RUS Aランク第5位『冷原の巨人』ウラジーミル・バザロフ
ウラジーミル・バザロフはロシア連邦極東ウラジオストクの貧しい家庭に産まれた。
父親は母親と出会ったあと、ほどなくして彼女をおいて姿を消してしまった。
そのため、ウラジーミルは父親の顔を知らなかった。
母親は女手ひとつでウラジーミルを育てようと決心し、彼を出産、産まれた時の体重は驚異の5,523g、経験豊富な助産師たちでさえはじめて見るほどの大変におおきな赤ん坊であった。
母親は我が子を愛情いっぱいに育てた。
産まれた時からわかっていたように、ウラジーミルはたくましく育っていった。
荒れた10代を過ごしていた母親は、自分の子にはしっかりとした人生を送ってほしいと思い、家庭教師を雇い教育熱心にウラジーミルに接した。
決して裕福ではなかったが、ウラジーミル母の深い愛情を感じて育った。
14歳の頃、ウラジーミルの母親が家庭教師に殺された。
いかなる諍いがあったのか定かではない。
唯一の家族を殺されたウラジーミルは激昂し、家庭教師を刃物で36回刺して殺したあと、冬の湖に沈めてしまった。
情状酌量の余地があるとされ、服役せずに済んだが、だからといってそれが彼の人生をまともにしてくれるわけもなかった。
遠い親戚に引き取られ、そこで数年を過ごし、のちに従軍、いくつかの紛争を経験し、33歳の頃、ダンジョン財団から声がかかった。
彼は天賦の才をもった探索者だった。
身長2m12cm、体重110kgという超ド級の規格をもち、軍隊で鍛えられた強靭な精神すらもっていた。
「探索者にとってもっとも大事なステータス? 筋量、技量、いろいろありますが……そうですね、私が思うにやはり、精神でしょうか、ね」
世界的に評価される探索者『銀行員』はそう語る。
元より過酷な環境であるほど、人間の精神力は鍛えられるもので、とりわけロシアの寒冷な気候は、かの地で探索者をする人間たちの精神ステータスの平均値の高さに深く関係しているとされる。
そんな強者が集まるRUSダンジョン財団本部に所属するAランク探索者のダンジョン攻略能力は、他国の探索者と比べて頭一つぬけているとすら言われている。
ウラジーミル・バザロフを一躍有名にしたのは、シベリア南西部ウコク高原に発生したクラス2ダンジョンでの攻略劇だ。
当時、ロシア全体で数多くのダンジョンが同時多発的に発生していた。
当局は対応に追われていた。
ダンジョンの発生頻度が高かったことも理由としてあげられるが、とりわけほかのダンジョンの攻略の遅延が尾を引いていた。
国外から探索者を招致することで、いくばくか対処を間に合わせていたが、それでも慢性的な探索者不足のせいで首が回らなくなっていたのだ。
そんななかで、当時Bランクにあがり立てだったウラジーミルはダンジョン対策本部が設置されるよりも以前に、単身でこのウコク高原クラス2ダンジョンに挑み、なんとダンジョンボスをたったひとりで討伐して出て来たのだ。
その時、誰かが彼をこう呼んだ──巨人が迷宮を破壊してきた、と。
以降、頭角を現した彼は世界的にも著名な探索者のひとりとなり、そして、Aランク第1位まで昇りつめた。
しかし、すぐのちに探索者としての活動を減らしていった。
彼が次なる活躍の場としてどこを選んだのかは、誰にもわからない。
活動しなければ、徐々にランクは抜かされていく。
だが、活動を休止して5年が経った今なお、彼の名がAランク第5位にあることを鑑みれば、当局が彼の帰りを心待ちにしていることは語るべくもない。
────
最初に動いたのはロン毛の黒服だった。
煙草を指ではさんで口から離すと、肺一杯に空気を吸い込んだ。
「スキル発動──『集団火葬 Lv5』」
吹き吐かれるのは爆発的に膨張する火炎。
ホール前の廊下は一瞬にして超高温の灼熱に包まれてしまった。
『集団火葬』は使用回数を消費して使えるタイプのスキルだ。
スキルには習得が比較的用意な個人差の少ない物と、個人差のおおきなものが存在する。
例えば、クソ雑魚スキルとして名高い『フィンガースナップ』は、一見してクソ雑魚なうえ、条件が”指パッチンができる”という緩い物なので、誰でも習得可能と思われるが、意外と習得できる者は少ない。名前だけ先行しているが、実際のスキル保有者は全世界でも100名にも満たないほどだ。
逆にこの『集団火葬』は条件こそ”人間の死体を複数燃やす”という特殊な経験が必要とされるが、条件さえクリアしてしまえば、新しいスキルとして覚醒する可能性が高いスキルとなっている。
『集団火葬』の優秀さは、ダンジョン財団お墨付きであり、日に3回という縛りこそあるが、MP消費なしに使える火属性攻撃として非常に優秀な火力をもっている。
Lv5ともなれば金属すら焼き切るほどの高温の炎となる。スキル使用者がその気になれば200m先まで届き、鋼を溶かすことも可能だろう。
指男とドクターが立っていた通路は横に狭く、縦に低いかった。
ただでさえ回避が難しい環境に、これほどの範囲攻撃をたたきこまれては避ける手段などなく、また『集団火葬 Lv5』の火力を受けるための防御手段をとっさに展開することも難しい。
シタ・チチガスキー博士は愚か者の焼死体が見れると思い、白い歯を見せて微笑んだ。
その時だ。
あの音が響いたのは。
──パチンっ
業火の中にあって、その音は不思議なほど軽快に響き渡った。
よく乾いたその音は、激しさのなかにあって最も耳に入ってくる。
それ自体がまるで独自の法則に従っていて、ほかのあらゆる雑音・騒音たちとは違うチャンネルを通して人間の知覚にアクセスしているかのように。
指男はATK25,000:HP5で指をごくごく軽く鳴らし、真正面から『集団火葬 Lv5』を撃ち返したのだ。
ドクターは目が飛び出るほどに見開いて、声を失っている。
一方、炎を挟んで反対側、シタ・チチガスキー博士たちもまさかの事態に狼狽していた。
狭い通路を燃やし尽くすつもりが、なぜか津波が堤防に当たって跳ね返ってくるかのように、『集団火葬 Lv5』はナニかに遮られ、逆に自分たちがいる方向へ1mmの隙間なくすべてを焼き尽くす”死”として牙を剥いてきたのだから。
「シロッコぉ!! 貴様はなにをしているんだッ!?」
怒鳴るシタ・チチガスキー博士。
「返された……? 威力はだいぶ絞りましたけど、ATK20,000くらいは出したつもりですけどねぇ」
ロン毛の男──シロッコはぼそっとつぶやき、ふっとろうそくの火をかき消すように息を吹いた。
跡
瞬間、『集団火葬 Lv5』は嘘のように威力を弱め、またたくまに消失してしまった。残るのは真っ黒に焦げ、焼け落ちようとする通路だけだ。
その黒こげの向こうに指男は立っていた。
服には一切の焼けた跡はなく、また彼の立っている場所から背後はまるで焦げていない。
指男がなにをしたのかわかってはいなかったが、それでも『集団火葬 Lv5』をたやすく防いで見せたことは自明だった。
「もういい、俺がやる」
筋骨隆々の黒服は『シタ・チチ収納 ver2.1』の内ポケットをまさぐり、注射器をとりだす。ペン型と呼ばれるカートリッジ式の注射器だ。
アイテム名は『デスペラードの強靭剤 25』。
かの天才発明家、地獄道がつくりだしたダンジョン装備『強靭剤』を研究し、成分配分を見直し、改良をくわえたコピー製品である。
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『デスペラードの強靭剤 25』
注意書き:ドーピングは1日1本
体力を1,000回復させる
全ステータスを25%上昇させる
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黒服はペン型注射器を打ち終わると、ぽいっと捨て、コキコキと首の骨を鳴らす。
ロン毛の男は肩をすくめて一歩さがる。
「指男といったか。貴様にはなんの恨みもないが、雇い主がああいっているんだ。ここで死んでもらうほかない」
「あんたは話がわかりそうだけど、あの邪悪なシタチチスキに従っている以上、どうせろくでもない人間なんだ。大人しくついて来て経験値になってください」
「何を言っているかまるでわからないが、貴様が俺を舐めているということはよくわかった」
筋骨隆々な黒服は魔法剣を軽くふった。
すると、通路に斬撃跡が走った。
「俺の名はウラジーミル・バザロフ。ヤボンスキーのクソガキ、すこし才能があるから己惚れているようだが、ここいらで世界の広さを知り絶望して死んでおけ」
そう言うと黒服──RUS Aランク第5位『冷原の巨人』ウラジーミルは、わずかに腰を落とした。直後、巨影がかききえた。
次に姿を現したのは指男の目の前だ。
その時にはすでに魔法剣の白刃が、指男の喉元に肉薄していた。
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