因果の魔法剣


 ウラジーミル・バザロフが剣道と最初に出会ったのは母親が死んですぐの頃だった。

 当時、『人殺し』のウラジーミルと呼ばれていた彼は、路地裏の界隈では有名人であり、彼の元へ次々と厄介ごとが降りかかっており、喧嘩の一幕で木刀を持ったチンピラが剣道の技をつかって襲ってきたのだ。


 ウラジオストクは日本から近く、日本人がもっとも身近に感じるロシアだと言われている。ゆえに日本との文化交流は盛んで、剣道道場もわりとたくさんある。

 ウラジーミルは母の死後から、従軍するまでの数年間を、剣道に打ち込んだ。

 

 ダンジョン財団からの封筒を受け取り、探索者になった時、ウラジーミルが最初に覚醒したスキルも、剣道の経験が昇華されたものだった。

 条件こそ”剣道経験あり”とそこそこ緩いが、獲得者の少ないそのスキルの名は──『面打ち』である。


「スキル発動──『面打ち Lv5』」


 素早い一太刀が迫る。

 スキル『面打ち』は剣による頭部への攻撃を成功させると、DMGが1.25倍に跳ね上がる強力なスキルである。

 MP消費型で一太刀で100MPを使う。

 Lv5になると倍率は上昇し、頭部への攻撃でDMGは2.25倍だ。


 ウラジーミルは指男の”首”へ、斜め縦から角度をつけて打ち込んだ。

 これでは頭部への攻撃にならない。『面打ち Lv5』が無駄になってしまう。

 もちろん、彼には狙いがあっての攻撃個所だ。

 実は長年愛用し続けてきた結果、人間の首の上部、顎下は『面打ち』にとっては頭部判定になるのを発見していたのだ。


 つまり、その狭い箇所だけ、”首へ斬撃”をあたえるという生物にとって致命的な攻撃と、スキル『面打ち』によるDMG倍増の両方を取れるのだ。


 のど元にせまる白刃。

 その首獲った! 剣道5段のウラジーミルをして確信する。

 しかし、指男はその先をいった。


 ピタ────魔法剣の切っ先が寸前で止められたのだ。

 

 分厚い刃が1/3ほど指男の顎下に隠れているのに、そこから先へ深く斬りこめない。

 腕力で押そうとしてもだめだ。剣身がぷるぷるするだけである。

 これ以上押して斬って、指男の頭部を飛ばすことができない。


 一体なにが起こっているのか。

 防御系スキルを発動したか? と思いながらも、もうすこし注視すると、ウラジーミルは驚愕に目を丸くしてしまった。


 指男が刃を止めていたのだ。

 魔法剣の刃は完全に首に当たっているように見える。

 よく見れば、首横の産毛を剃る程度に触れている。

 ただ、やはり届いてはいない。


 後ほんの少し、ウラジーミルはぐいぐい動かす。

 だが、やはり動かない。


 刃が高速振動している魔法剣ならば、振れるだけで人体に甚大なDMGを通せる。

 それに今は『面打ち Lv5』のスキルも残っている。触れて、顎下の皮膚を切り裂いてやれば、それだけで血を見ることは容易いはずなのに、あと1mmが届かない。


(なんてつまむ力ピンチ力だ……それにこんなニアミスでのガード、どんな技量と精神ならできる……いいや、ありえない、そんなわけあるか!)


 ウラジーミルは一瞬だけ、もしかしたらこいつとんでもなく”ステータス総合値が高いんじゃ……”と思い掛けたが、すぐにそんな馬鹿な想像はやめた。

 自分がドーピング+加速スキル+ダメージupスキル+不意打ち気味で斬りこんだ、が、緩いキャッチャーフライを取るみたいにつまんで止められたわけがない、と現実的に考える。


 ウラジーミルの思考は正常だ。

 現実的に考えれば、指男は2、3個のスキルを併用して、ウラジーミルの一太刀を受け止めたはずなのだ。そうじゃないと釣り合いが取れない。


「はは、なるほど、確かに天才的だ。いまの一瞬で俺の一太刀に対して適切にスキルを発動したこと。そもそも、こういう状況にも対応できるようにスキルを厳選して取得し、実践に耐えるようレベルアップさせ熟練度をあげていたこと。全部が正解だ」

「ふっ……(なんの話してんだ、このデカい人)」

「だがな。貴様はすでに失敗しているんだ。致命的な失敗をな」

「失敗……か。ふん……(その話もうちょっとわかりやすく)」


 会話についていけてないから、とりあえず「ふん」「ふっ」と言ってわかっている風に見栄を張って乗り切ろうとする指男。

 外面だけ見たら非常にクールで、大物だ。

 歴戦の猛者を思わせる雰囲気すらある。あくまで雰囲気だが。

 頭のなかは「人間て倒したら経験値でるのかなぁ~? だとしたら魔法陣のうえで倒したいよなぁ~」と、経験値の事しか考えていない。


「ちーちーちー!(訳:流石に人間を経験値にかえるのはモラル的にやばいちー!)」

「ぎぃ(訳:我が主よ、そこから先は暗黒面では?)」

「え? 何言ってるかよくわかりませんけど、死んでもシマエナガさんのスキルで、どうせ生き返るんでしょ? なら殺してもでぇじょうぶっしょ(クズ外道)」

「ち、ちー(訳:もう手遅れちー……)」

「ぎぃ(訳:もうただの厄災では?)」


 指男は魔法剣をつまんで受け止めながら、ペットたちとなにやら相談している。

 ウラジーミルの額に青筋が走る。


(舐めやがって、このヤボンスキーのガキ……)


「──おい、ガキ、俺を怒らせたな?」

「あーあ、指男のやつウラジーミルを怒らせちまったよぉ」

「やれッ!! その身の程知らずどもを消し飛ばせ、ウラジーミル!」


 シタ・チチのギャラリーたちがうるさい。


「ゆ、指男ぉ~……!」


 チーム指男のギャラリーもうるさい。


「もう遊びはおしまいだ──」


 ウラジーミルはスキル『斬り返し Lv4』『必中 Lv4』を発動した。

 

『斬り返し』はその名の通り、剣を用いた攻撃を行った後の、斬り返す攻撃がよりスムーズに、より迅速になる攻撃補助系のスキルだ。

 MP消費はわずか50である。

 これがあると剣術の次元がひとつあがる。

 Lv4にまで高められた『斬り返し』は予備動作がほとんどなく、相手に次の動作を察知されずに斬り返すことが可能になる。また、スキル使用者本人のステータス”技量”が十分ならば、斬り返し成功時に1.5倍のDMGボーナスを獲得できる。


『必中』は次の攻撃の命中率を飛躍的に向上させる攻撃補助系スキルだ。

 Lv4のそれは、腕の良い狙撃手が使えば1,000m先の100円玉も98%の命中率で撃ち抜けるようになるだろう。

 ステータス”技量”が十分に備わっている達人剣術家が使えば、因果を捻じ曲げて、”当たった”という暫定結果を相手の運命に刻むことが可能になる。


 それすなわち回避不可能・防御不可能の必殺剣である。


 ウラジーミルは『斬り返し Lv4』で滑らかに剣を引く。

 指男はつまんでいた剣がすべるように抜けてしまい「あ」と口を半開きにした。


 その一瞬のあと、返す魔法剣が指男の反対側の首筋へ吸い込まれるように斬りこんだ。今しがた止められたのとは反対側の首筋だ。


 指男は返す刃を目で追い「ここ」っと、またつまんで受け止めようとする。

 だが、”ウラジーミル・バザロフの剣は指男の首筋へ到達する”という結果はすでに『必中 Lv4』により、指男自身の運命に刻まれている。

 

「ん? (あれ、腕が動かないんですけど? あれ? これ斬られるんじゃね?)」


 ウラジーミルの二撃目を止めようとした左手が、見えないなにか押さえつけられてしまった。因果へ干渉し、現実を歪曲させる力の恐ろしいところだ。人間では決して抗えない。


「これが世界の広さだ──因果の魔法剣スヂパー・クォデネンツ

 

 魔法剣が激しく発光し、そして指男の首筋に刃が叩きつけられた。

 轟音が響いた。通路全体にひび割れが広がり、市民会館の窓ガラスがいっせいに破裂した。地震が地上に降りてきた。

 塵埃が盛大に舞いあがり、周囲の視界を完全に奪ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る