何と戦っているんだ


 『冷原の巨人』ウラジーミル・バザロフの放ったスキル多重発動の必殺技、因果の魔法剣スヂパー・クォデネンツはその名の通りに、指男の首筋に鋭く斬りこんだ。


 その余波だけで建物全体が轟音につつまれ、揺れるほどの威力だった。


「なんという衝撃力だ、はは、これでは骨すら残っていないかもしれないな! はっはっは」


 ウラジーミルの10mほど後方でベガ立ちしていたシタ・チチガスキー博士は、焦げた大盛ひげをしごきながら、高らかに笑った。

 ロン毛の男シロッコは、新しいたばこをくわえて火をつけている。


 シタ・チチガスキー陣営が勝利に酔って、弛緩している一方でひとり身を固くしている者がいた。

 

「……なんで……どう、して……どういう原理、なんだ……」

「む? どうしたんだ、ウラジーミル」


 首をかしげるシタ・チチガスキー博士。

 シロッコはたばこに火をつける手を止めて、鷲のような眼差しでじーっとウラジーミルの分厚い背中とその先を見つめ──察した。


「ああ、なるほど……シタ・チチガスキー博士、どうやら、ここいらで撤収も視野に入れたほうがいいみたいですねぇ」

「なにを言っているのだ、シロッコ」

「もしかしたら、ウラジーミルは負けるかもしれない、ということですよ、博士」

「なっ?!」


 シロッコはシタ・チチガスキー博士の首根っこを掴んで、ザっと駆け出して逃げていく。


 取り残されたウラジーミルは油汗を額いっぱいにかいて、力の限り魔法剣を押して、奴を斬ろうとしていた。

 

 すべてがおさまり、塵埃が晴れると、なにが起こっているかは明確になった。


 魔法剣はたしかに指男の首筋に命中した。

 しかし、同時に止まってもいたのだ。

 首の皮を1mmばかり薄く裂いて、ごくわずかに血を流させたところで、だ。

 そこで魔法剣は完全に静止していたのである。


 指男はガードなどしていない。

 言語化が難しいが、おおよそ”首の筋肉で受け止めた”という解釈がもっとも適切なのであろう。あるいは指男には受け止めたつもりすらないのかもしれない。


 ウラジーミルは指男の首筋に斬りこむ直前に『面打ち Lv5』と、MP500消費してATKを200,000加算する『強打 Lv5』も追加していた。

 4つだ。

 『面打ち Lv5』『斬り返し Lv4』『必中 Lv4』『強打 Lv5』、これら4つのスキルを併用して放った一撃──それが、Aランク第5位探索者『冷原の巨人』ウラジーミル・バザロフの因果の魔法剣スヂパー・クォデネンツだったのだ。


 概算でもATK80万前後の強力な攻撃だったはずだ。


「ありえない……不可能だ……俺の剣を生身で受けて、なんで、こんな……嘘だ……」


 眼前の事実を否定するべく、ウラジーミルは何とか魔法剣を押し込もうとし、カタカタと剣身を鳴らしていた。しかし、やはり剣は動かない。

 

 当の指男はその場に突っ立ちながら「痛くない……?」と小首をかしげる。


(最悪、シマエナガさんに蘇生してもらえばいいやって思ってたけど、意外とダメージなかったですねぇ。うーん? さてはこの人、雑魚だな~? 体大きいからやばい人だと思っちゃったじゃん。まったくもう~(※元Aランク第1位)


「はあ、素人さん、でしたか。なるほどなるほど、確かに剣ってカッコいいから振り回したくなっちゃいますよね。でも、ダメですよ。俺、こう見えても結構つよつよ探索者なんで、流石に素人には負けませんから」


 そう言って、指男は魔法剣をつまみ「よいしょ」っと首筋から刃を離させる。

 まるで抵抗できない腕力にウラジーミルは蒼白になった。


 パッと手を離し、指男はウラジーミルの胸へ掌底を打ちこんだ(あばら骨亀裂骨折)

 なお拳を固めてパンチしなかったのは過去に兄を殴った経験から、人を殴ると手がめっちゃ痛くなると知っていたからである。


 ウラジーミルは血を吐いて、ぼーんっと10m先まで吹っ飛んでいった。


 リノリウムの廊下をスーッと滑っていく。

 

「くっ!」


 ウラジーミルは負けじと跳ね起き、カンフー映画のようにシュタっと立ちあがる。

 指男は奪った魔法剣をぽいっと捨てる。この男に剣は必要ない。


(想像をはるかに超えて来やがった……あの尋常じゃない防御力……防御スキルを使ったのは間違いないはず……だが、『斬り返し Lv4』の速さに間に合わせるやつなんて初めて見たな……)


 ウラジーミルは自身のステータスに視線を走らせる。

 HPの残存量から計算すると、どうやら500ほどのダメージを受けたらしかった。

 探索者から攻撃を受けたと見た場合かなりデカい数字だ。


(なるほど。今の掌底もスキルか。体術スキルまで用意しているなんて、準備のいい奴め。スキルのメモリが多いのか? わざわざ体術なんて残しておかないだろ……)


「これほどの探索者がいるとはな……なるほど、世界の広さを知らなかったのは俺の方か……」

 

 ウラジーミルは自嘲気に口角をあげ、懐からペン型注射器をとりだすと首に打ち込んだ。さらにもう一本。そして、もう一本。3本ドーピングを追加する。

 

「認めよう、ヤポンスキーのガキ。貴様は俺と同クラスの探索者だ」


 新しい魔法剣を二振り『シタ・チチ収納 ver2.1』から抜剣する。

 右手と左手に一本ずつ握りしめると、口から熱い息を吐きだした。

 

 どうして危険なドーピングをこれほどに躊躇なく使う気になれたのか。

 ウラジーミル自身わかっていなかった。


 元Aランク第1位としての矜持だろうか。

 舐められたことへの憤慨だろうか。

 あるいはもっと純粋な……興奮だろうか。


 ウラジーミルは燃えるように熱くなる肉体とは裏腹に、冷静な頭で自分が高揚していることを自覚した。


(ああ、そうか、俺は今、挑戦者を迎え撃つ王から、好敵手への挑戦者になったのか……)


「お前の防御と、俺の攻撃、どっちがうえか試させてもらおう!」


 ウラジーミルは最大の覚悟をもって、加速系スキル『踏み込み Lv5』で指男にせまろうとし──その瞬間、顔面が爆炎に飲まれた。


「うがア!?」


 いきなり顔が爆破されれば、誰だろうと驚くし、激しい苦痛を感じるものだ。


 指男の『フィンガースナップ Lv6』が命中し、甚大なダメージを受けたウラジーミルは大きく後退させられた。

 ステータスを見れば受けたダメージは『14,700』ほどであった。

 唖然とし、燃えるような体温になっているにも関わらず、背筋に冷たい物を感じた。

 探索者に攻撃されたにしてはデカすぎる数字だったからだ。

 

 というのも、探索者にはダンジョンと戦うための星の加護がついており、それゆえに大きなダメージを受けにくいという共通の特性がそなわっているのだ。

 対モンスターに与えるダメージの1/20~1/100ほどしか受けないようになっているとされている。ウラジーミル・バザロフは当然このことを知っていた。


 探索者    モンスター

 ATK1万 → DMG1万

 モンスター  探索者

 ATK1万 → DMG100

 探索者    探索者

 ATK1万 → DMG100


 ゆえに指男がウラジーミルへ与えた14,700ものダメージは、対象がモンスターだったら100倍の1,470,000(147万)になっていた可能性があるということになる。

 被害域を絞らずに最大化させれば、日本の平均的なサイズの一軒家をたやすく蒸発させ、ついでに庭まで丸焦げにして消滅させ、付近の家々を全壊させ吹き飛ばすだけの威力の攻撃だったということになるのだ。


 さらに恐ろしい事に、あくまでDMGなので、実際のATKはもっと高かったはず。

 現にウラジーミルはいくつかのダメージ軽減の異常物質アノマリーを身に着けているのだから。


 訳もわからないまま、14,700ダメージを許してしまった。

 その事実にウラジーミルは戦慄を隠せなかった。


 ──────────────────

 ウラジーミル・バザロフ

 HP 4,229/19,412

 ──────────────────


(指男の攻撃が見えなかった……。遠隔攻撃なのは違いないが、なにかを撃った感じにも見えなかった、なんだ、なにをしたんだ……っ、わからない! 次に同じ攻撃をされたら、俺は、俺は……──)


「防御力も、攻撃力も……規模感が違う……俺は、いったい何と戦っているんだ……」


 自身よりもずっと体躯で劣る青年に底知れない強さを感じていた。

 そうしてようやく、ウラジーミルはは自分が何かとんでもない奴を相手にしていることを悟った。


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