JPN Aランク第9位『正義の議員』長谷川鶴雄


 かつて世に名を轟かせた恐ろしい政治家がいた。

 名を長谷川鶴雄はせがわつるおという。

 今日のAクラス第9位探索者である。

 

 長谷川鶴雄は体力に恵まれた快男児であった。

 高校・大学とラグビーを経て、たくましい精神力と体力を身につけ、父と同じ政界への進出を果たすことになった。


 すべてが順調に行くかと思われた。

 だが、なにひとつ順調には行かなかった。

 この男は少し変わっていたのだ。


 彼が掲げたマニフェストは”不屈の正義”だった。

 腐敗と停滞に甘んじる日本の政界を変える、というものである。

 具体的には不正に絶対に屈しない姿勢をうたい、すべての不正をぶん殴り倒し、暴力で正義をとりもどす、という破天荒にすぎるマニフェストであった。


「税金浪費の舐めた国会ばかり開きやがって! 国会議員を舐めるんじゃあねえ!!」


 彼は実行した。有言実行こそがもっとも誠実な行いであると信じて、迷いを最初に殴り倒し、悪政への叛逆をはじめたのだ。

 黒い噂のある政治家たちを次から次へと殴り倒していった。いつしか長谷川鶴雄は『正義の議員』とメディアで騒がれることになった。

 長谷川鶴雄にぶん殴られた多くの者が引退を余儀なくされ、悪い事をしていたやつらは逃げるように政界から離れて行った。


 しかし、正義は敵をつくりすぎた。

 皆が彼のことを恐れた。悪党どもは狡猾に立ちまわり、長谷川鶴雄はいつしか政治家として生きる道を絶たれてしまった。

 

 政界を離れたあとはヨーロッパを転々と遊学した。

 学び続けるなか、長谷川鶴雄は世界を見た。

 多くを知り、多くを経験した。


 そして、彼はひとつの真理を悟った。


 それは、暴力は万病の薬であるということ。

 暴力こそすべてを解決できる、たったひとつの手段であるということだった。


 危険な思想に燃えていた35歳の夏、彼に転機がおとずれた。


 ダンジョン財団から「探索者として活躍しないか」と声がかかったのである。

 彼はすぐに帰国し、探索者としてのキャリアをスタートさせ、あふれる熱量をダンジョン生活へと注いだ。

 

 『正義の議員』の名声はまたたくまに日本ダンジョン界隈にひろがり、かつての鮮烈な暴れっぷりもあいまって、名実ともに最高位探索者の地位を獲得した。


 3ヶ月前の群馬クラス3ダンジョンは久しぶりの大型ダンジョンとのことで、日本中から名うての探索者が集まっていた。海外からの出張もいくらかあったほどだ。


 長谷川鶴雄も当然のように群馬に出撃した。


 出張になる時は、いつも朝早くから家を出る。横浜の自宅から車で移動するため、混雑を避ける習慣が自然と身についているのだ。


 早朝、まだ暗いうちに、背広に腕をとおし、妻にネクタイを締めてもらう。

 政界から迷宮へ、己の戦場を変えようとも、この習慣だけは変わらなかった。


 長谷川鶴雄は学生時代からの連れである妻に、幾ばくかの負い目があった。

 それは大きな夢を見せてやるといい彼女を名家から奪うようにしてきたと言うのに、その夢に破れ、あげく数年間ほったらかしにして、遊学と言う体で外国を渡り歩いたためだ。


「鶴雄さん、どうしても行くんですか」


 長谷川鶴雄の妻は、彼がおおきなダンジョンに挑む時には決まってこう問うのだ。

 正義の議員は決まって「ああ!」と応える。


「もう無理はしなくていいんですよ」

「無理などしていない。大義を成すために生きる。意義無き人生に価値はない」

「そうですか。では、今度も怪我をせず、ちゃんとここへ帰ってきてくださいね」

「ああ」


 長谷川鶴雄はクラス1のちいさなダンジョンでも勤勉に挑む、真面目な探索者だった。そのため、いつでも忙しく日本中で活躍していた。

 

 群馬クラス3ダンジョンのダンジョンボスが倒されるなり帰宅した。

 高校生の息子と娘は、そっけない態度をとるものだが、それでも内心は偉大な父親に尊敬の念を持っていた。


 年が明けてからも長谷川鶴雄は、忙しいダンジョン生活を送っていた。

 そんなある日、日本ダンジョン界隈に激震が走った。


「クラス4ダンジョン? 何年ぶりだ?」

「20年ぶりだってよ」


 此度も長谷川鶴雄は背広をまといネクタイを締める。いついかなる時でもこれが彼の正装バトルドレスだ。

 

「鶴雄さん、どうしても行くんですか」

「ああ」


 いつもの会話がされ、妻は夫の胸に真っ赤に燃えるブローチを乗せる。

 情熱の赤い色は、長谷川鶴雄の学生時代から燃え続ける闘志にピッタリな色だ。


「痛っ」

「大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。ブローチの止め具で、すこし刺してしまったみたいです」


 白い指先に、朱色の血玉。

 顔では微笑みをつくった。

 だが、長谷川鶴雄の妻は、その血の赤に不吉を感じざるを得なかった。


「今度も怪我をせず、ちゃんとここへ帰ってきてくださいね」

「ああ」


 こうして長谷川鶴雄は、千葉クラス4ダンジョンへと赴いた。

 ホテルのフロントでチェックインをする。最高位探索者の部屋は当然のごとくスイートルームである。

 フロントでしばらく待っていると、隣のカウンターに探索者がやってきた。とても若い青年だ。


「む、この青年は……」


 真っ黒のサングラスをかけ、左手にはジュラルミンケース、焦げ茶色のコートに身を包んだ青年がいた。

 群馬クラス3ダンジョンで見かけた青年だとすぐにわかった。

 若いのでよく覚えていたのだ。


「ん、なんですか?」

「以前、群馬ダンジョンで会ったじゃないか」


 青年は顎に手をあて「会ったかな……」と疑問を頭のうえに浮かべている。

 

「ほら、額の傷を見せびらかしてきていた時に話しかけてくれたじゃないか」

「ぁ、バリー・ボッターの……その節はどうも……(思い出したくなかった)」

「若いのに凄さまじい勤勉さだ。もうAランクとはな、相当な才能があるようだ」

「どうも。でもそろそろ限界ですよ。レベルもあがりにくくなってきましたし、ピンハネも加速してるんでね、はは」

「ピンハネ? みすみすそんな不正を許しているのか? それはいただけないことだな。不正を解決する手段を教えてやろう」

「そんなものがあるんですか?」

「ああ。暴力だ。ぶん殴れ」

「……(あんまり関わらない方がいい人だ)」


 青年は苦笑いして、そうそうにフロントからエレベーターへ。

 長谷川鶴雄はいっしょに行こうと後を追いかける。

 青年は危険人物がついてきているとわかると、エレベーターから階段に切り替え「それではここで」と釘を刺して、なんとか危険人物から離れることに成功した。


 ダンジョンの事前調査が終わるなり、長谷川鶴雄はすぐに攻略に乗りこんだ。

 最前線組として攻略に連日挑んだ。

 

(ダンジョン攻略から数日しか経っていないのに、もう19階層まで攻略が進んでいる。流石に最前線が分厚いな。Bランク50名、Aランク20名、そしてSランクの『ミスター』と『ダンディ』。……圧倒的な人数に加えてメンバーも尋常じゃない)


 全国各地に年がら年中、ダンジョンは出現している。

 そのどれもが放置していいわけではなく、必ずダンジョン財団と探索者が対処しなければならない。

 そのため、ひとつのダンジョンに多くの戦力が集まることはなく、せいぜいAランクが1人か2人というのが常である。ゆえに、これほどの戦力が集まることは、極稀なことであった。


(流石はクラスの4のダンジョン。だが、その規模感がかえって多くの精鋭を呼び、結果として攻略を急進的にしてしまうのだから、なんとも皮肉なものだ)


 最速で潜り、最前線を支えて来た『正義の議員』ふくめた精鋭たちは、補給拠点から侵攻しつづけていた。

 しかし、5日目ともなると、流石に多くの探索者たちの顔にも疲労がたまるようになっていた。疲労がたまると、HPもMPも満足に回復しなくなり、さらにスキルの発動や、各種ステータスにもバッドボーナスがつくようになる。


 このバッドボーナスは珍しい物ではなく、探索者が徹夜してダンジョンに挑むと、たいていはこの状態に陥るとされている。

 ただ、高位の探索者は無理ができてしまうため、数日潜ること自体は不可能ではないというだけだ。確実に負担は蓄積されていく。


 『正義の議員』は限界が来た者たちを安全に地上へ送り届けるために、ひきかえす役割を買って出た。


 Aランク探索者1名と、Bランク探索者8名を連れて19階層から15階層の補給拠点を経由して、地上へ帰還する。

 体力のギリギリ限界を攻めているわけではない、ある程度の余裕をもっての一時帰還だ。ゆえに道中に不安などあるわけもなく、地上に戻ったらどんな飯を食べようか夢想しながらの気楽な撤退だった。

 そのはずだったのだ。


 そんな道中でのことだった。

 彼らが″徘徊ボス″に出会ってしまったのは。



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