暗闇の底へ


 

 ジウが補給拠点にて編成した探索者チームはその場に居合わせた者たちすべてを含めた32人から成った。

 探索者チームはダンジョンが崩落するという前代未聞の事件に直面しながらも、より深刻な事態に陥っている可能性が高い前線の探索者たちを救うために、より深い階層へ足を進めることにした。


 まずジウと探索者たちは物資を補給拠点の外へと移動させた。

 多くは崩落の時に潰され、また悪意ある攻撃者によって爆破さえされたが、すべてがダメになったわけではない。


 26番目の通路を使って数時間の作業ののち、拠点を閉鎖空間から外へ移動させることができた。


 32名のうち、ジウは個人的に信頼できると踏んだ16名に拠点に残ってもらった。本当なら皆で階下へ行きたかった。ただ、そうにもいかない。リソースは限られているのだ。ゆえに半分の人出を割いて、それを怪我人への対応と悪意ある攻撃者への備えとした。


「ジウさん、それはいったいなんなのだね」

「……。『花粉ファイター』さん、これは地上から送られたダンジョンマップです。現在22階層までのマップが対策本部のもとにはあります。それを取り寄せました」


 ジウは涼しい顔で今しがた完成した地図を広げる。

 その地図はジウが手書きしたものだ。ダンジョン財団が誇る高位探索者たちの驀進攻略と、攻略速度に定評がある『ミスター』が持つ異常物質アノマリーにより、地上には”下層へ降りるためだけの道”がリアルタイムで手に入るのである。もちろん全体のマップではないので最短効率ではない。


 通信手段が制限されているため、15階層の補給拠点には一手遅れて情報が共有されるので、ジウはそのラグを黒電話『暗黒通信師』と紙とペンで埋め合わせたのである。


「……。では、行きましょう」


 ジウと16名の探索者たちは階下へ降り始めた。

 この場にいる全員がBランク以上のプロフェッショナルな探索者しかいないのと、下層をある程度探索しているために、足取りに迷いはなかった。

 

 20階層まで降りて来ると、途端に皆の表情が変わった。


(……。皆さん、ベテランではありますが、ボス部屋直行ルートでもないのに階層を降りるのにはやはり抵抗があるようです)


 通常、Bランク探索者は20階層で探索制限にひっかかる。

 いかに全探索者上位2%のチカラと言えども、気を抜けば死ぬ、そんな世界が広がっているのだ。


 ガヂン


 火花が散った。ダンジョンの壁に亀裂が走った。 


「花粉にまみれて死ぬか。血にまみれて死ぬか」


 突如として、市販の薪割り斧を地面に叩きつけるのは浅黒い肌の男。

 豊かな髭のしたに隠れた口元がもぞもぞ動く。


「私だったら後者を選ぶがね」


 探索者たちは偉大なる戦士の言葉に鼓舞され再び歩み始めた。

 なおこの場にいる者のなかで花粉ファイターの言を理解した者はいない。だが。それでいいのだ。人間は理解したいようにしか理解しないのだから。あるいはそれこそが花粉ファイターの言いたかったことなのかもしれない。


 ジウは帽子の位置を直し、「こほん」と咳払いをすると「慎重にいきましょう」と軽快な足取りで進んだ。


「……。これはまた、ずいぶんと奇妙なことになっていますね」


 22階層を進む一行の前に突然として現れたひたすらの虚空に一同は驚愕を隠せなかった。ぽっかり穴がダンジョンの通路の行く手にいきなり現れたのだ。穴によって遮断された通路の先は見えない。いったいどれほどの直径を誇るのかまるで想像がつかないほどに広大な空間だ。


 ジウは膝をおり、空を掴む。

 握った手を開けば、黒い霧のようなものがあふれてきた。

 

「……。ふむ、これは”暗黒の霧”です」

「ジウさん、この穴のことがわかるのかね?」

「……。いいえ、詳しくはなんとも。ただ、この下に暗黒の使徒がいる可能性があります」

「暗黒の使徒、かね」


 花粉ファイターは神妙な面持ちになる。心当たりがある顔だ。

 他方、Bランク探索者たちはなんのことを言っているのかわからないと言った風に困惑している。


 ジウは懐から短剣を取り出した。刃に模様の刻まれた雅な装飾のある短剣だ。

 その切っ先で手のひらを数センチ切り裂いて、血をぽたぽたと穴のそこへ垂らした。


(スキル発動、『血界蠅』)


 鮮血は重力のままに黒い霧のなかへ落ちていく。

 血は探索者たちの視認できなくなった段階で蠅に姿を変えて、穴の底を目指し始めた。血は古いスキルだ。蠅はそのなかでも禁忌的な存在を意味する。


(……。もう誰も覚えていないでしょうが、念のために隠して置きましょう)


 ジウは索敵をしている間、

 探索者たちは思い思いに、穴の底を覗き込んだりしていた。


「どうだったね、ジウさん」


 花粉ファイターに声をかけられ、ジウはふりかえった。

 素知らぬ顔で穴の底を指さす。


「……。霧が濃すぎて底まで届きませんでした」


(……。暗黒の霧、やはり神秘のチカラを蝕む効果があるようです。これでは蠅の活動範囲も制限されてしまいますね)


「つまり……それってどういうことでしょう?」


 すぐ近くにいた探索者のひとりが心配そうな顔でジウの次の言葉をうかがった。


「……。降りるほかないでしょう」


 引け越しの探索者へ、彼女は努めて冷静に告げた。


「暗闇の底へ降りる、であるか。ふむ、花粉のなかに身を投じるのに等しい行為であるな」

「……。拠点を襲って来た鉤爪の男といい、この暗黒の霧といい、厄介なことになりました。こういう緊急事態にこそ修羅道さんがいてくれればよかったのですが……」


 ジウは眉間にしわを寄せ、穴の底を睨みつけた。


「……。しかし、どうしましょう。底へ降りるのはよくてもこれでは登って帰って来ることができません」

「では、ここは私がやろう、なあに、スギ花粉を絶滅させるよりずっと簡単なことだよ」


 花粉ファイターは一歩前へ歩みでて、ポケットをまさぐると、ぽいっとナニカを通路の天井に投げつけた。

 途端、天井に樹の根が張り巡らされ、次の瞬間には一直線に硬く太くたくましい巨木が生え始めた。


 樹はダンジョンの通路を突き破って、そのまま暗闇の底へまっすぐにレーザービームのように成長していき、やがて成長は止まった。


「花粉を狩るために私は生涯を捧げて来たのだよ」


(……。どうやらこの言葉だけですべてを納得するしかないようです。Aランク探索者、やはり得体のしれない方ばかりです)


 ジウを含め居合わせた探査者たちは、花粉ファイターに畏怖畏敬の眼差しと、意味不明の超能力に戦慄せざるを得なかった。とはいえ、未知の暗闇に挑む味方としてこれほど心強い不審者もそうそういないのもまた事実である。






















 




 ─────────────────

 こんにちは、ファンタスティックです


 エルデンリングがひと段落し、月の王女、ラニ様に養われる運びとなったものですから、使える時間が増えまして、なのでちょくちょくコメント返信再開しつつ更新頻度を復活していきたいと思います。アーカムの物語のほうも更新するつもりですから、いましばらく待っていて欲しいです。

 それとサポーターの皆さんコメントを添えてピザ代コーラ代送ってくれてるようですね。メッセージ読んでます。大変助かってます。ありがとうございます。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る