旧世界の血
地獄道さんの手に持つサンプルが黒く染まってしまいましたね。
これ俺の血なのでしょうか。なんか邪悪な気が……。
「ちーちーちー……」
「ぎぃ……」
おや、シマエナガさんもぎぃさんもわざわざ出てきて。
どうしましたか、俺の血にびっくりしちゃいましたか?
黒いですねぇ~。
「ちーちー……(訳:やはりちー)」
「ぎぃ……(訳:我々のやることは決まっています、先輩)」
シマエナガさんもぎぃさんも興味津々です。
サンプルをまじまじと見つめて……ん~可愛いですね。
「黒いダンジョン因子ですね。これはどれくらい良い因子なんですか?」
強いと嬉しいな。
特別にトチ狂った異常者って、すごーくバカにされてたけど、ここで挽回やで!
「……」
あれ? 地獄道さん沈黙していらっしゃいますよ?
口元に手を当てて……なんだか深刻な表情してます。
もしかして、あんまりよくなかった……? 因子ガチャ負けた?
「黒のダンジョン因子……まさか……旧世界の統治者たちの……」
「地獄道さん?」
「……なんです? なんかようですか……」
「いや『なんかようですか』ではなくてですね」
めっちゃ睨まれてます。
え、なに、恐い。恐いよ。
この人に睨まれるの恐い。
妹の冷たい視線より数倍恐い。
「この黒いのってもしかしてめっちゃレアだったりしますか?」
ちょっと期待しながら訊いてみます。
「タケノコ……」
「え?」
「タケノコ、タケノコ……そう、ですか……阿良々木……」
「え?」
もはや理解不能です。
タケノコ、タケノコ、タケノコ……。
地獄道さんは俺から視線を外し、黒い血をじーっと見つめるとそれを手に取って、サンプルにキャップを嵌め、サッとポケットにしまう。
「それで黒いダンジョン因子はどうですか?」
「現状Aランクまで来れていることを考えればAランク因子の赤色が濃くにごり、黒色に見えると言ったところじゃないでしょうか。とても優秀ですよ……誇ってください……。ですが、白ではありません……。これ以上の成長は難しいでしょう。なので無駄に経験値を獲得せず……そうですね、そちらの眷属にでも積極的にわけてあげて、あなたは現状のスキルとステータスで探索者としてベストをつくすべきでしょう……」
めっちゃハキハキ喋り始めましたよ、この地獄道さん。
「ちょうどいい
地獄道さんは白衣のポケットをまさぐって、ジッポライターを取り出しました。
年季が入ったメタリックな一品。
「蓋を開けば経験値を吸収して、内側に貯め込みます。火打石をこすり炎を灯せば、貯め込んだ経験値を任意に振り分けることができるでしょう」
地獄道さんはジッポライターの炎を灯し、カチンっと音をならして蓋を閉じます。
「これはあなたのお守りです。プレゼントします」
コートの胸ポケットにスッと滑り込ませてきて、トントンっと胸を優しく叩かれました。
「これを使えば、あなたは経験値を獲得せず、確実に眷属に経験値をふりわけられるでしょう。これ以上、レベルアップせずに済みます」
「へえ、すごいダンジョン装備ですね」
「……あるいはこんなもの何の意味もないのかもしれませんが……」
地獄道さんはボソっとつぶやきます。
とても寂しげな顔をしていますね。
大事な
────────────────────
赤木英雄
レベル156
HP 31,651/32,523
MP 4,125/5,743
スキル
『フィンガースナップ Lv5』
『恐怖症候群 Lv8』
『一撃 Lv6』
『鋼の精神』
『確率の時間 コイン Lv2』
『スーパーメタル特攻 Lv6』
『蒼い胎動 Lv2』
『黒沼の断絶者』
『超捕獲家 Lv3』
装備品
『蒼い血 Lv3』G4
『選ばれし者の証』G3
『迷宮の攻略家』G4
『アドルフェンの聖骸布』G3
『ムゲンハイール ver5.0』G4
『血塗れの同志』G4
『メタルトラップルーム Lv2』G4
『貯蓄ライター』G3
────────────────────
『貯蓄ライター』ですか。
────────────────────
『貯蓄ライター』
経験値は貯蓄する時代です
0/9,999億9999万
────────────────────
わあ、すっごい貯蓄できる……。
「もし眷属までもが成長限界に到達したと思ったら、連絡してください……余った経験値は財団が買い取れます……損はさせません」
連絡先の書かれた名刺を渡されました。
経験値って買い取りできるんね。
────
──地獄道の視点
地獄道は試薬により、黒く変質した指男の血を見て息を呑んだ。
暗黒に染まったその色を、彼女は知っていたのだ。
「黒いダンジョン因子……まさか……
(かつて『顔のない男』が試薬により示したという黒いダンジョン因子がこんなところで見つかるなんて……──厄災の因子……まさか、指男は阿良々木と同じ運命を辿ろうとしているというのでしょうか……?)
指男はダークサイドに墜ちて、いずれ敵として、ダンジョン財団のまえに立ちはだかる。その未来が地獄道には鮮明に見えていた。
「地獄道さん?」
「……なんです? なんかようですか……」
「いや『なんかようですか』ではなくてですね……。この黒いのってもしかしてめっちゃレアだったりしますか?」
指男はキョトンとしてたずねてくる。
その表情に嘘偽りはなく、とぼけている雰囲気もなかった。
地獄道は彼が自分の運命を知らないのだと悟った。
「タケノコ……」
指男にこの真実を伝え、もうレベルアップしないように助言しようとした。
だが、言葉がでてこない。すべてはタケノコに置き換わってしまう。
(どうして、『顔のない男』の規制が入るのでしょうか……。まさか──)
地獄道は明晰な頭脳で悟る。
いずれ訪れる指男の厄災としての覚醒は、『顔のない男』が望んでいることなのではないか──と。ゆえに、彼の邪魔をすることは誰にもできないのだと。
(指男が阿良々木に洗脳を受けた感じはしません………それに『鋼の精神』がある以上、あらゆる洗脳は無効化されるはず、加えて指男の精神ステータスは16万を越えていた、洗脳は難しい……だとすれば、これは因子に最初から組みこまれたシナリオ? 『顔のない男』と『指男』は、彼らがお互いを知らなくても惹かれあうと……? なんとも残酷な運命ですね……)
指男に接触して、まだ1時間も経っていない地獄道であったが、彼に悪い印象はもっていなかった。気になることと言えば、薬物依存症の疑いがあることくらいだ。
もし助けることができるのなら、救いたいと思った。
だが、運命の力は無情で、人間ひとりが足掻いてどうこうできるものではない。
多くを知る地獄道だからこそ、いまここで、自分にできることはなにもないとわかってしまった。それゆえにもどかしかった。
地獄道は指男に助言をした。一握の希望を込めて。
あまり直接的に「このままレベルアップしつづければ、いづれ厄災になるのはあなたです」という趣旨の警告はできない。それはタケノコレギュレーションに引っかかってしまう。ゆえにさりげなく、意味が伝わるように、迂遠な言葉を選んだ。
それが彼の運命を大きく変えられるなんて、まるで思えなかったが、なにもしないわけにもいかなかった。
『貯蓄ライター』は、彼女がこのような事態を想定して、持ってきていた異常物質だった。指男が規格外の探索者であることはわかっていたために用意していたのだ。
「それでは、あたしはこれで……」
「ありがとうございます、地獄道さん。俺、もう成長限界かもしれませんけどもっと実力を付けれるよう頑張ります!」
(頑張ってはだめなんですよ……あなたは……。頑張ればきっと厄災として覚醒し、暗黒に墜ちてしまう……。あなたはレベルアップをやめられないかもしれない。成長し、世界を終わらせる衝動に抗えないかもしれない……。ですが、もしあなたの意思で運命を拒むことができるのならば、あるいは『世界終焉シナリオ』の予言通りになるかもしれない……どの未来を選ぶかは、あなた次第ですよ、赤木英雄)
地獄道はカフェを出る。
ふりかえれば、窓際の席で眷属の白い鳥と、黒いナメクジとともに、今しがた手に入れた
親に新しいおもちゃを買ってもらった子供のように無邪気な顔で「すげー、ジッポライターかっけー」と楽しげにしている。
「あなたの運命が良いものになることを祈ります……」
「へい、地獄道」
「ん?」
声にふりかえると、車道に白塗りの高級車が停車していた。
運転席の窓が、ビーっと開ていく。
キリっとした目つきの少女が乗っていた。
絹のように白い髪。
色気の宿る褐色の肌。
豊かにふくらんだ双丘。
まだ酒も飲めぬだろう年齢のはずなのに、誰もが求めて羨む、
黒いスーツにに黒いネクタイをビシッと締めて、暗黒のコートを羽織っているため、いくばくかそのエロティックな部分は隠されている。
彼女の名前は畜生道。
下の名前はあまり有名じゃない。
畜生道はゆったりと座席に背をあずけ、クールに澄まし、胸にタピオカを乗せて、ちゅるちゅると飲んでいた。
「指男は餓鬼道お姉さまの獲物だよね。なんで地獄道が接触しちゃってるの」
畜生道は推しの手柄を横取りする陰キャを威嚇しにわざわざ来たようだった。
地獄道がちょっと呆れながら「この子も暇だな……」と思った。
「別に……」
「別にじゃわからないよ」
「別に……餓鬼道……あの子の邪魔はしてないですよ……」
「ふーん。どうだかね。……まあ、ぶっちゃけ餓鬼道お姉さまの邪魔をできるほど、君が大物じゃないっていうことはわかってるからいいんだけどね。そ・れ・よ・り」
畜生道はタピオカを呑む手を止めて、ストローから艶めかしい唇を離す。
「見たよ。指男、黒い因子をもっていたようだけど……」
「見られちゃいましたか……」
「あれはまずいと思うんだけど」
「そうですね……まずいでしょうね……」
「どうするつもりなの、君。なにか”考え”があるのでしょ?」
地獄道はあごに手を当てて「うーん……」と迷ったような風だ。
5秒、10秒待っても、”考え”が地獄道の口から出て来ない。
それを見て、畜生道は目をスッと細め「そう。同情ってことだよね」と、声調を低め暗い声をだした。グローブボックスを開き、拳銃を手に取る。
紫に発光する幾何学模様が掘られたM1911A1だ。
地獄道が開発したダンジョン装備であり、名を『アポトーシス』と言う。
「この銃なら『
「それを使うつもりですか……」
「仕方ないよ」
『
それは、対象に固定DMG 1,000万を与える
「畜生道……」
「君のお情けで人類のほうを滅ぼせないよ。餓鬼道お姉さまには申し訳ないけれど、ここで指男は消すよ」
畜生道はそう言って、サイレンサーをキュキュッと銃口に取りつける。
スキルで手早く人払いをし、指男の頭に狙いをつけた。
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