徘徊ボス:メタルの機兵


 指男はサングラスの位置を少し直し持ちあげるとメタルモンスターを見据えた。

 

 メタルモンスターは分厚く、鋭い、硬質の鋼爪をガヂンッガヂンッと擦りあわせ、好戦的な音と火花を散らした。


 その直後、メタルモンスターの姿が掻き消えた。

 風より速く、撃鉄のように強烈に、鋼の一閃がそこに迫る。


 黒レンズの奥で、視線が動く。下か。

 

 指男は機敏に反応し、とっさに上半身をそらした。

 空を切る鋼爪。

 その軌道を目で追いかけ「速いな……」と指男は言葉をこぼした。


 つづく二撃目もメタルモンスターが放つ。

 上段から叩きつける、鋭利な一撃だ。


 指男はその一撃をじーっと目で追いかけ──パシッ。素手で鋼の手首を押さえた。

 直上からの振り下ろしによる衝撃は、指男の肘、肩、腰、膝、足首、と瞬時に身体を駆け抜けて、ダンジョンの地面へと流れていく。

 そのせいで指男の足元にはベキベキべキッ! と放射状の亀裂がひろがった。

 亀裂の規模が、どれだけのエネルギーを持って打ち下ろされた攻撃だったのかを物語っている。


 指男は「重いな……」とびっくりした風につぶやく。


 ただ、本当に驚いているのはメタルモンスターのほうだった。

 

 メタルモンスターは距離を取ろうと腕を引こうとする。

 まさか受け止められるとは思っていなかったようである。


 指男はそのまま腕を掴み続けようと、手に力をこめた。コートの袖からのぞく手首に血管が浮き上がり、ミシミシミシっと、凄まじい握力をかけていることが見ただけでわかった。


 しかし、敵は深き怪物だ。

 さしもの指男も1秒、2秒、3秒──と腕をひっぱりあった挙句、拘束から逃げられてしまった。


「あーくそ、逃げられた」

「ちーちー!」

「ぎぃ」


 長谷川鶴雄は瞳を見開いて、自分の目を疑っていた。

 

(あの青年……今、メタルモンスターの攻撃を受け止めた? 攻撃が正確に見えているのか? 素手で掴めるほどに? いや、違う、それどころじゃない。腕力パワーすらも拮抗するレベルに高い……だと?)

  

 長谷川鶴雄は指男から距離をとったメタルモンスターに視線を向ける。

 さらに信じられないことに気がつく。


 のだ、メタルモンスターの前腕部分が。

 ちょうど強力な握力で掴まれ、へこまされてしまったかのように。

 

(馬鹿な……ッ)


 その歪みの原因が、指男の握力によるものであることは自明であった。

 

(いったいどんなパワーで掴めばあんなことに……!)


 指男に視線を向ける。

 表情はサングラスのせいで正確にうかがうことはできない。

 小首をかしげ「形が変わった……? 形状変化させる能力か……(※違う)」と賢そうな顔をして、されどちょっと悔しそうに、手をにぎにぎしている。

 

「魔法陣の中で倒せば経験値二倍なんだ……絶対に逃がさない」

「ちーぢーぢーッ!!」

「ぎぃ!」


 メタルモンスターは自身の腕をもちあげ、歪みをじーっと見つめると──くるっときびすをかえして駆けだした。

 

「「え?」」


 指男も長谷川鶴雄も素っ頓狂な声をだした。


 猛烈に遠ざかっていくメタルモンスターの背中。

 

 どうやら、メタルモンスターはお得意の”逃げる”を選んだらしい。


「うっそだろ?! 逃がすかボケぇえええ!!?」

「ぢーぢー!!」

「ぎぃェ!!」


 荒れだすチーム指男。


「待て、青年!!」


「なんですか暴力の人! 今はお話してる時間ないですよ!」


 指男は長谷川鶴雄に話しかけられて、不機嫌そうに怒鳴った。

 

「理由はわからないが、逃げてくれたのなら、それでいいじゃないか……あれはとてつもなく危険なモンスターなんだ」

「とてつもなく危険なモンスター……(確かに。放っておけば人間の汚い部分まるだしの、醜い争いがはじまるのは火を見るより明らかだ)」

「だから、ここで手を引くんだ。君が強いのはわかった。流石は短期間でAランクに到達した天才といったところだろう。その指圧力、日本探索者の至宝のような価値が君にはある。その才能がある。だからこそ、ここで生き急がないでくれ」


 長谷川鶴雄の心からの忠告だった。

 この青年は強い。猛烈に強い。それは理解できる。

 だが、流石に徘徊ボスを倒せるとは思えない。

 それが現状の評価である。


 指男は口元をきゅっと結び、サングラスの位置をしきりに直す。


「もう止まれないんですよ、だれも止まれない」

「っ、青年、君と言う人間は……」

「(そう、だれもメタルモンスターを前にして止まる事なんてできないっしょ)」


 指男はコートをなびかせ、荒廃とした通路を駆けていく。


「ま、待て! 無茶だ! 君が強いのはわかる! だが、この世には一人できることとできないことがあるんだ! あれは個人の手に負えるようなモンスターではない!」


 長谷川鶴雄は叫んだ。

 力の限り叫んだ。


 しかし、指男は止まらなかった。

 やがて指男の姿が見えなくなる。

 

「あぁ、なんてことだ……私を救おうとしたばかりに……未来ある若き才能が、それも特別な才能が、失われてしまう……」


 かつて夢破れ、心折れたからこそ長谷川鶴雄にはわかる。

 大志をいだき、がむしゃらに生きたからこそ、走りだしたら止まれない若者の気持ちがわかる。


 だからこそ、止めたかったのだ。

 

(私は、若者ひとり救えない……なんて無力なんだ……)


 ──ガゴンッ! ヴァゴンッ! ズガゴンッ!


「っ、はじまった……」


 通路の向こうからとんでもない轟音が聞こえてくる。

 あの青年とメタルモンスターが戦っているのだろう、と長谷川鶴雄にはたやすく想像できた。

 

 壁にもたれかかり、傷口を押さえる事しかできない彼は、壁を伝わってくる衝撃と爆音に身を固くし、瞳を閉じて、それが終わるのを祈るように待った。


 やがて、静かになった。

 戦いが終わったのかのだろうか。

 そう思い、うっすらと目を開ける。


 直後、その音が聞こえた。


 ──パチンっ


 軽やかな音。

 良く乾いた、綺麗な音だった。


 そのすぐ後だった。猛烈な破裂音がしたのは。

 否、それは音と言うより落雷……もっといえば衝撃波だった。

 視覚的にもわかるほどに、空間が振動して、光が歪み、悲鳴をあげながら、まっすぐに通路の空気すべてを押し出すように、猛烈な勢いで熱風が襲ってきた。身構える長谷川鶴雄。


「う゛ッ!」


 熱風に顔を焼かれる痛みを感じた。

 長谷川鶴雄は瓦礫の陰に身をひそめて耐え凌ぐ。

 通路の天井も壁も床もひび割れ、削られ、崩れ、ふきとばされ。

 崩壊の音と、熱と光と爆風が破壊のうねりをまき散らす。

 

 ガシャン


 振動と光、音によって、何が何やらわからなくなっている中、長谷川鶴雄はとなりになにかが落下したような気がした。


 やがて、光と熱がおさまり、耳鳴りもおさまった。

 揺れが完全になくなれば、安定した足場が戻ってくる。

 

 不思議なことに安定した足場が、今度は妙に感じた。

 揺れているのが平衡感覚のデフォルト設定になってしまうほどの混沌だったせいだ。

 

 長谷川鶴雄はうっすら瞳を開ける。

 あたり一帯に塵が舞っていて視界が悪かった。

 ただ、目の前にとてつもなく大きなクレーターができているのはわかった。


「なんだと……」


 クレーターのサイズはわからない。

 直径で言ったら100mは優に超えている。

 天井も床もかなりえぐられている。

 ただ、ダンジョンは階層間が数十メートル以上の地層で隔たれているため、流石に上の階層や下の階層と繋がってしまうまでには至っていない。


 とはいえ、こんな出鱈目な光景は、長谷川鶴雄をして見たことも聞いたこともなかった。

 

 ふと、思い出すように隣を見やる。

 何かが落ちて来たような気がした場所だ。


「っ」


 目を見開いた。 


 長谷川鶴雄の隣にいたもの。

 それは赤熱したナニカだった。


 じゅーっと音を立てていて、滑らかな形状をしている。

 よく観察すれば、わずかに原型が残っていて、これがもともとは人型をしていて、金属質の物体だったことは推論がたった。


 かろうじて残ったフォルム。

 サイズ、状況。


 それぞれが手がかりとなって、長谷川鶴雄は赤熱する物体の正体にたどりつく。


 しかし、わかったとて、信じられるわけがない。

 言葉がでなかった。

 何を言えばいいかわからなかった。

 到底、現実とは受け入れられない。

 

 コツコツコツ


 足音がした。

 塵の煙のむこうに人影ができていた。こっちに向かってくる。

 人型のシルエット、肩に乗せたナメクジ、近くを羽ばたく小鳥。


 案の定、あの青年が塵煙を肩で切って戻って来た。

 長谷川鶴雄は目を点にする。


 青年はジッポライターを開く。

 赤熱した物体──メタルモンスターの遺骸が砕け、光の粒子となって、ライターに吸い込まれていく。


 当たり前に、それが特別なことでは無いとでも言いたげに、ごく淡々と作業する彼の姿を見て、長谷川鶴雄はつい苦笑いをこぼしていた。肩が小刻みに震える。おかしくて仕方がなかった。自分はなにを心配していたのか──っと。


「青年……君が倒したのかね、そのモンスターは」

「はい、きっちり頂きましたよ」

「そうか」


(なんと野心的、なんと痛快……)


「青年、君の名前を聞かせてくれないだろうか」


 少し悩んだ素振りを見せ「暴力の人に本名教えるのもな……」と、なにやら思案したあげく、思いついたように彼は口を開いた。


「指男」

「っ……そうか、君が。……君が指男だったのか」


 長谷川鶴雄にとってそれは、とても納得のできる返答であった。

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