処難しい諸問題に対する最終回答ならば仕方ないと受けれざるを得なかった。
「殺し合いは自己責任のもとでやるのが一番いい」
瓦礫のなかから這い出てきて、シロッコは自分がどこにいるのかを確認する。
初撃で市民会館の向かいの建物に突っ込んでしまったらしい。
一般市民たちの気を引いてしまっている。
シロッコは気だるげに『シタ・チチ収納 ver2.1』から『忌避のバター』をとりだして、真空パックされたそれを開封した。バターは常温で溶けだし、周囲の人間を遠ざける。
バターをその辺に放り捨て、シロッコは首の骨をコキコキと鳴らす。
「市民会館はそっちか」
シロッコは明後日の方向へ向かって1発銃弾を放った。
撃鉄が響き、それは正しく標的に命中する。
シロッコは歩いて市民会館へ戻りながら、ジャケットの内ポケットから『回復薬 4000』を取り出して服用する。
指男のもとまで戻ってくると、黙って銃を構えた。
だが、指男も速い。目があった瞬間、お互いに速攻を放つ。言葉はもう必要ない。
(スキル発動──『銃弾の雨 Lv6』)
トンプソン短機関銃が火を噴いた。
1発、2発、3発、4発と放たれる弾丸。
それらは驚くことに1発が2発へ増えていく。
それだけじゃない、2発に増えた弾丸は今度はまたそれぞれが2発に増える。
放たれた弾丸は4発だったが、それは一呼吸の間に8発、16発、32発、64発、128発、256発、512発、1024発──と増加し、何の誇張もなく”銃弾の雨”となって指男を襲った。
指男は全身をハチの巣にする鉛の波が押し寄せるのを眼前にしながら、スイっと右腕をもちあげて指を鳴らした。
(なんで腕を? ──ああ、スキル発動の符号か)
──パチン
軽やかな音が鳴った。
(爆破で銃弾を撃ち落とす気だな? そうはさせ──いや違うッ?!)
目を見張るシロッコ。
指男は銃弾の雨から己を守るのではなく、シロッコへ反撃していたのだ。
ATK200万のカウンター。
爆炎に飲まれ、シロッコは吹っ飛ばされる。
一方、回避でも守りでもなく反撃を選んだ指男は、棒立ちのまま全身に.45ACP弾を喰らっていた。
銃弾は火花をあげてガン、ゴン、ギィン、と弾かれている。
ダメージは……ゼロである。
指男のすぐ足元ではシタ・チチガスキー博士が轟音とチェーンソーの駆動音のような銃声にすくみあがって、両耳を押さえて「私がここにいるのを忘れるなアアア!! この馬鹿ものがァア!」と、人質のそばで容赦なくマシンガンをぶっ放すシロッコへ忠告を叫んでいる。
吹っ飛ばされたシロッコは宙空で身を翻し、着地してザーッと床をつま先で擦って爆破の衝撃を相殺していく。リノリウムの床に2本線の焦げ跡を20mばかり引いて、シロッコが完全に静止した。
「すごい攻撃だな。指を鳴らす所作、そして遠隔攻撃なのに物を撃ちだすわけでもなく、爆破が俺を襲ってきた、となるとぉ……──」
シロッコは自分の持てる知識のなかから似た特性を持つスキルを探しあてる。
「もしかして『フィンガースナップ』なのか? だとしたら相当に面白い男だなぁ」
シロッコは鼻血を手の甲でぬぐってステータスを横目にダメージを計算する。
指男は体にまとわりつく蒸気を手で払った。
無数の銃弾に擦られて摩擦熱で温まり蒸気をあげている。
人間では考えられない姿だ。
(硬いな、指男……)
シロッコはスッと目を細める。
一方、指男はシロッコから視線を切り、左手に握っていた『ムゲンハイール ver5.0』を見やった。穴だらけになってボロボロになってしまっていた。
指男は表情一つ変えないが、ひどく落ち込んだ様子だ。
壊れてしまった『ムゲンハイール ver5.0』をシタ・チチガスキー博士へ「持っててください」と押し付けた。
銃弾の雨を喰らってもなぜか壊れていなかったサングラスの位置を直し、指男はシロッコへ向き直る。黒いレンズのせいで表情はうかがえない。だが、そうとうに気迫が増していた。シロッコをしてわずかに気圧されるほどに。
「とんでもない野郎だ。銃でめった撃ちにされてるのに、反撃なんてな……恐いもの知らずとはこのことかぁ」
「シロッコさん、俺は気が長くないんですよ。これは最後の警告、おとなしく俺の経験値になってください」
シロッコは「それはできない相談だ」と銃口を向ける。
(スキル発動──『銃弾の雨 Lv6』『虚弱体質 Lv4』『精密射撃 Lv4』『市街戦 Lv2』『必中』)
「こいつはどうだ指男」
シロッコは冷笑を浮かべながらトリガーを引いた。
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