ダンジョン内補給拠点


 本日のデイリー『ダンジョン生活』は24時間ダンジョンにいることで達成できる。なお『メタルトラップルーム Lv2』こと我らの経験値工場は、ダンジョンの中という判定になるらしい。

 もし判定にならなかったらその時点でプラチナ会員をはく奪されていたところだ。

 存外、危ない橋を渡ってしまっていたと今になって気が付いた。


 『経験値生産設備 ver2.0』をブーストさせ続けるには、クリスタルを供給しつづける必要がある。1週間で20万。

 Aランクの俺に階層の制限はないので、深いところまで潜れば、この経費はそれほど重たい負担ではない。


「13階層はかなり余裕があったので、もっと自信もって潜ってみましょうか」

「ちーちーちー」

「ぎぃ」


 というわけで、先ほど「今日の狩場」を更新したついでに、ミスターの最速攻略情報を手に入れておいたので、その階段の位置を頼りに下っていってみましょう。


 ミスター含めた最前線組はすでに19階層まで潜っているみたいです。

 

「うーん、最前線はちょっと行き過ぎ感あるから、15階層くらいまで降りて見るか」


 階段を探して、下り、14階層まで降りてきた。

 道中、宝箱を回収したり、モンスターを消し炭に変えたりもした。

 

 14階層は相変わらずの黒い石レンガの通路が続いている。

 10階層からずっとこんな感じだ。

 群馬ダンジョンでも10階層、11階層、12階層はこの黒い通路だった。

 違いがあるとすれば、こちらは”救世”という系統のダンジョンなために、すこし白光りしていることくらいだろうか。


 ん、階段発見。

 どんどん降りちゃいましょう。

 

 階段に足をかける。

 

「あ」


 この浮遊感……落ちていく。

 また、トラップルームに落ちてしまったようだ。


 お、地上が見えてきました。

 『トラップルーム 湖』と同じ感じ水が薄く張られている感じかな。

 体感で100mくらい落下して着水。

 うん、浅いですね。水深5cmです。

 でも、なんだろう。このトラップルーム狭くね?


 横幅3m、縦に10mくらいの長方形。

 手を伸ばせば白い壁に手が当たる。

 『トラップルーム 湖』に比べて、かなり閉鎖感を感じる。

 水には流れがあり、縦長の空間を縦断するように流れてはどこかへ消えていく。


 水面が泡立ち、例のごとくダンジョンダックスフンドが湧いてきた。

 仕様は変わらないのかな。


「攻略の仕方はわかってる……シマエナガ先生、お願いします」

「ちーッ!」


 胸ポケットから飛び出して、ぼんっと大きく膨らみました。

 俺の頭に華麗に着地。

 『冒涜の眼力』が秘匿された異空間の神秘を看破します。

 

 空間の端っこから崩壊がはじまり、前のように空への落下がはじまります。


「よっと、わかっちゃえばね、どうってことない」

「ちーちーちー」

「ん、そうですよね。もうMP切れちゃいましたよね。次は気を付けないと」

「ちー」


 シマエナガさんのMPはだいたい20,000。

 冒涜系のスキルは強力だが、とてもクールタイムが長く、運用には実質的にMP10,000払ってのクールタイム解決を行う必要がある。

 シマエナガさんのMPは10,000刻みに考えていい。

 そして、さっきメタルダックスフンドを看破したのと、ただいまトラップルームを看破したので、本日の眼力は売り切れだ。


 地面のうえに曲がりくねったナイフが落ちている。

 アイテム名は『トラップルーム 川』となっている。

 湖よりはちいさかったし、川と言われれば、たしかに川だともいえる。


────────────────────

『トラップルーム 川』

 異次元の匠モートンによる作品。

 探索者を誘いこむオブジェクトに変化する。

 格納数 2,000体

 残数 453/2,000

────────────────────

 

 前の『トラップルーム 湖』より規模が小さいですな。

 

「階段には気を付けていこう」


 『トラップルーム 川』を『メタルトラップルーム』のなかへほうりこんでおく。

 というわけで階下を目指しましょう。


 今度こそ本物の階段を見つけて15階層へ降りてきました。

 

「ちーちーちー」

「早速来たな、ダックスフンド」


 腰ほどの高さを誇るダックスフンドが、短い脚を懸命に動かして突進してくる。

 HP1 ATK500で迎撃する。


 ──パチン


 1回、2回、3回、4回、5回。


 あ、消し炭完了です。

 通常のモンスターはほとんど防御力がないと以前、修羅道さんに言われたので、こいつのHPは2,000~2,500程度だったということになります。


「戦闘に緊張感がなくなって来たな……」


 本音を述べれば、もっとヒリヒリするバトルがしたい。

 今思えばダンジョンボス『黒沼に埋積する悪意』はよかったです……。

 

「まあ、苦しむよりは楽な方がいいけどさ」


 俺はいつもどおり、パチンパチン指を鳴らして、モンスターたちを消し炭に変えて、クリスタルと経験値を回収してまわった。


「ちーちーちー」


 おや。

 地面のうえになにやら線が引いてある。

 蛍光塗料だ。探索者の誰かがやったのだろう。


 英語で「This way」と矢印が書かれている。


「……」


 ま、まあ、英語なんて今時ね、わかんなくても機械翻訳があればら、楽勝だしね(※中学生英語レベル)。


 矢印書かれてるし、とりあえず追ってみましょう。

 黒い煉瓦づくりの通路のうえを、黄色い矢印がスーッと滑り──その先で財団職員らしき女性に遭遇しました。

 大きな箱を抱えて運んでいます。

 修羅道さんと似たお洋服を着ていらっしゃる。

 背が高く、美人さんです。帽子をかぶってます。


「こんにちは。重たそうですね」

「……。Aランクの探索者ですか。見ない顔ですね。15階層は初めてですか?」


 さらっと挨拶無視されてる……ぅぅ。

 でもね、おいら負けないよ。

 おいらは強い子だからね(鋼の精神)

 

「はい。さっき初めて降りました」

「……。では、補給拠点の説明をした方がいいですね」


 女性は箱を持ったまま「こちらへ」と言って、ついてくるように言う。


「持ちますよその箱」

「……。では、お任せします」


 車に轢かれそうになるババアを助けるのが当たり前なように、美人さんが重たい荷物を運んでいるのを手伝うのは男子にとって当たり前さ。


 にしても、ここら辺の通路やたら箱が置いてあるな。

 どれもダンジョン財団のロゴが入ってる。

 財団が運び入れた物なのだろう。

 

 箱の集積率が最高潮に高まっていく。

 その道中、探索者や財団職員とすれ違った。

 ダンジョンの中でこんなにたくさんの人に出会うのは珍しい。


 散歩を壁に囲まれたちょっと開けた場所までやってくると「箱はそこに置いてください」と女性は言った。


 言われるままに置く。


「……。お疲れ様です。お礼に飴ちゃんをあげましょう」

「ありがとうございます」


 なんで飴ちゃんなのかはわからないけど、美女の飴ちゃんなので、理由なんてどうでもいいです。美味しい。すごく美味しい。


「……。ここはダンジョン内補給拠点課が設営した補給拠点です。通常、クラス1やクラス2程度のダンジョンでは補給拠点は必要ありませんが、クラス3より上の大型ダンジョンですと、このような攻略のために中継地点が必要になります」


 女性はコンテナのうえに置きっぱなしになっているバインダーを手にとり、渡してくる。

 バインダーに挟んである紙には、名前を書く欄があり、その下に『水』『食糧』『ベッド』『お風呂』『ビリヤード』『卓球』『麻雀』などと規則性のない単語が並んでいた。


「これは?」

「……。それが補給拠点課が用意した福利厚生です。Bランク以上の探索者の方は、ダンジョン攻略において、極めて稀少かつ有意な探索者の方々なので、財団としても高待遇で経済的な価格でそれらのサービスを提供しています」


 その後も話を聞けば、どうやら15階層から先に挑む高位探索者たちは、この補給拠点をメインにして活動をする者が多いらしい。


 思い返してみれば、ダンジョンが開幕してからミスターに全然会わないなとか思うことがあったけど謎が解けましたね。ミスターは補給拠点で全部済ましちゃうタイプだったんだ。


「……。なのでAランクの赤木英雄さまには、この補給拠点を存分に活用していただきたく思います」

「査定窓口とか、購買もあるんですか?」

「……。発掘した異常物質アノマリーやクリスタルの査定は変わりなくできます。購買はキャンプのものとは品ぞろえにいささかの違いはありますが、必要な物資は揃えられるでしょう」

「そうですか。だいたいわかりました。ほかに何か注意すべきことはありますか」

「……。物資は限られていますので、浪費はご遠慮ください」


 まあ当然だな。


「ここまで物資を運んでくるのも楽じゃないですもんね」

「……。いえ、運ぶ事自体はさほど」

「そうなんですか?」

「……。はい、財団には長距離の物資運搬を可能にする空間技術がありますので」


 話によると、特別なコンテナに入れて空間ゲートを通すことで、キャンプから補給拠点へ転移させて、物資を送り込んでいるらしい。便利なものだ。ちなみに生物は転移できないとか。実験段階で酷い事件があったことまで教えてくれた。怖い……。


 ん、でも、そうなると、俺の『メタルトラップルーム』こと経験値工場はどうなるのだろうか。

 異空間とダンジョンを出たり入ったりしてるけど……もしかして、技術レベルで財団の転移とやらを越えているすごい異常物質アノマリーなのか?

 ダンジョンブローカーならそこらへん詳しそうだな。

 

「いろいろありがとうございました。えーと……あの、そう言えばなんて呼べば?」

「……。”ジウ”と呼んでください」

「ジウさんですね、ありがとうございました」


 補給拠点を練り歩いて見ることにしました。

 冷えたビールと焼き鳥で一杯やる者、ビリヤードで遊ぶ探索者、ベッドで深い眠りにつく探索者、麻雀で脱衣する探索者──。

 みな、過酷な攻略の最中で、束の間の安息を楽しんでいるらしい。


 ストイックに修行僧するだけが探索者じゃないということか。

 適度に息を抜くこともまたプロのやり方とね。わかるわかる。俺もプロだからさ。


「俺たちもアジトを快適にしたいですね」

「ちーちーちー」

「ぎぃ」


 今何気なく言ったけど、俺かなり天才的な発言をした気がする。

 アジトを快適に……つまり、経験値工場に生活空間を設けられれば、もはやあそこに住めるのではなかろうか。


 ハッ、天才だ……あまりにも天才すぎる。

 我ながら自分の才能が恐ろしい。

 こんな天才がいていいのか。天才がすぎ──


「ぎぃ」

「ん、なんですか、ぎぃさん」


 チーム指男の頭脳、ぎぃさんが補給拠点の外を触手で示しています。

 言われるままに外へ行きます。


「ぎぃ」


 今度はすぐ近くの壁を示すぎぃさん。

 ここに『メタルトラップルーム』で入口を作れと言いたいらしい。

 言われるままに扉を作成します。


「ぎぃ」

「まだ入っちゃだめなんですか? はぁ」

「ぎぃ」

「え? 上ですか? もしかして上の階層に戻れと?」

「ぎぃ」


 ぎぃさん一体何を考えているのだろうか。


 言われるままにどんどん階層を戻っていき、やがて1階層まで戻ってきてしまいました。


「なにをさせるつもりなんです?」

「ぎぃ」


 また、『メタルトラップルーム』で扉を作れと言ってきます。

 扉を作り、経験値工場へ入場しました。

 なにも変わったことはない。

 元気よく稼働している『経験値生産設備 ver2.0』がウォンウォンうなってて……、その横に何やら扉が出現しているだけです。


 え? 扉? なんで?


「ん?」


 振り返る。

 俺の背後にも扉がある。

 この扉は今入ってきた扉だ。

 ダンジョン1階層と繋がっている。

 では、あの『経験値生産設備 ver2.0』の横の扉はなに?


「ぎぃ(訳:予想通り)」

「ち、ちー!(訳:こ、後輩が賢いちー!)」

「え? え? なに? どういうこと?(※ペットの知能に追いつけない飼い主)」

「ぎぃ」

「ちー……」


 なんか呆れられてる気がする……。

 ええい、扉なんて開けて確かめればいいんでしょ。開けりゃいいのよ、開けりゃ。


 ウォンウォンと元気に稼働する機械の横、俺はごくりと喉を鳴らして、勇気を持って扉を押し開けた。


 扉の先は……何のことはないダンジョンだ。

 でも、黒い煉瓦ダンジョンだ。

 これは10階層より下の階層に見られる様相……って、ここ補給拠点じゃん。


 あれ? 

 もしかして、そう言うことですか?


      ダンジョン1階層

         ↓

       経験値工場

         ↓

      ダンジョン15階層


「ワープしてんじゃん……」

「ぎぃ」

「もしかして、ぎぃさん、ジウさんに転移の話を聞いて閃いたんですか」

「ぎぃ」


 賢すぎてお父さん震えます。

 人類がナメクジに支配されるのは時間の問題かもしれないです。

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