ダンジョンブローカー


 3階層まで降りてきた。


 ダンジョンが全体的に白光りしていて、異様に明るいこと以外に、前回の群馬クラス3ダンジョンとの大きな違いは感じられない。


 最大の違いは消し炭に変えるモンスターが、チワワからダックスフンドに変わったことくらいか。


「はーい、消し炭消し炭〜♪」


 ──パチン

 ──パチン


 小粒のクリスタルを回収して『ムゲンハイール ver4.0』に格納していく。

 次はどの異常物質アノマリーを進化させようか考えながら、久しぶりのランニング狩場ルーティンをまわしていく。


 宝箱もちょこちょこ点在しているので『ムゲンハイール ver4.0』にしまっちゃうおじさんして、どんどんしまっちゃう。


「ちーちーちー」

「ぎぃ」


 はい、わかってます。

 3:4:3ですね。わかってます。


 そんなこんなで経験値をピンハネされながら探索を進めていく。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 ふと、スマホを確認すると6時間が経過していた。

 とはいえ、まだ6時間か。

 ここからの三徹は専業探索者なら基本です。


「ちーちーちー」

「あ、4階層の階段見つけんですか、シマエナガさん」

「ち~♪」


 降りてもいいかな?


 ダンジョンに入る時点では、ミスター投稿でも3階層までしか進んでいなかった。

 ここを降りたらもしかして俺がトップになっちゃったりするんだろうか。


「財団SNSで確認してみよう」


 ミスターの投稿を確認。

 あの人もう8階層にいるのね。

 恐ろしく速すぎて見逃しちゃってたよ。


 ていうか、なんでミスターはSNS投稿できてるんだろ……わざわざ3階層まで戻って来てる? いや、そういう感じはしないな。

 ……もしかして、ミスターのスマホだけ5Gなのかな。


 俺は階段の位置情報を財団へ送信。

 情報共有は財団からの信頼度アップにつながる。


「8階層までのマップをダウンロードしてっと」


 ありがたく情報使わせていただきます、ミスター。


 ──40分後


 8階層まで降りてきた。

 前回の群馬ダンジョンでは12階層で封印されしシマエナガさんを解放するため、宝探しして終わった。

 なので千葉ダンジョンではぜひとも12階層より深い場所へ到達したい所存。


 そろそろ『ムゲンハイール ver4.0』はずっしり重たくなった。

 感覚的に20~30万円分くらいはたまったのではないだろうか。


 おや、なにやら青白い光が曲がり角の向こうに見える。

 『迷宮の攻略家』で見るに、この先は行き止まりで、ダンジョン内オブジェクトも存在しないよう思えるが……。


 曲がり角をひとる折れると、その先に人が立っていた。

 黒いロングコートを着た身長2mくらいの人だ。

 メガネが怪しく光り、その奥にこれまた怪しげな水色の瞳をたたえている。

 あ、これ、モンスターですね。

 

「ウェルカム」


 喋れるのかい。人間です。


 黒いコートをばさりとめくり、懐を見せて来る。

 ちょうど露出狂が女子高生にいちもつを披露する時のような感じだ。


 ロングコートの内側には、アイテムがびしっと張り付いていた。


「はじめて見る顔だ。クリスタルは持っているか。ダンジョン財団の探索者」

「持ってますよ」

「いいだろう。取引をしようじゃないか。気にいった異常物質アノマリーがあれば売ってやる。逆もまたしかり。なんでも買い取ってやる」

「ダンジョンの中で商売ですか」

「探索者も似たような者だろう」


 まあ、言われてみればそうだけどさ。

 存在としてはあんたのほうがよっぽど奇怪な気はするよ。

 

「普段からダンジョンで商売を?」

「俺はどこでも商売をする。場所は関係ない」

「ダンジョン財団の許可を得て商売してるんですか?」

「ダンジョンはダンジョン財団の所有物ではない」

「なんでそんなに大きいんですか?」

「答えたくない」

「闇の商人的なポジションですか?

「質問がおおいな。お前のような口の軽そうなやつには売らない方がいいかもしれないな。ああ、今なら『モテルモテール』を初回無料サービスしようと思ったが……」

「『モテルモテール』? ちょっとその話詳しく」


 黒い商人はポケットからピンク色の液体が入った古びた小瓶を取り出した。

 小瓶自体は汚れていて、ガラスは濁っている。

 中の液体は淡く発光しているようだった。


「『モテルモテール』。この液体を半分想い人に飲ませ、半分をお前が飲めば、たちまちはその想い人を自分の物にできる。即日、ラブラブになれる」

「買います。あなたがここにいたことも絶対誰にも言いません」

「ちーちー!」

「シマエナガさん、ちょっと静かに。今それどころじゃないんです」

「ち、ちー」


 口止め料として『モテルモテール』を受け取る。ぐへへやった!

 これを修羅道さんに飲んでもらえば……!


「この瞬間、お前は俺のことを口外できなくなった」

「え?」

「そういうスキルだ。発動条件を満たした。お前はもう俺のことを誰にも喋れない」


 まじかよ! 騙しやがったな!

 卑怯なやつめ! ずるいぞ、ぶーぶー!


「ちー……」


 し、シマエナガさんに呆れた顔で見られている?!

 だから注意したのにみたいな……あれ、知能レベルで負けてないかな、俺……。

 

 まあ、もういいか(開き直り)

 別に俺、ダンジョン財団の風紀員になるつもりはないし!

 どうせならなんか買って行こっと!


 様々な異常物質アノマリーがあり、綺麗に整頓されてますね。

 まるでデパートのショーウィンドウみたいだ。

 中には面白そうなものもいくつかある。

 

「ぎぃ」

「どうしました、ぎぃさん」


 袖の中でもぞもぞ動き、にゅーっと触手が伸びていく。

 触手は『マゼルマゼール』なる異常物質アノマリーを示してる。

 小汚い瓶に入った濁った液体だ。

 もしかして、これが欲しいのだろうか。


「これはなんですか」

異常物質アノマリーを合成する異常物質アノマリー。合成したら最後、なにが生まれるかは誰にもわからない」

「いくらですか?」

「円換算でクリスタル300万だ」

「これで足りますか」

「足りないな。うちの主力商品だ。足元見てもらっては困る」


 主力商品ですか……まあ、合成して異常物質アノマリーを変質させるの人気ありそうだもんなぁ。ガチャみたいで。

 でも、流石にね。クリスタル300万円分ってなによ。


「商売する気ありますか、黒い人」

「多くの場合は、皆、異常物資とクリスタル、そのほかのものと併用して取引する」


 皆?


「お前はクリスタルのかわりになにを提供してくれる」

「では、こういうのはどうですか。こちらの名前は『ムゲンハイール ver4.0』です。この異常物質の恐るべき機能はカクカクシカジカン」

「なんだと……? そんな異常物質が……」

「これを使わせてあげますよ。どうですか。Lv2とかLv3なんて異常物質アノマリーなんて裏の取引でもなかなかお目にかかれないでしょう」

「……2億で買おう」

「え?」


 黒い人がいきなりボケだした。


「その『ムゲンハイール ver4.0』とかいう異常物質アノマリーのチカラが本当なら、2億で買う」


 う、嘘だろ……俺の総資産を軽々越えて来やがった……。


「どうだ。売ってくれるか」

「売り……ません。これは売り物じゃないです」


 ど、どんなに金を積まれても、俺の心が揺らぐことはにゃい。ない。

 だってこれはドクターからの借り物なのだから。

 シマエナガさんが見直したという眼差しで見てくる。

 

「あなたが買えるのはこの『ムゲンハイール ver4.0』の使用権だけです。そうですね、1回あたり20万クリスタルでいいですよ」

「はっきり言おう。安すぎる」

 

 ぇぇ……ダメだし……。

 今、交渉中なんだから黙ってればいいのに……。


「一回30万でとりあえず試用させてもらおうか」

「いいでしょう。初回限定で30万。その後は……」


 黒い人をチラッと見やる。

 彼はちょっと呆れた感じで「50万」とつぶやく。


「初回30万、二回目からは50万ということで」


 『ムゲンハイール ver4.0』をパカっと開く。

 黒い人は所有する膨大な異常物質アノマリーのうち、変な形状の短剣を選んでそれを『ムゲンハイール ver4.0』のなかへいれ、手をかざした。

 袖のなかからザーッと小粒のクリスタルが『ムゲンハイール ver4.0』のなかへ。

 蓋を閉じて開けば、異常物質進化は完了していた。

 

「凄まじい異常物質だ。これがあれば俺の商品の価値は数十倍~数百倍、資産は数千倍に高めることができるだろう。……お前の名前をきいてもいいか」

「嫌ですよ。踏みこんだら危なそうです」

「用心深いな。俺はただのビジネスマンさ。裏にはなにもいない」

「でも、嫌です」


 黒い人、もとい闇の商人(仮)は、その後も楽しそうにあれやこれやと異常物質を進化させていた。


 結果、10回使って、いったん満足したらしい。


 初回30万。二回目以降は50万。

 

 合計530万の臨時収入を得た。


「俺の名はダンジョンブローカーS。ほかのブローカーにはこの『ムゲンハイール ver4.0』を使わせるな」

「そんなこと言われましても」

「『エチチエチーチ』をやる。これを相手に飲ませると一時的にえっちな感じになる」

「これからもよろしくお願いします、ダンジョンブローカーSさん。いやね、俺たちはとてもいいパートナーになれると思うんですよ」

「ちーちーちー!」

「シマエナガさん、ちょっと静かに。今大事な話をしてるんです」

「ち、ちー……」


 こうして俺は『モテルモテール』と『エチチエチーチ』を手に入れた。

 これさえあれば修羅道さんを……よし、勝てる!


 本来の取引である『マゼルマゼール』も買った。

 ぎぃさんに渡してあげる。なにに使うんだろうか。


「ぎぃ」

「え? もう一個欲しいんですか?」

「ぎぃ」

「もう一個『マゼルマゼール』を売ってくれますか」

「金が足りないが……まあ、いいだろう、優遇はするさ」


 ブローカーSは『マゼルマゼール』を渡してくれた。

 これで所持金はゼロだ。


「ぎぃ」


 ぎぃさんに渡すと、触手で器用に小瓶を持って、近くの机に置いてある『ムゲンハイール ver4.0』へとぶっかけた。

 ほう、『ムゲンハイール ver4.0』となにかを合成しようというんですね。


「なにがいいかな。でも、下手に合成したら効果変わっちゃいそうだし」

「やめろ。その『ムゲンハイール ver4.0』は世界を変えるアイテムだ。結果の不明瞭な合成などするべきじゃない。進化機能が失われたらどうする」


 ブローカーSは焦ったように止めて来る。


「ぎぃ」

「あ、ぎぃさんが勝手に」


 ぎぃさんはもう一本の『マゼルマゼール』を、小瓶の蓋をに、マゼール液で濡れた『ムゲンハイール ver4.0』のうえに置いた。

 

 息を呑むブローカーS。

 直後『ムゲンハイール ver4.0』はピカッと光り、煙に包まれた。

 煙が晴れる。

 わずかにデザインの変わったジュラルミンケースが姿を現した。


 アイテム名は『ムゲンハイール ver5.0』

 勝手に5.0になっちゃった。

 ドクターに怒られないかな。


『機能を選択してください』


『進化』『変化』『合成』

 

「おお、すごい、機能選べる……あれ、合成もできるようになっちゃった感じかな?」

「……」

「あ」


 そういえば合成ってブローカーの主力商品とか言ってたな……。


「それじゃあ、俺はこの辺で失礼しますね」

「……」


 ブローカーSさんすっごい寂しそうな顔で見てきてたよ。


「ぎぃ」

「ぎぃさんもなかなかワルですねぇ」

「ぎぃ♪」


 これからは合成し放題です。

 お手柄です、ぎぃさん。

 












────────────────

 こんにちは

 ファンタスティックです

 

 ダンジョンブローカーのイメージを描いてみました!

 よかったら見てみてください!


https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16816927859873223348

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