Sランク第10位『カターニアの砂塵』シロッコ


 ダンジョン財団。

 今日における財団の役目は数多くあれど、もっとも古くそして最も重要視されている活動はやはり、ダンジョンの封じ込め、および攻略であろう。


 膨大な候補者の中から、探索者の素養を持つ者を見出し、ダンジョンへと挑ませ、戦いに参加させ、資源の発掘とダンジョンボスの攻略を目指させる。

 ダンジョン財団は未知と神秘の迷宮へ挑む戦士をいつでも歓迎している。


 探索者は危険な仕事だが、探索者にならなければ手に入らないような見返りがある。

 夢とロマン、あるいは生活と現実。

 なにを背負って、なにを目指して迷宮へ挑むのか、それは探索者によりけりだ。


 今日のSランク探索者『カターニアの砂塵』シロッコの場合はそれが金だった。


 彼の生まれ故郷はイタリア。

 イタリアはローマを首都に持つ、北をスイスとオーストリア、西をフランス、東をスロベニアと隣接する共和制国家だ。

 

 シロッコの幼年期は恵まれたものではなかった。

 父親は物心つく頃には姿をくらまし、母親は幼いシロッコを置いて夜な夜な遊び歩き、アパートに帰宅するたびに知らない男と帰ってくる日々を送っていた。

 

 彼の友達はアパートのベランダに遊びに来る野良猫たちだった。

 野良猫たちに愛情を注ぎ、少年期の多くの時間を過ごした。

 猫たちは皆、気づけばどこかへ行ってしまったが、彼は猫たちから大切なものに愛を尊さと、仲間を大事にする価値観を教えてもらった。


 青年時代は町のチンピラをしていたが、次第にマフィアの道へ傾倒し、軽犯罪からやがて麻薬の取引までを行うようになった。


 彼には金が必要だった。

 というのも、彼を母親のもとから救いだしてくれた祖母の病気を治すために、多額の金が必要だったのだ。

 祖母の病気はダンジョン由来のもので、この世界の体系とはことなる微生物によってもたらされた難病・奇病の類いだった。


 あくどい稼業に手を染め、ボスにまで上り詰め、指先で大金を動かすほどの大物になった。しかし、祖母の病気の原因がわからない。病状は悪くなる一方だった。

 シロッコはシチリアにある町病院からダンジョン財団系列の最新設備のあるフランス病院へ祖母を移した。


 祖母はどうして自分の孫に、自分のような死にぞこないの老婆を受け入れてくれる病院を選べるのか、どこからその力──金がでてくるのか、疑問に思う事こそあったが、多くを訊くことはしなかった。

 

 ただ、一度、こう訊いただけだ。


「胸を張って生きてるかい?」


 シロッコのなかに迷いが生まれた瞬間だった。

 時を同じくして、彼の前にひとりの少女があらわれた。

 彼女は黙したまま、封筒をひとつ手渡した。

 彼とその一派がそれまでの稼業から足を洗った瞬間でもあった。

 

 彼は探索者となり、自分の足で治療法をつきとめるべく、EUダンジョン財団の運営する病院で医療科学チームと連携し、世界中のダンジョンに挑んだ。

 ファミリーの仲間からも、探索者を集い、実に22名からなるダンジョン財団所属の探索者ファミリーが誕生した。


 この探索者ファミリーは地中海沿岸から東ヨーロッパにかけては有名な探索者集団であり名を『シチリアの熱風』と言う。

 

 探索者を会社というカタチで組織的に動かす民間団体はほかにも存在するが、犯罪組織あがりのマフィア連中が、表立ってダンジョンを稼業扱いするのは『シチリアの熱風』がはじめてだった。


 『シチリアの熱風』は精力的に活動した。

 世界で唯一の奇病の罹患者であるシロッコの祖母のためだけに研究資金はでなかった。

 だから彼らは資金の5年間に渡り、計1億5,000万ユーロを出資したのだ。


 だが、彼らは間に合わなかった。

 すべては無に帰した。

 祖母の死によって。

 

 長であるシロッコと『シチリアの熱風』はその後、表舞台から姿を消した。

 最後に目撃されたのは、亡き祖母の墓標に参拝する悲しげな男の背中だった。



 ────



 ──赤木英雄の視点


 指男はシロッコとシタ・チチガスキー博士の行く手を塞いだ。


「見・つ・け・た」

「し、シロッコ!」


 シロッコはゆったりとした動作で煙草を取り出し、火をつける。

 深く吸いこむ。じりィ……っと煙草の先端が赤く熱を帯びた。

 煙を吐きだす。


 指男はそのさまを黙したまま見つめていた。

 一服の猶予を与え、無粋な攻撃をしてこない指男に、シロッコは存外に好感を抱いた。


「指男、ウラジーミルを潰して来たかぁ」

「いいえ、彼は生かしていますよ」

「ふーん。そういえば、白い鳥と黒いナメクジがいないなぁ。なるほど、あいつらには相応の能力があったらしい」

 

 シロッコは「眷属も見かけによらねぇな」と言いながら、トンプソン短機関銃をよいしょっと持ちあげ、肩に担ぐと、指男を冷めた眼差しで見つめる。サングラスの奥でどんな眼をしているのか。こいつがどんな男なのか興味が湧いてきていたのだ。


「なあ、指男、お前は悪い奴じゃあないはずだ。顔みりゃわかる。この国は俺の知っている世界とはずいぶんと違うしなぁ」

「ふん、でしょうね」


 すかして返事する指男。なおシロッコの言葉の意味はわかっていない。


「だから、お前を殺したくはない」

「ふっ」

「そこをどけ。んだ」


 指男はまっすぐにシロッコを見つめる。

 サングラス越しにばっちり目があっているのがわかった。


「ならひとつ質問をしていいですか」

「質問? この期に及んでかぁ?」

「シロッコなにをおしゃべりしている! 指男を撃て! そいつは私に歯向かったんだぞ!」

「まあ、博士、落ち着いてくださいよ。質問に答えたら穏便に逃がしてくれるかもしれないですよぉ」

「なにを馬鹿なことを言っている! どうして逃げる必要があるだッ!」

「指男なんでしょ? 指男。なら、敵にせずビジネスパートナーとして上手くやった方が良い。組織の長をやっているなら、そうするべきじゃないですかぁ」

「ぐっ、バカが、もうそんな段階じゃないだろうが……!」

「冗談ですよ……ただ殺すんじゃつまらない。まだ、バターあるんでしょう? なら、ウラジーミルを倒したご褒美をあげてもいいって話なわけで」


 シロッコは指男に向き直り「で?」と眉根で問いかける。


「なにが訊きたいんだぁ」

「あなたは探索者を殺したことがありますか」

「ある」

「……(即答かよ。人殺しじゃん。恐いわぁ)」

「それだけか?」

「経験値は手に入りましたか?」

「あ?」

「経験値、手に入りましたか?」

「……。ああ、手に入るが? そうかそうか、探索者殺しをしないとわからない情報だったな。安心しろよ、1レベル分を獲得可能だ」


 シロッコは煙を吐きながら


「ちなみに俺のレベルは301だが……倒せば美味しいかもな。倒せれば、だけど」


 と、楽しげに、挑発的に声をもらした。

 指男のサングラスが光る。


「黒服の人」

「シロッコだ」

「そうですか。シロッコさん、抵抗せず、ついてきてくれたら楽に逝かせてあげます」

「その誘いでついていくと思うか?」

「そうですか。残念です。」

「なあ、指男、わからないんだが……俺のレベルを訊いて恐くないのか」


 指男は『301』という数字を聞いてもまるで動じなかった。

 そのことがシロッコにとっては気がかりだった。

 煙草の灰を指でトントンと落としながら冷めた目を送る。


 指男には『鋼の精神』と果てしなく強靭な精神力があるので、いかなる強敵を前にしようと心が揺れることはない。

 ただ、成すべきことを成すために行動を選ぶことができる。

 そこに恐怖や、威圧、そのほかの負の感情によって行動を阻害されることはない。


「俺はSランク第10位の男だぜ。戦う前にこんなことを言うのは無粋かもしれないが、指男よ、お前が勝てる可能性は限りなくゼロに近い」

「ふっ」

「……。ここまで言ってなぜ引かないんだ。指男、お前は才能があるのだろう。なら、俺みたいな人間を雇えているこの恰幅いい老人がどれだけの大物かわからないわけがない」


 シタ・チチガスキー博士は嫌らしく笑みを深める。

 

 指男はすこし考え込み、こう返した。


「友の名誉のために」

「そうかぁ…………青いな、指男」

「そうでもないです。大人から教えてもらいましたから。時には暴力でしか不正を正せないこともあると。──今がその時だ」

「……。そこだけは正しいな。違いねぇ」


 指男はスッと手をもちあげ、ATK150万:HP300でシロッコの胸部を爆破して遥か彼方へ吹っ飛ばした。

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